復讐や抵抗、暴動や反乱、暗殺やテロは誰にも気づかれないように準備し、静かに、敵の意表を突いて、実行されなければならない。
山上容疑者は20年以上もの長きにわたり、怨恨を募らせ、この原則通りに行動した。地方遊説中、警備の薄い奈良・大和西大寺駅前を選び、支持者を装い、背後約6メートルまで接近し、限りなく火縄銃に近い手製の散弾銃で元首相を銃撃し、周囲の人間を一切傷つけず、即死に近い形で死に至らしめた。
周到な計画と目的なしに暗殺は滅多に成功しない。このハンドメイド・テロは新自由主義者が好む自助努力の結晶といってもいいくらいである。ちなみに『パンとサーカス』にはテロリズムに走る元自衛官が登場するが、その名前は山上と一字違いの池上となっている。
取り調べでの山上容疑者の供述は微妙に加工されるだろう。あくまで、これは政治テロではない、安倍元首相に対する直接的な恨みではない、精神鑑定の必要があるなどと発表し、犯行動機を意図的に曖昧にし、政治に遠因があることを目立たなくするだろう。
事件から一週間ほど経過した頃から山上容疑者のものと思われるネットへの書き込みが出回り、すぐに削除された。韓国へのヘイト発言、安倍元首相の功績を称える文言などを読む限り、山上は「冷笑系ネトウヨ」と見做される言動を意図的にとっていたことがわかる。これ自体が暗殺ターゲットに接近しやすくするカモフラージュだったかもしれない。少なくとも、安倍の批判者がテロを誘発したという風説は山上本人によって否定されたようなものだ。
100年前の暗殺の連鎖の時も、戦後の暗殺、暗殺未遂事件のほとんどのケースでも、実行犯は右翼だった。「君側の奸」を撃つというのが戦前の暗殺の動機だが、安倍元首相の祖父岸信介の暗殺未遂は、アメリカに日本を売った売国右翼に対する愛国右翼による逆恨みという側面があった。そしてその62年後、祖父を敬愛する孫が旧統一教会に深い恨みを抱く生活苦のネトウヨに暗殺されたと考えれば、歴史は反復されたというしかない。