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ホーム >  クリニックからのお知らせ >  当院が新型コロナウイルスの抗原検査キットを使わない理由【解説】

当院が新型コロナウイルスの抗原検査キットを使わない理由【解説】


2022/3/6

 この小論では、主に以下の3点について説明します。
  • 新型コロナ抗原検査キットの感度
  • 現実の発熱外来診療でのコロナ陽性検体のCt値の分布
  • コロナ診療では、少なくとも当面は抗原検査キットでなくPCR検査に依拠すべきこと
 世の中では新型コロナウイルスの抗原検査キットが普及していますが、当院は抗原検査キットを診療に使わずもっぱらPCR検査を用いています。その理由を一言でいうと、抗原検査には偽陽性、偽陰性の問題があり、それを医師としての臨床的な判断能力でも補い難い場合が多すぎるからです。

 ウイルス検査のゴールドスタンダードであるPCR検査はウイルスの塩基配列の一部を正確に認識して増幅する検査の特性上、ヒューマンエラーがなければ偽陽性の発生は実際上0.0000%であり(中国のように大都市住民をまるごとPCRしても偽陽性は発生しません)、感度も高い検査です。それに対して蛋白どうしの抗原抗体反応を利用する抗原検査は一定の確率で非特異的反応により偽陽性が出ること、またPCR検査に比べ感度が大幅に劣ることに注意が必要です。

 当院の症例のPCR検査結果と、東大医科学研究所の研究論文から、抗原キットの感度について考察してみましょう。
 当院では、2021年1月より発熱外来でPCR検査のために検体を提出していただく患者さんには、検体を研究目的に利用させていただく同意をいただいています。 2021年5月下旬からPCR陽性症例のCt値(検出に要した増幅サイクル数)を記録しています。以下では、2021年6月から2022年2月までの当院で陽性となった314症例のCt値をもとに考察します。

 昨年6月までのアルファ株の第4波、7月~9月のデルタ株の第5波、今年1月以降のオミクロン株の第6波で、多少のばらつきはありますが、Ct値の分布に大きな違いはなさそうです。

(図1)

 314症例を、Ct値(検出に要した増幅サイクル数)ごとに並べると、図2になります。Ct値が小さいほど検体にウイルス量が多い、Ct値が大きいほど検体にウイルス量が少ない、という関係になります。ウイルス量が少なくてCt値40を超えても、増幅曲線が立ち上がっておりウイルスが存在するかぎり当院(当院の外注先の検査機関)では陽性と判定しています。

(図2)

 さて、昨年10月に東大医科学研究所のグループがデルタ株にたいする抗原検査キットの感度についての論文(*1)を発表しました。

 表1(論文*1のTable3)は、日本で医療用に承認され出回っている各メーカーの抗原キットのデルタ株に対する感度を示しています。感度のいいものでも、陽性になるのはCt値24.5のウイルス量まで。Ct値27.6ではいずれも偽陰性になっています。なかにはCt値20.9でも偽陰性になっているものもあり、ちょっと驚くような感度の低さです。(ただし、各メーカーの名誉のため付け加えると、メーカーごとの優劣ではなく、製造ロット間のばらつきという可能性もあります。それでも、抗原キットは感度が低いということは言えます。)

(表1)

 この論文では抗原検査キットが従来株での感度よりデルタ株で1/10程度に感度が低下していると報告しています。感度低下の原因は、感染力の強い株ではより少ないウイルス量で感染が成立しているためウイルスのN蛋白も少なく、その結果抗原キットが感度低下を起こしていると推測されています。(すると、デルタ株より感染力の強いオミクロン株は、もっと抗原キットの感度が低下する理屈になりますね。)

 ちなみにデルタ株についてではありませんが、抗原定量検査という、日本で空港の水際対策でPCRにかえて使われるようになった検査では、検出限界はPCRのCt値30で、それよりウイルス量が少ないと「判定保留」になり、PCRで再検査する必要があると国立感染症研究所は昨年6月に報告しています(図3)(*2)。

(図3)

 さて、感染性の強いデルタ株(そしてさらに感染性の強いオミクロン株)にたいしては、抗原キットではおおむねCt値21~27が検出限界のグレーゾーン、抗原定量検査はCt値30が検出限界と言ってよいでしょう。そうすると当院314症例は仮に抗原キットや抗原定量検査を用いたとすると、どう判定されることになるでしょうか?

 以上から推測される結果を図4にお示しします。抗原キットで確実に陽性と判定できるCt値21以下は、PCR陽性例のうちわずか4.7%(赤い部分)、グレーゾーンのCt値27まで含めても36.9%(赤と黄の部分)にすぎません。ついでに言うと、抗原定量検査で陽性と判定できるCt値30までの症例は、全陽性例のうち60.2%(赤と黄と水色の部分)にすぎません。当院がもし抗原キットに頼っていたら陽性者の6割以上を見逃し、抗原定量検査でも4割を見逃していたことでしょう。想像するだけでぞっとする思いです。

 以上から言えることは何でしょうか。

 抗原キットや抗原定量検査で陰性だったとして、新型コロナウイルスに感染していないとか他人に感染させない保証にはなりません。感染しているかどうかで治療方針を決定したり、隔離が必要か否かを判断する場合、抗原キットや抗原定量検査では判断に困ることになります。 これが、当院が診療に抗原キットを使わない最大の理由です。将来抗原キットや抗原定量検査の性能が見違えるほど向上するまでは、少なくとも当面のあいだ発熱外来はPCR検査に依拠すべきだと考えてよいでしょう。

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

参考文献
*1)Sakai-Tagawa et.al. Comparative Sensitivity of Rapid Antigen Tests for the Delta Variant (B.1.617.2) of SARS-CoV-2  2021/10/29
https://www.mdpi.com/1999-4915/13/11/2183/htm
*2) 感染研 「SARS-CoV-2検出検査のRT-qPCR法と抗原定量法の比較」 2021/6/29
https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2502-idsc/iasr-in/10464-496d03.html