「話ィ…?なンで俺と……」
「君は、とても"面白い"存在だからね?」
「……ハッ、そォかよ」
目の前の男の顔はベールで隠れて見えないが、声の抑揚から感じるその胡散臭さ、俺はそれに一瞬イラッと来るが、冷静に目の前の男の名前を思い出す。
ーー月夜見。
日本神話に登場する、月を統べる太古の神か……
「生憎だが…俺はオマエに対する好感度がマイナスを突っ切ってンだよ、失せろ」
「ふむ確かに…"
「ろうげつゥ?」
もしかして…俺をこの実験場に招待して命を狙い、そして今俺の下で気絶している、この三下の名前だろうか?
だとすれば、随分大層な名前だ。
俺は下で倒れている弄月を指さして聞く。
「コイツの名前か…で、なンでコイツはこンな事をやった?……いや、
俺がそう聞くと、月夜見は一瞬動きを止めて、興味深そうに首を傾げた。
「………ふむ、できたとは?」
「とぼけンじゃねェよ、たとえ俺の持つこのデバイスに無限の価値があったとして、それを欲しがるのはわかる…だがありえねェンだよ」
ーーそもそもの話なのだ。
「なンでコイツ一人だけなンだ?」
"もう一つの月の頭脳の強奪"…月の上層部にとって、永琳の頭脳は喉から手が出るほどの価値がある。
そして俺は、それをほぼ無条件で使える機械を持っている…確かに行動を起こすには理由は十分だ。だが…
「上層部のバカが何人いるかは知らねェが…間違いなく言えるのはこれを欲しがる奴は一人や二人じゃねェって事だ、なンなら…そこで寝てる玉兎も数十人集めて、俺を襲えばいいだろォが」
だが実際は一人だった、弄月だけが、俺のデバイスを狙い、そして命を狙った。
「コイツも道化だったつゥ訳だ?大概俺の力の正体を暴くか、盗める隙がないかを調べてンだろ?……そこの監視カメラから」
気づかないとでも思っていたのか?それともこれも予想の内か。
先程から俺の動きに反応して収縮するレンズ…上層部の人間は、今も俺を監視しているという訳だ。
「万が一俺がやられてもデバイスを奪えばいいし、弄月が俺に殺されたとしても、それすらも自分たちの研究材料にする…ハッ」
ーー反吐が出る。
右手の拳銃を、カメラに向かって放り投げ、ゴシャッという音と共にカメラが崩壊する。
月夜見は、俺のその行動を黙って見つめていた。
「なァ月夜見、上層部ってのはここまで腐ってンのか?それとも……」
ーー腐っているのはお前か?
「…………………」
俺は月の上層部に興味なんぞない、俺が大切なのは…このデバイスを作り、俺の夢を叶えてくれた恩人である永琳と、その弟子である綿月姉妹のみだ。
俺は彼女たちの為に動くし、彼女の為なら目の前にいる神にだって喧嘩を売ってやる。
俺のこの力は、彼女のためならどんな使い方もしてやるのだ。
そして、
「ふふふ…なるほど、永琳の言った通りだね……」
月夜見は、まるで予想通りと言わんばかりに微笑み、そして言った。
「永琳から予め聞いていたんだよ、もし君がそのデバイスを手にしたら…どう使うのか、とね」
「幻滅したかァ?自分より弱ェ奴を虐めることに使って…」
「君は
………は?
「…何言ってンだ?オマエ」
「面白いね?実に面白いね?君はその理を曲げる超常を、上に立つでも暴力の為でもなく…誰かになろうと使っている…うん、本当に面白いね?」
「……おい」
「まるで憧れの人に近づこうとする子供みたいだ、うん、君本当に妖怪かい?人間だったりしないのかな?」
「…………だから」
「全く、君への興味が尽きないね?もっともっと知りたいよ?ゆくゆくは君の憧れの存在についても少し…」
「黙れっての」
「あいたっ」
俺は段々ヒートアップしだした月夜見の頭を軽くチョップする。
「俺は野郎に興味はねェ、鳥肌立つからヤメロ?」
「……ふむ、なら僕の顔を見てみるかい?きっと気にいると思うよ?」
「いらねェ…おい、ベールを捲るな、興味ねェつってンだろ」
「おやおや… 残念だよ」
「…………チッ」
少し…いやかなり胡散臭い男だが、今地べたで寝転んでいる弄月とやらとは比べるまでもないだろう。
ーーこの男は信用できる。
「…ところで、俺は一応あんたの部下に手を出した訳だが……」
俺はデバイスの電源を切り、喋り方をいつものに戻し月夜見にそう聞く。
すると月夜見はほう…と声を出して
「いや驚いた…ここまで喋り方が違うとはね?真似っ子が上手いようだね?」
「うるせぇっての、好きな男の真似をして悪いか?」
「……ふふふ、そうだね…その気持ちは僕もわかるよ?」
「…………ちっ」
ダメだ、予想以上に恥ずかしすぎる…いやだからといって
「…だけど程々にね?もしその喋り方を
「……?まぁ大丈夫じゃねぇの?」
妙な言い方だ。
「……まぁ、弄月のとこは心配しなくていいからね?安心して戻るといいよ?」
「……んじゃ、お言葉に甘えて………」
「………あぁそうだ、最後に聞いておくよ?」
ーー君は"妖怪"かい?
"妖怪"、その部分を強調し、まるで値踏みするかのような目で月夜見は言った。
「………そうだな」
聞くまでもなく俺は妖怪だ。それも天邪鬼…たとえそれが、下から数えた方が早いほどの種族的弱さを持っていたとしても、その本質は人を襲い、恐れられる生物であることに変わりはない。
ではなぜ、月夜見はそんなことをわざわざ聞いてきたのか?
彼の言葉の本質はーー
「俺は……」
俺の返すべき答えはーー
「俺は人間が大好きなんだ」
「……そうか」
月夜見は笑った。まるで「そう言うと思った」と言わんばかりに。
「さ、そろそろ弄月を回収しに他の人間がやって来る…今のうちだよ?」
「あぁそうだな」
ーー俺は人間と敵対するつもりは無い。
確かに弄月のような、目先の利益に囚われて、誰かを使い潰す男は嫌いだ、だがだからと言って、俺は面白半分で人の命を脅かすことはしたくない。
俺は
………恵玖と出会った時の正当防衛は別として。
「じゃあ行くよ、あとそこで寝てる玉兎も頼んだ」
「あぁわかった、じゃあまた会おうね?」
「あぁ、また」
返事を返し、俺は再びデバイスのスイッチを入れて空へ。
ーーさて、この後は何をしようか。
そんなことを考えながら、俺は空を飛び続けた。
◇
「…行ったか」
「月夜見様…追わないので?」
正邪が飛び去り、そしてその姿が見えなくなった時。
月夜見はただそれを静かに眺め、そして
「ふ…ふふふっ」
そして、
「あっはははははは!!」
笑った。
「いやぁ本当に面白い子だね!あんなの初めて見たよ!本当に妖怪なのかな?元人間って言われた方が納得が行くよ?」
「つ、月夜見様…?」
「あぁごめんごめん、来ていたんだね?」
ーーしかし「人間が好き」か…
月夜見は先程の彼女の言葉を思い出し、そしてまた笑った。
その姿に、今丁度やってきたばかりの回収班の男は頭に「?」マークを浮かべて尋ねる。
「えっと…弄月さんは…」
「ん、彼ならそこで寝てるよ?命に別状はないから適当にベッドに放り込んでおけばいいね?」
「え…あぁ!?弄月さん!?ちょ、担架持ってこい!お前はそっち持ってろ!」
男達は器用に弄月を持ち上げ、担架に乗せて部屋から出た。
月夜見はそれを見届けたあと、夜空を見上げて息を吐いた。
「…この地上は、もう引き返せないほどに穢れてしまった……もうここにいれるのもあと数ヶ月かな…?」
上層部の人間は穢れを嫌ってはいるが、月夜見自身はそれほど嫌ってはいない。
"穢れ"とは一種のシステムなのだ。命が増えすぎないように、命が減りすぎないように…
それは、本物の"神"が作った、この世界を司る概念そのもの。
それは月夜見自身も例外ではなく、
「…ま、計画は順調だからいいかな」
強いて言うなら、最近の妖怪の活動が以前と比べて
前までならば、少し外に出ただけで知性のない獣に目をつけられるレベルだというのに、最近は恐ろしい程に静かだ。
まるで………
「…ま、彼女は関係がないみたいだからいいけど…嫌な予感がするね」
知性のある妖怪というのは、他と比べ危険度が段違いに跳ね上がるのだ、彼女は奇跡的に友好な態度だったが……
だが友好的じゃなかったら?それが悪意に満ちていたら…?
もしこの活動停止の理由が、良くないものであったならーー
「……さて、計画を練り直さないとね」
手を伸ばし、虚空を掴むようにして月夜見は笑う。
ーー目の前に広がる、広大な月を見て。
◇
あれから数日は経った。
どうやら本当に月夜見の言う通り、今回の出来事は月の上層部が、一人走りした弄月を利用したものだったようだ。
今回の事件は俺にはお咎めなしで、上層部の数人が罰を受けるらしい。
それでいいのか?と思ったのだが「アイツらにはこんなんじゃ足りないわよ!」とオーラが見えるほどの不機嫌さを含んだ輝夜の言葉に俺は頷くしか無かった。
「ところで…いいかしら?」
「ん、どうした?」
俺が回想に浸っていると、ちょうどお茶を取りに行っていた永琳が戻ってきた。
「あなたは…恵玖のいた村で人の健康状態を弄ったのよね?」
「あぁ」
「そしてあなたの能力は…発動条件は演算をする必要がある、ここまではいい?」
「おう」
「……デバイスもない不安定な状態でやったのよね?」
「………あ、」
「馬鹿っ!人間の身体は時計のように精密なのよ!?それを脳死で能力を使って…」
「わ、悪かった…」
そして今、俺は永琳の前で正座をして説教を受けている。
だが実際これは俺が悪い、俺の能力は解釈という一種の縛りによって、
「これから人の健康状態をいじる時の概念使用は禁止!あと絶対にデバイスを使いなさい」
「はい……」
「じゃあ今から手伝ってもらうからついてきて」
「わかった……え?」
俺がついそのまま返事をすると、永琳は「してやったり」の顔でニヤリと。
「どうしたの?早くついてきて」
「…嵌められた!?」
「ほら、置いていくわよ」
「畜生拒否権はなしか!?」
俺はずんずんと早歩きでどこかへ向かう永琳の後ろ姿を追いかける。
家を出て、膝下あたりまで伸びた雑草が段々と消えてゆき、不自然なほどの平らな地面へ。
そのまま道を進んでそして…
「ほら、早く入って」
「………おいおい、これは何の冗談だ?」
「あら、流石にこれは驚いた?」
永琳は得意げにふふんと鼻を鳴らし、そして
その扉はどこまでも無機質で、木の年輪や石のザラつきすらも感じない科学の素材。
そしてーー
「ようこそ、ここが私たちの住む都市…『月の都』よ」
「………すげぇ」
目の前の扉が自動で動き始め、そしてその向こうの景色を映し出す。
そこにあったのは近代都市。
空に電線がある、地面も懐かしい…前世で見たアスファルトそのものだ。
「さて、こっちよ」
「…あぁ……」
永琳に言われて、俺はまた歩き始める。
月の科学によって作られた建造物の数々は、俺が前世で見たSF作品に出てくるようなハイテク素材で作られており、見るだけで焼けそうになるほどの白で染められていた。
道中、やはり俺はかなり注目を浴びていた。まぁ無理もない、妖力は限りなく小さいが妖怪だし、あと服装も違う。
永琳は赤と青の派手なハーフカラーだが、月の都に住む人間の多くはあの月夜見のような、全身を白の着物で包んでいる、なんというか統一感の凄い服装だ。
「さて、ここよ」
永琳の声に反応し、周りの観察をやめて振り向くと、そこには今までの建物とは比べ物にならない大きさの家があった。
しかもよく見ると、壁や扉の細部にまで装飾が施されており、永琳の地位の高さを表しているようにも見える。
よく見ると、看板らしきものに「診療所」と書かれているため、そういうことなのだろう。
「じゃあ今日は……」
「せ、先生!永琳先生!!」
永琳が話し出すと同時に第三者の声。
振り向くと、白の着物に身を包んだ銀髪の男が息を切らしながら走ってきて、
「あら、どうし…」
「お、俺の妻が…妻が…!」
「落ち着きなさい、何があったか言いなさい」
「あ、あぁ…」
永琳がそう言うと、男は二三度深呼吸をしてから言った。
「き、今日家に帰ったら…妻が…妖怪に襲われて…しかもその……お腹が痛い、と」
そして永琳は一瞬、ピクリと眉をひそめ
「……なるほど、確か彼女は…」
「え、えぇ…」
永琳は予め知っていたのか、特にそのまま聞き返すことの無いまま、扉を開けて中へ入った。
「正邪、悪いけど少し手伝ってくれる?」
「あ、あぁ…」
いや俺に言われても……
というか俺は医学の知識なんてないし、奥さんの容態だって何も分からないんだが……
だがまぁ、「手伝って」と言われたからには、やらなければ男が廃るというものだ。
……今は女だが。
「おーい!連れてきたぞー!」
「お、おい!大丈夫か!?」
永琳と一緒に作業台の整理をしていると、戻ってきたのは先程の男性と、恐らくその妻であろう銀髪の女性、しかしよく見ると服が血で滲んでいる。
そしてその肩を支える別の男性。男性二人の顔は瓜二つな為、恐らくは双子なのだろうか。
「し、心配しなくていいのに…」
「何を言ってるんだ!そんなに顔色を悪くして!」
「おい兄さん、早く…」
「あ、あぁ悪い……」
男二人が言い争いながらも、患者の女を診察用の椅子に乗せて様子を見守る。
そして俺は、女性の「お腹」という言葉と今のぎこちない動きを見て確信した。
「なぁ永琳、もしかしてこの人は…」
「えぇ、妊娠しているわ」
「やっぱりか……」
よくよく見れば、まだ微かにだがお腹が膨れているようにも見える。
だが…
「不味い…っていうのは?」
「まず怪我ね、これはもう傷が塞がってるから心配ないわ、問題は血液よ」
「ストックは?」
「今用意してるわ、あと強壮剤も」
でも…と永琳は顔を険しくし、
「妊娠してる…っていうのがネックね、できるだけ身体に負担をかけないように適切な量を処方しないと…」
「ーーじゃあ俺の出番だ」
俺は目の前の女性のお腹に優しく触れ、チョーカーのデバイスに手をかける。
「…!まさか…!」
「ーー俺の力ならわかるンだよ」
スイッチを押すと同時に流れ込んでくる『向き』の情報。
体内を流れる血液、酸素、電気と心臓の鼓動。
そしてその中に埋もれて見える…小さな命。
「……ッたく、苦労するぜ」
流れる情報を一つ一つ選んでシャットアウト、感じる血液の流れは、胎児の体内のものだけを、酸素とあらゆる栄養素の向きを感知。
頭の中で組み立てる方程式。俺の頭の中で完成される一つの計算式。
そしてーー
「性別女性…体重244g、心拍数60…刺激反応率5.52…」
俺の能力と月の頭脳が組み合わされば、出来ないことはなにもない。
「強壮剤、ヘクトリンを2.5g…タフ型のチップを頸動脈に貼り付けて、10秒ごとに20秒休憩し、5回に分けて体内浸透させろ……それで助かる」
「……わかった、行くわよ」
ここまで来たら俺の仕事はもう終わりだ、あとは彼女に任せれば問題解決だろう。
「あ、あの…あなたは……」
「…アン?」
疑問の声をあげたのは先程、永琳に話しかけていた方の男性…恐らくは夫だろう。
目の前の男性は、俺に対する不信感を滲ませながらも聞いた。
「あなたは医者なんですか?」
「?いや、俺は医学の知識なンてこれっぽっちもねェ」
「なっ!?それなのにあんなことを…」
「勘違いすンなよ?たとえ知識がなくとも俺には"コレ"がある」
俺は声を荒らげた男を右手で制止し、左手でチョーカーを指さして笑う。
「コレがあれば誰でも医者に早変わりだ、だから安心しろ…お前の女は助かる」
「えぇ、おかげで助かったわ」
振り向くと、永琳は先程用意していた、様々な医療器具を片付けている最中だった。
ーーどうやら治療は終わったらしい。
「アァ、アぁ〜……こほん、もう終わったのか?」
「えぇ、あなたの言った通りね、元気な女の子よ」
「………いつの間に」
しかし良かった。この言い方だとお腹の子に異常はないようだ。
「ほ、本当ですか!?よかった……」
「礼ならそこの正邪にお願い、聞いてたでしょ?さっきの言葉」
「そ、そうですね……その、ありがとうございました永琳さん、正邪さん」
「あーいいって、別に気にすんな」
実際、俺が彼女たちを手助けできたのは、このチョーカーがあってこそだ。もしこれがなければ…俺は何の役にも立てなかった。
俺は、これがなければ何もーー
「……ねぇ正邪さん」
「………ん、どうした?」
俺は思考を中断し、声の方を見て少しばかり驚いた。
先程気を失い眠っていたはずの女性が、目を覚ましてわざわざ"俺に"話しかけたのだから。
医者として信用されている永琳にではなく、俺にーー
「…女の子、なんですよね……?」
「…あぁ、女の子だ」
「そうですか……ふふ…楽しみだなぁ」
そう言って、女性は自分のお腹を撫でて、愛おしそうにーー
「…そうだな」
「あなたのおかげです、本当にありがとう」
目の前の女性は、まだ顔色が悪いのに、今すぐにでも寝て、気を楽にしたいはずなのに…
俺に、そう言って笑った。
「…あなたの子供、いつか俺にも見せてくれないか?」
「えぇ、楽しみにしていてくださいね」
俺がそう言うと、女性は花が咲くような、可憐な笑顔を向けて笑った。
ーーその時、彼女の美しい銀髪と、首にかけられた、月の装飾が入った時計が、室内の電灯を反射してキラリと光った。
◇
深く暗き森の奥、月の光は届かず、輝くのは妖どもの暴力の瞳。
狼のような見た目、人のような見た目、潰れた肉塊のような見た目…
様々な見た目をした妖怪が、今この場に集い、そして叫ぶ。
ーーもっと血を。
ーーもっと悲鳴を!
ーーもっともっと…!
常人ならば、聞くだけで腰を抜かしそうになるほどの悪意の波。
だがそれを止めたのは、更なる悪意。
「皆、よく来てくれた」
その言葉が響いた瞬間、知と理を捨てた妖たちが、皆一斉に頭を垂れた。
まるで命令を待つように、まるで隷属するように。
狂ったように生き物を襲い、あまつさえ同族さえ手にかける妖怪が、
「今まで辛かったであろう、空腹に耐え、暴力の発作を押さえ込んで……」
その男は、まるで人間のような見た目だった。
月光を吸収し、放出するような金髪。そしてその奥で輝く真っ赤な瞳。
「皆苦労したであろう?なぜ我ら妖怪が人間に配慮しないといけないのか…と」
ーーだがそれは終わりだ。
「我らは次の満月の夜、人間どもを血祭りにあげる」
ーーその口を肉で埋めろ
ーー血で血を洗い、魂の悲鳴をその身で感じろ!
「我らにもはや敵はいない!さぁ始めよう…」
ーー暴力の世界!
返答はない、だが答えはもはや決まっていた。
皆が口を歪めた、皆が肩をふるわせた。
人間どもを、弱者を思う存分痛めつけ、そして欲を満たす。
それが制限なく、思う存分楽しめることを妄想し、喜悦に支配された。
これが後の、『月人防衛戦争』と呼ばれる………
月の歴史書に記された、地上最初の争いである。