進化・深化するBL文化:『風と木の詩』から『きのう何食べた?』まで―ボーイズラブは社会を変えるか

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板倉 君枝(ニッポンドットコム) 【Profile】

「BL」(ボーイズラブ)は男同士の恋愛をテーマとした女性向けのマンガや小説などのジャンルを指す。いまやドラマやアニメ、ゲームなどさまざまなメディアコンテンツとして展開されるBLは、性的マイノリティ(LGBT)の受容など現実の社会変化を促す影響力を持つのだろうか。BL文化の変遷に詳しいマンガ研究家の藤本由香里さんに話を聞いた。

藤本 由香里 FUJIMOTO Yukari

明治大学国際日本学部教授。専門はマンガ文化論・ジェンダーと表象。2007年まで筑摩書房の編集者として働きながら、マンガ、セクシュアリティなどを中心に評論活動を行ってきた。著書に『私の居場所はどこにあるの?』(朝日文庫、2008年)、『BLの教科書』(共著/有斐閣、2020年)など。

「やおい論争」=リアルなゲイとの溝

台湾やタイとは違い、日本では現実のゲイ男性の存在とBL等の創作物が分断され、リアル社会のゲイたちを支援、連帯する動きにつながっていないと藤本さんは指摘する。

1990年代前半にはフェミニズム系のミニコミ誌を舞台に、「やおい論争」が起きた。発端は、やおい・BLは「俺たちゲイ」のセックスを「遊ぶ」ことで、ゲイを玩具にしている、ゲイをファンタジー化して美的規範を押し付けているという投稿だった。

『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす」』(太田出版、2015年)。表紙イラストはBLマンガも多く描く中村明日美子さん
『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(太田出版、2015年)。表紙イラストはBLマンガも多く描く中村明日美子さん

「少年愛と『JUNE』の時代までは、現実のゲイとの間に細い回路があったように思います。『JUNE』はゲイ雑誌『さぶ』と同じ出版社から刊行され、『さぶ』の編集長が『JUNE』 初代編集長になりました。『やおい論争』でBL批判をした男性も、子どもの頃ゲイは自分だけかと思っていたが、『風と木の詩』など男性同士の恋愛物語を読むことで救われたと語っています。ただ、やおい二次創作になると、もともとがマンガやアニメのパロディーですから、あくまで自分たちが楽しむためのファンタジーで、リアルなゲイには興味がないという姿勢が顕著になったように思います。批判はそうした背景から生まれた側面もあったのではないでしょうか」 

「やおい論争」は、BLの作者や読者たちが次第に表現を見直していくきっかけともなった。溝口彰子が『BL進化論』で指摘する通り、2000年代以降、男同士の複雑で繊細な新しい関係性をBLで描く才能豊かな作家たちが次々と登場して、設定も多様化する。

「社会規範に縛られた男女の関係から離れ、新しい関係性を描く無限の可能性があるジャンルにBLは進化しました。多様化と洗練を獲得したと言えます。また、東京五輪を機に、政府、マスコミ主導でLGBTを含めた『ダイバーシティ&インクルージョン』を唱え始めたことから、社会の空気も現在では少し変わってきています」

「普通」の呪縛を解く「ミッシングリンク」

現実のゲイとBLフィクションの溝を埋める「ミッシングリンク」は、実写ドラマではないかと藤本さんは考えている。日本のBLはこれまでマンガや小説が主流だった。一方、「実写の場合、フィクションだと分かっていても、現実の人間が演じるので、自然に現実との回路が生まれる。見ている人の受け止め方が無意識に変わってくるのです」と言う。

藤本さんが代表例に挙げるのは、ヒットして続編や映画も作られたドラマ『おっさんずラブ』(2018年)だ。「あくまでも最初のシリーズに限ってですが、エンターテインメントとして丁寧に作られていたと思います。さりげない配慮があって、現実のゲイにも非常に評判がよかった」

また、BL出身の作家、よしながふみが青年誌で連載中の人気マンガ『きのう何食べた?』もドラマ化されて話題になった。ともに50代の弁護士と美容師のカップルの「幸福な日常」を描く作品だ。

「日本人は、“普通” から少しでも外れたら不幸になる、という無意識の思い込みが強い。変化の兆しはあるものの、若い世代でも“ゲイは普通ではないかわいそうな人たちだから手を差し伸べなくては”というふうに、無意識に差別しています。こうしたドラマを通じて、彼らの日常も『普通に幸せ』で、自分たちの日常と地続きなんだと認識するようになれば、社会が変わるきっかけになるかもしれません」

「男性同士のカップルを描くことで、男性の在り方も変えることは確かです。『きのう何食べた?』では弁護士のシロさんが日常的に料理をしています。こうした実写ドラマがはやることで、若い人が『男らしさ』からの呪縛から解放されるきっかけになる。ただ最近、日本ではBL作品の実写化も増えてきて、イケメンを2人出演させさえすればそれなりにヒットするだろう、という安直さが目立つ気がします。実写BLにはもっとドラマとして演出としての質の高さを追求してほしい」

一方、BLマンガの社会的認知は高まり、2019年、江戸時代の男子カップルを描いた『百と卍』がBL初の文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した。

改めて、いまBLに注目する意義は何だろうか。

「BLには、世の中の “普通” や “常識”、ステレオタイプを突き抜けて、人間関係の多様性を繊細に描いた作品が多数あります。実写BLがフィクションと現実のギャップを狭めて社会が少しずつ変わりつつあるタイや台湾のように、 “日常系” BLがさりげなく人々の意識に溶け込めば、新しい時代が始まる糸口になるかもしれません」

バナー:タイ発の人気BLドラマ『2gether』。日本ではRakuten TVで配信中。10月からはWOWOWでも放映予定(©GMMTV)

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アニメ LGBT ジェンダー マンガ 同性婚 同人誌

板倉 君枝(ニッポンドットコム)ITAKURA Kimie経歴・執筆一覧を見る

出版社、新聞社勤務を経て、現在はニッポンドットコム編集部スタッフライター/エディター。

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