最終話 浮遊大陸基地、奪還セリ
決死の抵抗を見せたガトランティス艦隊は葬り去られた。無惨に散らばった残骸が漂う空間を突進する連合艦隊は、第八浮遊大陸基地を解放するため最後の決戦に臨もうとしていた。
──アンドロメダ/中央作戦室──
「──問題は我々がどのようにして上陸するかです。周知の通り、大陸基地は中央に主棟、その
「また、索敵からの報告によれば艦艇ドックの天板には火焔直撃砲搭載艦艇を改造した戦車──言うなれば地上戦艦が10隻ずつ配備されており、随所には地対艦誘導弾発射管が多数確認されています」
山南は珍しく頭を抱えていた。ガミラス共和政暫定国家元首──レドフ・ヒスからの要望で、今後の半永続的運用を考えて第八浮遊大陸基地には極力傷をつけないで欲しいという注文が下っていたのだ。しかし、"やらなければやられる"。この言葉が山南の脳裏に過ぎっていた。
「戦術長、EMP魚雷はまだあるか?」
「いえ、先刻の対新型艦戦で全弾を損耗しました。なにぶん、試作段階の兵器でしたので本数はあまり積んでおらず…」
EMP魚雷は南重研(南部重化学工業研究機構)が現在製造に着手している新型兵器であった。敵艦の機関を麻痺させるほど強力な電磁パルスを発生させる重魚雷は、国連宇宙軍時代から研究プロット自体はあったものの実用化には至っておらず、時間断層兵器製造工廠での度重なるトライアンドエラーの結果、ここ数ヶ月内にプロトタイプができたのだった。時に時間断層内標準時、西暦2223年8月30日の事である。
「そうか──こりゃさっきの掃討戦より厄介だな」
「提督、まもなく規定時間を超過します。如何なさいますか?」
「──こうなれば、ヤマトが行った古事に習おう。残存している金剛改型と主力戦艦を再編し特務部隊を編成。及び、特務部隊全艦にはロケットアンカーの射出が可能か確かめておいてくれ」
「ロケットアンカーですか?は、はい。分かりました」
「それとゼルグート級は上陸に備えて待機。他の全ガミラス艦はゼルグート級の直掩に回るように。実地試験を兼ねて作戦は第二艦橋戦闘指揮所にて行う。解散」
照明が点灯すると同時に山南の元にアンドロメダ戦術長──羽生 慶悟一等宙尉が駆け寄った。手にはタブレット端末を所持している。
「提督。索敵から先程報告が。第八浮遊大陸基地内に高密度のエネルギーを感知したそうです 」
「なに?それは敵の機関熱源か?というか、浮遊大陸基地の動力炉ではないのか?」
「いえ。動力炉の推定8万倍のエネルギーが第八浮遊大陸基地のこの場所に存在しています」
羽生が指さした場所は第八浮遊大陸基地の中心に安置されている動力炉の直下500m地点だった。この区域は直通エレベーターは愚か、そこへ通ずる道ひとつないはずの場所だった。
「なぜこれを見つけられたんだ?タキオンレーダーにはそんな熱源など──」
「いえ。本艦にのみ試作段階で搭載されていた零式遠透過望遠式熱源探知レーダーが偶然にも捉えたのです。システム上のエラーという可能性もありますが──」
「そうか──ひとまず、この情報を秘匿。本土へ撤収した後、然るべき対応を連邦政府に練ってもらおう。末端の指揮官にどうこうできる事象ではないだろう」
「分かりました」
(──やはりこの基地には裏があったか。 ガミラスの連中は一体何を隠しているんだ)
山南は疑心暗鬼になる心を沈ませ、中央作戦室を後にした。
─ガトランティス宇宙軍天の川銀河遠征軍
第八浮遊大陸基地駐留陸戦隊旗艦"ギョベクリ・テペ"─
今回のガトランティス遠征軍には第八浮遊大陸基地の直接防衛という名目でメダルーサ級を改造した"メダルーサ改級戦略要塞型陸上戦艦"が配備されていた。火焔直撃砲は搭載されていないものの、メダルーサ級特有の5連装大砲塔や各種砲雷兵器は温存されており、艦尾の飛行甲板も残されていた。艦載機は攻殻局地戦闘機──イーターを30機満載しているため、陸上戦艦としては最高の戦力を有していた。見方によっては"駆動型要塞"とも捉えられるだろう。
主機はガトランティス式波動機関を撤廃し、反重力機関を搭載したことによって重力圏/大気圏での浮遊移動を可能にしていた。しかし、大気圏外での航行能力は皆無であり、輸送時もククルカン級駆逐艦に曳航されながら第八浮遊大陸基地に辿り着いたのである。
「隊長。敵艦隊が接近中、距離1万5000」
「ダガームの艦隊は打ち滅ぼされたか…。先代と違い、人格者であり軍人としての才能もあった…」
そう言った彼は、第八八独立陸戦隊隊長──オイリス・べインザー大将。今回の遠征軍陸戦隊の隊長で、第八浮遊大陸基地に召還された1等ガトランティス人ある。ゴルド・ダガームとべインザーは様々な戦線で共闘してきた戦友であり、ライバルでもあった。
「全艦戦闘配備!ポイントDにて集結、敵を迎え撃つ」
べインザーの呼応に応じて、各地点にて待機していたメダルーサ級地上戦艦が第八浮遊大陸基地の正門直上に集結。連合艦隊の迎撃準備に入った。
──アンドロメダ/第二艦橋戦闘指揮所(CIC)──
第一艦橋の直下には戦闘指揮所を兼ねた第二艦橋が設置されていた。メインクルー以外にも情報長、観測長、砲雷長席を完備。緻密な作戦遂行を可能にしている。
「特務部隊、全艦のロケットアンカー射出テストを終える」
「誘導部隊、配置転換完了。出撃順備完了」
「よし、全艦第一種戦闘配備。誘導部隊に連絡、行動を開始せよ」
今回の作戦では国単位で分かれていた艦隊を統合し、特務部隊と誘導部隊に再編した。特務部隊は金剛型宇宙戦艦とドレッドノート級主力宇宙戦艦で構成、誘導部隊は村雨改型宇宙巡洋艦、磯風改型突撃宇宙駆逐艦で構成されている。第八浮遊大陸基地の上空にはガミラス艦隊が待機。然るべき時点で第八浮遊大陸基地への強襲上陸を仕掛けようとしていた。
「誘導部隊、敵陸上戦艦に接近します」
中小艦で構成される誘導部隊が得意の機動力を遺憾無く発揮する。
──ギョベクリ・テペ/戦闘指揮所──
「敵艦70接近!」
「敵は小型艦だ、恐らく砲載兵器は当たらないだろう。基地に置かれている全誘導弾を発射、陸戦隊全艦も誘導弾を発射せよ」
第八浮遊大陸基地随所から多数の艦対艦誘導弾が発射された。誘導弾は一直線に誘導部隊へと向かう。
─誘導部隊旗艦
タイコンデロガ改級宇宙巡洋艦 "シャイロー"/艦橋─
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シャイロー艦長の命令とともに艦橋基部に方舷4基ずつ設置されている発射管よりチャフが放たれる。同時に各艦も発射、ミサイルを回避しつつ第八浮遊大陸基地に接近する。
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シャイローの艦首発射管より勢いよく噴進魚雷が発射されるが、命中する直前で対空砲火に巻き込まれ排除される。また、度重なる誘導弾の応酬により村雨改型が2隻、磯風改型が5隻落伍した。
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──アンドロメダ/第二艦橋戦闘指揮所──
「流石、火焔直撃砲搭載艦艇を改造しただけはある。なかなか戦線を押し込めないなぁ」
「──提督、特務部隊の配置完了。慣性航行により接近したので機関熱源は探知されてないと思います」
「よし。特務部隊に連絡、例の行動に移せ。誘導部隊は撹乱し続けよ」
──特務部隊旗艦
イルマリネン改級宇宙戦艦ヴァイナモイネン──
全てが戦艦のみで構成された特務部隊がメダルーサ級地上戦艦の直上から殴りかかった。しかし、砲撃で殴りかかった訳では無い。
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戦艦だけで構成されている理由──それこそがロケットアンカーであった。金剛改型宇宙戦艦及びドレッドノート級主力宇宙戦艦は97式噴進空間錨──通称"ロケットアンカー"を標準装備しており、嘗てメダルーサ級を葬ったヤマトはこのロケットアンカーと近接戦闘を掛け合わせてこの海戦を勝利に導いた。山南はこれに倣おうとしたのだ。
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唯一の女性艦長兼艦隊提督──エヴァリーナ・ランタライネンの怒号が艦橋に木霊する。各艦が各目標通りに投射したロケットアンカーは綺麗な弧を描き、着錨した。直後に全艦が逆噴射及びロケットアンカーの巻き取りを開始。メダルーサ級地上戦艦を第八浮遊大陸基地の天板から滑落させ、プロキウルスに墜落させる三段であった。
──ギョベクリ・テペ/戦闘指揮所──
「敵襲!上空より奇襲です!」
「敵の宇宙錨が本艦の右舷後方と右舷前方に命中!」
「味方艦6隻が敵艦に牽引され滑落!復帰困難!」
「狼狽えるな!あの錨を焼き切るんだ、統制砲撃開始!」
しかし、ガトランティス陸戦隊も負けてはいなかった。既に引き摺り落とされた艦もあったが、残存艦が応戦を開始。一気に3隻の金剛改型宇宙戦艦を葬り去った。また、ギョベクリ・テペよりイーターが出撃。特務部隊の下方より水雷攻撃を敢行する。
しかし、誘導部隊がビーム撹乱弾をメダルーサ級地上戦艦の近くで投射。レーザー兵器を無効化し、さらにミサイルを発射。地上に配備されていた地対艦誘導弾発射管を撃滅する。
「陸戦隊、被害甚大!残存艦は本艦を含め地上戦艦型7!」
「全艦に再度イーターの出撃を命令。そして一時後退、敵の錨の餌食になるな」
ロケットアンカーを焼き切った艦から順に後退を開始。同時にイーターを出撃させ応戦の構えを固めた。しかし、誘導部隊の応酬が凄まじく、撹乱され続けたイーター隊と陸戦隊は混迷を極めた。
「イーター、3分の2が撃破!11番艦及び39番艦の弾薬欠乏を確認」
「砲撃目標、敵戦艦に限定。砲撃開始!」
ビーム撹乱弾をすり抜け、放たれた衝撃砲が金剛改型宇宙戦艦を襲う。波動防壁すら貫通する貫徹力は金剛改型宇宙戦艦の正面装甲などいとも簡単に貫いた。次々に放たれる衝撃砲にさしもの特務部隊も限界を迎えつつあった。
──ドレッドノート級主力宇宙戦艦
ドレッドノート/艦橋──
金剛改型宇宙戦艦より一回り大きいドレッドノート級主力宇宙戦艦は、メダルーサ級の砲撃を喰らっても耐えられる装甲を有していた。しかし、ネームシップのドレッドノートは7発の被弾により装甲は瓦解しており、第二砲塔の基部が丸裸になっていた。
「このままでは損耗率が半分を超えます。第八浮遊大陸基地を傷つけずに奪還せよとの命令でしたか、ここは直接砲撃にて敵を撃滅しましょう!」
「やむおえんな──主砲三式弾装填。砲撃目標、敵地上戦艦」
ドレッドノートの第一砲塔が稼働し砲室に三式弾が装填される。砲身が仰角を取り、砲口がメダルーサ級地上戦艦に向いた。
「目標キルトラック1130、射線確保。射撃準備よし」
「撃ち方はじめっ!」
「撃て!」
轟音と共に三式弾が放たれた。弧を描きつつ地上戦艦に接近し大砲塔に命中。1隻を撃沈した。
「次弾装填、目標キルトラック1122」
──アンドロメダ/第二艦橋──
「ドレッドノートが直接砲撃にて1隻を撃沈しました」
「仕方がないだろう。艦艇の損耗率と基地の損傷を天秤にかけてどちらが重たいかはわかっている事だ。特務部隊に命令、直接砲撃にて敵艦隊を撃滅せよ」
そこからの戦闘は素早かった。直接砲撃命令が上がった特務部隊は今までの業を返済する如く砲火を集中。次々に撃沈し、遂に旗艦ギョベクリ・テペを撃破した。アンドロメダの元に届いた電文は以下の通りである。
──我々は大帝陛下の御心を傷つけ、大祖国と大帝陛下に不名誉な泥を塗ってしまった。ここに全艦吶喊を命じ、以て大帝陛下への罪滅ぼしとさせて頂く。偉大なる大帝、偉大なる祖国万歳!
「奴らとは同じメンタリティでは無いと思っていたが、こんな奴らも居たのだな」
山南は敬礼し、速やかに第八浮遊大陸基地への上陸を命じた。制空権及び制宙権を掌握したガミラス上陸艦隊は護衛の戦車、宇宙艦艇、戦闘機すら存在しないもぬけの殻となった第八浮遊大陸基地に軟着陸した。ゼルグート級は臣民の壁を放棄し南西艦艇ドック天板に上陸。次々と強襲揚陸艇を放ち、第八浮遊大陸基地の正門を陥落させた。上陸部隊は旧大ガミラス帝国秘密警察出身や空挺団出身のエリートのみで構成されており、第八浮遊大陸基地を速やかに奪還した。
地球艦隊の空母機動部隊からも空間騎兵隊第1~第10連隊を満載したコスモシーガルが発進。基地北東の物資運搬口から侵入し、基地の動力炉を確保した。そして、捕らえられていたガミラス人を解放し司令部を占拠。各地点に散在した末端の兵士たちを制圧し、地球標準時23時41分。遂に第八浮遊大陸基地の奪還に成功した。
これを祝し、山南は無線機を手に取った。
「諸君。私は連合艦隊司令長官の山南 修である。今回の戦闘、大変ご苦労であった。これより艦隊は第八浮遊大陸基地にて3日間停泊、各種被害状況の有無と休息を終えた後、地球へと帰還する。以上だ」
「山南提督、お疲れ様でした」
生田目が山南に敬礼しながら言った。山南は「君も御苦労であった」と労いの言葉を掛けて、第二艦橋を後にし艦長室へと戻った。
─ガミラス共和政臨時首都:バレラス
ガミラス共和政臨時政府秘密部屋─
大ガミラス帝国の崩壊は旧帝都バレラスに落伍しているバレラスタワーが象徴している。そんなバレラスタワーを後目に建設された臨時政府塔の地下にその部屋はあった。
「長官。テロン駐留第3軍より報告です。第八浮遊大陸基地の奪還に成功した、と」
「そうですか。例の"装置"は無事だったのですね?」
「ええ。熱源の確認も取れていると」
「これで"あの艦"を動かせるわけですねぇ」
「しかし、ヒス元首にも話をせずにこの計画を断行するのですか?」
「あの方はこの計画を支持しないはずです。テロンとの融和路線に舵を切ったお方ですからまず間違いないでしょう。これは私たちが成し遂げるべき国家と母星への献身なのです」
そう言った男の左目には大きな傷が入っていた。それが戦による傷なのか、生まれつきなのかは分からない。しかし、その男は山南のようにメラン産の紅茶を嗜む人物であった。
薄暗い部屋で照らされている"ハーゲル計画"と書かれた帳簿をその男はゆっくりと閉じたのであった。
第八浮遊大陸基地奪還作戦:終劇