今も愛される森高千里さんの名曲「渡良瀬橋」が世に出て、30年近い。関東平野の北部、栃木県足利市を舞台に人気歌手自らが作詞した。この街に生きる女性が別れた恋人を思う歌。橋や川と並ぶキーワードが公衆電話だ▲かつて都会から会いに来た彼と、二人で歩いた街。理髪店の前の角にある電話から「思わずかけたくて」何度も受話器を取る―。切なさが伝わる一節は、足利を訪れた森高さんが実在の電話ボックスを見て言葉にした▲歌に映画にドラマ。平成の途中まで「公衆」は重要な場面によく出てきた。親のいる家からはかけにくい。下宿に電話がない。そんな若者に欠かせない恋愛ツールでもあったが、携帯の全盛でじわじわ姿を消していく▲KDDIの通信障害で携帯が使えず、街角の電話に初めて並んで戸惑う人がいたのも無理はない。中国地方でも10年で3割減り、今後10年でさらに半減という。非常時はまだ役立つのに▲「渡良瀬橋」はご当地に加えて全国で歌い継がれ、あの電話ボックスも観光名所に。NTT側で一時、撤去を決めたが地元の願いで維持したと聞く。万一の備えとともに電話のある風景を残す。粋な計らいは、もっとあっていい。