要するに真に孤独な修行というのは無いということ
「同行二人」は伊達じゃない
自分が自分自身に囚われているから、自分は一人だ、孤独だと思うのであって、人は完全に独立して存在できないというのは仏教の根幹の教えでもある
私の祈祷を受けている人の家には
常に神祇の使神や眷属が常駐している
引用ツイート
古川陽明
@furunomitama
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自分ではよくわからないが
信頼の出来る阿闍梨が私には転生前から修行中の龍がいると言われたこともあるし
信頼の出来る霊能者が私の背後の守護霊や指導霊なども一緒に修行していると言われたこともある
誰でも読経すれば仏の説法を聞きに霊的な存在が集まるというし
祝詞を奏上すれば神霊が集う
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