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レーザーディスク(LD)を使った家庭用ゲーム機といえば、まず連想されるのが1993年に出たパイオニアのレーザーアクティブですが、実はそれに先立つこと8年前の1985年に、似たような製品が既にアメリカに存在していました。RDIビデオ・システムズという会社が開発した「ハルシオン」(RDI Video Systems Halcyon)です。

この「ハルシオン」の生みの親が、リック・ダイヤー(Rick Dyer)という人物です。


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(リック・ダイヤー氏。もともとはコンピュータ関係のコンサルタントでした)

ゲームの歴史においては、ダイヤー氏はアーケードゲーム「ドラゴンズ・レア」の制作者として知られています。これは史上初めて成功したレーザーディスク・ゲームでした。

レーザーディスク・ゲームは、今でこそすっかり忘れられた存在ですが、「ドラゴンズ・レア」が登場した1983年当時は違いました。それこそ一時は、アーケードの未来を担う存在だとして大きな期待を集めていたほどです。

当時はゲーム業界が厳しい状況にありました。83年といえば有名なゲーム市場崩壊があった年ですが、それは主に家庭用ゲーム機を指すものであり、一方のアーケードといえば、その前年である82年にはすでに下落のきざしが見え始めていたのです。

そんな中、市場に投入された「ドラゴンズ・レア」は、ゲームでありながら、映像やサウンドの出来栄えがテレビや映画のそれにも匹敵する水準だとして、たちまち大きな反響を呼びました。

ハード自体が高価であり、メンテナンスにも手間がかかるということで、1プレイ50セントと他のゲームに比べて料金は2倍。それにもかかわらず、インカムは2倍どころではない好調ぶりで、アーケードの集客に大きく貢献したのです。


始まりは「大洞窟アドベンチャー」

ダイヤー氏は物語要素とコンピュータ・ゲームを結びつけることに長年取り組んできた人物ですが、そのきっかけとなったのは、「大洞窟アドベンチャー」(Colossal Cave Adventure)に熱中したことでした。

1976年にメインフレームで制作されたこの作品はアメリカに実在するコロッサルケーブという洞窟を舞台にしたもので、史上初のアドベンチャーゲームといわれており、「ゾーク」や「ミステリーハウス」といった名作も、元はといえば「大洞窟アドベンチャー」に夢中になった人々の体験から生まれたものだったりします。

もっともダイヤー氏のアイデアは、単なるコンピュータ・ゲームではなく、「大洞窟アドベンチャー」のエッセンスを映像と音声で表現するというものでした。試行錯誤の末、当時まだ新しい技術だったビデオディスクを使った試作機を完成させ、おもちゃメーカーに売り込んだものの、結果は失敗に終わります。

内容を改めて検討し、敗因を分析したダイヤー氏が出した結論は、静止画では訴求力に乏しく、動画にしなければならない、というものでした。そこで独自にアニメーションを作り、ストーリーの分岐をプレイヤーに選択させるというゲームを企画したのですが、その制作中にアーケードゲームを手がけることになり、すでに出来上がっていた素材の一部を転用した作品を完成させます。これが「ドラゴンズ・レア」でした。

ところがこの「ドラゴンズ・レア」が思わぬ大ヒットとなり、それに続く「スペース・エース」もぶじ完成させたことで、まとまった資金を得たダイヤー氏は思い切った行動に出ます。それが家庭用レーザーディスク・ゲーム機の開発でした。もちろん世界初です。

ダイヤー氏がそれまでアーケード向けに作ってきたゲームはシネマトロニクスというゲーム会社との共同開発でしたが、このゲーム機は氏の会社RDIビデオ・システムズが単独で手がけるもので、「ハルシオン」と名づけられました。

「ハルシオン」の開発は83年に始まり、完成までに2年近い歳月がかかりました。当時としては長い時間が費やされたわけですが、それには理由がありました。というのも「ハルシオン」には、レーザーディスクに限らず、数々の最新技術が盛り込まれていたのです。


LDゲーム+音声合成+音声認識+人工知能

「ハルシオン」は本体とレーザーディスク・プレイヤーから構成されています。本体はZ80と64Kのメモリを積んだコンピュータで、これにシリアル経由でLDプレイヤーを接続するようになっていました。なおプレイヤーはRDIの独自ブランドが付いていますが、中身はパイオニアのOEMです。

ゲームソフトは映像と音声を収めたレーザーディスクと、ゲームプログラムの入った16KROMを積んだカートリッジで供給されていました。

さらに付属品として簡易式キーボードと、マイク付きのヘッドセットがありました。つまり、「ハルシオン」はキー入力のほか、音声入力でも操作できるようになっていたのです。


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本体にはスピーチ・シンセサイザのほか、音声認識のためのチップが搭載されており、音声でのやりとりが可能でした。ゲームだけでなく、基本的な操作も「ハルシオン」との会話でこなせるようになっており、質問形式による対話のほか、しばらく操作しないでいると、「ハルシオン」がご機嫌うかがいの音声メッセージを発するなど、ちょっとした人工知能まで搭載されていました。


願望の現実化

それにしても、どうしてまたこのような趣向をゲーム機に盛り込まなければならなかったのでしょうか。

「ハルシオン」の場合、目的を考えるなら、家庭でLDゲームが遊べればそれで十分だったはずです。つまり、音声合成や人工知能は明らかに行き過ぎであり、単にゲームで遊びたい人にとっては面倒なものでしかありません。実際、当時の技術の限界もあり、「ハルシオン」の使用感や動作速度は快適にほど遠いものだったといいます。ですが、ダイヤー氏には、どうしてもそうしたい理由があったのです。

その理由とは、ダイヤー氏がほかならぬ映画「2001年宇宙の旅」の熱心なファンであり、とりわけその作中に登場するコンピュータ「HAL9000」に強いこだわりを持っていたことにあります。ダイヤー氏には、自ら理想とする「物語とコンピュータゲームの融合」に加え、HAL9000を現実化したいという願望があったのです。

だからこそ「ハルシオン」の人工知能は「HAL9000と同等」と説明されたのであり、そもそも「ハルシオン」という名前そのものが、HALの3文字を含む言葉だからという理由で選ばれていました。その意味において「ハルシオン」はまさしくダイヤー氏にとって夢の結晶というべきものだったのです。


(テレビ番組で紹介された「ハルシオン」。初回時にプレイヤーは自分の声をゲーム機に覚えこませる必要がありましたが、その様子が捉えられています)

そんな「ハルシオン」ですが、開発はけして順調とはいかなかったようです。ただでさえ困難な技術を盛り込んでいたことに加え、とりわけ大きかったのが、ソフトウェア媒体の変更でした。

当初の構想では、ソフトの記録媒体にはレーザーディスクではなくRCAが開発したビデオディスク、CED(Capacitance Electronic Disc)を使う予定でした。ところが、「ハルシオン」の開発中にCEDの製造が打ち切られてしまったのです。そこでやむなくレーザーディスクに乗り換えたものの、それによって仕様全体を見直さざるを得なくなり、開発の遅延につながってしまいました。

それでもなんとか完成にこぎつけたのですが、いちばん大きな障害が待ち受けていました。本体の価格です。

ただでさえ高価なLDプレイヤーに加え、これほどまでの新機軸を盛り込んだ機械だけに、ある程度の値段をつけることは避けられませんでした。「ハルシオン」の価格は2500ドルというもので、当時のレートをドル240円とすると、日本円で60万円。高い高いといわれるネオジオや3DOを遥かに凌ぐ、文字通り(値段が)ケタ違いの存在でした。

もちろん市場では惨敗。わずか1年で販売終了となり、ゲームソフトはわずかに2作のみ。他にも数作が予定されていましたが完成することはありませんでした。開発元のRDIビデオシステムズも「ハルシオン」とともに姿を消しています。


近年の貴重な証言

ここまでが「ハルシオン」をめぐる定説なのですが、最近になって興味深い話が出てきました。

昨年、掲示板サイトのRedditで「ハルシオン」が話題にされ、そこでひとつの疑問が示されたのです。それはつまり、「ハルシオン」は実際には市販されなかったのではないか、それどころか試作のみで生産には至らなかったのではないか、という指摘でした。

その根拠は、現存する「ハルシオン」があまりにも少ないということにあります。

現在、残っている「ハルシオン」の数は5台とも7台ともいわれますが、いずれにしても相当にめずらしいものであるのは確かで、5年ほど前にオークションに出た時にはニュースに取り上げられたほどです。

いくら不人気だったとはいえ、実際に市販されたものとしては、確かに少なすぎるという印象は否めません。さらに、ほかにも重要な事実があります。

「ハルシオン」は開発中にいくつかの試作品がRDIの社内で組み立てられ、出資を検討させる目的で投資家に配布されています。そして、現存する個体の出所をたどれば、RDIの元社員ないし事前配布を受けた投資家にたどりつきます。つまり、すべては関係者からの流出品で、実際に市販されたものは皆無なのです。

またRDIは「ハルシオン」に先立って、自社ブランドでLDプレイヤーを主に教育機関向けに販売しており、こちらは数百台が実際に出荷されています。プレイヤー自体は「ハルシオン」のものと同一であり、これまで「ハルシオン」が市販されたと言われてきたのは、こちらの製品と混同した結果かもしれません。

もっとも、この疑惑を解明するのは、実は簡単です。要はダイヤー氏に聞けばいいだけのことです。

現在、ダイヤー氏はゲーム業界を離れ、東海岸で不動産業を営んでおられます。もちろん、(仕事のものではありますが)サイトも開設しており、メールアドレスも載っています。

とはいえ、誰一人として本人に連絡しようとはしませんでした。さすがにそれは気が引ける、と誰もが思ったわけです。

ここで議論は止まってしまったのですが、やがてひとつの興味深い書き込みが投稿されました。昔、本人に直接それを聞いてみたことがあるというのです。

実は、ダイヤー氏は「ハルシオン」の後でゲーム業界に一時復帰したことがあります。それが2002年のことで、「ドラゴンズ・レア」をリメイクすることになり、ダイヤー氏もプロデューサーとして関わったのです。この時は積極的なプロモーションが展開され、E3などでスタッフも交えてのイベントも実施されました。

そして、書き込みの主は、そうしたイベントでダイヤー氏に会った際、「ハルシオン」が本当に発売されたのかどうか聞いてみたというのです。

するとダイヤー氏は、事前予約までは取ったが、実際には市販されなかった、と答えたのだそうです。ということは、生産もされなかったのでしょう。

今のところ、この話は定説とされるには至っていませんが、これが真実である可能性は高いと思われます。すべては幻だったのです。


(E3の会場で展示された「ハルシオン」一式。今となっては貴重な実物です)

Halcyon (console) - wikipedia