「(なんじゃ、さっきあれだけのオーラ出しとったのに、えろう静かだ。なんだか不気味じゃ……)」
東一局。周囲の予想とは反対に、まこがそう思うくらいには静かな場となっていた。この場にいる全員は、てっきりあれだけの威圧感を放てるのだから、きっと咲ばりに大暴れする、と予想していた。しかし開局してみれば、先ほどのオーラも引っ込んだかのように麻子からは何も感じられないのだ。周囲が困惑するのもある意味当然と言えた。
「ロン、2000点です」
「! はい……」
和了したのは麻子、振り込んだのは咲であった。しかしその手はダマのタンピンのみ。しかも河を見ても特に違和感を覚えるものは無い。どう照らし合わせても平凡としか言いようが無かった。だが、その平凡というのがむしろ、麻子の得体の知れない不気味さを高めているとも言えた。きっと何かを隠している、これで終わるはずが無い、という第六感の感覚であった。
―――
「(まだ様子見をしている、というのかしら……じゃあ、先制ジャブ、打たせてもらおうかしら)」
東二局。6巡という速さで聴牌した久は、口角を僅かに吊り上げた。たとえ相手が誰であろうとも手は抜かない、と言わんばかりの表情だ。
「リーチ!」
「うげっ……」
久のリーチに、まこは露骨に嫌そうな、引きつった苦笑いを浮かべた。と言うのも、久とまこを対決させた場合、まこが圧倒的に相性が悪いのである。実は、まこには特殊能力とでも言うべき能力が備わっており、アルバイトで培った膨大な量の局面の記憶を、対局中に引き出すことができるのだ。そのため、基本に忠実な相手には滅法強いまこだが、久のような打ち手に対しては経験値がほとんどないため、基本的に受身に次ぐ受身にならざるを得ないのだ。その久の手とは……
「ロン、リーチ一発一通、親満は12000!」
「はい」
久和了形:
久 河: ドラ:
裏ドラ:
混一もドラも投げ捨ててのドラ表単騎待ちという、とんでもない悪待ちであった。手なりで普通に打っていた麻子は、それにまんまと引っかかってしまったのである。普通こんな、いわゆる悪待ちをするような打ち手は存在しない。それだけではなく、一見すると普通の局面にしか見えないため、その通り普通に打てば打つほど、ことごとく久の罠にかかってしまうのである。久とまこの相性が悪いのはこの部分にあった。
「ロン! 三色ドラ2で12300の1本場は12300!」
「はい」
さらに続けて1本場、またも麻子が久の悪待ちに振り込んだ。これで点数は2700点と絶体絶命になる。しかし今度の麻子は少し様子が違っていた。
「(仁川さん……聴牌形から出来面子の牌を中抜きして振り込んだ……?)」
麻子を覗いていた和は、その麻子の打ち方に困惑していた。少なくとも和のスタイルでは絶対にあり得ない打ち方だ。困惑するのも無理は無い。しかし麻子は振り込んだことを気にしていなかった。それどころか、うっすらと笑みを浮かべるほどであった。
「(……? ……?? ……)」
和はその様子に更に困惑し、そして若干の恐怖を覚えていた。人間は得体の知れないものに恐怖する。それを克服するためになんとか理解しようとするのだが、先ほどの麻子の意図的な振込みという打ち筋は、どう頑張っても今の和には理解できないものであった。そして理解できない分、その恐怖は更に増大していくのであった。
―――
「(……なんじゃ、和の様子がおかしいなぁ……今の振込みがよほど解せんかったとでも言うのじゃろうか)」
「(原村さん……一体どうしたのかな)」
「(なぁんか、親満連続で当てたっていうのに釈然としないわねぇ……)」
後ろの和の様子に、流石の久・まこ・咲も違和感を覚えていた。困惑する和もそうであるが、それとは対照的に全く問題ないとでも言わんばかりの麻子の表情も、3人にとっての大きな違和感のひとつであった。その2本場であった。
咲手牌:
「(……いける)」
この局、咲はある確信を得ていた。この局は自分が和了れる、そういった直感であった。
「ポン」
久の第一打であるを喰い取り、早速晒した咲。この時既に、咲の頭の中には和了るビジョンが見えていた。
「(……いやいやいや咲、いくら俺でもわかるぞ、その鳴きは墓穴だろ)」
もっとも、後ろで見ていた京太郎の意見は至極真っ当である。普通の感性で言えばどう見ても、強引に作れたとして対々、それ以外なら和了ろうと思っても形聴にしかならない打ち方である。しかし咲は普通ではない。それは昨日の点数調整の技能を見ても明らかであった。そしてもうひとつ、咲には普通ではない部分があった。
「カン!」
を鳴いてから6巡後、咲は更に
を付け加えて宣言した。そしてその腕を嶺上牌に伸ばす。昨日見た花弁が、卓上、そしてその周囲に、まるで咲を祝福するかのように舞い踊る。
「ツモ、嶺上開花のみ。400・700の2本場は600・900です!」
咲和了形:
ツモ
「(……いやいやいやいややっぱおかしいっしょこれ!?)」
驚く京太郎をよそに、平然と、最早予定調和ともいえる嶺上開花ツモを見せた咲。これにより麻子は更に点数を落とし、2100点となる。しかし麻子は全く絶望の色を見せない。むしろ楽しそうな笑みを浮かべていた。
―――
「(……なんじゃありゃ……)」
東三局。まこは困惑していた。その視線の先にあるのは麻子の捨て牌である。
麻子 河:
「(こがいな河、過去の記憶と全く一致せんぞ……七対か何かか……?)」
唐突に飛び出してきた、まるで初心者であるかのような捨て牌。今までは最低限打てる打ち手としての河であったため、まこの混乱具合は相当なものであった。
「リーチ」
「(はぁっ……!?)」
更に追い討ちをかけるかのように、麻子はを切ってリーチをかけた。
「(わっ、訳わからん捨て牌しよってからにー……!!)」
混一一向聴であったまこであったが、この奇妙な河に勝負を挑むことができず、現物であるを切ってオリを選択した。が。
「通さないわ、ロン!」
久和了形: ロン
「(ぐっ、麻子の方ばかりに気ぃ取られて、久の方を見るのを忘れとった……!)」
彼女にしては珍しいと言えなくもない、ある意味凡ミスに近い振込みをしてしまい、まこは酷く動揺していた。いや、そもそも最初から動揺していたのかもしれない。点数こそ三暗刻のみ、50符2翻の3200点であるものの、点数以上にまこは冷静さを失っていた。しかし、冷静さを失っていたのはまこだけではなかった。
「(な、何故仁川さんはこんなリーチを……!?)」
「(何がしたいのか全くわかんないじぇ……!!)」
麻子手牌:
そう、麻子はノーテンリーチを仕掛けていたのである。万一流局すれば罰符として8000点を支払わなければならないため、元々2100点しかなかった麻子は当然一発トビである。そうでなくとも、現在の持ち点のほぼ半分である1000点を投げ捨てるような行為だ。和、優希の混乱具合は相当なものであった。そんな状況であるにもかかわらず、麻子は平然と牌を自動卓の真ん中に流し込むと、サイコロのボタンを押した。
「東四局、私の親ですね」
対局の結果は次に続きます。
あと今更ですが、まこさんの台詞は基本的に方言を変換してくれるツールを使ってます。
なので本家の人からすればおかしい言い回しがあるかもしれませんがご容赦ください。
※8/10 8索が5枚ある怪現象が発生していた事に気付いたため修正しました。