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【四章完結/コミカライズ連載中】魔王道―千年前の魔王が復活したら最弱魔物のコボルトだったが、知識経験に衰え無し。神と正義の名の下にやりたい放題している人間共を躾けてやるとしよう 作者:寒天

第四章:王国の裏側

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第119話「力を望むならば」

これより四章開始となります。

「この役立たずが! お前は黙って私に従っていればいいんだよ!」


 ル=コア王国に属するとある街の大きな屋敷で、一人の人間が暴力を振るっていた。

 下手人は30~40歳ほどの男性であり、身体には長年の暴食と怠惰が生み出した脂肪がこれでもかと張り付いている。


「ご、ごめんなさい……」


 暴力を受けているのは、青年と少年の中間くらいの子供であった。

 太った男とは対照的に、脂肪が一切存在しない骨と皮のような身体をしており、明らかに栄養失調であることがわかる。

 身につけている衣服も、太った男はやたらとキラキラ飾り立てたものであるのに対し、少年は薄汚れたボロ布であった。


 この二人の関係は、奴隷と主人の関係だ。

 奴隷ならば奴隷魔物を使うのが一般的なのだが、中には汚らしい魔物を生理的に受け付けないため人間の奴隷を好む層もおり、太った男はその一人であった。


「まったく……私に刃向かい逆らうとは、とんだ欠陥品だ。妹共々処分してやろうか?」

「っ!? い、妹だけは……許してください……」


 少年は、奴隷狩りの被害者であった。

 魔物の領域に入り込んで魔物を攫うのと同じように、人間は人間を襲い奴隷として捕獲するビジネスを行っている。

 無論違法であるが……支配階級の貴族が腐り果てているル=コア王国において、もはや奴隷狩りは暗黙の了解と化しているのだ。


「フン……親を失い奴隷商人に売られていたところに慈悲深く手を差し伸べてやった恩……理解できんらしいな」

「く……!」


 少年は国の領土にある小さな村出身だったのだが、とある犯罪組織……所謂マフィアの一団に目を付けられ、村を滅ぼされた。両親を殺された少年は、少年よりも更に幼い妹共々奴隷として囚われてしまったのである。

 当然、いくら小さな村であると言ってもそこは国の領土であり貴族の領土だ。領民は貴族の財産であり、農作物などからなる税は貴族にとっての大切な収入源……そこから略奪を行い労働力を奪うとなれば、村の支配者である貴族はマフィアを相手に戦う義務がある。だからこそ貴族は貴族として特権階級を名乗れるのだから。

 が、本来戦うべき貴族は……あろうことか、マフィアと通じていた。さほど利益になるわけでも無い小さな村を一々守るよりも、マフィアと手を組んで根こそぎ奪ってやった方が短期的には得だと判断したのである。

 長期的に見れば愚かな判断だと鼻で笑われる話だが、未来の発展よりも目先の金。そんな愚か者ばかりになってしまっているのが、今のル=コア王国貴族なのである。


「いいか? 私が殺すと言ったら殺すんだ。逆らうならば、次に死ぬのはお前と妹であることを忘れるな?」

「は、い……!」


 救った、助けたなどという貴族の男だが、実際にやったことは奴隷として売られていた兄妹を奴隷として買い、奴隷として扱っているだけ……何一つとして善と呼べる行動は無い。

 今彼が怒っているのも、飽きた奴隷を別の奴隷に殺させるというショーを思いつき、それを拒んで奴隷を逃がそうとした少年に折檻しているからというのが理由だ。兄妹をセットで購入し、何かあれば妹を殺すと言えば生意気な顔を途端に怯えた表情に変え、服従する少年は貴族にとってそれなりにお気に入りであり、彼の矮小な自尊心を満たす玩具となっている。


 実際には、さほど労働力として役に立つわけでも無い幼い妹は、別の変態的な趣味を持つ貴族に既に転売しているのだからなどとほくそ笑みながら。


(クソ……! 僕は、何もできないのか……?)


 少年は怒りを胸に宿しながらも、何もできない。

 当たり前だ。ただの子供が人質まで取られて、巨体の大人を相手に何ができるというのか。

 勇者だの聖人だのとの祭り上げられる正義の味方も、彼を救ってはくれない。貴族が奴隷をいたぶるのは、この世界においては別に悪でも何でも無いのだから。


 人間は、彼らを救ってはくれないのだから……。



「あら? いいじゃないこれ? 私にくれるのよね? お姉様?」

「だ、ダメです! それはあの方から頂いた――」

「コラ! 妹が欲しがっているのに何をみっともないことを言っている! そこは姉としての度量を見せなさい」


 別の街でも、また人が人に苦しめられていた。

 ここもまた貴族の邸宅であり、叫んでいるのは全員貴族……というよりも、家族だ。

 皆が皆血を分け合った実の家族であり、本来ならばお互いを愛し合うべき関係と言うべきものだ。


 しかし――この家族は歪だった。家族構成は父、母、姉、妹の四人家族なのだが、不自然なほど姉を冷遇しているのだ。

 妹は絢爛豪華な装飾品を幾つも持っているのに、姉は貧相としか言えないほど持ち物が少なかった。

 妹は広く快適な部屋に住んでいるのに、姉は狭く汚らしい部屋に押し込められていた。

 妹は両親といつも一緒に食事を取っているのに、姉は明らかにグレードの低い食事を一人で取っていた。

 妹は何の仕事もしないのに、姉は使用人のようにこき使われていた。


 その他にも、ことある度に姉と妹は比較され、姉だけが一方的に蔑まれていたのだ。

 今も、姉――長女に婚約者がいないのは貴族の体裁に関わるとして宛がわれた婚約者からのプレゼントである宝石を、当然の権利のように妹が奪い取ろうとし、それを両親が肯定しているという現場なのだ。


「まったく……これだから赤毛は卑しくていかん」


 姉がこんなにも冷遇されている理由……それは、いま父親が口にしたことが全てであった。

 この一家は皆金髪なのだが、姉一人だけ赤毛だったのだ。だからどうしたと余人であれば思うだろうが、血を重視する貴族にとっては非常に重要なことなのである。

 姉が産まれたときは、両親のどちらにも似ない赤毛から夫人の不貞を疑われることもあったほどに家は揺れ、何とか疑いを晴らした――証拠が無かった――後も、夫婦に痼りを残す結果となった。

 自分に似ない赤毛の長女に愛をもてなかった父親と、身に覚えの無い罪を疑われるきっかけに憎しみすら持った母親。そんな関係ながらも半ば義務的に第二子を作り、見事自分達と同じ金髪を持って産まれた妹は今までの反動からか過剰なまでに愛され、逆に両親の愛を全く受けることができないどころか憎しみまで向けられた姉は孤立してしまったのだ。

 実際のところ、単に先祖返りで偶然赤毛になったというだけで後ろめたいことは一切ないのだが……それを証明する技術は、人間世界には無かったのだ。


 貴族の子女というものは、親――特に当主の意向によって人生が大きく左右される。

 跡継ぎとして見込まれればそれに相応しい品格と知性を得られるように様々な教育を与えられ、将来婚姻によって家の力を高める役割を望まれるならばそれに相応しい美貌と能力が与えられることだろう。

 しかし、何も望まれず期待されず、邪険にされるだけでは何も得られない。それどころか、溺愛する妹の玩具として虐げられる役割などというものを負わされた姉の人生に、幸せなど存在しないだろう。


(私は、何のためにうまれてきたの……?)


 婚約者が妹が喜ぶほどの宝石を用意できる甲斐性があるとわかれば、父親は当然のように婚約を妹に切り替えることだろう。

 姉に望まれているのは、妹よりも格下で妹よりも惨めな生涯を送ること。それだけなのだから。


(だれか、助けてよ……!)


 彼女の祈りに、人間は答えない――



「あ、アニキ……?」

「悪いなぁ……お前にゃここでリタイアしてもらうことにしたよ」


 煌びやかな町並みが広がるル=コア王国首都、王都コルアトリア。

 華やかな光の部分があれば、裏側には穢れた闇が存在するのは自然の摂理。それを証明するかの如く、人々が賑わいを見せる繁華街の裏側に、汚らしい格好の男と上等なスーツを身につけた男がいた。

 汚らしい格好の男は肩から血を流しており、スーツの男は手に魔道銃を持っている。人を殺し慣れていることが見て取れる目をした『アニキ』と呼ばれるスーツの男が撃った弾丸が、汚らしい格好の男の肩を抉ったのだ。

 強力な進化種の魔物などからすれば嫌がらせ程度の効果しか無い魔道銃であるが、人間を抉るには十分な威力だ。もちろん人間であっても一部の、戦いの中で進化を遂げたかのように規格外の強度を誇る肉体を持つハンター辺りには不安が残るところだが、ただの人間である汚らしい格好の男を殺すには何も問題は無い。


「な、なんでだよ!? 俺はアニキのいうとおりに――」

「ああ、ご苦労さん。お前はちゃーんと、指示どおりに仕事をしてくれたよ」

「じゃ、じゃあなんで!?」

「決まっているだろ? あの仕事は、カラーファミリーに物資を渡すためにやったことだからだよ」

「カ、カラーファミリーって……俺たちと敵対関係にある……?」

「ああ、そうだ。お前は畏れ多くもファミリーの物資を盗み出し、敵に渡した裏切り者……なのさ」


 アニキと呼ばれたスーツの男はニヤリと笑い。魔道銃を汚らしい格好の男の頭に突きつける。


 彼らは裏社会の犯罪組織――マフィアの一員だ。その中でもスーツの男はそれなりの地位にいる中堅であり、汚らしい格好の男は下っ端の労働力。

 いつかは成り上がってやる――という、裏も表もなく何も持たない若者の多くが持つ熱意だけで働き、上司であり尊敬の対象だったスーツの男の命令にひたすら従っていたのだ。


 彼にとって不幸だったのは、信じた兄貴分の本性がただの裏切り者であったことだろう。

 スーツの男は敵対組織と裏で繋がっており、度々自分が所属する組織(ファミリー)の金銭や物資などを横流ししていた。それがバレそうになったので、舎弟の一人に罪を着せる形となるよう細工をし、最後にその口を塞ぐことで追求を逃れようと画策した……というのが筋書きであった。


「そ、そんな……俺は、アニキを尊敬して……」

「ありがとうよぉ……じゃ、そのまま俺のために死んでくれ」


 スーツの男は、今までも何人も殺してきた。それは時に組織のため、時に金のため、時に保身のため……理由はいろいろあったが、既に積み上げられた死体の山に、新しく一つ新顔が追加されると言うだけの話だ。

 それが自分を慕っていた舎弟であることなど、躊躇する理由になりはしない。


(クソ……! クソッ! 何か、何かないのか!? このままじゃ、俺もファミリーも……!)


 尊敬していた兄貴分が裏切り者であったことを理解した汚らしい格好の男は、起死回生の何かが無いかと、銃口を突きつけられながら辺りを見回した。

 しかし、何もあるはずが無い。だからこの場所が選ばれたのだから。


「お前は役に立ってくれたから……遺言くらいなら、聞いてやるぞ?」


 引き金に指をかけながら、最後の通告が下される。

 そんな元兄貴分に、男は――


「――クタバレ、裏切り者」


 憎しみを込めた目で答え、そして――


「いい答えだ」


 引き金が、引かれた――



 人は人を助けない。もちろん中には人を助けることを呼吸のように肯定する善人もいるだろうが、少なくとも今まさに助けを求めている彼らを救ってくれる人間は誰一人としていなかった。

 彼らは、このまま何もなすことなく死ぬ定めなのだ。今すぐ殺されるのかじわじわ衰弱していくのか、はたまた誰かの気まぐれである日突然殺されるのか……その違いはあるだろう。

 しかし、いずれにせよ理不尽な死が襲ってくることには変わりが無く、それを助けてくれるヒーローは存在しなかった。


『力を望むならば、受け取れ――【悪意の影(デビルズシャドウ)】!』


 ――だから、悪魔が手を差し伸べたのだ。



「――あ?」


 決して逆らえない奴隷をいたぶっていた主人は、突然天地が逆転したことに間抜けな声を上げた。

 あり得ないのだ。先ほどまで妹を人質にされ、無抵抗にいたぶられるだけだった少年が、突然漆黒のオーラを纏い主人の首をへし折る……などということは。


「なんだ……これ? 力が、溢れ出てくる……!!」


 奴隷の少年は、自らの身に宿った魔王の一部――悪意の影(デビルズシャドウ)の恩恵により、人を殺す術を手に入れた。

 肉体を魔力で強化する術を覚え、人を殺す武術を知り、それを体現してみせたのだ。生憎神が勇者に与える力ほど優しいものではないが……ここに、新しい人殺しが誕生したのは間違いの無いことであった。


「殺せる……! 殺せる!」


 力を得た少年は、奪われた者を取り返すため歩き出した。

 そこにはもう、無力な奴隷はいない。人を殺すことに何の躊躇いもない、人の法への反逆者がいるだけだ。


 こうして、貴族を専門に狙う若き殺し屋が産声をあげたのだった……。



「……ウフフ? どう? 気分は?」

「ぎ、ぎざま……?」

「おねぇ、さま……?」


 家族に虐げられていた少女は、ある日突然目が覚めたような気分を覚えた。

 ――無くなったのだ。どれだけ理不尽に虐げられ、苦しめられても消えることが無かった家族への情が。血の繋がった相手を想う心が、欠片も残さず消滅したのだ。

 更に、長年虐げられたことで植え付けられた恐怖、畏怖の念も綺麗さっぱりなくなり、代わりに頭に入ってきたのは悪魔の知恵。人を破壊するためにはどうすればいいか、誰に学んだわけでも無いのに彼女の頭に浮かんでくるのだ。


「私お手製の毒ですわ。心配なさらずとも、この家は唯一の生き残りの私がちゃんと守りますから、ご安心を」

「ふざげ、る……な……」


 彼女が使ったのは、日用品を調合するだけでできるお手軽な……しかし強力な毒だ。

 ちゃんと、不幸な事故として処理できるように調合されたそれを、自分の口に入ることの無い他の家族用の食事に混ぜた。それだけで、彼女の人生は大きく変わるのだ。


「うふふふ……これからは、私こそが唯一の当主……全てを手にする者……!」


 事切れた家族のことなど興味すら示さずに、彼女は嗤う。

 この悪魔の知恵を持って、今まで奪われてきた人生を取り戻してみせると。


 ――こうして、不幸な事故より身内を失った不幸な女貴族が産まれたのだった。



「あ?」


 裏切り者の男は、確かに弾丸を眉間に撃ち込んだつもりだった。

 勇者などの化け物は例外として、人間は眉間に銃弾を撃ち込まれると死ぬ。当然、勇者でもなんでもない舎弟など、中身をぶちまけて死ぬはずだった。


 しかし、何故か弾丸は皮膚の一歩手前で停止していた。物理法則ではあり得ない、何かの力によって。


「……[無の道/一の段/障壁]」


 そう唱えたのは、死ぬはずだった男だった。

 何故か、男の頭に中には突如知るはずの無い力の使い方が……魔道の知識が巡っていた。

 自分はそれを使える。理由はわからないが、その確信を持って彼は人生で初めて魔道を行使し、弾丸を魔道障壁で止めて見せたのだ。


「な、なに――」

「[地の道/一の段/岩弾]」

「ひぃ――ぐびゃ!?」


 続けて発動された地の道により、あちこちに転がっている老朽化した建物の欠片を弾丸として飛ばし、元兄貴分の頭を吹き飛ばしたのだった。


「な、なんだこりゃ……なんで、俺がこんな力を……?」


 男は普通よりも意思が強かったのか、悪意を打ち込まれてなお完全には狂ってはいないようだ。

 あるいは、下っ端とはいえ元々悪側の人間だったためかもしれないが、とにかく自分の力に疑問を持つくらいの違和感は感じられたようであった。


「いや……今は、報告? 違う……何を言っても俺みたいな下っ端の言葉なんて信用されるわけがねぇし、俺の手でカラーファミリーへ物資の横流しをしちまったのは事実。アニキ殺しも合せりゃ許されるわけがねぇ……俺は裏切りものとして追われることになる……!」


 しかし、頭に浮かぶ様々な疑問に蓋をして、今自分がすべきことに考えを集中させる。

 敵対ファミリーに物資を横流ししている裏切り者がいたこと。それを自分が始末したこと。そして、自分が未知の力に目覚めたこと。

 なによりも、現状ではまだ何も救われていないことを頭の中で整理したのだ。


「だが……関係ねぇ! この力を使えば、俺は闇の頂点に立つことだって夢じゃねぇ……!」


 色々と腑に落ちない点はあるが……いずれにせよ、今の自分には今まで想定もしていなかったチャンスが転がり込んできたのだと、今も血が流れ出ている肩の痛みすら忘れて暗い笑みを浮かべるのだった。


「まずはファミリーをどうする? どうせ俺を信じねぇなら……本当にカラーファミリーに売っちまうか」


 この日より、魔道使いマフィアとして一気に名を広める新しい闇の住民が産まれたのだった……。

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