第一話:辺境の領主はいきなりピンチを迎える
「フリーデル
ジョン・フリーデルは顔面蒼白となり、その王の言葉を聞いた。ジョンは即座に反論をした。
「恐れながら、コルスタニア国王! 我が一族は代々国を支えて来たではありませんか! 突然そのような事を言われても困ります……」
エドガー・コルスタニア国王は白くなった髭をさわりながら、
「別にお家を取り潰そうというわけではない……事実として受け取ってもらいたい。8年前の疫病の流行があった時に、私は腹心を2名も失った……わかるな」
コルスタニア王国では8年前に疫病が流行り、国の防衛の要である辺境伯を2名失っている。フリーデル辺境伯とレンベル辺境伯で同時に倒れ、その息子が若くして後を継ぐという異例の事態が起きた。辺境伯という地位は国外との防衛線であると同時に農業収入の要であるという位置づけを持っており、内政の要でもあった。そしてエドガー王の言葉は続く。
「あれから8年……後を継いだ貴殿は、この2年納税がまともにできていないではないか……」
不幸なことに近年の2年間、コルスタニア王国は 水害と干ばつに見舞われた。その被害は王都にも経済影響を与えるといわれていたレベルであった。
「確かに2年連続で規定の小麦を収められておりません。しかし、フリーデル領も8割の納税を納めさせております。決して王国を裏切るというつもりもありません」
エドガー王は真っ青に震えながら訴えているジョンに対してわかってないと首を振る。
「たわけ……貴殿が自分の私財を投げ売って税を納めていることは知っておる。別に貴殿の家を取り潰す気もない。10年前の魔獣の反乱の英雄に相応しい役職もあると言っておる」
ジョン・フリーデルは8年前の悪夢の疫病から遡ること2年の10年前、コルスタニア王国を襲った最大の厄災といわれている魔獣の大反乱を防衛した英雄だった。
フリーデル家の次男であった彼は、王国軍を率いて自身の父親が治める領地だけでなく、国防戦線を支える4辺境を東奔西走し、総勢400万といわれた魔獣の群れを撃退したのだ。
彼は英雄だった。当時26歳だった彼は、その後の2年間も4辺境を回り続け、時には国民を勇気付け、時には再び現れた魔獣を倒し続けた。彼の両親と兄が疫病で亡くなるまでは……
「貴殿は結婚したのか? 跡継ぎは?」
エドガー王は、何も言えなくなっているジョンに再び語りかけた。ジョンはこの8年間を慣れない領地運営に費やしていた為、結婚する余裕すらなかった。辺境伯はその立場上、自由に結婚をする事ができたのだが、真面目なジョンは民のために自身のことを何もしてこなかったのだ。
「もう、36歳であろう……このままではフリーデル家の血も途絶える。貴殿は領地運営に向いておらん。昔のように儂の側に仕えよ。貴殿が衰えていく姿を見るのも辛い……」
王の言葉には説得力があった。26歳の頃のジョンは筋肉が隆起する程の偉丈夫だったが、今や痩せ細っていた。褐色だった肌も白くなり、輝いていた銀髪も色褪せている。周りの貴族たちは自然災害がなければと哀れんでいる。そこにジョンは悔しくて反応した。
「恐れながら……干ばつと水害がなければ……」
「たわけ!」
エドガー王の一喝が謁見の間に響いた。他の貴族達も驚いている。エドガー王は温和で有名な王であるからだ。
「干ばつも水害も同じ様に受けているはずのマーレン家をみよ! そなたと同じく父を亡くしたディックの8年の成長はどうみる!」
ディックと呼ばれた金髪の青年が貴族の列から一歩前に踏み出し、エドガー王に一礼をすると再び列に戻る。その青年は美丈夫で一つ一つの動作が洗練されていた。
ディック・マーレン、彼も同じく8年前の疫病で父を亡くしていた。16歳で家督を継いだ彼は8年間で魔獣の厄災で荒れた土地を復興させていた。また、それだけでなく王都に影響を与えると言われていた2年間で立て続けて発生した干ばつと水害にも対して、1.5倍の小麦を納税することで王都の危機を救っていた。
「ジョンが軍備の要であれば、ディックは内政の要である。ディックは我が第4王女の嫁ぎ先として了承したぞ? 貴殿はどうするのだ?」
エドガー王は2年の天災を納税という形で救ったディックに対して、自分の娘を嫁がせる事で辺境とのつながりを盤石にしていた。エドガー王は8年前に第2王女をジョンの兄に嫁がせていたが、疫病で夫婦共々亡くなってしまっていた。
「今しばらくの時間を……頂きたく……お願い致します……領地の問題も嫁や跡継ぎの問題も解決いたします」
ジョンは貴族たちの集まる王の謁見の場で頭を下げた。王からの中央に戻すという最大限譲歩された待遇を蹴った発言だった……
「……」
エドガー王は頭を下げているジョンを寂しげに見つめた。このような状態を収めるのは難しい。王からの提案を蹴った形になったからだ……
「4年じゃ……フリーデル辺境伯に4年の時間を与える。ただし、2年目で目処が見えないときは、すぐに爵位を剥奪する。また、嫁についても4年で子を2名儲けろ。その気配がない場合は子を産んだ経験のある嫁を充てがう。異論は許さぬ……以上だ」
エドガー王はゆっくりと左こぶしを胸に当てた。謁見による協議の終わりを示している。他の貴族たちも同じ仕草をし声を上げた。
「「コルスタニア王国に栄光を!」」