Asahikawa_East_Police_Station


旭川市の警察組織としては、「北海道警察旭川方面本部」があります。
北海道警察旭川方面本部は、北海道旭川市1条通25丁目に所在する北海道警察の方面本部の一つです。上川・留萌・宗谷地方の全域と空知地方北部を管轄します。「北海道旭川方面公安委員会」の管理に属し、公安委員会の下に本部を置く方式は、都道府県警察と同様です。

 

公安委員会は、警察の民主的運営と政治的中立性を確保するため、警察を管理する行政委員会です。北海道旭川方面公安委員会は、委員長1人、委員2人の3人の委員で組織されます。北海道警察旭川方面本部・本部長の桜庭英樹、北海道旭川方面公安委員会・委員長の進藤正明(医師)、北海道警察旭川方面本部/公安委員会の庁舎に闇の解除・統合を意図して光を降ろしました。

 

「松喰い」「ヤクザ。創価」「いいです」と伝えられました。旭川市の警察、公安も暗黒集団のグルの様相を呈していることが分かります。旭川市最大の反社が「旭導会(きょくどうかい)」です。旭導会は、北海道旭川市3条通5丁目に本部を置く暴力団で、指定暴力団山口組の二次団体で構成員数は約400(2008)です。本部ビルの組事務所は「株式会社 旭導総業」の看板が掲げられています。

 

一般の会社組織であるかのように偽装しています。山口組系の暴力団・関保会の最高幹部であった鈴木一彦が、同組織の事実上の解散に伴い、その地盤を引き継ぐ形でこの旭導会を結成しました。これが1991年のことで、その翌1992年に山口組の直系組織(二次団体)となりました。旭導会・会長の鈴木一彦と組事務所に光を降ろすと「もうおしまい。ロメ」「いいです」と伝えられました。

 

「旭川女子中学生いじめ凍死事件」と「旭導会」についてネットで調べていくと《よいとせのこらせっと》の記事「旭川市が荒んでいる理由、暴力団が市民に浸透し過ぎ」に興味深い情報が載っていました。『旭川14歳イジメ自殺事件の根深さは、 関係するガキ共や先公、そしてオマワリがことごとくヤクザと親交を持っている点にあります。旭川で有名な暴力団は​​旭導会(きょくどうかい)​​と言うそうです。

 

クソ田舎のくそヤクザなんですが―、 旭導会組長・鈴木一彦は​​ヤマグチ組の中で5番目にエライ​​そうです。 おもな生活の拠点は神戸市なのだそうですから、どえらい都会人ですね。一概に田舎者とは呼べません。旭川、暗黒の街です。例えばこのヤクザ男・松原朗(2016年現在で34)なんかは,ほぼ毎年道警に逮捕され実刑判決も受けていますが、旭導会は北海道警の幹部にエロい思いをさせているので、毎回すぐに仮釈放になるらしいのです。

 

自分のイメージから言いますと、旭川くんだりでこのようにヤクザがはびこる最大の理由は市民に在ります。交通事故や御近所でのもめごと・商売上のトラブルなどに遭った場合、市民のかなり多くがこの旭導会​に解決や金銭を巻き上げる依頼をするそうですし、ヤクザの知り合いがいる事を自慢します。旭川市民は正義感が薄いのかも知れません。』。旭川市全体が腐敗の極致に至っているようです。

 

地元の反社の旭導会が実働部隊としてエゴと欲を満たす"仁風林"のトラップで、政治家、教師、役人、警察などの関係者の弱みを握り"蟻地獄"に入れて、支配している構図が目に浮かびます。旭導会の上位に、トップの天皇に近い創価学会や稲川会が位置していると見ています。いずれにしても、旭川市は、金に目が眩んだ金の亡者たちが溢れて深い暗闇になっている土地です。

 

旭川市には、大きな総合病院が多く存在します。それは、松取り(松果体収穫)の場所が戦争(軍隊)から医療施設(病院)に変わって来たからです。旭川市の総合病院で最古の歴史を持つのが「旭川赤十字病院」です。1915(大正4)に「日本赤十字社北海道支部仮病院」として札幌市に開設され、1923(大正12)に「日本赤十字社北海道支部病院」として現在地に移転しました。

 

旭川赤十字病院は、北海道旭川市にある病院で、北海道内初の救命救急センターに指定され、道北ドクターヘリの基地病院として道北の第3次救急医療を担っています。院長の牧野憲一と病院棟に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「稲川会と通じる天皇ライン」「いいです」と伝えられました。日本赤十字社については《キリスト教と戦争を起点とする日本赤十字社の前身・博愛社》に書いています。

 

戦前の日本赤十字社は陸軍省、海軍省管轄の社団法人、戦後は厚生省管轄を経て、現在は厚生労働省管轄の認可法人です。伝統的に皇室の援助が厚く、初代の昭憲皇太后以降、歴代の皇后を名誉総裁とし皇太子妃の他の皇族を名誉副総裁とします。日本赤十字社の前身としての「博愛社」は、1877年の西南戦争時に、敵味方の区別なく救護を行うという名目で設立されました。

 

しかし、裏では、天皇の資金稼ぎのためのものです。西南戦争は西郷隆盛を中心に起こした松取りのための工作と見ています。西南戦争という内戦から日清戦争などの海外での戦争という松取り工作に移ります。敵味方の上層部は裏で手を組んで、負傷した兵士や市民を松取りの犠牲者にしているのです。日本赤十字社は、全国に92の赤十字病院を有しており、松ネットワークの中枢と感じます。(つづく)