第四章:王国の裏側
第124話「期待しているぞ?」
今回、不愉快に感じる方が多く出るであろう性癖の持ち主が登場しますが、このお話はクズと外道と悪党で構成されておりますので心構えをしてお進みください。
「さて……ようこそお客人。歓迎は楽しんでいただけたかな?」
要塞化したボロ宿にて裏社会の人間を迎え撃った魔王ウル・オーマ一行。
その結果は言うに及ばずであり、金を持っている旅人がいると聞き、良いカモだとホイホイ乗り込んでいたチンピラは瞬く間に制圧されてしまった。
具体的には、肩を怒らせ
穴掘りはコボルト、ゴブリンの得意技。元々床下は腐っていたので魔道で破壊し、修繕補強するついでに落とし穴を仕掛けておいたのである。
おまけとしてコルト特製のとりもちが仕掛けてあり、一度落ちると身動きが取れなくなる。運悪く顔から落ちればそのまま窒息死も十分有り得る中々に危険な代物だ。皮膚から浸透するタイプの筋弛緩剤が混ぜてあるので、自力では何もできなくなるお得な効能付きである。
今回は初めから監視されていたため、不運な者もそうでない者も無事に救助……もとい捕縛されたのだった。
「テメェ……こんな真似してただで済むと思ってんのか!?」
「俺たちはカッソファミリーのもんだぞ!!」
「そうだ! この、魔物風情が!」
宿の倉庫に放り込まれていた見窄らしいロープで拘束されたならず者――マフィア。
本来、彼らは無力な旅人を数と暴力、そしてマフィアの名前で脅し金銭を奪う側だったはずだ。
だと言うのに、気がついたらこの有様。何一つ納得できないままお縄となってしまった彼らは、せめてもの抵抗として商売道具のドスのきいた声で所属する組織の名前を叫んでいた。
「カッソファミリー……知っているか?」
「さあ……? 私は王都に縁があるわけではないですのであまり詳しくは無いですが、少なくともア=レジルでは聞いたことがないですね」
「とりあえず、国中に名を轟かすというレベルでは無いわけか」
人間文化解説担当のクロウに話を振るウルだが、首を横に振られてしまった。
ウル自身もこの三年で国内外の情報は広く集めているのだが、結果は該当なし。どこかで聞いた気はする……という気はしているのだが、さほど興味を引かれるほどのものではなかったのだろうと結論づける。
元々、治世が乱れているル=コア王国において、この手の裏組織はあちこちに存在している。治安維持機構が正常に機能していない証であり、また本来真面目に働くはずだった労働力達がまともでは生きていけない社会になっているという証だ。
そんなわけで、マフィア組織と言ってもこの王都だけでも大小様々ではあるが数だけは多い。中には二、三人のグループ規模でマフィアを名乗っているようなところまであるので、一々覚えていられないというのが本音であった。
「て、テメェ……ここはカッソファミリーの島だぞ! 舐めてんのか!!」
だが、舐められてしまえばそこで終わりなのが裏社会。国が変わっても面子が大切なのはどこも同じであり、看板に傷を付けられて黙っていては商売あがったりだ。
だからこそ彼らは叫ぶのだが……残念ながら、ちょっと人相が悪くて武装しているというだけの人間の恫喝でどうにかなるような者はウル一行には存在しないのだった。
「で? そのカッソファミリーさんとやら……規模はどのくらいだ?」
「あぁん!? 構成員100人越えだぞコラッ!!」
「そうだ! 俺たちに下手な真似して見やがれ……お前らなんて袋だたきだぞコラッ!」
吠える哀れな囚われの人間達を無視して、ウルとクロウは顔を見合わせた。
「100……確か、この国最大の裏組織は……」
「カラーファミリーですね。裏表問わず名前が広がっている、国も迂闊に手を出せない裏の顔です。構成員は確か、傘下含め万人を越えているとか」
「つまり、トップと比べるとゴミみたいな弱小組織ってことでいいのかな?」
ウルはこれ以上無いくらいにムカつく、哀れみすら内包した煽り力全開の笑みで縛り上げられている男の一人の肩を叩いた。
構成員100人というのは……まあ少ない数では無い。少なくとも、地方の街ならば支配者を名乗っても良い規模だ。
しかしここは王都コルアトリア。戸籍登録などないので正確な人数は不明だが、10万は超えているとされるル=コア王国最大の人口を誇ることは間違いの無い街であり、流石にここでデカい顔をするのは難しいと言わざるを得ない規模であった。
ウルも情報を掴んでいる、ル=コア王国最大の犯罪組織でありこの王都に本拠地を構えるカラーファミリーとは比較にもならない小規模団体だとさえ言える。
と、言うよりも――
「な、舐めんじゃねぇぞ! うちはそのカラーファミリー傘下なんだからな!」
「そうだ! 俺たちを怒らせると、カラーファミリーが出てくるんだぞ!」
「あぁ、万人の中にお前ら100も入っているのか」
虚勢を張るカッソファミリー構成員の言うとおり、実はカラーファミリー傘下の三次団体なのだ。
このスラム街を縄張りとしているのも親組織であるカラーファミリーからの仕事であり、ここの住民を使った後ろ暗い仕事をするよう命令されている関係である。
「それじゃ、まずはお前らの拠点に案内してもらおうか? 小規模団体とは言っても、無いよりはマシだ」
「あ、あぁん? い、言うわけねぇだろうが! 自分の組織の情報なんて――」
「安心しろ。すぐに喋りたくなる……喋れるかは俺の気分次第だがね」
「え?」
もの凄く不吉な何かを感じ取ったマフィア達は、顔を青ざめさせた。
彼らも裏の人間……
「……ウル、どのくらいかかる?」
そんな、溜め込んだストレス発散をこれでもかと楽しむ気満々のウルに諦めた顔のコルトが声をかけた。
「久しぶりの趣味と実益を兼ねたお仕事だ。確か、地下室もあったよな?」
「それならば、元々倉庫として使われていたものが。改修は済んでいますよ」
「よろしい。では、とりあえず48時間ほどこの拠点の更なる強化、改築を進めておけ。平行して、グリンは影から、クロウは直接周辺の情報収集を行え。他のメンバーはこいつらの奪還を試みる者がいるかもしれんし、改築しながら警戒だ。捕えたら全部
「了解……」
指示を受けた配下達は、思い思いに散っていった。
残されたのは、満面の笑みの魔王と哀れな生け贄のみ。ズルズルと無の道で引きずられて地下室に引きずり込まれた彼らが再び日の目を見ることができるかは、神ですらわからないことであった……。
「あ、ついでにクロウは食料調達もな。昨日の焼き肉弁当は中々だったからあそこは入れとけ。それ以外にも、前に言ったとおり怪しまれないように一つの店では10人前までに注文を抑えて、数を確保だ」
「……経費でお願いしますよ」
「心配するな。金は俺が出す。では、期待しているぞ?」
唯一の人間と言うことで食料その他の調達まで担当しているクロウは、苦労しているのだった。
その気になれば100人前だろうが1000人前だろうが食い尽くす、身体の体積を無視する食欲を持つ魔王の胃袋を満たす仕事はかなり過酷なのだった。
◆
――そのころ、貴族街にて。
「……暇だなぁ」
王都コルアトリアの一等地。王侯貴族のみが居を構えることができる貴族街の中でも、更に超一級のお屋敷。王族専用別荘に住まう若い男がだらしなく着崩した寝間着のまま、何とも怠惰としか表現の仕様が無いゴロンとベッドに横になった格好のまま呟いた。
「御領地の開発計画を進めるのではなかったのですか? ドラム殿下」
そんな彼の呟きに答えたのは、彼――ル=コア王国王太子ドラムの側近を務める全身黒ずくめの執事服を着た若い男であった。
格好だけを見れば、彼の身分は執事というものになるだろう。高貴なる者を支えることを職務とし、事務作業から日常の補佐まで熟すプロだ。
しかし、見る者が見ればまたことなった印象を受けることになる。黒ずくめの執事服の下に隠された肉体――戦闘を前提に置いて鍛え上げられた、一見細身でありながら練り上げられ圧縮された筋肉。そこに目をやれる者が見れば、彼を表現する言葉は戦士以外にはない。
「バトラー……あまり嫌味を言うなよ。私にそんな細事を行えと?」
「いえいえ。一応、執事としてこの度融資いただいた資金の目的はそういうことになっていた……という忠告ですよ」
「フフフ……それが嫌味だというのだ。お前は我が父のように愚鈍ではないだろう?」
黒ずくめの執事――名前はバトラー。いっそあからさまなくらいの偽名であるが、主人であるドラム王子は気にした様子はない。
バトラーは国王アレストが息子に付けた使用人……お目付役ではなく、ドラム自身が見つけてきた逸材だ。とある人には言えない遊びに興じていたところで出会った男であり、その教養と腕っ節を評価したドラムが自らの子飼いとして雇い入れた。
父親の命令で自分に従っている部下、という立場の他の人間よりも遥かに使いやすいこともあり、またどちらも20そこそこと年齢的にも近いこともあり、ドラムはバトラーにどんどん信頼を寄せ、今では最も無防備な姿を晒すこととなる寝室に単独で入ることも許すほど気を許している。
「ま、存在しない計画に投資することはできませんよね」
やれやれと首を振りながら、バトラーは主であるドラムの言葉の裏を言い当てる。
自分の治める領地の再開発のため、資金提供を求む。父王アレストにドラムが言った言葉だ。
しかし、それは真っ赤な嘘。再開発計画など企画書すら存在しない虚構であり、適当な理由を付けて国の金を私的な目的で使うため……つまり横領のための嘘なのだ。
しかも――
「金の使い道は女の誘拐と監禁。そんなこと、国王が知ればどんな顔をするでしょうね?」
「フフフ……あの父にそれを知る能力はないさ」
王太子、ドラムの人には言えない趣味――それは、異性を誘拐し、監禁することだ。
コレクションを集めるように様々なタイプの美女美少女を誘拐し、自分の屋敷に監禁する。そして死ぬまで嬲った後、死体は部位ごとに加工してオブジェにしてしまう人体愛好家という顔もある危険な変態だ。
「今は亜人コレクションを揃えたいのだが、流石に人間のように街でちょっと攫えばいいという話ではない。専門の技術を持った奴隷狩りを秘密裏に雇わねばならんから金はいくらあっても足りんのだ」
当たり前のような顔をして、ドラムは金の使い道を語った。
ドラムの変態趣味の守備範囲は人間以外の種族……亜人種にもおよぶ。亜人と二足歩行の魔物の違いは生物学的に言えば魔石の有無など色々あるのだが、学問に興味がない人間からするとただ一点のみ。人に近しいか否か、だけだ。
わかりやすく言えば、獣を歪めて二足歩行にしたようなものは獣人種の魔物、人間に獣のパーツを付けたようなものは獣人種の亜人という分けになる。
つまりは外見の要素が大きく、亜人種は人間が発情する対象として問題ない。特に美男美女しかいないエルフなどは人間の奴隷狩りによく狙われる対象であり、それ以外にも獣人種や鳥人種などが人気だ。
しかし、そういった人間に狙われやすい亜人種は必然的に人間が入り込むことの無い過酷な環境に適応して生きていることが多く、簡単には手出しができない。その無理を通すためにドラムは多額の金を必要としており、それを国民の血税で賄っている……というわけであった。
「今は王都で新しく狩人の調達をしているんだが、これが中々進まん。“赤”の奴らも、裏社会の犯罪組織を名乗るならもっと度胸のいい奴がいてもいいと思うんだがな」
「人間社会でエサを貪るのと野生の世界で狩りをするのでは勝手が違いますからね」
「期待外れもいいところだが……とりあえず、従うと言った連中にはいい素材がいれば攫ってくるようには命じているから、本命の奴隷狩りに出る前の前菜くらいは王都で見つけて欲しいものだな」
犯罪組織――マフィアとの黒い繋がりもあるドラムは、それに恥じること無く自らの欲望を満たすことだけを考える。
そこに王族としての義務や責任、誇りなど一切ない。いずれ王になるという自負こそあるが、だからといって国を良くしようとか国民を幸せにしようとか、そんな思いは欠片もない。
王族は選ばれた者で、満たされるべき高貴なる存在。責任や義務などなく、ただ思うがままに欲望を満たしても許されて当然の偉大なる者。
先人の姿を見て学び、そんな歪みきった価値観を持ってしまったドラム王太子に、もはや改心の余地はこれっぽっちも存在していないのだ。
「ボンクラ共と違って、お前には期待しているぞ? いざとなればお前にも動いてもらうからな」
「畏まりました」
ドラムの言葉に、丁寧に腰を曲げ頭を下げる執事バトラー。
その丁寧な作法で隠された彼の顔には、主への尊敬の念など全く浮かんではいないのであった……。