アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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第四章 王都
1.竜虎


 

 

 

 

 ──長い平原に敷かれた街道を、漆黒の騎士が往く。

 

 上等な黒の全身鎧(フルプレート)から伸びる真紅の外套が、騎乗する馬の歩みの揺れに従って左右に振れていた。

 

 騎士の乗る栗毛の馬は、まるでチタン合金ワイヤーで編んだ様な筋繊維を体の隅々まで行き渡らせており、一目で駿馬と分かるほどの威容だ。そんな馬に乗る騎士の姿は言うまでもなく英雄そのものであり、牧歌的な風景の中に於いては些か浮いてしまうものがある。

 

 ……しかしその騎士も馬も、実際の印象と中身は異なるものだ。

 

 騎士の名はモモンガ、或いはモモン。もう一つの名をアルベド。英雄とは縁遠い悪魔(サキュバス)であり、鎧の中身は傾城傾国の美女の見た目をしていながら、魂は小市民の底辺日本人男性(すずきさとる)というチグハグ面白人間である。

 

 英雄然とした見た目とは裏腹に、残念ながら彼は世の為人の為などという大義は生憎持ち合わせていない。

 

 また、兜を脱げば女神の様な(かんばせ)が現れるのだが、これも残念なことにその美しさとは対極にある一般成人男性の価値観しか持ち合わせてない。

 

 馬も『動物の像・戦闘馬(スタチュー・オブ・アニマル・ウォーホース)』というマジックアイテムで召喚したゴーレムの一種であるので、人馬共々外見だけで本質をぴたりと当てられる者は誰もいないだろう。

 

 そんな見た目だけは完璧美女英雄のモモンガは、馬をゆっくりと歩かせながら現在王都を目指している。ぽっからぱっからと呑気な馬の蹄の音を聞きながら、彼は気ままな旅を満喫していた。

 

 どこまでも続く平原。

 澄み渡る空気が草葉を揺らし、蒼穹には朧げな雲が揺蕩っている。

 

 それは、鈴木悟が暮らしていた地球では失われた美しい光景だった。

 

 

(こんな長閑な光景、ブループラネットさんに見せてあげたいよ)

 

 

 温かな日差しを受けながら、モモンガは嘗ての仲間の一人を思い出していた。この世界に来るべきなのは彼だったのではと今でも思っている。

 

 世界はこんなにも美しく、穏やかだ。

 

 モモンガはそろそろランチにしようかと考えたところで──

 

 

「……どうした?」

 

 

 ──首を傾げた。

 

 馬が止まったのだ。

 疲れや怖れを知らない、命令にひらすら忠実なゴーレムが、何の命令も受けずに停止した。まさか疲れたから休ませてくれというわけではあるまい。

 

 モモンガは何か不具合でも起きたのかと馬から下りようとして──街道の先に、小さなシルエットを見た。

 

 ひたすらに何もない道が続いていたのに、いつの間にかそれはそこにいた。

 

 それは、騎士……としか表しようがない存在だった。

 

 モモンガの漆黒と対を成す様な白金の鎧を纏っている。こんな何もない平原で、馬もなくただ一人、その騎士は佇んでいた。

 

 

(……なんだ?)

 

 

 モモンガも人のことを言えた身ではないが、この世界での全身鎧を纏った戦士とはそれだけで目立つ。エ・ランテルにいたミスリル級冒険者チームの中にもいないばかりか、王国戦士長たるガゼフ・ストロノーフでさえ、全身鎧は着込んでいなかった。

 

 故に目立つ。

 特異な存在として、モモンガの目にその騎士は映る。

 

 騎士はまるでモモンガのことを待っているようだった。もしかしたら違うのかもしれない。

 

 ただそこにじっとして、兜の下からこちらを視ているような……気がする。

 

 

「……」

 

 

 下馬したモモンガは待機の指示を馬に出し、ゆるりと白金の騎士に歩みよっていく。

 

 ……そして気づく。

 馬が停止した理由に。

 

 

(結界の類か?)

 

 

 騎士を中心に、何か薄膜の様な壁が展開されていた。恐る恐るそれに触れても、何も起きない。指だけを通過させたが、異変は起こらなかった。有害なものではなさそうではあるが──

 

 

(俺への敵対行為か……そうではないか、しかし問いただして見なければ分からない、か)

 

 

 ──モモンガは、自身の警戒レベルを引き上げた。

 

 

「そこの白金の騎士!」

 

 

 ソプラノの声がよく通る。

 騎士はモモンガの声に気づいた様で、僅かに首を動かした。

 

 

「この結界を張ったのは貴方でしょう! 馬が通れないのですが!」

 

「ああ……悪かったね」

 

 

 騎士の声は落ち着いたものだった。

 声は存外若かったが、何か得体の知れない深みを感じさせる不思議な声だ。しかし語気に敵意はない。彼が何かしたのか、結界はいつの間にか掻き消えていて、馬もホッとしたように小さく嘶いた。

 

 

「……今のは?」

 

 

 馬の手綱を引いて騎士に歩み寄るモモンガは、抽象的な質問を投げた。それの指す内容は言うべくもないだろう。

 

 

「……『生まれながらの異能(タレント)』だよ。上手く制御できなくてね。たまにああやって、暴発してしまうんだ」

 

「『生まれながらの異能』ですか……ちなみにどのようなものかお聞きしても?」

 

「……悪いけど、それは教えられないね」

 

「……どうしてですか?」

 

「戦士にとって『生まれながらの異能』は切り札の様なものだからね。迷惑を掛けたのは申し訳なかったけど、それ以上は流石にね」

 

「なるほど」

 

 

 それが現地人の価値観ですと言われればモモンガも取りつく島がない。ユグドラシルにないタレントや武技には興味があったのだが。

 

 

「それより君……そのプレート、アダマンタイト級冒険者の『黒姫』かい?」

 

「へ?」

 

 

 素っ頓狂な声が溢れでた。

 モモンガの知らないワードだ。

 白金の騎士はそんな反応に、肩をすくめる。

 

 

「エ・ランテルで誕生した新たなアダマンタイト級冒険者『漆黒の美姫』……通称『黒姫』とは恐らく君のことだろう?」

 

「……私の登録名は『漆黒』なんですが……」

 

「……なるほどね。英雄っていうのは、中々珍しい悩みが付き纏うものだよ」

 

 

 なんだよ美姫って。

 そんでもって何だよ黒姫って。

 モモンガはそう心の中で、市井での通り名に愚痴を零した。彼の与り知らないところで、また英雄モモンに色々尾ひれがついているようだ。

 

 白金の騎士は少しだけ笑って、言葉を続ける。

 

 

「英雄モモンの伝説は知っているよ。なんでも世界を滅ぼせる程の魔樹をその手で倒したとか。こんなところでお目に掛かれるとは光栄だね」

 

「……あれを倒せたのは偶然ですよ。それに、私のことを謳う英雄譚はどうにも美化され過ぎていてならないのです」

 

「謙遜しなくてもいいじゃないか。本当に倒したんだろう?」

 

「それはそうですが……ところで貴方は?」

 

 

 モモンガが問うと、騎士はほんの僅かに硬直した……様に思えた。モモンガの思い過ごしかと思える程度の、些細な硬直だ。

 

 

「僕は……リク。リク・アガネイア。各地をこうして旅している流浪の戦士……と思ってもらえれば助かる」

 

「ふぅん……」

 

 

 モモンガは兜の中で、僅かに訝しんだ。旅をしているという割には、リクの荷物がない様に思える。モモンガも人のことは言えないが『無限の背負い袋』を馬に提げさせているので、多少の旅の荷物は持っているポーズは取れているだろう。

 

 しかしリクは鎧と武器しか一見持ち合わせていない。どうにも旅人の様には見えないが……。

 

 

「英雄の君に尋ねる様なことではないんだけど、今僕はアゼルリシア山脈を目指しているんだ。道はこのまま街道に沿っていけばいいのかな?」

 

 

 モモンガが訝しむうちに、リクはさっさと話題を変えてしまった。

 

 

「え……? あ、ああ。そう、ですね。エ・ランテルに一度立ち寄った方が近いと思います」

 

「ありがとう、助かるよ。そういう君は今からどこへ行くんだい?」

 

「私は王都を目指しています。特に何か用事があるわけでもないんですが」

 

「用事がないのに王都へ?」

 

「ただの観光ですよ。名所を見たいのと、後は何か美味しいものでも食べれればと思って」

 

「……英雄も案外暇なんだね」

 

「……ちょっと失礼じゃないですか?」

 

「ああ……ごめん。悪かったね」

 

 

 モモンガはリクから敵意を感じることはできない。しかし百パーセント友好的かと言われたらそうでもないような気がする。ここらへんはただの感覚なのだが、僅かに色眼鏡を掛けた視線を感じなくもない。

 

 

「手間を取らせて悪かったね。最後に一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

「内容にはよりますが、どうぞ」

 

「……君は世界を滅ぼせる存在に勝利できる力があるのに、なぜ冒険者なんてやっているんだい?」

 

「……と、いうと?」

 

「その力を自分の為だけに使おうとはしないのか、ということさ」

 

「……私はモンスターを狩って報酬の金銭を組合から頂いてますが……。これは自分の為に力を使っていないと?」

 

「例えばその力で世界を征服しようとは思わないのかい? それだけの力を君は持っているはずだよ」

 

「へ……? セカイセイフク?」

 

 

 モモンガはまたしても素っ頓狂な声が零れた。

 

 世界征服。

 そんな言葉を、ファンタジーRPGの設定以外で耳にするとは。

 

 そのことがなんだか可笑しくて、モモンガはじわりじわりと笑いが込み上げてきて、堪らず噴き出してしまった。

 

 

「……なんで笑うのかな」

 

 

 置いてけぼりを食らったようなリクがぽつりと呟いたのもモモンガには面白かった。

 

 世界征服なんて今日日聞かない言葉を、この聖騎士然としたリクに大真面目に言われたことがモモンガには滑稽でしかない。彼からすれば世界征服なんて、太古の王道RPGのコテコテの魔王くらいしか言わない台詞だ。彼は吹き溢れる笑いを腹筋でどうにか殺しながら、それを弁明した。

 

 

「いや、ごめんなさい。まさか世界征服なんて言葉が飛び出すとは思っていなかったので……」

 

「……君にはそれができるだけの力がある様に思えるんだけどね」

 

 

 ……まあ、実際はそうなのかもしれない。

 モモンガはようやく笑いを鎮静化させると、長く息を吐いた。まだ、少しだけ笑いの余韻はある。

 

 

「まあ、仮にそれができたとしても私はそんなことしませんよ」

 

 

 できませんけどね、とモモンガは付け足す。

 何故? と、リクは当然の様に尋ねた。

 

 

「空は青い。見渡せる平原はどこまでも鮮やかな緑をしている。平和そうな雲が呑気に漂っていて、夜には満天の星々が瞬いてくれる。この世界はこんなにも美しいでしょう?」

 

「……そうだね」

 

「こんな世界を独り占めするなんて、勿体ないと思われませんか? 仮に世界征服ができたとしても」

 

 

 馬の首を撫でながら、モモンガは穏やかな声でそう言った。それを語る声は心から出たものだと、リクはその時そう思えた。

 

 

「……なるほどね」

 

 

 リクが、静かに笑う。

 それは、彼の中にあった僅かな緊張が解れていく瞬間だった。

 

 

「モモン。君は僕が思っていたよりずっと善い人間なのかもしれないね。英雄と呼ぶ人の気持ちが分かったような気がするよ」

 

「私は当然のことを言ったまで……というよりも、穏やかに健やかに暮らしていきたいだけですからね。野心を持ち合わせていないだけですよ」

 

「……ありがとう。話が聞けてよかったよ。すまないね、時間を取らせて」

 

「いえ。私も楽しかったですよ。お互い、良い旅になることを祈っております。アガネイアさん」

 

 

 彼らは固く握手して、互いの旅の幸運を祈り合った。そうして再び、気ままな一人旅が始まる。モモンガは王都へ、リクはエ・ランテルへと。

 

 モモンガが馬に跨った時、別れたリクが鷹揚に振り返った。彼はよく通る声で、最後にモモンガへ問う。

 

 

「モモン! もしもまたザイトルクワエの様な世界を滅ぼす災厄が現れたとき、君は世界の味方をしてくれるかい?」

 

「……もちろん! 私の手に負える存在であれば、ですが!」

 

「……ありがとう!」

 

 

 漆黒と白金の騎士は互いに手を上げ、そこで別れる。この両名が再び相見える運命が来るかは、まだ分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……世界級(ワールド)アイテム持ちのぷれいやーであることは確定かな。世界に味方してくれる存在である可能性は高いけど……まだ様子を見る必要はありそうだね」

 

 

 リク・アガネイア──『白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)』は、穏やかな平原で一人、そう小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【お願い】
例によってオーバーロード原作最新刊のネタバレとなる感想は禁止させていただきます。見つけ次第、削除させていただきます。ご配慮のほどよろしくお願い致します。

【注意】
よくご指摘頂いてるTS小説あるあるなのですが、主人公のモモンガに対する『彼』『彼女』に関する表記ブレ問題があります。
これは直前の文でモモンガと出ている場合は『彼』
モモン、アルベドと出ている場合は『彼女』で統一しております。
ここら辺の取り扱いは難しいですが、よろしくお願いします。


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