高校時代の夏休み、サッカー部の仲間と長崎県の壱岐へキャンプに行った。部のOBが引率してくれた。飯ごう炊さんの夕食を終え、沖合に見えるイカ釣り漁船の明かりが美しい砂浜でのひととき。そのOBが一曲歌った。「♪ひとつひとりじゃ みっつ見果てぬ…」。歌詞はうろ覚えだが、吉田拓郎さんの曲という。切ない調べだった◆筆者より少し上の世代は拓郎さんのファンが多い。知人の一人は飲み会でギターを片手に「拓郎ソング」をよく歌っていた。あの夏に聞いた歌は「ああ青春」という曲名だった。その知人に教えてもらった◆先月、拓郎さんをテレビで見た。76歳。テレビ出演はこの日が最後。音楽活動も年内で一線を退く意向という◆定年制があるサラリーマンと違い、自営業や自由業は、いつまでも働ける。そう思いがちだが、生計を立てる苦労は会社勤めの比ではない。歌手という仕事も、曲が売れなければ食べていけない。自分が好きなもの、表現したいものを世間が好きになってくれるとも限らない。作家や画家など芸術家に共通する苦悩だろう◆拓郎さんの活動は50年を超える。好きな歌手にはいつまでも歌ってほしいが、仕事にも人生にも締め切りがあり、区切りも必要とは思う。でも、あの砂浜で聞いたように、誰かの声で受け継がれる「青春の歌」も心に残る。(義)

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