東京フィールドワーク2000.6.3~6.4
「踊る大捜査線第二回会議」&
おすすめオギッチ(小木茂光氏)散策レポート・ヘリツアー付き
2000年6月3日、梅雨入りしたどしゃ降りの九州より雨雲を越えて東京・羽田に降り立つ。曇り空の東京は、なんだか今にも泣き出しそうな天気である。早速、京急に乗り品川で山手線に乗り継ぎ渋谷駅直結のエクセルホテル東急に向かう。
11時5階ラウンジ「エスタシオン カフェ」で現地ナビ・千穂さんと落ち合う。
目印にテーブルに置いたのは、「バカヤローV2」の吾妻先生(小木さん)の美しいお写真である。
その1・エクセルホテル東急(渋谷)で「ショムニ」ロケ地を検証する
かねてよりオギッチファンの我々は、この日まず「ショムニ」(5/10放映・小木さん出演)で使われたホテル内を探索する最初のミッションにはいった。どうやら4月7日のオープン前に宣伝を兼ね撮影されたようだ。ホテルの出している雑誌「REI/麗」には、このロケに関する記事が小さく取り上げられていた。(出演者の写真はない)
待ち合わせのラウンジの真向かいにあるエスカレーターが、出演者の面々が上っていくところ。さらに上った6階部分の会議室前は、黒田(小木さん)が立っていた場所だった。おお~ここかぁ・・・。
他にもホテルロビーやエントランス付近、かなさんが赤い靴をプレゼントされる「レストラン ア ビエンテ」や「旬彩」(いずれも25階)などあちこち撮影に使用されている場所を見ることができた。新ホテルの宣伝としては、私の様にわざわざ宿泊する客もいることから効果的だったようだ。惜しむらくは、ラストシーンのレストランがホテル内ではなかったことだろう。エクセルホテルのある渋谷マークシティイーストの外観は、ドラマのなかで二度ほど映し出されていた様に記憶している。
その2・オギッチおきにいり祐天寺~中目黒方面を検証する
さて、ホテルの探索後、我々は、東横線で小木さんお気に入りの街(~「メッセンジャー」パンフより)祐天寺にむかった。
駅から始めにむかったところは、インターネットで調べたアンティーク・ショップ。その根拠は、「スペトラ解説本」にのっていた動物占いの小木さん=たぬき(たぬきの人は、アンティークが好きらしい)という情報からきている。お店は、古今東西のほりだしもの・・・という雰囲気だった。
さて、駅を左折してまもなく国鉄の行き先プレートを売っているお店に遭遇した。我々の脳裏には、にわかにオギッチ・鉄道マニア説が浮上した。さらに奥深く街に潜入する事でその説は、疑惑へと変わった。なんと、途中貨車の車輪と踏切信号らしきものが街の一角に記念碑として飾られていたのである。
福井市における彼の実家の近くには、確かに京福電鉄三国芦原線が走っている。そして、彼は、この沿線沿いの芦原自動車教習所で車の免許を習得している。(~出典「上品ドライバー」より)また、彼の通った北陸高校は、実家より一駅(もしくは、ふた駅のところ・・・北陸高校は、ちょうどこの中央付近)である。自転車通学説も捨てがたいが、真冬に福井に出張した友達によると雪が相当に深いらしい。冬の交通手段としての電車利用は、この際、チャリよりも有効かもしれない。彼の生活圏に電車は、密着しているのではないかとわれわれは、検証する。
さて、そんなこんなを考えながら歩いていくとさらに「祐天寺おきにいり」の次なる根拠が我々の前に立ちふさがった。
それは、「ハーレーダービッドソン」の飾っているカントリーでウエスタンなお店だ。確かに小木さんは「セピアファンタム」(セピアビデオ)の中でハーレーのエンジンを分解掃除していた。結構な二輪マニアである。吸っていたたばこは、マルボロ・・・。確か映画に「マルボロ&ハーレー・ダービッドソン」というのがあった。これは、二人の男の物語なのだが、ひょっとするとこの街がお気に入りなのは、このカントリーでウエスタンなお店に関係があるのかも知れない。(乗り物が好き・・というのは、どうやら本当らしい。彼は、マウンテンバイクを所有し、外車に乗っているそうだ。近所の人の目撃談。その人にはなんと「なまいきにも・・・」と表現されてしまっている)
さらに旧道を祐天寺に向かって歩いていくとひらひらと風にたなびく「おでん」ののぼりが・・・。そういえば「突然炎のごとく」では、たこのおでんのうんちくをたれていた。もしかすると世界一旨いおでん屋は、祐天寺にあるのかもしれない。かくて旧道には、レトロなお店が並び街全体がなぜか郷愁をそそるのであった。
歩くこと10分、いよいよ名前の由来の明顕山・祐天寺に到着する。そこでは、折しも小さな子供のお葬式が営まれていた。遊びに来たことに多少心が痛んだ。お寺立ち寄りの根拠は、昔の小木さんのインタビューのなかに「家が宗教関係の集まりをしていて・・・琴の音が聞こえていた」という記事を見つけたことに由来している。
祐天寺は、浄土宗のお寺で総本山を京都の知恩院におく。(開祖は、法然、徳川家ゆかりのお寺でもある)小木さんの故郷の福井は、あの有名な永平寺(開祖・道元・・・禅宗)のあるところ。たとえ宗派は違えども共に仏教・・・。何か彼の中に一筋の光明があったのかも知れない。誤解は、こうして曲解へと発展していった。さて、寺の中には、神社もあり赤い鳥居が並んでいた。いっそう寄贈・小木茂光というのが一本でもあれば我々の疑惑は、一気に解決へとたどり着いたであろうが、残念ながらそんな鳥居は、存在しなかった。
様々な仮説で遊びながら我々は、駒沢通りを歩いて中目黒へと向かった。
歩くこと約2キロ・・・。ついに中目黒駅から山手通りを通って東山のネストの前にたどり着いた。ネストは、白いタイル張りの普通のマンションの一室にあった。外観を眺め「ほぉ・・・ここかぁ・・・」としばし感心。あまりにも普通だったので、逆にちょっと驚いてしまった。全体的には、少々年期のはいったビル・・・という印象だった。
残念ながら直接訪問は、していないので小木さんがいたかどうか詳しいことはわからない。(御滞在中は、旗が立つ・・・というわけでもない)
さて、その後、近くのフランス料理のレストランでランチをとった。
そこで現地エージェントの千穂さんより「ゼロウーマン」仕様のプレゼントが渡される。赤いリボンのかかった箱・・・。そのなかにあったものは、映画「ランボー」の懸賞で千穂さんが当てたモデルガンである。
千穂さんは、「ダッシュボードに入れておけ・・・」といって「ゼロウーマン」の嘉山さんのように渡してくれた。これは、今晩、参加する「ミッションOEJ」なる集まりで「確保」ごっこをする為の小道具であった。飛行機で上京するためモデルガンは、やばいとメールをしたところこの気の使いよう・・。そうか・・・。彼女は、ナビゲーターではなくエージェントだったのだ・・・と、感謝しながらどきどきしてしまった。思わず店内とモデルガンの箱の間を目がおよいでいた私である。
その3.ミッション「OEJ」を検証する
17時を回る頃、千穂さんと別れ次のミッションである「第二回踊る会議」に参加するために六本木の「One Eyed Jack」へと向かった。途中、スーツ姿のスタッフを発見。入り口にたどり着いたときは、まだ明るかったせいもありネオンがついておらず、うっかり通り過ぎてしまいそうになった。スタッフの一人である黒猫さんにご挨拶をして階段のところで回りの人と話しているといつの間にか開場の時間となっていた。カッコイイネームプレートを受け取るといよいよ店内へ・・・。そこは、まさに「踊る大捜査線」最終回の世界だ。店内には、あのサントラのBGMが・・・。早々と入場した私が、案内され座った場所は、ちょうど左奥の鏡の前だった。そこは、「安西確保」の現場で青島立ち位置である。
店内は、官能的なお店・・・という唄い文句にふさわしくグスタフ・クリムト(世紀末の画家、1862-1918、ウィーン)の絵で装飾されており中央には、ダンサーのステージと階段、舞台の回りにはカウンターがあった。
私の座席の正面あたりには、青島君と室井さんが座ってタバコを吸っていた座席が存在した。おお~。ここだ。
踊る会議は、テーブル事に運ばれた飲み物で全く持って自然に始まった。
私のご近所には、二組の女性カップルが座っていたが、その中のおひとりが私のHPを知っていてくれたために三年前からのおつき合いのように親しくお話をさせてもらった。(左隣の瑞樹さん、美果さんありがとう。右隣のERIKOさん、天野ひかるさんありがとう)
突き当たりに座っていた袴田課長さんとお話をしているとそこにやどやとお仲間らしき男性陣がジュラルミンケースを抱えてやってきた。そして、あっという間にWPSのジャンパー姿の湾岸署の署員たちに変身すると私たちのテーブルの回りを黄色の立入禁止テープで封鎖した。
「もうなにやってんだよ、警察の中で!」というセリフ付きである。
実は、これは、「THE MOVIE」のあの一場面である。
このようにして参加者によりあちこちでショートコントが自主的に始まっていた。
「踊る大捜査線」の最終回ロケーションの中で、私たちは、まさにリアルな再現ドラマの余韻に浸っていた。
そして、そんな中についに室井さんが・・・。(いろんな室井さんを今まで見てきたが、一番男前でいい雰囲気のコスプレ室井さん)が、目の前に・・・。おお~。こいつは、すごいぞ・・・。
室井さん(実は、吉田さん)は、警視庁捜査一課(ウソ)と書いた名詞とHPアドレスをテーブルの女の子たちに手渡してくれた。黙っていれば、なかなかクール ビューティ。(お話をすると明るいのりの人でした)
その後、青島君のコスプレをしたそっくりさんも登場し何時しか場内は、彼らの動向に目が離せなくなっていた。結婚式か記者会見かと見まごうフラッシュの嵐の中、あやしい雰囲気は、彼らが青島&室井席に着席したときにピークに達した。タバコを吸うシーンの再現からなぜか熱く抱擁するサービスシーンへと・・・凶器乱舞とは、まさにこのことだろう。
そして、参加者が各自で盛り上がっているうちに場内は、暗転し目の前でプロのおねえさんたちのショーが、始まった。「ミッション インポッシブル」の曲と共にボンテージ?をまといブーツを履いた美女たちが、二階の手すりからロープを伝って壁沿いに降りてくる。そして、曲に合わせて切れのいいダンスを披露する。スパイ大作戦の世界である。(「キャッツ・アイ」にもみえた)肉体美を堪能すること十数分。度迫力の踊りである。・・・すごい。かっこいい~。文句なし・・・♪
女性の格好良さと色っぽさを堪能した場内は、万雷の拍手喝采でさらに興奮のるつぼと化した。
そして、あっという間に二時間が経過しついにラストとなった。
スタッフのご挨拶と合図にあわせてピーポくん人形に向かって全員で「確保!」を二回実演。ついに千穂さんより借りたランボー仕様のモデルガンが役立つ時が来た。まことに貴重な体験であった。
かくして夢の宴会は、大盛況の中に幕を閉じたのである。
翌朝、新聞で関東地方に午後6時前後に震度3の地震が発生していたことを知ったが、参加者の果たして何人の人が気がついていたのだろう。もしかしたら私たちは、本当に別世界にトリップしていたのかも知れない。
その4、渋谷、NHK前一世風靡通りを検証
「ミッション OEJ」より一夜明け早朝の渋谷の街を散歩に出かけた私は、そこに凄惨を極めたゴミの山に群れ飛ぶカラスを発見した。午前6時のでき事である。都会の朝は、いつもこうなのか?それとも日曜の朝がこうなのか・・・?109前から公園通りに添って渋谷公会堂、NHKに向かう間ゴミの道は、とぎれることはなかった。頭上で舞うカラスが、あちこちであざ笑うように鳴いている。仁王立ちの様に私の前に立ちふさがる奴もいる。ちょっと頭をつつかれそうで恐かったが、カラスに遠慮しながら歩くあたりが小心者といわれればそうである。朝食前の一時間、さわやかに晴れ上がった空を見つめゴミをよけながら坂道を上っているとやがて大きく成長したケヤキ並木が見えてきた。
NHKの横にあるその道は、現在タイル張りとなっているが、かつては、アスファルトで舗装されていた。毎週日曜日の午後三時、一世風靡がパフォーマンスを行った場所である。その様子は、今は、当時放送されたテレビの映像や発売されたビデオ、雑誌、写真集でしか知る術はない。だが、あれから十数年経った今でも「一世風靡」について話をしてみると身近に彼らを知っている人たちが意外に多い。(私の姉の友達も実は、当時パフォーマンスを見るために上京した経験を持っている)
彼らの活躍は、地方にいる私たちにもメディアを通して伝えられていた。私自身が、その存在に強烈に引きつけられるまでには、残念ながらセピアが解散して十数年の時を要したが、彼らの残したパフォーマンスという言葉は、聞くたびにとても魅力的に響く。
2000年6月の朝の渋谷区役所前交差点は、車の通りも少なく「道」も犬を散歩させる人やゆったり歩く人たちしかいなかった。「公園内演奏禁止」の張り紙が、微風にゆれ少しだけ肌寒い朝は、時折カラスがなくだけで実に静かだった。(この辺は、ゴミが少なくカラスも少ない)
その5、朝食会場で「ショムニ」のロケ現場を検証する
カラスと目線をあわせない様にしてホテルに戻った私は、朝食券をもって25階のフレンチレストラン「ア ビエント」に向かった。朝っぱらからフレンチ・・・なわけは、なく単なる洋食バイキングのモーニングサービスである。食べたものは話題にもなりはしないのだが、せっかくなのでここで従業員に取材をしてみた。
「ここ・・・ショムニのロケで出てきたところですよね」
「はい。ほんのちょっとですケド・・・」
「撮影は、どの辺でおこなわれたんですか?」
「真ん中にテーブルを置いて入り口側の窓から映してました」
「こちらからですか?」
「ええ・・・」
帰ってから確認するとホント一瞬。きっとこの従業員の人も「ショムニ」でチェックしたのだろう。パンフレットを見ると隣の和食「旬彩」でも同じようにワンシーンが映っていた。
他にもシースルーエレベーターや待ち合わせに使ったラウンジ「エスタシオン カフェ」もショムニの面々が、作戦を練っている場所として使われていた。
現場検証の場合は、行く前にビデオをチェックするのだが、帰ってきてからビデオを見ると改めて気がつかされることが非情に多い。経験というのは、まさに見てないようで見ているという膨大な情報量を持つことなんだと実感した。百聞は、一見にしかず・・・ということだろう。
その6、レッツゴー!!室井さん&嘉山さんヘリコツアーを検証する
朝食後、渋谷を出発すると桜田門で下車し警視庁と初夏の日比谷公園を通って東京駅の「はとバス」のりばへ向かった。
私は、なぜかこの公園のペリカンのオブジェが気に入っている。前回、写真を取り忘れたので念願を果たせた気分である。小説の中にもよく登場させることもあり季節ごとの植物の様子が知りたかった。6月は、咲き終わりのバラとペチュニアが印象的だった。
午前9時、千穂さんと待ち合わせたはとバス乗り場は、観光客でごった返していた。程なく千穂ちゃんも到着し我々は、観光バスで新木場にある東京ヘリポートに向かった。人数は、意外と多くて18人。首都高9号線から途中、汐見にある湾岸署の建物も見え気分は、わくわくである。さて、新木場といえば、青島が住んでいる所でもある。かくして観光の舞台は、お台場へと移動するのだった。
では、ここでヘリについて説明しよう。
我々が乗ったヘリは、KAWASAKIBK117という8人乗りのヘリである。時速200キロ。ほぼ、新幹線と同じ速度である。(ちなみに国内線旅客機は、時速800キロ)高度は、400メーターの所を飛ぶ。飛行時間は、およそ7分。この間の飛行距離としては、単純計算して約23キロである。これを直線にすると新木場から練馬区にある東映撮影所あたりだろうか・・我ながらわかりにくいたとえだが、警視庁から湾岸署のあるお台場までが約5.5キロなのでレスポンスタイムはわずか3分となる。
室井さんは、青島に「近くに来たから会いたい」といって電話をしさらに折り返し青島が電話をしてから会いに来るわけだが、いったいどこにいたのだろう。きっと室井さんは、ヘリに乗っている自分をさりげなくアピールするためにやってきたに違いない。やはりエリートは、どこか違う。
さて、ヘリコプターには、三班に分かれて搭乗することになった。我々は、第二班だった。副操縦席に乗りたい人の希望を取っていたので遠慮なく手を挙げた。せっかくだからと気分は、やたらと強気である。
ヘリのそばは、風と轟音がすごい。目の前には、計器が並んでいる。「さわらないでくださいね」と念を押されたが、時々さわってみる恐い人でもいるのだろうか・・・。パイロットは、助手席のお客の挙動にも神経を使う商売だった。
新木場を出発するとさっそくレインボウブリッジが見えてくる。時計回りで旋回し遠くに富士山そして眼下に東京タワー、やがて警視庁。皇居の上は、飛行禁止区域になっているということで丸の内をかすめる様に飛んだ。やがて右手向こうにディズニーランドが小さく見えてくるころヘリは、ちょうど湾岸署のロケ地の上を飛んでいた。
風もなく思ったほど揺れもなく俯瞰パノラマが足下に広がる。なかなか楽しい乗り物だ。しかし、一度だけ高度が下がったときは、ちょっとしためまいのようなものを感じた。これが極端だとブラックアウトといわれる状況になる。旋回にともなう機体の傾きは、なかなかスリリングだった。目の前に揺れる計器と右手に持ったデジタルビデオといろいろ見ているうちに、ヘリは、遊覧飛行を終え着陸態勢に入っていた。ヘリの着陸は、ふわふわした感じだった。飛行機が、どどっーと降りてくるのに比べてまさにふわりという感覚だ。ちょっと降りてから乗り物酔いを感じてしまった。最後に記念撮影をしてヘリツアーは、終わった。
次は、ナイトヘリツアーか~と誘惑にかられながらバスに乗るとなんと隣が、警視庁航空隊の建物だったことに気がついた。つまりこのヘリポートには、いろんな会社のヘリが離発着していたのである。警視庁のへり「おおぞら」や「おおとり」そして、室井さんが乗ったヘリコもここのどこかに格納されているかも知れない。尚、最後にヘリポートは、もう一つ浦安にもあることを付け加えておきたい。
その7、あの人は今・・・を検証する
ヘリコツアーの後、国際フォーラム(「恋は焦らず」で小木さんが歩いていたところ)で食事を終えその後は、再び六本木より小説の舞台に設定している青山方面を散策した。
外苑東通りは、地下鉄の路線工事中だったため車が通り難そうだった。その後、我々は、青學方面へと向かう途中、映画パンフレットフェアーと書いているリブロ(書店)に立ち寄り思いがけない大発見をした。片隅にあった「芸能人紳士録」(約10000円)で小木さんを捜していたところネスト事務所に所属するもう一人のタレントさんを発見したのである。なんとそれは、改名した西村華景氏(「一世風靡SEPIA」)である。おお~。小木さんと西村さんは、同じ事務所にいたのか・・・。我ながら大発見だったと驚いた次第である。(西村さんは、実は地元の人だ)その後二人は、別々の事務所になったと聞いたが、一世風靡の絆は、やはり深いと思った。
最後に小田和正氏のお店でアイスコーヒーを飲み青學をうろついて私は、千穂さんと表参道の駅でお別れした。そして、現地エージェントのありがたさを噛みしめながらすべてのミッションを終えた。
東京のバラエティにとんだロケ地は、まだまだつきることはないが、とりあえず当面の課題を消化した今回の旅行は、短いながらに実に盛りだくさんだった。
天気に恵まれたことも幸いした。どしゃ降りの中で出発した私は、夕焼けを追いかけるようにして飛ぶ飛行機の中で爆睡し星空の中を帰路に着いたのだった。
「九州からおひとりで参加ですか?大変ですね」
何人かの人に心配してもらった。その度、「でも本当は、一人じゃない。HPでレポートを見てくれる人たちがいるから・・・」と思った。
いつの間にか、私は、一人で旅行していても一人ではないと感じることが多くなっている。それは、インターネットでいろいろな人たちとつながっていると思えるからだろう。
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SPECIAL THANKS
千穂ちゃん
「ミッションOEJ」スタッフのみなさん
東京ヘリポートのみなさん
AND YOU
クールイズビューティ セカンド
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