第百九十八話「干し肉殺人事件」
前回のあらすじ:檻の中に犬
事件は十日ほど前。
雨期のドルディア族の村で起きた。
食料庫に保存されていたレインフォースリザードの干し肉が、何者かの手によって殺害……じゃなかった。
何者かの口によって食べられてしまったのだ。
すぐさま、ドルディア族の戦士団によって調査が行われた。
調査の結果、容疑者として浮かび上がったのは一人の女戦士。
プルセナ・アドルディア。
彼女は、つい半年前にドルディアの村へと戻ってきた、アドルディア族の長の娘である。
ラノア魔法大学首席卒業という輝かしい経歴で帰還を果たした彼女は、
「自分は使命のために帰ってきた族長候補なの、リニアは負け猫なの」
などと喧伝しつつ、ドルディア族の戦士団へと入団した。
この場で言う族長とは、デドルディア、アドルディアを筆頭とした、ドルディアと名の付く種族を束ねる長達の頂点に立つ存在である。
ただし、なりたいと言って簡単になれるものではない。
族長となるためには、相応の実力と戦士達の信頼に加え、前族長が引退するまで戦士長を務めなければいけないのだ。
プルセナは、戦士長となるに十分な経歴と能力を持ち合わせている。
ただ戦士団に入る前に旅立ち、十数年と故郷を長く離れていたプルセナは、戦士団には不慣れだ。
という事で、現族長ギュエスは、彼女に研修期間を設けた。
村内の仕事と、団員の顔と臭いを覚えた頃に戦士長とし、ゆくゆくは族長……という立場に置いたのだ。
エリートコースといっても過言ではないだろう。
高度な治癒魔術を操るプルセナは、瞬く間に戦士達の信頼を勝ち取った。
ギュエスもこれなら大丈夫だろうと判断し、
この雨期が終わったら婿を取らせ、戦士長とすると宣言した。
そこで事件が起きた。
事件当日。
時刻は深夜。
プルセナは食料庫の当直をしていた。
食料庫には、雨期の時に備えて大量の食料が納められているため、
夜になると二人一組で見張りを立てるのである。
一緒に当直に当たっていたのは、カナルーナという名のアドルディア氏族の女戦士だ。
その日、カナルーナは少々体の具合が悪かった。
前日に出没した魔物を撃退した時に負傷した傷が、化膿してしまったのだ。
当人は大事無いと言い張っていたが「当直を交代した時は真っ青な顔をしていた」と昼番の者も証言している。
プルセナはそんな彼女に対し、次期戦士長らしく「お前は帰って休むの、責任は自分が取るの」と指示を出した。
カナルーナはその言葉に従い、仮眠室で休む事にした。
少し休むだけのつもりだったが、傷ついた体を癒やすための本能か、カナルーナは熟睡してしまったという。
そして、翌日の早朝。
交代要員である一人の戦士が倉庫に到着した。
しかし彼が来た時、倉庫の前には、いるべきはずの見張りが一人もいなかった。
不審に思った彼が倉庫の中を覗いてみると――。
そこには食い荒らされた食料と、口の周りに食べかすをつけ、満足そうに腹を満たして眠るプルセナの姿があったのだという。
プルセナは現行犯逮捕。
このドルディアの村において、雨期の食料を盗むのは重罪である。
戦士たちの評価は一変し、戦士長の話は消滅。
当然ながら、族長の話も消滅。
牢屋に入れられた、というわけだ。
しかし、容疑者であるプルセナは言う。
「あの日、私は後ろから殴られて気を失って、気づいたら食料庫の中にいたの!」
「私をハメた奴がいるの! ファック野郎なの! ボス、お願いなの! 真犯人を探して欲しいの!」
「きっと私を族長にさせたくない奴がいるの! ミニトーナとテルセナあたりが怪しいの!」
「大体おかしいの。もし私が犯人なら、こんなすぐバレるようなやり方をするはずが無いの!
カナルーナを家に帰したのもあからさまだし、量だってバレないように少量ずつ食べるはずなの!」
プルセナは、自分の無罪を必死に主張していた。
私も経験があるが、獣族という種族は、第一印象で無実の罪を着せるのが得意だ。
もし彼女が本当にやっていないというのなら、私はそれを助けてやりたい。
そう思い、少々調査に乗り出してみた。
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ドルディアの村は、デドルディア族とアドルディア族が混合で暮らしている。
聖獣様を育て、守るための村という事で戦士が多いが、子育ての場としても使われるため、既婚者や子供も多い。
総勢約500名といった大所帯が、木の上で暮らしている。
雨期の大森林は木の下に濁流が流れており、いわば陸の孤島。
外部の者である可能性は極めて低いだろう。
私のような移動ができる者が、そう多いとは考えにくい。
容疑者プルセナの言うとおりであるなら、村内の誰かが彼女をハメたという線が濃厚だろう。
私は早速、助手のヤスと、ギュエス警部に手伝ってもらい、
事件の関係者の証言と証拠を集めてもらった。
「というわけだ、行くぞヤス」
「ヤスって誰ニャ」
「お前だよリニア。ある国では助手のことをヤスって呼ぶんだ」
「あ、そう……」
ギュエスは警部と言われても、何も言わなかった。
無駄だと思うが、と言いつつも動いてくれた。
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・『第一発見者、戦士ギメールの証言』
「君か、第一発見者は?」
「はい」
私はその青年を見たとき、既視感を覚えた。
なんか、どっかで見たことあるような気がする。
聞いてみるか。
ギメール→聞く→昔の事
「君、どっかで会ったっけ?」
「はい、10年前に水に落ちた所を助けて頂きました」
ああ、なるほど。
そういえば10年前。
雨期の大森林でルイジェルドと一緒に少年を助けた事があった。
あの時の、尻尾を振ってた少年か。
懐かしい。
いや、それはひとまず置いとこう。
事件の事だ。
「十日前、プルセナが盗み食いをした現場はどんな感じでしたか?」
「ええっと、リザードの干し肉の箱が開けられていて、プルセナさんがそこの前で寝ていました。満腹で膨れたお腹を抱えて幸せそうに「もう食べられないの」と」
光景がすぐに想像出来るのは、ついさっき見たからだろうか。
「……つまり、プルセナが実際に干し肉を食べる所を目撃した者はいない、と?」
「はい。ですがプルセナさんの歯に肉が挟まっていましたし、近くに落ちていた食べかけの肉からはプルセナさんの唾液の匂いもありました」
ドルディア族の捜査方法は独特だ。
事件に対し、匂いをかぐことで是非を問う。
彼らは自分たちの鼻に、絶対の自信を持っている。
そんな彼らの中で『唾液の匂いが検出された』となれば、証拠は十分というわけだ。
しかし、その捜査方法には、穴がある。
「プルセナの腹は満たされていた……でも、その腹の中に干し肉が詰まっていたかどうかはわからない。違うかね?」
「いえ、ゲップの匂いはリザード肉のものでした。自分も食べた事がありますので、間違いないです」
穴はなかった。
腹の中から臭いがした、という事は、ほぼ確実にプルセナは肉を食ったという事だ。
大きなハサミで切開され、胃袋に直接詰められたのでもない限りは。
「他には何もなかったか?
例えば……プルセナ以外の何者かの足あととか」
「足あとも、匂いも、毛も落ちていませんでした」
なるほど。
少なくとも、真犯人の工作は完璧ということだ。
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・『夜番 カナルーナの証言』
「カナルーナさん、当直の日、プルセナの様子はどうでしたか?」
「はい「朝から何も食べていないの、ペコペコなの」と繰り返し口にしていました」
当日のプルセナは非常に腹をすかせていたらしい。
しかし、おかしな事ではなかろうか。
私の知るプルセナは、飯時でなくとも何かを食べていた。
干し肉や、燻製肉、時には生肉もだ。
そんな彼女が、何も食べていない……。
何らかの意図を感じる。
「なぜ、何も食べなかったのかな?」
「前日の魔物退治の時、結構な数の怪我人が出たんです」
報告書にもあったが、前日には大規模な魔物の集団が現れたらしい。
非戦闘員に負傷者は出なかったものの、戦士団には大きな被害が出たと聞く。
「ほう」
「プルセナはこの村で唯一の上級治癒魔術師ですから、
大怪我をした者を治療するのに、あちこちに走り回っていました。
最終的には魔力不足で倒れてしまって……」
プルセナは魔力切れで倒れた。
私も経験があるが、魔力が切れると意識を失い、半日から丸一日、起きることは無い。
プルセナも例に漏れず気絶し……起きた時には当直の時間だった。
彼女はそのまま、飲まず食わずで当直の任についた、という事だそうだ。
「彼女に何か食べさせる、という選択肢はなかったのですか?」
「決まりですので」
雨期のドルディア村では、基本的に間食や時間外の食事は禁じられている。
3ヶ月分の食料が絶対に足りるよう、きっちりと管理しているのだ。
「プルセナが当直を休む、という選択肢は?」
「前日の魔物の数が多くて、結構な数の戦士が寝込んでいました。
手が足りなかったんです。
プルセナも休んでいてもらいたかったのですが「お腹が減っているだけなの」といって出てきてくれました」
なるほど。
族長になる、という使命感もあったろうが、立派な事だ。
あれこれと理由を付けて休もうとする昔の俺に言い聞かせてやりたい。
「それで、あの事件が起きた、と」
「はい。せめて私が何か食べるものでも探してきてあげていれば……と、今でも思います」
そうやって聞くと、情状酌量の余地はある気がするな。
いや、プルセナは食ってないと言い張ってるわけだが。
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・『ヤスの意見』
「ヤス……じゃなくてリニア、お前は今の話を聞いて、どう思う?」
一応、助手にも話を聞いておく。
彼女はプルセナの友人だ。
「あいつなら、やると思ってたニャ」
「ふむ」
「プルセナは昔から腹が減ると近くにあるものを盗み食いする癖があるニャ。
在学中、あちしがオヤツにしようと思ってた魚の干物を食われたこともあるニャ」
前科あり……と。
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こうして詳しく話を聞いてみると、
一人の証言が明らかにおかしい事がわかる。
嘘をついている者が、一人いるようだ。
誰だろう。
→プルセナ。
そう、プルセナだ。
あいつだけ、自分の行動を認めていない。後ろから殴られたのなんだのと言っている。
もう一度プルセナの所に戻って、話を聞いてみよう。
移動→村外れ→牢屋
プルセナ→聞く→事件。
「プルセナ。本当にやってないのか。俺の目を見て言え」
「本当なの、ボス、信じて欲しいの……」
プルセナは目をキラキラさせて、手を組んでいる。
しかし、尻尾は怪しげに動いている。
少し、カマを掛けてみるか。
「俺はお前を弁護し、ここから出す事は可能だと思う」
「さすがボスなの!」
「でも、もし、ここを出た後に、お前が嘘を付いていると判明したら、俺はお前に向こう一年間は肉を食べさせないつもりだ」
「ももも、もちろん本当なの」
「けど、神に誓えるか?」
「ち、誓うの……!」
プルセナの目が泳いだ。
こいつは怪しい。
これは、嘘をついている奴の目だぜ。
「俺は、俺の神を侮辱する奴を絶対に許さない。本当に神に誓いますか?」
俺は鉄格子ごしにプルセナの頭をがっしりと掴み、目を見ながら聞いた。
俺が敬虔な人物だということは、プルセナもよく知っているはずである。
彼女は真っ青な顔をして、ブルブルと身を震わせた。
しっぽを股の間に隠し、先端を両手で握っている。
「どうなんだ?」
「わ、私がやったの……」
あっさりとゲロった。
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事件は解決した。
犯人はやはり、プルセナ・アドルディアだったのだ。
彼女は自分の罪を認めたくないがために、いもしない第三者をでっち上げ、そいつに罪をなすりつけようとしたのだ。
ふてぇやろうである。
でも、彼女も肉の魔性にとりつかれた、犠牲者の一人だったのかもしれない。
「ギュエスさん、お手数を掛けました」
「いえ……それより、本当にプルセナでいいのですか?」
ギュエスは一連の流れを呆れ顔で見ていたが、決着がつくとそう聞いてきた。
「何の話ですか?」
「我が村から、聖獣様の世話係を一人、連れて行くという話です」
どうぞどうぞと言いたげな顔。
「あ、いえ、よくないです」
もちろん、いらないです。
これ以上、俺の周囲に巨乳の女が増えたら、また浮気を疑われる。
大体、シルフィやロキシーに二人目を産んでもらいたいってのに、こんなアホなのはいらない。
あと、プルセナは地味にエンゲル係数が高そうだし。
エリスは喜ぶだろうけど。
「そうですか、では、やはりミニトーナかテルセナのどちらかにしますか?」
「いえ、二人は族長候補でしょう? もうちょっと別の方が……」
ギュエスと話をしながら、牢屋の外に出ていく。
「あー、待ってなの! ボス、置いてっちゃ嫌なの! 出してなのー! 私も連れてって欲しいのー! もうお肉を食べられない生活は嫌なのー!」
後ろから聞こえる声を無視しながら。
「ニャッハハハハハ!」
と、外で待っていたリニアが、笑いながら初めて中に入ってきた。
彼女はこれまで、牢屋の中には入ってこなかった。
なんでも昔、ここに全裸で閉じ込められた経験があるらしく、
その時の屈辱的な記憶が呼び起こされるから、嫌なのだと頑なに拒んでいたのだ。
「ようプルセナ、いいザマだニャア!」
「り、リニア!? さっきから匂いはしてたけど! どうしてここにいるの!」
リニアは、いつしかサングラスを掛けていた。
仕事で使ってた奴だ。
ドルマークになった目を隠す用の。
「どうして? フフ……わからニャいか?」
リニアはそう言いながら、俺の腕をとって、胸を押し付けてきた。
あててんのよ。
ああ、ダメッ、発情の匂いがしちゃう……。
「ま、まさかリニア……ぼ、ボスと……?」
プルセナは鼻をくんかくんかして、顔を戦慄かせた。
リニアがニィっと口端と歪める。
嫌らしい笑みだこと。
「そうニャ……ああ、思い出すニャ、あの情熱的な夜。
あちしは寝室で、ボスにお姫様みたいに抱っこされて……。
ああ、もうコレ以上は言えないニャ!
ただ、あちしはその日、ボスにたくさん泣かされたニャ」
抱っこされて、部屋の外に捨てたんだよな。ポイって。
そのあと、彼女はエリスの部屋でメソメソしていた。
ギリギリで嘘は言ってない。
「そ、そんな、ボス……フィッツとロキシーに悪いからって、私たちに目もくれなかったのに!」
「ニャハー、プルセナの魅力が足りなかったんじゃニャいかニャー?
あちし一人になった途端だもんニャア。
いやー、アスラ貴族のグレイラット家の血筋は本当に激しかったニャ。
最初の夜なんて、肋骨が折れそうにニャったからニャ」
「ろ、肋骨って……! ど、どんな激しい交尾なの!」
エリスとの最初の夜か。
彼女は寝ている間に、相手を絞め殺さんばかりに力を込める時がある。
俺もやられた。レオもやられた。リニアもやられた。
リニアは翌朝、半べそになってシルフィに治癒魔術を掛けてもらったらしい。
うん、まだ嘘はついてない。
「り、リニアは、ぼ、ボスのお嫁さんになったの?」
「いや、お嫁さんじゃニャい…………けどま、奴隷みたいなもんニャ」
「奴隷!?」
プルセナが顔を真っ赤にして、口を押さえた。
うん、奴隷……間違っちゃいないけど。
「ま、中々いい身分ニャよ。
奴隷とはいえ仕事も任せてもらってるし、部下も50人はいるニャ。
プルセナみたいに、牢屋に入る事もないし、ボスんちの寵愛は受けられるし。
あ、でもドルディアの族長の方がいい身分かニャ?
プルセナはもう、なれそうにもニャいけど……ニャッハハハハハ!」
高笑いが響き渡る。
「リニアァァー!」
プルセナは顔を真っ赤にして、ガシャガシャと鉄格子を揺らした。
しかし、その手からは、次第に力が失われた。
プルセナは力無く床に膝をついた。
「ぐすっ……あんまりなの、あの日は、本当に忙しくて、朝からなにも食べてなかったの……私が食べたのだって、精々、私が一回に食べるのと同じぐらいの量だったの、倒した魔物を加工すれば、十分に補填できたはずなの……」
牢屋の床にへたり込み、めそめそと泣きだしてしまった。
と、そこでリニアは俺から離れた。
「はー、満足したニャ……」
なんとも満足気な顔だ。
酷い奴だなぁ……。
でもしかし、プルセナにも情状酌量の余地はあると思うんだよな。
聞いた話によると、深夜から早朝に掛けて、魔物の襲撃が起こった。
大きな被害が出てしまったのは、当日の見張りの責任だろう。
そのしわ寄せは、治癒魔術師であるプルセナに来た。
プルセナは魔物を退けた後、必死に治癒魔術を使った。
そのお陰で、助かった者も多くいるはずだ。
しかし、プルセナも最終的には魔力切れで倒れてしまった。
起きた後は飯を食う間もなく、見張り番へ。
もっとも、やった事は窃盗だ。
丸一日食べずに夜番についたからといって、盗み食いをしていい理由にはならない。
俺の前世の世界でも、警察官の犯罪は明るみになった時点で、エリートコースから外れるという。
情状酌量の余地があったとはいっても、犯罪は犯罪。
村の決まりを破ったのだ。
戦士長・族長になれないってのも、仕方のない話だろう。
「っと、ボス、父ちゃん」
リニアはそこで、俺とギュエスの方に向き直り、真面目な顔をした。
「頼みがありますニャ」
頭を下げた。
45度のお辞儀だ。
「……プルセナを聖獣様の世話係にしてやって欲しいんですニャ」
そこでリニアは顔を上げ、強い視線を俺とギュエスに送ってきた。
俺はその視線で居ずまいを正す。
「あちしらは遠い異国の土地で、族長になるためだけに頑張ってきたニャ。
誰よりも努力した自信があるニャ。
そうじゃニャきゃ、首席なんて取れませんニャ。
あちしは最後の最後でプルセナに負けて道を譲ったけど、
でも、それはプルセナが族長にふさわしいと思ったから、納得できたニャ。
それを、たった一度のミスで全てがご破算なんて、あんまりニャ」
リニアはそこで一息ついて、ギュエスを見上げた。
「チャンスが欲しいニャ。
これから五年間、いや……十年間。
プルセナが聖獣様の世話をしっかりとできたら。
お役目をきちんと果たして、ボスの娘を連れて帰ってこれたら、
今回の罪を帳消しにして上げて欲しいのニャ。
族長にしろとは言わニャいけど、相応の地位につけてやって欲しいニャ」
筋の通っていない話だ。
リニア自身、役目を放棄して、商人になった。
こんな事を頼める筋合いはあるまい。
そもそも、この罪も、プルセナの自制心の足りなさからきたものだ。
確かに聞いた話によると、情状酌量の余地はあると思う。
思うが、やったことは、やったことだ。
それを、今まで頑張ってきたからナシにしてくれとは、ムシが良すぎる。
そんなものは通らない。
「それは出来ん」
ギュエスもそう言った。
過去にやらかした事は消えないし、帳消しには出来ない。
当然だ。
けれど。
けれども。
俺の個人の感情で言うなら。
努力というのは、報われて欲しいと思う。
プルセナは、頑張っていた。
毎日、肉を頬張りながら、真面目に授業を受けていた。
治癒魔術の授業で一緒だったから、俺は彼女が頑張っていたのをよく知っている。
間違いなく、彼女は人一倍努力をしていたのだ。
だから、そもそもあまり頭が良くない獣族だってのに、首席を取れたのだ。
努力をしたら、報われたい。
それは俺の願望だ。
自分は努力してるから、報われたい。
そう思っているにすぎない。
「ギュエスさん、俺からも頼めますか?」
「えっ? ボス?」
けど、もし俺が、誰かに報いを与える立場なら。
出来る限り、報わせてやりたい。
「…………」
ギュエスは渋い顔をしていた。
だが、すぐに顔を上げた。
「わかりました。いいでしょう」
昔のギュエスだったら、ここで意固地にノーと言っただろう。
俺も自分の判断が正しいとは思わない。
ワガママみたいなものだ。
「リニア、プルセナ、しっかりと務めを果たすように。わかったな」
「はいニャ!」
「はいなの!」
そう言って頭を下げる二人。
それを見て、俺はふと思った。
やっぱり、こいつらは二人揃っていたほうがいいな、と。
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帰りは筏で聖剣街道へと出て、石碑があるあたりに見当を付けて笛を吹き、なんとかアルマンフィを召喚、空中城塞を経由して、戻ってきた。
「懐かしい場所なの……かつて私が頂点を取った町、またここに戻ってくるとは思わなかったの……」
プルセナは魔法都市シャリーアの城壁が見えてくると、感慨深げに呟いた。
そう、彼女は戻ってきたのだ。
第二の故郷とも言える、魔法都市シャリーアに。
「あ、プルセナ、いい忘れてたんだけどニャ」
「何なの? 今ちょっとおセンチな気分なの、用は手短にして欲しいの」
「あちしが助けてやったんだから、お前しばらくはあちしの下僕な?」
「えっ」
リニアの下僕として。