アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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8.歓迎

 

 

 

 

 

「アルベ──モモン様!」

 

 

 エ・ランテルの検閲所を超えて、エンリとネムはたった今モモンガと会ったかの様に彼の下へ駆け寄ってきた。

 

 

「お二人とも、お久しぶりです」

 

 

 漆黒の鎧を纏ったモモンガも、ネムの抱擁を受け入れながら、まるで久方ぶりかの様な雰囲気を醸し出す。

 

 ……ついさっきまで一緒だったというのに。

 

 というのも、これはモモンガがこの世界では行使不可能とも言ってよい『転移門(ゲート)』を開いたことに関する安いアリバイでしかない。

 

 モモンガはバレアレ薬品店を出た後、カルネ村へと転移した。それからネムとエンリを連れ、エ・ランテル近くに転移。モモンガは検閲所の内へ再び転移し、外の姉妹が検閲を超えるのを待っていた──というあらすじだ。

 

 エモット姉妹は『転移門』での移動はこれが初めてなのだが、驚きはしたが恐怖はしなかった。心酔するアルベドの神の御業とも思えば、自然信頼の方が勝る。エンリは目をぱちくりとして「ふわぁ……」と呆けるばかりで、ネムは「すごいすごーい!」とはしゃいでいた。

 

 さて、話は戻る。

 鎧のままネムと手を繋いだモモンガは、彼女らを連れてとある場所へと向かっていた。

 

 

「アル……モモン様。今日はありがとうございます。私達、本当にお礼されるようなことなんて何もしていないのに……」

 

「エンリさん。私はこれでも貴女達に大恩を感じているんですよ。この世界──いえ、こちらに飛ばされて初めて会ったのが貴女達でよかったと、心から思っているんです。カルネ村で過ごした日々は、かけがえのない大切な想い出です」

 

「モモン様……」

 

「ですから今日は是非とももてなさせてください。これでも私はこの街でそこそこ名が売れる様になりましたから」

 

 

 そう、今日はモモンガがエモット姉妹を歓待する日なのだ。

 

 初めてこの世界に来て、カルネ村で時を過ごしている時から彼は是非彼女達にお礼をしたいと思っていた。それが今日。プランというほどのプランはないが、それでもモモンガはこの姉妹に満足してもらえる様なものを用意しているつもりだ。

 

 ふふふと笑むモモンガを横目に見ながら、エンリはちょっとだけ居心地の悪さを感じていた。というのも、何もモモンガと一緒にいるのが嫌なわけではない。崇拝するべき女神であるし、憧れの女性でもある。むしろ大好きだ。

 

 しかし鎧の姿のアルベド──モモンは、比喩でもなんでもなく英雄だ。

 街を歩けば老若男女問わず声を掛けられ、衛兵達も背筋を伸ばして礼をしてくる。その視線には敬愛と憧れとが入り混じり、生半ではない信頼が置かれている様にも見える。そんな英雄の隣を、何の才能も持たない村娘が歩いていることがなんだかいたたまれないのだ。

 

 

(……すごいなぁ、アルベド様は)

 

 

 アルベドが自分達の手の届かない上位存在だとエンリは知っていたはずなのに、いざこうして村の何十倍もの大きさの街で皆から慕われている女神の姿を見ると、ほんの僅かな寂寥感を覚えてしまう。女神は、自分達だけの女神ではなくなってしまった。気高いアルベドが自分達のコミュニティを離れ、多くの人々が必要となる存在へとなってしまった。

 

 勿論アルベドは多くの人々に崇拝されるべき存在だとは思っているのだが、それと同時に自分達だけがアルベドの魅力を知っているという独占欲を満たせないのが寂しい気持ちは否めなかった。

 

 

「どうかしましたか? エンリさん」

 

 

 しかし女神は、あの日と変わらぬ優しい声音で自分に話しかけてくれる。

 エンリは邪念を振り払って、ううんと首を横へ振った。

 

 

「なんでもないですよ。それより、どこへ連れて行ってくれるんですか?」

 

「……エンリさんって、可愛いですよね」

 

「は──うぇ!?」

 

「ですから今日は、とびきり綺麗にしようと思って」

 

「ネムは!?」

 

「ネムもとっても可愛いですよ」

 

「えへへー」

 

 

 

 手を繋いでいるネムは嬉しそうだ。

 逆にエンリは熟れたトマトの様に赤面している。

 

 同性とはいえ、こんなに正面切って魅力があると言われたのはエンリ自身初めてだった。いや、性別さえ超越した次元の魅力を誇るモモンガに言われたから、彼女はこんなにも赤面しているのだろう。じっとりとした、今まで感じたことのない緊張感に彼女は苛まれた。

 

 エンリはドキドキとしながら、モモンガをちらちらと横目で見ていたが、兜の下でどんな顔をしているのかは彼女には分からない。ただ、モモンガはそんなエンリの気など知らずに、楽しそうにネムとのお喋りに耽っているのだった。

 

 

 

 

 

 モモンガは道中、ネムが興味を持った露店の菓子を二人に与えながら──目的地に辿り着いた。

 大通りに沿う、少しばかりファッショナブルな大きな建築物を、姉妹は見上げていた。向かった場所は、エ・ランテル随一と言われる程煌びやかな洋裁店だった。

 

 洋裁店とはいうものの、その実は美容やファッションに全てを網羅している総合とも複合とも言える店だろうか。ドレスコードに沿う衣服をここで販売し、そのままメイクアップもしてもらえるといったサービスを取り扱っている。

 

 この店の既製品を私服として購入したため、モモンガはたまたまこの店のことを知っていたのだ。それに、珍しい付与効果──とはいってもユグラシル基準ではガラクタだが──がある宝石類が入荷してくる為、ときたま彼はここを利用しているという背景もある。

 

 店の中に入ると、絢爛な内装が目に飛び込んできた。

 

 広大なホールの様な店内に華美なドレスを纏ったマネキンが左右に何体も並んでおり、目玉が飛び出る様な価値の宝飾品が展示されたガラスのショーケースも整然と立ち並んでいる。客はやはり貴族然とした如何にも上流階級ですと言わんばかりの紳士淑女ばかりで、エンリは目を丸くし、ネムは目を輝かせていた。

 

 

「ふわ……」

 

 

 エンリは思わず、間抜けた声を出していた。

 見上げれば煌びやかなシャンデリア群、見下ろせばふわふわとした絨毯。ただの村娘である彼女は、草臥れた衣服と土に汚れたブーツの所為でその場に立ち入ることすら憚った。明らかに場違いだし、客達の視線が少し痛い。

 

 

「ようこそいらっしゃいました! モモン様!」

 

 

 おどおどとしているエンリをよそに、少し女性味の強い強面の男が滑る様にモモンガの下へやってきた。小綺麗な衣装を纏った男は、少し不気味なくらいには満点の笑顔だ。油でも塗りたくったかのように、青髭の濃い顔がテカテカと光っている。

 

 

「本日は何をお求めでしょうか。よい魔法効果のあるエレガントな指輪や宝石が入荷しておりますよ。やはりそちらをお求めで?」

 

「いえ、今日は私のことは構わなくて結構です。この子達をとびきり綺麗にしてあげてください」

 

「ほほう」

 

 

 男の目が鋭く光る。

 腿にしがみついてくるネムを、モモンガは優しく撫でた。

 

 

「素材としてはばっちりです。ドレスのお買い上げとメイクアップということでよろしいですね? 予算は如何致しましょう?」

 

「糸目はつけなくて結構。ですが準備が長時間に及ぶと彼女達も疲れるでしょうから、一時間……いえ、三十分で最高級の仕事をしてあげてください」

 

「糸目をつけずに三十分……承知しました。お前達!」

 

 

 一礼をした男が柏手を二度打つと、どこからともなく店の人間が大量にやってくる。皆、各々に何か道具を手に持ち、姉妹をあっという間に取り囲んでしまった。

 

 

「え、ちょ、モモンさ──」

 

「はいはいはいはい失礼しますよぉ」「まず採寸」「どのようなドレスがお好みでしょうか」「お嬢ちゃんはこっちへ」「磨きがいがあるわぁ」「メイク班は持ち場へ!」

 

 

 さながらF1マシンのピットストップだ。

 エモット姉妹に大量に群がった店のスタッフは、彼女達に有無を言わせぬまま色々と捲し立てながら奥の部屋へと連れ去ってしまった。

 

 そんな姉妹を、モモンガはひらひらと手を振りながら送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──きっかりこっきり三十分後。

 

 そこにはやりきった顔のスタッフ群と、ぽかーんと口を開けているエンリ。それから満点の笑顔のネムの姿がそこにあった。

 

 

「これ、私……?」

 

「お姉ちゃん、きれい!」

 

「ネ、ネムだって……!」

 

 

 顔を見合わせて、二人は喜色ばんで互いを褒め合った。先程までの、芋っぽいカルネ村の姉妹はそこにはいない。

 

 どこに出しても恥ずかしくない貴族令嬢の様な華やかさがそこにはある。エンリは大人の女性らしい紺色の、ネムは彼女の溌剌さを助ける様な可愛らしい黄色のドレスを宛がわれた。更にセンスの良い宝石のアクセサリー類が女性としての美しさと気品を高めており、特にエンリは鏡に映る自分が自分だとすぐには認識できなかった。

 

 

(私でも、こんなに綺麗になれるんだ……)

 

 

 薄めのルージュが引かれた唇と同じように、頬に朱が差してしまう。

 

 それだけエンリは素材が良かったということだ。彼女自身も少しだけ、持ち合わせていた控え目な乙女の自尊心が満たされる瞬間だった。

 

 ……しかし怖い。

 自分達が身につけている物の数々の価値が計り知れない。頭の先から爪先まで、一体いくら掛かっているというのか。

 

 モモンガから全て奢りだと聞かされてるエンリではあるが、それでも色々と不安すぎる。ネムは子供ゆえに余り気にしてはなさそうだが……というよりも、これだけの財力があるアルベド様すごいの方向に考えがシフトしている。

 

 

「二人とも、とても綺麗ですよ」

 

 

 そしてそんな姉妹を、モモンガは拍手を以て出迎える。

 

 

「モモンさ──」

 

 

 言葉を出そうとして、そこで声は潰えた。

 振り返った先に『美』の概念そのものが人の形をして在ったからだ。

 

 

(き……きれい……)

 

 

 姉妹がメイクされている間に、彼も同じサービスを受けていた様だ。鎧を脱ぎ、深い紫色の落ち着いたドレスを纏った女神の姿に、エンリとネムは「ふぇ」と呆けた声を出していた。彼女達が大好きなアルベドのドレスコードの装いは、こんなにも美しい。

 

 エンリは先程、ちょっと自分もイケてるかもと思ってしまった自分に半端ではない羞恥心を感じていた。

 

 ……これぞ美。大人の女性の魅力。

 素顔を晒し、淑やかに飾り立てられたアルベドの魅力に、エンリは酔ってしまった。むせかえる程の色気。いつもの純白のドレスも良いが、見慣れない暗色のドレスというのはまたグッとくるものがある。

 

 

「モモンさま、綺麗!!!」

 

「ネムも、とても可愛らしいですよ」

 

 

 ネムを撫でながら、モモンガは微笑んだ。

 そしてその微笑みは、エンリにだって向けられる。

 

 

「エンリさん、とても綺麗になられましたね」

 

「あ、あう……」

 

 

 エンリは思わず赤面した。

 モモンガに見つめられ、柔らかな笑みを浮かべられ、そして綺麗だと。同性なのに、心臓が早鐘を打ってしまう。

 

 

「それでは準備も済みましたし、行きましょうか。マドモアゼル達」

 

「ま、まども……?」

 

「……お姫様的な意味です。……多分」

 

 

 伸ばされたモモンガの手に、二人が手を重ねる。

 

 彼女達はモモンガにエスコートされ、中央を堂々と横切って店を後にした。紳士淑女達も、モモンガの輝く様な美しさに目と心を奪われていた様だ。あれだけの人間が店内にいたのに、ゾッとするほどの静寂に見舞われていた。鼓膜を揺するのは、モモンガとエンリの鳴らす高いヒールの音のみ──ネムは子供用のシューズだ──だった。

 

 外に出ると、上品な馬車が三人のことを待っていた。これはモモンガが先に手配していたものだ。

 

 品の良い御者に開かれた馬車内に、三人はステップを踏んで中へ入っていく。車内はやはり、高級感溢れる装いだ。

 

 この馬車の目的地は言わずもがなだろう。

 馬車は行く。『黄金の輝き亭』を目指して。

 

 エモット姉妹とモモンガはその後、とても穏やかなディナーの時間を過ごした。尤も彼女達には驚きと戸惑いの連続でもあったが、その様子は初めて『黄金の輝き亭』で食事を摂ったモモンガを彷彿させた。

 

 気がおけない誰かと摂る食事はカルネ村の滞在時以来で、その日のモモンガはいつにも増して優しい笑顔が多く見られたという。

 

 エモット姉妹は『黄金の輝き亭』で一泊し、次の日はエ・ランテルの街中でもう少しカジュアルな接待を受け、その日の夕方にはカルネ村へと返された。

 

 姉妹には夢のような、そしてモモンガにとってはとても有意義な時間を過ごしましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 




【補足】

 Q.モモベドさんはどうやって着替えたの? 

 A.別室にてエモット姉妹同様、凄腕店長一人に着つけとメイクアップをしてもらいました。『人間種魅了』で角翼ありの状態でやってもらい、その後『記憶操作』で異形種→人間という記憶にすり替えました。

Q.無垢な人間に精神支配したけど大丈夫?

A.空白の七日間の内に都市の指名手配犯などをモルモットにしたので、安全は確保されています。



エ・ランテル周りで消化したいサブイベントがあと二、三個あったのですが、本当に大筋の物語が進まなくなるので三章を締めさせていただきます。完結後、ここらへんのエピソードを補完できればなぁと。
ンフィーくんはモタモタしてる場合じゃないですね。
次回おまけを投稿して四章に移ります。

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