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【四章完結/コミカライズ連載中】魔王道―千年前の魔王が復活したら最弱魔物のコボルトだったが、知識経験に衰え無し。神と正義の名の下にやりたい放題している人間共を躾けてやるとしよう 作者:寒天

第四章:王国の裏側

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第125話「いい心がけだ」

 ル=コア王国首都、コルアトリア名物(みち)いち

 普段は何てことの無いただの道である場所に作られる、幾つもの露天や屋台が集まる一種のお祭りだ。

 元々は行政が動く公的なイベントでは無く、民間人が自主的に行っている催しであり、住民が不要な物を出し合って物々交換を行っていたことが始まりとされている。


 通常、商売は国から許可証を発行された商人のみが行うことを許される。

 そうでなければ詐欺や粗悪品の押し売りが増える一方であり、飲食店など最低限の衛生管理知識すらない一般人に営業されては命に関わることだろう。

 しかし、道の市だけは例外だ。昔からやって来たことだから、という一種の文化継承の名目で目こぼしされ続けた結果、いつしか誰に恥じることも無い公的な行事のような認識となり、住民達の特殊な経済活動として今では国にも認められた行事となっている。


 この道の市の開催自体は色々とややこしい手続きや許可申請を必要とするが、開催が認められれば開催中は誰であっても――参加費用は必要だが――自由に商売に参加する権利を得ることができ、一般市民からすると稼ぎ時だ。普段は何か商材を作っても、正式な許可証を持つ商人を相手にしか売ることができない……つまり商売のプロに買いたたかれるしかないのだが、道の市ならば消費者と直接やりとりをすることができ、商人の中抜きがない分儲けは跳ね上がる。

 買う側にしても、商人達の正当な値付けよりはずっと良心的な格安価格で様々なものを買うことができるため、道の市は掘り出し物目当ての客で溢れかえる。中にはハンターなど特殊な職業の物が仕事の過程で手にした珍品や、より高性能なものを手に入れたからという理由で武具や魔道具の中古品を売りに出すこともあり、運が良ければかなりレアな品物を手に入れるチャンスともなるのだ。


 しかし、そんな賑わいのある場所には常に闇が付きものなのも事実である。


「おぅ、誰に許しを得てここで商いやってんだ?」

「きょ、許可は得てますよ! ちゃんと参加料だって……」

「話し通す相手が他にいるんじゃねぇのか!?」


 ボコッ! と、露天に並べてあった大きな箱が力一杯蹴り飛ばされ凹む音が響いた。そのまま倒された箱からは、拙い出来ではあるが丁寧に作られた衣服が覗いている。


 ――こうした金の匂いがするイベントには、厄介ごとが付きものだ。

 上層部――王侯貴族が自分の仕事を半ば放棄しているような国で、治安維持機構が正常に働くはずも無い。それでも普段は真面目に働いている役人がいないわけではないのだが、こういったお祭りではトラブルが大量発生することもありどうしても動きが鈍る。

 その結果、道の市が開催されている辺りを縄張りとするマフィアのチンケなカツアゲやみかじめ料をせびる脅迫行為が横行することになるのだった。


「ここはカッソファミリーの縄張りだ! ここで商売したいのなら、誰よりも先にまず俺らに頭下げるのが筋ってもんだろう?」


 本日開催の道の市……開催場所を普段仕切っているのは、マフィア、カッソファミリー。

 構成員100名を越えるそこそこ大きな規模のマフィアであり、ここ数年で勢力を拡大している組織である。

 やり方はシンプルな暴力と恐喝。単純明快なものであり、腕力自慢が集まっているとされ、単純だからこそ民衆からは恐怖の対象だ。

 金さえ払えば大人しいものであり、また一応用心棒代の名目でみかじめを取っている関係上、何か面倒ごとが起きたとき守ってくれることもある。

 しかし不審者や不届き者を排除するなんてのは国の役人の仕事であり、わざわざ金を払う必要が無い。何よりも、マフィアの縄張りで暴れる者などマフィアしかいないため、払う側からすれば理不尽なカツアゲ以外の何物でも無いのだ。


「オラッ!」

「や、止めてください! これは息子と一緒に作った大切な――」

「貧乏人が文句言うんじゃねぇ!」


 今彼らに絡まれているのは、特別なことなど何もない一般女性だ。いや、むしろ普通以下というべきだろうか?

 衣服を売り物にしているわりには自分の身を包む布はボロボロにすり切れており、一目で貧しいとわかる。更に肌つやも悪くガリガリの体型を見れば日頃の栄養が足りておらず、血液の巡りの悪さを物語り青白い顔色は病を抱えていると一目でわかるものだ。子持ちのようだがまだ若いと言っていい年齢であるはずだが、それらの要素が実年齢よりも遥かに彼女の年齢を上に見せてしまっている。


 そんな、貧しく、病魔に侵された身体にムチを打ってこの日のためにコツコツと手作りの衣服を用意してきたというのに、それを足蹴にされている。

 止めて欲しければ金を払え。まごう事なき犯罪行為だが、これを咎める者は誰もいない。

 周りにいる客も同業の素人店主たちも、自分に火の粉が降りかかることを恐れて距離を置いて見ているだけだ。

 それは当然の行いなのかもしれないが……薄情者と被害者が思うのは当然のことであろう。

 この場に、正義は存在してはいなかった。


 しかし――


「なるほど、連中の言うとおりだったな」

「直近で他の仲間が確実にいる場所……確かに、こういった祭りには付きものですね」


 ――より強大な悪ならば、いつでも現われる。


「あぁん?」

「なんか文句あんのかコラァッ!」


 この場にいるマフィアは三名。脅迫担当の強面二人と、交渉担当の優男風の男だ。

 空気をまるで読まずに歩み寄ってくる二人――一人と一匹の影。

 それを阻止しようと、まずは強面二人が肩を怒らせながら威嚇する。


「おっさんと……コボルトォ……?」

「何の組み合わせだコラ」


 現われた影――人間代表のクロウと魔王ウルのコンビに、なんと言えばいいのかわからないという顔をする強面二人。

 通常、コボルトを連れた人間を見れば奴隷魔物を連れた金持ち……くらいにしか思わないだろうが、奴隷魔物特有の心も牙も折れた目など欠片も持たないウルを前にしては困惑の方が先に来るのだろう。


「どうします?」

「フム……そこの人間」

「え? わ、わたし……?」


 ウルが声をかけたのは、マフィアに脅されていた病弱そうな女性であった。


「助けがいるか?」

「え?」

「その者共から助けて欲しいか?」


 魔王ウル・オーマは、哀れな店主に問いかける。

 残念ながら、ウルは理不尽な暴力に晒された哀れな人間を救ってくれる正義の味方では無い。契約に基づき、救いも破滅も平等に与える悪魔なのだ。


「それは……助けてくれるなら、有り難い、です、けど……」


 謎のコボルトが何を言う。本心ならば、この場の人間の誰もが思うだろう。

 人間にとって、魔物とは念入りに心を折られた奴隷であり家畜。一般人はその危険性など全く理解しておらず、話をする相手とも認識はしていない。

 にも関わらず、醸し出す威圧感だけで上位者としての対話を、本来あり得ない人間に敬語を使わせての会話を成立させてしまうのは魔王の貫禄というべきだろうか。


「おうおう!」

「横から出て来てコラ! 横やり入れようってのか!?」


 しかし、舐められてはいけないのがマフィアだ。軽んじられることだけは避けねばならない強面達は、自分の敵としてクロウとウルを認識する。

 暴力に生きる者が敵と見なした相手に見せる態度など、一つしか無い。


「お前は助けを求めた。対価を払う心はあるか?」

「えっと、その……お金はありませんが、できることでしたら……」

「よろしい……クロウ」

「はい」

「そいつらも使う。死なない程度に遊んでやれ」

「……なるべく苦しまないようにしますよ」


 暴力をちらつかせる強面の男二人に、クロウが前に出る。ウルは高みの見物だ。


「……まあまあ。お待ちなさいよ」


 他のギャラリーが見守る一触即発の空気となった現場に、最後のマフィア……優男風の男が割り込んだ。

 彼の役割は、強面二人が脅したところに優しく手を差し伸べること。本来通るはずも無い無茶な要求を『荒くれ者二人を諫めることを対価に』というマッチポンプで通す役だ。

 彼らにとって、暴力とは見せ札に過ぎない。もちろん交渉が決裂すれば腕力に訴えることもやむなしとはしているが、基本的には『殴られたくなければ言うことを聞け』と脅すための手段に過ぎない。


「どうです? 妙な正義感で怪我をするのもばからしいでしょう? 今なら無かったことに――」

「……正直人間相手に戦うのは気分が乗らないが、お前らのような輩は個人的にも好かない。必要最低限に抑えるからそれで勘弁してくれ」

「は? ――あ?」


 グルン、と優男の視界が回った。突然、前も後ろもわからない……平衡感覚が失われ、目を回して倒れたのだ。


「顎に一撃。お優しい攻撃だな」

「……殺すこと無く、不必要に傷つけること無く人間を制圧するならこれが一番ですよ」


 クロウがやったことは単純明快。口を動かす優男を無視して、軽く握った右拳で相手の顎を打ち抜いたのだ。

 クロウが本気であればそのまま砕くどころか頭を吹き飛ばすことも容易であるが、当然そんなことはしない。ただ意識を失わせる必要最低限の威力に加減していた。


「なっ――」

「何が起きやがった!?」


 これに困惑したのは、強面の男二人だ。暴力を商売にしてこそいるものの、残念ながら常人の枠組みから外れない彼らの目には、クロウの一般的基準で言えば高速の一撃を捉えることなどできるはずもない。彼らでは、突然仲間が倒れたようにしか見えなかったのである。状況から判断してクロウが何かしたのだろう……と想像することはできるが、何が起きたのか全くわからない不気味さに固まってしまっていた。


「フッ!」

「あ」

「ひょ」


 そんな隙だらけの姿を晒す敵を見逃すはずも無く、クロウの追撃が決まる。

 優男と同じように顎を打ち抜かれた強面二人は全く同じように崩れ落ち、この場の勝敗が決したのだった。


「ご苦労……さて、店主」

「は、はい!」


 あまりの事に唖然としていた病弱な露店の女性店長は、ウルに声をかけられ声を裏返しながらも返事をした。


「……名前は?」

「はい……モモーネと申します」

「そうか。モモーネ、先ほどの話はわかっているな?」

「え、ええ……ご恩に報いることができるような財産はありませんが、できる限りのお礼はさせていただきます……」


 一般人では手の付けられないならず者であるカッソファミリーをあっさり制圧したクロウ。そのクロウに偉そうな態度をとる謎の威圧感を持つコボルト、ウルに女性店主――モモーネはとりあえず怒らせてはいけない相手認定をしたようであった。


「いい心がけだ。しかし今は特に用事もないので、また何かあれば連絡する」

「連絡ですか? その……」

「では、邪魔したな。クロウ、その三人を持ってこい」

「はいはい……」


 気絶した三人のマフィアを運ぶように命じて、ウルはモモーネを無視して立ち去ってしまう。

 嵐のようにやって来て、去っていた謎の二人組に、道の市に集まった人間達は一体何だったのかとお互いの顔を見合わせるばかりなのだった。



「起きろ」

「グ……」


 三人のマフィアを連れ去った後、ウルとクロウは人目に付かない物陰に移動した。

 魔道で軽く結界を張り、完全では無いにしろ外部からの干渉を無効にした上で、ウルは気絶した三人の意識を回復させる。

 そして――


「グアァァァァッ!?」

「前の奴らでちと遊びすぎたのでな? 今回は最短コースで済ませてやる。以後、虚言や黙秘を働けば今のを繰り返すことになる。理解したな?」


 手早く極太の針を取り出し、人体の痛点を熟知した熟練の技で串刺しにしていった。

 その針で死ぬことは無いが、死ぬほど痛い。そうなるように計算された針を数本打たれただけで、もうマフィア達に抵抗する気力はなくなっていた。


「では、今から質問に答えてもらう、まずは――」


 そのまま、針が刺さったまま素直になったマフィア達に、ウルは幾つもの質問をする。

 アジトの場所、構成員の人数、武力の程度、いざという時の切り札、緊急の避難場所に逃走手段などなど……一つでも外部に漏らせば粛正間違いなしの情報を全て聞き出していった。

 もちろん、捉えられた憐れな彼らも自らが所属するマフィアの掟は理解している。そんな情報を漏らせば死を以て償うことになるのは火を見るより明らかなことであり、口を閉ざすことも何度かあった。

 しかし――1秒以上黙れば即座に拷問を行う見切りの早すぎるウルの手際に負け、気がつけば全てを暴露していたのであった。

 代償として、新種のハリネズミみたいな姿にされてしまったようだが。


「フム……前の奴らから聞き出したことと差異は無いか」

「少なくとも、下っ端レベルでの話なら確定情報でいいのでは?」

「そうだな」


 ウルは拠点とした宿に押し入ってきたマフィア達から得た情報の裏が取れたと納得し、頷いた。

 ウルがクロウを連れて道の市にやって来たのは、カッソファミリーの情報を別の人間から聞き出したかったからだ。

 自分の拷問技術に自信はあるウルだが、魔道的な手段にせよ拷問的な手段にせよ、本人が知らないこと、誤って理解していることを聞き出すことはできない。少し頭が回る組織なら下っ端が敵対勢力に囚われた際偽情報を掴ませるように仕込みをしておくくらいは珍しいことではなく、拠点を襲撃したグループ以外からも情報を抜き、情報を信憑性を高めておきたかったのである。


「さて……では、これからお前らにアジトの場所へと案内してもらおう」

「ヒッ……!」

「心配するな。そんなことをすれば殺される……なんて、考える必要もなくしてやる」


 流石にアジトへ直接案内するような真似はできない。そう思ったマフィア達だったが、ウルはその辺の葛藤をすっ飛ばすべく魔道を発動させる。


「特殊能力を持つ使い魔は、どこかにいる金貨魔物の術者の専売特許ではない。俺流の使い魔召喚だ――[命の道/四の段/寄生爆蟲]」


 ウルの手の中に、蠢く小さな蟲が四体創造された。小バエ程度の小さな蟲だ。

 六本の脚と二対の羽根を持つ昆虫のようであったが、一つだけ自然界ではありえない特徴を持っていた。

 ――腹の部分が、髑髏マーク付きの金属質の球体になっているのだ。


「行け」

「な、やめ――」


 創造主であるウルに命じられ、四匹中三匹が一匹ずつマフィア達の顔に――耳に張り付いた。そのまま、小さな蟲達は耳から侵入していく。その悍ましい感覚に悲鳴を上げるマフィア達だが、しかし彼らの苦難はそんなものではない。


「この寄生爆蟲は、耳の穴から生物の体内に侵入し、脳に張り付く。しかし安心しろ。ただ張り付くだけなら別に害は無いとも……しかしな?」


 ウルはそこまで説明して、残った最後の一匹を彼らの正面に飛ばさせ、そして――


「俺の合図一つで、ボンッだ」


 ――寄生爆蟲は、胸の髑髏マーク……爆弾を起爆させ、小さな爆発を起こした。

 それは決して大きなものではない。爆竹以下の小規模な爆発でしか無いが……もし体内で、それも脳の側で起爆すればどうなるかなど考えるまでも無いだろう。


「わかったな? もうお前らはこの先いつでもどこでも殺せる。逆らう選択肢など、ない」


 魔王の脅迫は、マフィア達を完全に飲み込み掌握する。

 これにて準備は完了。後は、単なる情報の裏取りにぞろぞろ連れて行く必要はないと待機させているメンバーに招集をかけ、殴り込みをかけるだけだ――。

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