山崎夕貴 看板アナが振り返る「新人の時のショックだった一言」あの時があるから今がある
芸能人や著名人が、生きざまや本音をじっくりと語るロングインタビュー。トップスターや時の人の言葉には、人の心を揺さぶる力があります。(2022年4月3日掲載。所属、年齢など当時)
「ヤマサキパン」が帰ってきた。4月スタートのフジテレビ系情報バラエティー「ポップUP!」(月~金曜午前11時45分)の進行MCを務める山崎夕貴アナウンサー(34)。充電を経ての1年ぶり生放送の帯番組で、先輩の佐野瑞樹アナウンサー(50)と組み、個性的な日替わり出演者を回している。
★佐野瑞樹アナとコンビ
4月4日の月曜日から「ポップUP!」がスタート。生放送の帯番組は昨年3月に終了した朝のワイドショー「とくダネ!」以来だ。
「この1年は私にとって必要な期間だったなと思いました。『とくダネ!』が終わって帯番組につかないって言われた時、入社してからはほぼついていたので、最初は『必要とされなくなってしまったのかな』みたいに考えてしまう時期もあったんです。なんていうんですかね、その勤務の変化を受け入れる期間っていうのが1カ月くらいは必要だったんです。長いか、短いかは、それぞれですが」
帯番組のない生活は、新たな刺激を与えてくれた。
「平日の朝日が昇っている時間に起きるっていう経験が、初めてに近かったんです。それまでは、まだ暗いうちに起きることが多かったので、体調を整える期間でもありました。あとは1年間、仕事に追われ続けるという生活じゃなくなったんですね。なんていうんですかね。エネルギーを充電してきた。それまでは圧倒的に、毎日、毎日アウトプットなので、インプットする時間がなかった。空っぽの自分が、ずっとアウトプットし続けることへの抵抗みたいな思いはありました。それがこの1年間の間に、今まで勉強したかったこととか、世の中の変化とか、いろいろなことをちゃんとインプットできました。1年たってみて、私は仕事がしたい人間なんだって気付けた時間でもありました。次に前向きに向かうための必要な期間だった」
新人の時にエース候補の称号「ヤマサキパン」を与えられて、入社2年目からは帯番組に起用され続けていた。「山崎夕貴、出てないんだ」という視聴者の声も聞こえてきた。
「逆に、そういう声があると、必要とされてるんだなと。最初は、いろいろ持っていても、見てくださる人の声がある、聞こえてくる。ありがたいことに『また見たいね』って言ってくれる人もいました。自分の中で、毎日すごく充実してていました。お仕事がいただけることはありがたかったんですけど、あまりにもせわしなくて。もしかしたらこのまま働き続けてたら、どこかで爆発していたかもしれない。もう全て投げ出したいと思っていたかもしれない。1年間、生の帯番組を休養したことで、お仕事したいという気持ちに変わったんですよ。ああ、それが自分の中ですごく大切な気持ちの変化だなと」
明るく、元気なヤマサキパンだけじゃない。新たな一面も見せている。
「この年代だからこそ、この番組にきっと役に立つような発言とか発信ができるかもと思っています。徐々に、自分の中で納得させるというか。必要としてくれるんだったら、あの頑張りたいなという気持ちが、少しずつ芽生えてきました。最初、私で大丈夫かなっていう気持ちがありました」
フジテレビの正午帯の時間帯。坂上忍(55)が8年、タモリ(76)が33年も担ったフジテレビの看板枠だ。
「意外と、そこの枠っていうのはあまりプレッシャーを感じていなくて。全く別の番組なので。今までも、ずっと長く続いてる『めざましテレビ』とか『とくダネ!』に途中から入る経験をしているので。枠を引き継ぐっていう意識よりは、2時間という1日の中での大きな時間を、任されるということへプレッシャーといいますか、そっちの方が大きいですね」
コンビを組むのは佐野瑞樹アナウンサー(50)。10年10月から12年3月まで「めざましどようびメガ」でコンビを組んだ。
「『めざましどようび』の後に45分間やってる番組で、私が新人の時にMCを担当させていただきました。1年半、佐野さんと一緒にでした。情報番組ではそれだけなんですけど、バラエティーでたくさん共演しているので、もう本当に仲良しの、何の気も使わない佐野先輩が相方で、ほんとにうれしいです。佐野さんって、偉大なのは後輩が萎縮しない空気を作ってくれるんです。そういう先輩って結構いない。やっぱりそういう先輩になりたくても、なかなかなれないですよね。どうしても年齢が上の方には、どんな時でも多少は気を使いますし。計算しているのか、天然でやっていてくださっているのか、すごくありがたいです。実は本当はすごい方なんですけど、バラエティーではすごい感じを一切出さなくて。すごい感じが出せないのかもしれませんが(笑い)。どうやっているのか分からないですけど、キャリアがなせる技ですよね。若い頃から、ああいう先輩になりたいと思っていましたが、なりたいと思ってなれるもんじゃないです」
◆山崎夕貴(やまさき・ゆき)1987年(昭62)8月4日、岡山県生まれ。岡山大経済学部在学中の07年、第25代倉敷小町(親善大使)。現在のレギュラーは「ポップUP!」と「ワイドナショー」。18年3月にお笑い芸人、おばたのお兄さんと結婚。趣味は映画観賞、旅行、カラオケ、ピアノ。英検2級、漢検2級、書道10段。モットーは「必要なことは、必要なときに、必要なだけ起こる」。血液型O。
お昼の時間帯の視聴者層は家庭にいる主婦が中心だ。
「お昼前の『ノンストップ!』の時も主婦の方だったと思うんです。その時は、私がまだ20代。その若い時よりも、今の方が視聴者の方に私の年代が近づいて来ていると思うんです。なので、より視聴者の皆さんに響くような発信ができるんじゃないかなとは思っています。うちの親がね。すごい厳しいんですよ。うちの母親はあら探しの目線で、岡山の倉敷で見ているんです。『夕貴ちゃんのこういう発言とか、リアクションとか立ち振る舞いは、私たちから見るとすごい嫌』みたいなポイントが明確に厳しいですね。それを新人の時からたたき込まれているんです。でも、ちゃんと見てくれてるわけです。急に、何かを言うわけじゃないですからね。昔は正直、うるさいなと思うこともありました。でも、そのおかげで、主婦の方に嫌われないようになりたいなと。なんていうか、親に嫌われなければ大丈夫かなみたいな(笑い)」
入社して10年ちょっとのキャリアで、多くのビッグなタレントと番組を担当した。とんねるずも、ダウンタウン松本人志もお気に入りだ。
「私、めちゃめちゃ緊張する方なんですよ。だけど、本当にラッキーだなと思います。『とくダネ!』の3年間は毎日、自分のプレゼンの前は震えてましたから。昔から先生に怒られたくないとか、親に怒られたくないとか、結構ちゃんとやりたいし、ちゃんと、気を使って怒られずに来たわけですね。なので、生放送でも失敗したくないとか、下手って思われたくないとか。だから緊張しすぎて、アドレナリンが出すぎるんだと思うですよ。それで、振り切れちゃって大物芸人の方にもちょっと変なテンショ上がってる状態で、なんでも言っちゃうっていうのがあるかもしれないですね」
お笑い芸人のおばたのお兄さん(33)と結婚して4年。YouTubeチャンネルで、夫婦共演もしている。
「私のことを、応援してくれています。夫も、結構ありがたいことに、お仕事が忙しそうで。専業主婦だったら、食事面とかを毎日、もっとサポートをしてあげられると思うんですけどね。でも、夫も私がお仕事で生き生きしてる姿をすごく応援してくれています。仕事の仕方は、夫婦で似ているかもしれないですね。私は誰にも怒られたくなくて、失敗したくなくて一生懸命やってるだけなんですけど、それが後輩たちから見るとたまにストイックに映るみたいで。仕事に対する悩みもストイックすぎる時があるんですが、夫に相談するとすごく共感してもらえるんです。夫もすごくストイックなので」
現在34歳。4月から入社13年目に突入した。
「後輩が増えてきたので、後輩のためにモデルとなるような、背中で見せられる存在ではありたいなとは思っています。私は、最初は加藤綾子さんが身近にいて、加藤さんは毎日毎日お忙しくていても、本当に全員に気配りができて、みんなから好かれる存在でした。まねしたくてもまねできない大きな先輩でした。あとは島田彩香さん、中村仁美さん、生野陽子さんたちに、人生の先輩として全てを相談していました。先輩たちは、やっぱりかっこいいじゃないですか。バリバリ仕事している、あんな先輩たちになりたいなと思っています。人生の節目とか、お仕事のこととか割と相談してますね。私、めちゃくちゃ相談するんですよ」
女性アナウンサーの先輩だけじゃない。「とくダネ!」で3年間、苦楽を共にした伊藤利尋アナウンサー(49)にも相談している。
「すごく相談します。『とくダネ!』で、3年間一緒だったので、テクニック的なものを伊藤さんと倉田(大誠)さんに聞いてました。男の先輩も、女の先輩も、結構迷った時になんかこう道を示してくださるんですよね。伊藤さんとか、本当に大人なので真面目に答えてくれるんです。私が一言ったら、十理解してくれるんで助かります。佐野さんは一言ったら、一理解してくれます(笑い)。同じタイプじゃないから、いいんだと思いますよね。逆にね、みんながみんな真面目に答えてくれてもねぇ。いろいろな選択肢があるということですね(笑い)」
今まで12年間、やっていて最大のピンチは新人の時にあった。
「新人の時に『ヤマサキパン』をやっていて、それが終わった。打ち上げの席で酔っぱらったディレクターに『お前は、もうちょっとなんか人から好かれないとダメだ』みたいなこと言われて、めちゃくちゃショックだったんです。ひどい、ひどい! でも今、思い返せば、やっぱり大学生気分が抜けてなかった。メールの返信も遅かったですし、あいさつとかもやってるつもりでしたけど、アナウンサーって人と同じじゃ、人の心を開けないという。人よりも気遣いとかあいさつとか、そういうものが必要だったなと思います。1年目の時にその言葉で気づかされました。すごくショックでしたけど、自分の働き方とか生き方が変わりました」
アナウンサーとして、そして会社員としてやってみたいことがある。
「ありがたいことに、本当にいろんな番組に出させていただいている。これがやってみたいというのは、あまりなくて、1つずつのお仕事を一生懸命やらせていただくっていう形になるんですけど。でも、アナウンサーって、どうしても会社員なのに会社員的なことができないって見られがちなんです。その世の中の空気を変えたいなと思っています。アナウンサーって会社員なんですけど、いわゆる会社員的なデスクワークとか調整とかが苦手な人が多いんです。そういうのもきちんとできるスーパーアナウンサーみたいな存在になりたいですね」
フジテレビを代表する看板アナウンサー。だが、フリーへの転身については考えていないという。
「フリーはね、やっぱり夫が不安定なんで。芸人さんですからね。夫は『いつ辞めてもいいよ』って、言ってくれてるんですけど。夫もお仕事をたくさんいただいてるんですけどね。でも夫の収入に関係なく、私は多分、会社員の方が向いていると思っているんです。岡山で生まれ育って、大学まで岡山にいたので、フリーで仕事するみたいなのがしっくり来なくて。岡山の周りに、そういう方が1人もいなかったんで。東京に出てきて、そういう働き方もあるんだって知ったんですけど。うちは両親とも60代なんですが、まだフルタイムで働いていているんです。定年を迎えても、その後も働き続けているんです。その影響で、会社勤めとか、そういうものが身近にずっとあるので。自分がフリーランスで働くっていうのが、いまだにちょっとしっくり来ない部分がありまして。まあ、夫も不安定ですし、夫がのびのび仕事できるためにも、私は会社員でやりたいなと思います。やっぱりフジテレビの中にいて、楽しくやっていっていうのが一番のような気がします。西山喜久恵さんとか佐々木恭子さんとか、かっこいい先輩たちがたくさんいるので。あんな後輩たちから憧れられる先輩になれるようにがんばります」