迷宮にて謳うは血狂、現世にて咲くは死桜。   作:C-tan

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必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ。

織田信長




人斬り──

 

 

それは現世(うつしよ)にて跳梁跋扈する数多なる(かたき)を斬り捨てる使命を授かりて兇刃を握り、『天誅』の名の元常闇に息を潜めては命の灯火を消す者なり。

 

それは戦場を、野を、都を変幻自在に暗躍し、数多の屍を踏み進み、孤高にして、志高き傑物に飼われし牙狼なり。

 

それは殺人術の頂きに鎮座せし、万物の変化を死闘により研ぎ澄まされた眼で捉え、見抜き、感じ、武として活用せんとする一騎当千の凶人なり。

 

仕えし君主の為、理想の為、夢幻の為に犠牲となった幾星霜の屍の上に立つ、血濡れたその姿は正しく『悪』そのもの。

 

今から数百年もの安寧の歴史の裏に積み重ね、示されし、『絶対的必要悪』なり。

 

その刃、伏せた亡骸の血と脂で紅に染まり。

 

その技、正に神速かつ必殺の一刀故に、防げる術無し。

 

その理、主の思想を辿り叶える為のみに在り。

 

見方を変えれば我儘の権化とも言える存在は、極東の地の産物なり。

 

称される事無く、(くらがり)に紛れよ。

 

無情に徹し、掟を破る事無かれ。

 

影に生き、影にて死にたまえ。

 

 

 

これは、様々な夢や野望が集う迷宮都市オラリオにて語り紡がれし、“人斬りファミリア”の物語。

かつて常世にて父に首を斬られた一柱の焔女神とその眷属が記した、“人の業と死の物語”なり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン内部第七階層。

 

新米殺しの異名を取る堅甲の蟻、『キラーアント』や漆黒の十字影『ウォー・シャドウ』等が主に出現し、その固い顎と鋭利な鉤爪を武器に命知らずの冒険者へと襲い掛かる。

 

また他にも物陰や岩裏からは毒の鱗粉を撒き散らす『パープル・モス』や兎型のモンスターである『ニードル・ラビット』が油断した愚か者の足元をすくわんとばかりに身を潜め、狙撃手の如く機会を伺っていた。

 

青く、仄暗い空間は正しく洞窟。

 

ダンジョンにおける登竜門とも言える此処は強さ人数関係無く多くの冒険者が行き来する地点だ。

 

とは言え今の時刻は丑三つ時。

大抵の冒険者は地上に上がるか、更に階層を下った十八階層にある『リヴィラの街』に宿泊するか、のどちらか。

 

つまり、ダンジョン内に今人が居るという事は少々()()()()()()に値する。

 

しかし、そこには夜中の迷宮内を疾走する三人の男があった。

 

名はそれぞれホップ、ライク、メビスと言う。

 

頑健な鎧を身に纏うその姿からして、冒険者だろうか。右から順に直剣、戦斧、弓と装備し、うち禿げ頭のドワーフことライクは背中に巨大なバックを背負っていた。

 

「……ハァ……ハァ、ったくッ、なんでこんな事になっちまったんだよ!」

 

リーダー格の男であるヒュームのホップは、握った直剣で亀裂より産まれたモンスターを倒しながら愚痴を漏らす。

 

表情は険しく、また後方の二人も同様な表情を浮かべていた。

 

「どうすんだよホップ!()()()()、もうすぐそこまできちまってるぞ」

 

「わかってるよンなこたぁ!クソッ!」

 

赤毛の短髪と背負った木弓が特徴的な小人族(パルゥム)の男メビスの()と言う言葉を耳にした途端に、ホップは焦りからか汗腺から更なる脂汗が溢れでた。

 

彼等は中堅ファミリアである、【ソーマ・ファミリア】に所属する冒険者だった。

 

団員の構成人数だけならば都市最多とも言われる【ソーマ・ファミリア】の存在を、最も明白に言葉で言い表すならば『質の悪い連中』だろう。

 

と、言うのも、彼等は皆主神であるソーマが生成する神酒(ソーマ)と呼ばれる酒を求め、ダンジョンに潜り金を稼ごうとする。が、その大半は恐喝や強盗、暴力等の犯罪紛いの行為に手を染めた狂的な団員がファミリアの大半を占めているらしく、中には殺人を犯してまで金をむしり取ろうとする輩も少なからずいる模様。

その粗暴な振る舞いと危険性故にギルドや他のファミリアからは嫌悪されていた。

 

しかし、だ。

一体何が彼等をそんな暴漢連中へと変貌させるのか。

 

それは神酒(ソーマ)の特性にあった。

神の酒と名付けられる程、他の酒とは比にならない幸福感。意識はまるで雲の様に軽くなり、四肢の先に至るまで満たされる快楽は正に至極。

そんなあらゆる幸せを体現したかの様な一口はファミリアの団員を魅了した。

 

ホップ達三人も同様、冒険者依頼(クエスト)達成の報酬に味わった神酒(ソーマ)の味が忘れられなくなり、ダンジョンに死に者狂いで潜り、稼いでいた。

しかしその至極の一杯までへの道程は長く、幸福を得るには大金を要求される。

当然Lv.2に成り立ての冒険者が稼げる額なんぞその一口に比べれば微々たる物で、あの脳に焼き付いて離れない神酒(ソーマ)を飲むには到底足りないのだ。

 

飲みたい。呑みたい。ノミタイ。

 

この世の物とは思えない程気持ちよくて。美味くて。幸せで。

考えるだけでも唾液で口内が洪水が起きる。

 

脳内はあの酒の事で埋め尽くされていた。

 

もう普通の酒では物足りず、渇いて渇いて仕方がなかったある日の事。

 

ダンジョンから出てきた彼等の元にある男から商談を持ちかけられたのだ。

 

内容は都内での麻薬の密売。

 

当然オラリオでは麻薬を医療目的以外で使用する事を固く禁じており、最低でも冒険者資格の剥奪や禁固刑は免れないほど、厳しく取り締まわられている。

 

しかしその分見返りも大きく、一、二回成功するだけで多額の報酬金が手に入るのだ。

 

三人は思わず喉を鳴らした。

 

余りにもハイリスクハイリターンな話。まるで甘い餌を前にした虫になったかの様だ。

 

駄目だと、分かっていた。

 

戻れなくなると、知っていた。

 

堕ちてしまうと、感じていた。

 

でも、それでもあの酒の存在はそんな理性の壁をも簡単に破壊させてしまった。

彼等は悪魔と契約したのだった。

 

そこからは天国の様な日々が続いた。待ち合わせ場所のダンジョン七階層に足を運び、紙袋に包まれた麻薬をサポーター用の大型バックに詰め込み、都市の裏に形成されたルートを使用し指定された売り手へと売る。

 

当然街中を通る為、それなりのリスクはあるものの、好都合な事にメビスが小人族(パルゥム)である為、彼にみすぼらしい格好をさせておけば、非力なサポーターに十分に見えた。

 

その為彼等は三人で協力し、何度も何度も麻薬を運び、対象に売って作った金を全て神酒(ソーマ)へと当てると言う、もはや冒険者と名乗るには相応しく無い、堕落しきった生活を送っていた。

 

欠いた心。

 

例え誰が自分達の運んだ麻薬で薬物中毒になり苦しもうが、神酒(ソーマ)を手に出来るだけの金が入るのであれば全部どうだっていい。

 

そんな良心も理性も欠如した彼等は、今宵もまた麻薬を仕入れるべく意気揚々と第七階層へ足を運んだ。

 

この商談を受ける前までは重くて仕方がなかった足取りも今は、まるで羽を授かった様に軽い。

 

ああ、早く金が欲しい。

 

思わず下衆な笑みが漏れた。

 

そして到着。岩壁に囲まれた小洞窟。他の領域よりも薄暗い此処が彼等の待ち合わせ場所になっていた。

 

「よぉ~旦那ぁ!いつものヤツ受け取りにきたぜぇ」

 

喜色満面の笑みのまま、その場に居るであろう死の商人に声を掛ける。

 

しかし、ホップの声が反響するだけで返事は一つとして帰ってこない。

 

「旦那ぁ、居るんだろ?返事してくれよ、なぁおい」

 

そう叫ぶもやはり返事はおろか、物音一つ返ってこないのだ。

 

「おいホップ、どうなってんだよ?」

 

顔をしかめた、心配性のライクが弱々しげなトーンで二人に声を掛ける。

 

「ったく、わかんねぇよ。いつもなら旦那って言やぁ出てくンのによぉ……」

 

「全くだぜ。一体どういうつもりなんだよ。こんな現場を【ガネーシャ・ファミリア】や()にでも見つかりでもしたらサイアクだぞ」

 

「んなこたぁ理解してんだよ、早くして欲しいんだからよ……なぁ居るんだろ旦那ぁ、おーい!返事ぐらい寄越せっての!おーいってば!おーい!」

 

変わらない沈黙に、一抹の不安が脳内を錯綜する。

 

もしかしてこの取引がばれたか?いや、取引相手はこの道に通じたプロの人間。そんなへまをしでかすとは到底思えない。

 

それに加え男は護衛用にLv.4相当の冒険者崩れの用心棒を三人も雇っていた。例え【ガネーシャ・ファミリア】の団員を相手にしたとしても、そう簡単に殺られたり捕まったりはしない筈。

 

なら、一体この洞穴内で何が起きているのか。

 

いつもは何気無く潜っていた洞窟の入り口に対し、今だけは狂暴な獣があんぐりと漆黒の顎を開いているかの様な、得体の知れない感覚的恐怖心が全身をよぎった。

 

 

 

 

「………………ぁ……な、なあ二人とも、あれ」

 

その時だった。

 

ライクが指した指先には、奥から何者かがゆっくりと歩いて来ていた。

 

ゆっくり、ゆっくり。

 

一歩、一歩。

 

そのシルエットは覚束ない足取りでひたひたとこちらへ近付いてくるではないか。

 

やがてその正体は、三人にとって今一番会いたかった人物である麻薬密売の男だった。

 

「あ、なんだよ。おい旦那ぁ、一体何やって──「ホップ」」

 

ホップの話を遮った男は入り口の少し中にて立ち止まり、静かに顔を上げた。

 

上げて、たった一言。こう言った。

 

 

 

 

 

 

──助けてくれ。

 

 

刹那、男の胸を白銀の刀身が穿った。

 

「おおぁぁあぁハァああッッ!ぁ痛いぃ!いだぁあぁッ!!」

 

心臓を貫かれる、という想像を絶する痛みから来た、耳を塞ぎたくなるような男の絶叫。

 

大量の血飛沫が繰り返し飛散し、辺りを己の血で汚す。

 

その刀身は返り血で徐々に赤色に染まる。

 

服を破き、肉を切り、骨を断った刀身は、男の体内を今なお傷つけ続け、肺や肋骨はもちろんの事刀身が脂で滑り更に下へと下ることで、一文字に裂けた傷口の間からはだらりと男の臓腑が垂れた。

 

鮮やかなピンク色をしたそれを見た三人の顔からは思わず血の気が引き、絶句する。

 

「があぁぁ………ぇぁ……」

 

白目を剥き、血の混じった泡を口から吐き続ける男。

 

しばらく痙攣で体を不規則に跳ねさせるも、数秒後に男はその場で絶命した。

 

緩慢な動きで引き抜かれる刀身。

 

支えを失った男の肉体はその場に崩れ、口を半開きにさせたまま二度と動く事は無かった。

 

「あ、あぁ」

 

モンスターに喰い殺された冒険者の死体は見たことがあった。しかし目の前で、それも人が苦しみ、喘ぎ、泣きじゃくりながら激痛に苛まれ惨殺される。トラウマ必須の光景は三人を恐怖させた。

 

 

 

「全く、だらしない。所詮は豚畜生同然、か」

 

 

 

そんな台詞を吐き、男の骸を踏み現れたのは三白眼の白黒目をした長身の男。後頭部で括られた黒髪は僅かに吹き抜ける風にそよそよと揺れていた。

 

しかしその姿は、一言でいえば少々“奇妙”だった。

 

模様の一切あしらわれていない、闇の如く黒い着流しを身に纏い、その中には極東由来の甲冑である具足を身につけている。

 

腰には白鞘と黒鞘の二振りの太刀を差し、内黒鞘の太刀は抜刀され、黒衣の男の右手に握られていた。反った銀の刀身が特徴的な男の太刀は、まるで『血が啜り足りない』と訴えるかの様に、妖しく、赤く煌めいていた。

 

と、ここまでだと余り違和感は感じず、風変わりな冒険者程度のものでしかない。

 

では一体どこが“奇妙”なのか。

 

それは彼の被る黒い笠だ。

 

冒険者という存在は基本的に顔全体を隠す様な防具や装備品を好まない。最も、その防具が非常に優秀な防御力や特別な何かを有しているなら話は変わるが、理由としては主に二つあり、一つは体、それも首にかかる負担が大きいから、という物。

そしてもう一つは、視界が狭まるという、戦いに身を置く者にとって致命的な欠点があるからだ。視界とは戦闘時に最も多くの情報が入ってくる場所である。その為、視界を邪魔するようなデザインの武具、ましてや男が着用しているような大きな笠は無駄その物なのだ。

 

黒染めの着流し姿に黒い笠。

 

この珍妙な格好を好んで身に纏うなど、このオラリオの中でもただ一つ。

 

【カグツチ・ファミリア】

 

又の名を“人斬り鴉”で知られている、遥か昔に極東より流れ着いた武士(もののふ)のファミリアであった。

 

中でもこの黒笠の男──マガツヒノ・首屠(オビト)はこのファミリアの中における団長もとい筆頭と呼ばれる地位に身を置く人物。

同時に都市最凶の称号を併せ持った彼の性格は冷徹にして残虐。公私問わず一度斬ると決めた相手は決して逃がさないとされ、現に彼に狙われ生き延びた人間は誰一人として居ない。

 

そんな悪魔的実力を持つ彼から一心不乱に逃げ惑い、今に至る。

 

岩陰に三人は隠れ、腰から力が抜け落ちる様にその場に座り込む。体力は限界。必死に逃げ隠れをしたものの、距離を放すどころか、むしろ初めよりも詰められている。おまけに男の立ち回りが絶妙に上手いためか、上層へと続く階段からじわりじわりと遠ざけられ気がつく頃には第七階層の最端へと追い詰められていた。

 

「何だ、もう仕舞いか」

 

抜き身の太刀片手にそう告げる首屠。彼の履く具足が鳴らす、鉄の擦れる音が深夜の洞穴によく響いた。

 

そしてその足はゆっくりではある物の確実にホップ達が身を隠す方へと向かって来ている。カチャリ、カチャリと。三人にとってこの音は正に死神の足音。

死は目前まで迫っていた。

 

「な、なぁ、どうするんだよ。俺まだ死にたくねぇよぉ」

 

ライクは先程の凄惨な光景が忘れられないのか、歯をガチガチと鳴らしながら怯えた表情でホップにすり寄る。

 

「寄るなよ気色わりぃ!俺だって今どうするか考えてんだよ!」

 

怒気を孕んだ声色で叱咤し、乱暴に弾き飛ばすホップ。焦燥に駆られた彼もまた、しっかりとあの光景が焼き付いて離れなかった。

 

自分達も捕まれば、待っているのは確実なる死。

 

心臓を穿たれる。

肺を裂かれる。

腸を破られる。

胃を裂かれる。

骨を断たれる。

 

考えれば考えるだけ、徐々にライク同様震えが止まらなくなった。

 

嫌だ、あんな惨たらしい最期は絶対嫌だ。

 

しかしそんな中、メビスだけは少し違っていた。

 

皆が怯え、自分自身を放すまいと抱き締めていたが、彼は手に弓矢を握っていたのだ。眼には闘志、と言うよりかはむしろ狂気の様な者が宿っていた。

 

「………ェヘ、へへへ、ぇ…」

 

「おいメビス、てめえ何笑って──」

 

立ち上がり、抜刀した弓の弦に矢を引っかける。

 

「殺るぞ、アイツの事」

 

「とち狂ったのか!?無理に決まってんだろうが!相手はあの【カグツチ・ファミリア】の人間、それも筆頭だぞ」

 

「ああそうだ。確かに()()な話だ。たが決して()()じゃねぇ」

 

「あ?どういう事だよ」

 

「奴の格好見てみろ。抜き身の刀二振りしか持っちゃいねぇだろ?飛び道具なんて持ってねぇ訳だ」

 

見れば確かに首屠の携帯している武器はあの腰に差した二振りの太刀のみ。しかし、その太刀こそが今現在に置いて何よりの脅威。

幾ら他の武器を保有していないからと言ってまともに、それも三人が全力で飛びかかっても到底勝てる相手等では無いのだ。

 

「それが一体何だってんだよ」

 

「つまり飛び道具のある俺達の方が有利って訳だよ。安心しろ。作戦はある。いいか………」

 

「…………っ!?成る程な、そう言う作戦か。確かにやってみる価値は大有りだ」

 

「だろ?おいライク、てめぇもドワーフならいつまでもビビってねぇで腹括れこの野郎」

 

「……で、でも。その作戦が失敗したら俺達は──」

 

「ならてめぇは何もせずにただ黙ってくたばるのか?せっかく極上の生活を手に入れたんだぜ?こんな簡単に手放してたまるかよ。それに俺はまだ、死ぬつもりは毛頭ねえしな。お前もそうだろ?な?」

 

「……………チッ、ああ……クソッ!わかったよ。乗るよその話!こちとらずっとリスク背負ってまでやって来た事なんだ……アウトローの意地ぃ見せてやる!」

 

三人は意思を固め、メビスは後方の岩が削れて出来た崖へと全速力で移動し、残る二人は岩陰から飛び出す。ホップは直剣を、ライクは戦斧を汗にまみれ濡れた手で握り込み、戦闘体勢をとった。

 

「ほぉ……向かってくるか」

 

てっきり命乞いをしてくるものだとばかり思っていた首屠は少々拍子抜けな様子を見せる。

しかし変わらずその白黒目で二人に据えた視線を送り、威圧した。

覇気、そう呼ぶにはあまりにもおぞましく、そして禍々しい雰囲気を纏い放つ彼は両足を前後に小さくずらし、正眼の構えをとる。喉元へ真っ直ぐ向いた太刀の切先は周囲のぼやけた光を受け、深い鈍色に輝いていた。

 

「うっ……」

 

気圧され、固めていた表情に亀裂が入るライク。

 

「びびんじゃねぇライク、俺らはちょっとばかし耐えればいいんだからよ。そうすりゃ後はメビスが一撃きめてくれる。あとはタコ殴りにすりゃあ……!」

 

 

俺達の勝ちだ。

 

 

口を三日月状に曲げ、自分自身を鼓舞し、より強い力で剣の柄を握るホップ。

 

一方首屠は動き一つ見せず、ただじっと殺気を滲ませながらこちら側を見据えたままだ。

 

白黒目が鋭く刺さる。

 

思わずたじろぐが、決して退こうとはしなかった。一太刀、そう一太刀さえかわすか防ぐ、もしくは首屠の意識を逸らすかさえすれば。その振り切った直後にメビスの弓が彼の何処かしらを狙い射つ。

幾ら相手が規格外な存在だとしても人である事には代わり無い。なら、当然多少なりとも痛みに動きを止める筈。その隙に、彼等は無茶苦茶でも構わないから攻撃を加えて仕留める。

 

それがメビスが考案した作戦だった。

 

メビスはLv.2だが、父親が狩人だった影響もあり、幼い頃から弓矢の知識や扱いには長けていた。おまけに彼が唯一持つスキルである【狙撃(スナイプ)】は狙撃命中精度、ストッピングパワーを底上げする、と言う弓使いにもこの作戦にももってこいの代物だった為、二人は彼の立案を受け入れたのだ。

 

「頼むぜメビス……こいつの成功の鍵はお前にかかって──」

 

そして、メビスが弓矢を引き絞っているであろう小さな崖の上を見た、その時だった。

 

「あ、あれ?」

 

突然戦闘そっちのけに、辺りを見回すホップ。

 

「お、おいホップ、どうしたんだよ。今は作戦に集中するべきだぞ」

 

「……居ねぇ」

 

「………………は?」

 

「メビスが、居ねぇ」

 

言葉を喪失し、立ち尽くすホップ。初めは彼の言葉を疑っていたが、その姿はやはり見えず、あったのは虚無のみだった。

 

「おい、どいゆうことだよ。ええ?なぁ、おいメビスぅ!早く殺れよおい!」

 

「そうだぜメビス!早く出てこいって!どうせもうスタンバってんだろ、冗談なんて今はいらねぇぞ!」

 

心臓が締め付けられ、冷たい感覚が全身を撫でる。

 

 

消えたメビス。

 

 

 

 

『絶望』

 

 

 

 

刹那、この二文字だけが脳内に浮かび、それ以外の一切を打ち払った。

 

「糞がァァァァァァァァッッ!!あの糞小人族(パルゥム)がぁ!糞ッ!糞ッッ!糞ォォォォッッ!」

 

怨嗟の怒号を上げ、二人を置き見捨てて逃げ去った小人族(パルゥム)の仲間にありったけの罵倒を浴びせた。ライクに至っては放心状態になり、ひたすら「嫌だ、死にたくない」と繰り返し繰り返し唱えている。

 

「ククク……、無様だな豚畜生共」

 

構えを崩し、二人へと抜刀したまま歩み寄る。

 

「ああ!?だれが無様だと?」

 

激昂し、ホップは首屠の方へと勢い良く振り替える。そんな彼に一切の同様を見せること無く、余裕を見せながら嘲笑した。

 

「貴様以外に誰がいる?裏切られ、地に伏せ嘆く姿は実に無様だ。良く似合っているぞ。豚畜生」

 

「うるせぇぇぇあああ!!」

 

目を血走らせ、声を裏返しながら、抜き身の直剣で切りかかる。自暴自棄になり乱れたその太刀筋を、頭の上へと振り上げた直後。

銀の一閃が走ったかと思えば、首屠の後方へと抜けて行ったホップの姿は既に手遅れ。赤い線が出来た首は、空中に血飛沫を撒き散らしながら大きな弧を描き、やがて固い地面へと転がった。

斬られた事にすら気づかなかったのか、切りかかって来た時とさほど変わらない表情で転がり、数メートル先の壁を軽く叩く。

 

重い頭を支える軸と言うだけあり、数十にも渡り重なる筋肉に加え、頑強な脛椎を有している首をたった一刀、それも両者とも動きながら断頭するその行為は誰しもが簡単に出来る技では無い。正しく神業と呼ぶに値するその技術は【カグツチ・ファミリア】の頂に席を置く冒険者──否()()()だからこその芸当なのだ。

 

その一連の光景を見たライクの股間の辺りは湿り、腰が抜けたのか四つん這いになりながら声にならない悲鳴を上げていた。

 

目が合う。

 

足先がこちらを向く。

 

「嫌だ、嫌だァ!………た、た、助けてくれよ、なあ、金ならやるよ。ほら、神酒(ソーマ)だってやるさ。なんなら女だって、し、紹介してやる!懺悔だってする!毎日ま、麻薬に犠牲になった家族とかに、あ、謝りにいくから、土下座するからぁ!なぁお願いだぁ………た、助けてくれ。いや助けて下さ──────ぁ」

 

飛ぶ生首。

 

地に吸い込まれる体。

 

首屠は太刀に付着した血を払い、鞘に納刀した。

 

その後物言わぬ骸になった二人が首から下げていたドッグタグを引きちぎり、懐に仕舞うと、変わりに煙草とジッポライターを手に取る。

 

火をつけ、肺を煙で満たす。

 

「犠牲者はお前の平謝りなんぞ端からこれっぽっちも欲しておらん。一貫して欲するのは、お前達の『絶望した間抜け面』。ただそれだけ、だ」

 

煙草を血の海へ投げ捨て、足で踏み消し、そう言葉を吐露した首屠は無惨に散った屍へ漆黒の背を向ける。

そして既に上の層で待機していた仲間の兇刃によって仕留められているであろう裏切り者(メビス)の元へと、まるで彷徨い歩く幽鬼の如き黒衣姿を影に溶かし、もと来た道を戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

人は業にて生き、欲にて動く。

 

次第に心の深淵には必然なる『罪』が産まれる。

 

やがて業と欲を糧に肥えた『罪』は歪な暴獣(けだもの)と化し、心を縛る理性の鎖を引きちぎる。

 

そうなればもはや、それは人の形をした獣に成り下がる。

 

 

それを斬る。

故に人斬り(われ)有り。

 

 

時代を生かす。

故に人斬り(われ)有り。

 

 

そう、故に人斬り(われ)有り。

 

 

 




はい、こんな感じの作風で行きますので、批評して頂ければ幸いです!

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