ドラグオンズ・ニーア:デイブレイク — 古き竜帝の玉座 —
雅彩ラヰカ/絵を描くのが好きな字書き
Prologue 拾われた小さな命
序幕 川流れの子
獣を無理矢理に人に近づけたような、人狼族や人猫族らしい獣人っぽさのない、異質な人型の獣が唸りを上げて、一人の老人を睨んでいた。老いた剣士の顔にはしわが刻まれ、無精髭が散ってもみあげと繋がりかけている。
けれど爛々とした翡翠の目と、日に焼けた浅黒い肌にくっきりと浮かんだ筋肉は、五十過ぎとは思えぬほどに立派で、未だ現役であろうと思わせられる体つきであった。
対峙する犬に極めて近い人型幻獣——コボルトは低い声で鳴き交わして距離をじりじりと詰め始める。数は三体。老剣士にとってはものの数ではないが、油断はできなかった。
手首をくるりと回して握っていた
短い、空気を切るような呼気が老人の口から漏れ、彼は疾風の如き踏み込みでコボルトまで一気に距離を詰めた。
虚をつかれた——そんな風にしてコボルトがたじろいで、それが最大の悪手だと気付かぬままに老剣士が袈裟に振り下ろした一撃で左肩から心臓までをばっくり切り裂かれる。
背後の気配に対し振り返りざま袈裟とは逆、右肩から左脇腹に抜ける逆袈裟の切り下ろしを見舞うと、血飛沫が舞う死体を踏み越えて鋭い爪を振り上げていたコボルトの左胸に切っ先をねじ込み、そのまま背後の大木に縫い付けるようにして叩きつける。
ぎち、と音を立てた脚甲の底で腐葉土を噛むように踏みしめて、痙攣するコボルトから剣を抜いた。もがくようにして腕を伸ばすそいつへ無慈悲にも切っ先をうなじに突き立て、とどめを刺した。
青銀色の美しい刀身を持つ、煌びやかなのに無骨な、実用性を突き詰めた剣。それに付着した血と脂を振るい落とした。
この剣はかつて老剣士が共に暮らし、その死を看取った竜が息耐える間際に「どうか俺の
竜の名前をそのまま借りて、
革鎧のポケットから拭い布を取り出して刀身の汚れを丁寧に拭き取ってから腰の鞘に収めた。コボルトの死骸から、腰部に差している大ぶりなナイフで爪を抉り取った。
コボルト退治の証拠品として必要で、おそらくその後は
いかに人に危害を加える敵性指定種幻獣といえど、この世界にある同じ命だ。どんなに残酷な目に遭った依頼人からの仕事でも、過度に私情を挟むのは素人もいいところだし、感情的になって我を忘れれば、それはつまり己の寿命を大きく縮めることを意味していた。
命への畏敬の念を忘れたら、ヒトとして終わる。
老剣士はそのように考え、行動していた。
さても仕事が終われば殊更に戦う必要もないわけで、彼はその場を去ることにした。依頼人は川辺の村にいる羊飼いで、コボルトが羊をとっていくせいで商売にならないと憤慨していた。
この辺は羊毛が特産というほどではないが、それでも地元の人々から必要とされるものであることに違いはなく、また羊自体もミルクや肉になるため生きていく上で必要な家畜だ。
と、件の川辺に出るとどこからともなく泣き声が聞こえた。人の、それもかなり幼い子供の泣き声だ。
流石に無視しては寝覚めが悪いと、彼は泣き声がする地点へ向かった。すると流木に引っかかる形で、布に包まれて籠に収まっている赤ん坊がわんわん泣いていた。
捨て子……それにしては随分としっかりとした布で包まれている。不思議に思いながら老爺は赤子を抱きかかえ、そしてその藍色の目をした赤子がやたらと綺麗な、目と同じような藍色の宝珠を首から提げていることに気づいた。
宝飾品の類には興味がない彼でも、これがかなりの値打ちものだろうというのはわかる。
宝珠だけとってこのまま赤子を捨てるのは簡単だろう。けれど戦場を渡り歩き、多くの命を奪ってきた人生を経たからこそ老人にはそのような選択肢など、あるはずもなかった。
これはきっと、最後の機会だ。
今までの行いに対する、贖罪のための。
老剣士は赤子を掲げるように抱き上げて、険しい顔に笑みを刻んだ。
「どうか、幸せになってくれ」
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