読み物・その他編
       
更新 2003.3.2 雑誌「ベストヒット」リストに記事挿入

-雑誌・書籍リスト-   
ここは、「一世風靡」並びに「一世風靡SEPIA」関係の書籍・雑誌などを紹介しています。
パンフレット類 配布年月日 概要 ページ 出版先
 風見慎吾と劇男一世風靡デビュー七大都市公演 1983.8~  LPサイズ(30センチの正方形)のツアーパンフ。内容の99パーセントは、風見慎吾のグラビアだが、貴重な「一世風靡」の写真が、2ページだけ載っている。劇男ツアー参加者は、9人。(詳しくは、テレビリスト、第一段目)1P目は、各自のプロフィール。2P目は、風見君を囲んだ集合写真。この時なぜかマツさんは、赤い靴下をはいていない。ショウくんもなぜか三つ揃いのスーツ姿。ハルさんやニシさんの姿は、この中にはない。
七大都市(東京・大阪・名古屋・札幌・仙台・広島・福岡)
24 バーニングプロ友の会
SEPIA DAY FIRST 1984.8.10~12.13  「道が俺たちの背を押した」ツアーパンフは、6時間で仕上げたという写真集。全編モノクロ写真と文章で構成されている。表の裏に「気忙しい男達」というタイトルで「一世風靡」誕生までの歴史が書かれている。又、「道」についての理論もある。 30 劇男一世風靡
SEPIA DAYⅡ 1985.1.6~4.21  「NO COMMENT」レンガに彩られた窓が表紙。全体的に砂色の紙面が美しい。カラーは、4P。後は、モノクロのSEPIAらしい構成。年末に渡英したロンドンの街を背景にメンバーの表情が映し出されている。又、福井の海岸で写した写真(「80's」永井守氏撮影)ものっている。 38
SEPIA DAYⅢ 1985.8.2~8.25  「EXPERIMENT GEME」ベージュにピンクのロゴ。壁紙が、道や板、畳、紙とユニーク。カラー写真が増えて文字が減った。紙質もアート紙になり豪華な感じ。ツアーは、福井県朝倉遺跡特設会場を皮切りに全会場屋外で行われた。 48
SEPIA DAYⅣ 1985.12.6~86.4.7  「街よ、崩れるように笑いなさい」ベージュのエンボスに銀インクでロゴ。「街」がテーマのパンフレット。都会の街明かりにふさわしくライティングがさえる写真集。5ヶ月にわたるロングツアー。53回の公演中、福岡では、一日2回昼夜に公演をしている。 48
SEPIA DAYⅤ
1987.1.5~1987.5.15  「La.Boratoire」(実験室)黒に金文字の印刷。大自然を背景にメンバーがたたずむ。撮影は、秋に行われた様でススキの中の彼らが美しい。又。コート姿の彼らがかっこいい。「S'yumera」の窓越しに物思う小木さんの姿も見ることができる。店内の大きな柱に巻き付けた巨大なリボンがおしゃれ。 48
SEPIA DAYⅥ 1988.1.5~4.17 「遊学人」ニューヨークのSEPIAの様子を中心にした写真集。一晩でそれぞれが描いたズートスーツを着て街を闊歩するメンバー。この頃は、カラーとセピアという写真が中心。アルバム「遊学人」の楽曲についての解説も書かれている。紙面の間に配置された日本的なモノとの組み合わせがおもしろい。 48
SEPIA DAY
FINAL
1989.4.6
~7.31
 FINALツアー「SHIBUYA」。渋谷の街並みの中を歩くメンバー。珍しくコンサートの様子が載っているのは、これが最後のツアーパンフだからだろう。「NICE GAME」の写真、ロンドンの写真、ニューヨークでの写真そして、再び渋谷で手を振る彼らの写真で終わる。その顔は、まるで「THANKS」と言っているようだ。 48
バルセロナ物語 1991.12.6~12.27  スパニッシュミュージカルとして松竹12月公演として日生劇場で行われた舞台劇。小木茂光氏が、サンチョ・ソロンゴ(主人公の兄)役で出演している。モノクロ写真で1P、人物関係図で一枚写真がのっている。卒団後、多分最初の貴重な舞台劇パンフは、表紙が赤いバラのドアップである。 60


書籍類 発行日 概要 ページ 出版先
道が俺たちの背を押した 1984.7.1  一世風靡セピア流図録。全ページモノクロ。「現在が好きです」ビデオとタイアップしている。海岸で石を持ってたたずむ小木氏は、若い。又、小木氏の鉛筆デッサンが載っている。「ズートスーツ」と小物達。彼らの戦闘服と装備品だ。骨折しているジョニーは、ショウと戯れている。レゲロは、やっぱり仲良く一緒に映っている。 52 徳間ジャパン
1985.3.30  「写楽」BOOKS・撮影/三浦憲治。のし袋を表紙にした大胆なデザイン。メンバーのズートを着たマネキンの写真が有るが、これは、着ていたモノを脱いで各人が着付けたモノ。パンツ一枚で彼らは、おのおのの作品を笑ってみていたらしい。何となく「らしさ」がでているのがおもしろい。ロンドンでの写真と「道」の写真、そして、日本の伝統文化を背負った建物での撮影。そして、コンサートシーンと盛りだくさん。この写真集の出版を記念して全国各地で「一世風靡セピア展」が開催された。
130 小学館
寓話 1985.7.31  ハードカバーの「一世風靡セピア」著書による小説本。「ASSOCIATION Ⅰ」となっている。高樹巡、23才。放浪好きという一人の主人公を使って各人が、小説表現を展開する。ある時は、自分のことを有るときは、完全なるフィクションで・・・異なる高樹の6つの話。文章と共に「一世風靡セピア」の写真がたくさん掲載されている。丸メガネの小木さんは、ちょっとこわい。 216 徳間書店
Question; 1986.12  1stツアーから4thツアーまでの写真集。歌い踊る彼らの熱い姿が堪能できる。FC限定版として発行された。メタリックな表紙と構成がハード。 44 劇男
ISSEIFUBI DAY 1988  「THE PERFORMANCE」
 ニューヨーク公演ビデオにタイアップしたFC限定写真集。
 アルファ・ムーン社が当時出した「ISSEIFUBI EXPRESS」によると現地での彼らのパンフレットは、「SHOGUNS of THE STREET」とタイトルされている。勿論、紹介文も英語である。小木さんは、グループのリーダーであると紹介されている。
48
特別出版三部作  「ISSEIFUBI 5th Anv.~THE STREET Vol.1」
一世風靡新聞に連載していた「ザ・ストリート」№1~50までの総集編。挿し絵つき。
「ISSEIFUBI 5th Anv.~ALL EGORY」
寓話「未だ遠い道」劇男スタッフ(FC会員)のサークル活動を反映して「一世風靡」の活動やポリシーを漫画で表現したもの。
「ISSEIFUBI 5th Anv.~SPECIAL DIALOGUE」
時代観、都市観、パフォーマンス観、恋愛観などについて昼夜ぶっ通しで語ったメンバー達の対論集。
168

152

150
80's 1990.5.15  デヒュー前からメンバーを撮り続けていた永井守氏の写真集。「一世風靡」の前身として歩行者天国で踊るロッカーたちの姿を始め「一世風靡SEPIA」解散までの写真を「道」で撮り続けた永井氏の80年代の集大成本。ロッカー時代の小木氏のリーゼント姿や「道」で踊る「一世風靡」などの他、渋谷・原宿に集う若者達の姿が記録されている。 144 扶桑社
一世風靡セピア完全バンドスコア 1984.11.1  EP「道からの組曲」LP「道が俺たちとの背を押した」の完全バンドスコア。それぞれの楽曲の表現の仕方などが丁寧に書かれている。メンバーの写真も多数掲載。 160 日音
柳葉敏郎ABOUT MYSELF 1989.11.6  卒団後、出された柳葉敏郎氏の生い立ちから現在までを写真と文章で構成した豪華本。ギバ入門書という伝記的な本。故郷を訪ねたりギバちゃんの大好きなおばあちゃんやお袋さんの写真もある。秋田犬と海岸を散歩するギバちゃんや懐かしの「ジョニー」の姿も。尚、文庫版もあるらしい。 160 主婦の友社

雑誌については、確認できたモノだけを載せています。巷には、まだまだたくさん存在する様です。

雑誌類 年月 概要 ページ 出版先
写楽 1984.7  「一世風靡」の路上パフォーマンスの様子を大特集している。大戸天童氏の文が2P載っている。撮影/三浦憲治氏 10 小学館
1984.11  表紙「一世風靡セピア」目次と8ページの特集。「時代よ、熱くなれ!」メンバー一人一人の写真と集合写真。子供を抱いたモノも有る。文/大戸氏、撮影/三浦氏。
1985.3  ロンドンの一世風靡セピアを撮影したモノ。「祭」写真集の元。辞句/大戸氏、撮影/三浦氏
1985.4  中沢新一氏による「一世風靡」考4ページインタビュー。「一世風靡セピア」メンバーのカラーは、3ページ。ズートスーツを着たマネキンが映っている。噂によると5月号にもセピアは載っているらしい。
明星 1985.3  モノクロ。ロンドンパフォーマンスの記事。コベントガーデンで踊るメンバーと地下鉄内のメンバー。入国審査の時にサングラスを撮らずにもめたエピソードを語る。 集英社
1985.7  武野さんが去った直後の記事。6人になってもパワーアップという記事。カラー3ページ。
フォトテクニック 1986.11-12  三浦氏のフォトテクが紹介されている写真として「コベントガーデン」で舞う「一世風靡」の姿が2枚見られる。「祭」写真集掲載分。 玄光社
オリコン 1985.7.1  武野氏脱退。新セピア誕生の記事。「風の唄」リリースの予告もある。 ワンカット オリコン
ベスト☆
ヒット
1984.11 8.25日に行われたコンサートのレポート。劇場をメンバーは、小屋と呼ぶ。それぞれのメッセージとメンバーリレーエッセイ1回目(翔さん)開始。ちなみに小木氏は、「セピアは、みんなの接点」だといっている。 7 学研
1984.12 '84 「旋風児」~すべては道から始まる~7人についての紹介と「セピアの誓い」の紹介。一世風靡大百科など記事も写真も盛りだくさん。「道」の上の彼らに出会える一冊。ピンナップ付き。モノクロ写真が、中心。「道は、永遠なる幻想の世界」シゲさんは、語っている。 21
1985.1 11.11、2ヶ月ぶりに路上パフォーマンス復活の記事。セピア辞典あり。「一世風靡」を英語にするとSWAY THE PUBLlCというらしい。 7
1985.2 「現在・過去・未来に分けて一世風靡する彼らを紹介している。1985年のロンドンツアーについても紹介されている。 7
1985.3  1/6.7.8に行われたセカンド・ツアー「NO COMMENT」についての記事。新年の抱負をメンバーが語っている。モノクロ6ページ。相変わらず「俺たちほど中の悪いグループは、いない」と豪語している。まとめようと思うと疲れるからリーダーは、いらないとコメントするシゲさん。
1985.4  のし袋の表紙。写真提供は、小学館「祭」。遊び心と仕事について語るメンバー。小木氏は、このころユーミンにはまっていた。
1985.5  3/17の科学万博-つくば'85における劇男パフォーマンスの記事。雨の中、ずぶ濡れになりながら賢明にパフォーマンスする彼ら。見守る観客も濡れている。セピアからは、マツ、シゲ、ハル、ニシが駆けつけた。モノクロ。
1985.9 付録フォト8枚(セピア色)
1985.10  8/2.3両日福井県朝倉氏遺跡の野外特別会場で行われた3rdツアーEXPERIMENT GEME」の様子。カラー8ページ。赤いライトがまぶしい。
1985.10  緊急特別編集「'85熱帯夜ライブ」
「EXPERIMENT GEME」
よみうりランドEASTのライブの様子が取り上げられている。
1985.11 小木茂光氏独占インタビュー、個性的集団(くせものぞろ)の中でいちばん分別的な人(まともそう)と評されている。小学校高学年で「狭き門」を読み耽る子供・・・それが、シゲさん。図工の時間は、抽象的なヘンテコなもので周囲を攪乱していたらしい。
1985.12 松村冬風氏独占インタビュー。
1986.1  4thツアー「街よ崩れるように笑いなさい」についての記事。パーソナルインタビューでは各人がLP制作について答えている。
1986.2 4thツアー「街よ崩れるように笑いなさい」開幕記事。25歳になった彼らのステージ。
1986.3  4thツアー「街よ崩れるように笑いなさい」でアコーステック・ギターを使って小木氏が歌った「未だ遠い道」についてのさわり記事がある。このころまたメンバー解散説が流れているらしい。
1986.4  4thツアー「街よ崩れるように笑いなさい」中間報告。はるさんとニシヤンの記事。
1986.5  表紙「一世風靡SEPIA」4thツアー「街よ崩れるように笑いなさい」がもうすぐ終わる・・。彼らは、その後どうする?をテーマに一人ずつが語っている。ジョニーは、芝居について、小木氏は、本業のファッションデザイナーとして「女性観を磨く」事について語る。
1986.6 休養期に入ったメンバーのそれぞれの現在(いま)について語る。「情けが薄いんでしょうかねぇ」と語る小木リーダー。部屋には何も置かないつもりでも気が付くとモノが増えているタイプらしい。さらにモノを捨てられない性分というのも意外。また、欲しいモノは、すぐ買ってしまうため結構支離滅裂な部屋になっていると答えている。
1986.7 哀川翔氏独占インタビュー(ソロ活動中)
1986.8 哀川翔氏独占インタビュー(ソロ活動中)
1986.9 松村冬風氏独占インタビュー(ソロ活動中)
1986.10 それぞれの季節というタイトルで個人活動をする6人を紹介している。小木氏は、ちょうど代官山にプティックを開店したばかりである。
1986.11 柳葉敏郎氏独占インタビュー「都の風」撮影について語る。
1987.1 小木茂光氏独占インタビュー。レコード会社の移籍(徳間ジャパンからムーン・レコードへ)について語る。また、元旦から再始動することを宣言。社長業との兼任についてもコメントしている。87.1.1「花鳥風月」シングル発売。アルバムは、月末予定。
1987.2 松村冬風氏独占インタビュー(ソロ活動中)/「花鳥風月」についてメンバーからコメントあり。「La Bora toire」ツアー、スタート。
1987.3 「花鳥風月」リリース中。メンバー全員のコメントあり。社長業の二人(小木氏、哀川氏)は、楽をしようと思えば出来るのに忙しく走り回っている自分たちを貧乏性と呼ぶ。
1987.4 「倭人激情祭爛漫」と銘打って「La Bora toire」についてレポート記事あり。
1987.6  SEPIA解散説に付いて小木氏とはるさんが語る。「善い酔い嘉い」メイキングについての記事もある。30になるまでは、続けたいとコメントする。
ポテト 1989.9  FINALツアー「SHIBUYA」についての記事。カラフルなズートスーツをみせるカラーページが嬉しい記事。モノクロで始まった彼らが、一人一人の色に・・・という事なのだろうか。
アイドル夏ライブ 1989.10  FINALツアー「SHIBUYA」シールつき。渋谷公会堂でのラスト・コンサートの様子。セピアからのラストメッセージを丁寧に紹介している。金粉が降り注ぐラストをカラーでみせてくれる。
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1984.№3秋  哀川翔特集。上京してローラーから「一世風靡」がスタートするまで。また、そこからセピアができたことや「道」へのこだわりこれからのことなどを語っている。メンバー全体のプロフィールが、1ページラストに有る。モノクロ。「道からの組曲」シングルをリリースした時期の記事。まだPATiPTiは、GBの増刊誌だった。 12 CBS.
ソニー出版
1985.№4冬  綴じ込みスペシャルBOOK。カラー(メンバーの写真は、モノクロ)1984年から1985年にかけての活躍を追う。1984年のレコード大賞新人賞を獲得したこともありスペシャルな紙面となっている。全体的にも渋い色調でまとめられている。メンバーを一人ずつ見開きで紹介している。小木さんはどうやらインタビュアー泣かせで通っているらしい。 20
1985.№5春  表紙を飾る。巻頭ワイド25ページ。いきなりスクーター「ラブ・スリー」の見開きCMで始まる。もうセピアの為に有るような号。写真満載。「暗褐色シンドローム」と題されているが、まさにその通りな一冊。17項目に渡るアンケートに一つずつメンバーが丁寧に答えている。一つだけご紹介。「もしも女に生まれていたらメンバーの誰を好きになる?」
翔「自分」ジョニー「自分」武野「いない」春海「嫌いな奴ならあげられるけど・・。(笑)」
西村「自分」マツ「誰も好きにならない」シゲ「何考えてるんだよ。いないんじゃないんですか」という事でした。 「NO COMMENT」ライブについても触れている記事あり。
25
1985.6月号  PATiPTiついに月刊号となる。セピア二度目の春のこと。「傷だらけの天使たち」と7人が負った「傷」について語る。体の傷、心の傷様々。「水の流れのように生きれば体の傷は、気にならない」と小木氏。ギバ氏は、向上心に燃え不満一杯のご様子。「賽を振れ!」プロモーションビデオ(子供が出てくる編)の紹介あり。珍しくカラー写真。 14
7月号  綴じ込みジャンボポスターつき。折り込みで入っているポスターの裏も記事になっている。武野氏が抜けて6人になった新・セピア。割れたガラス越しににらむメンバー一人ずつのドアップ写真とインタビュー。ラストに武野氏への一言あり。また武野氏のインタビューもあり。解散についてもあれやこれやと語っている。 19
8月号  一世風靡セピア列伝その一、その二。柳葉敏郎氏と小木茂光氏の特集。カラー豪華版。子供の頃の思い出から上京して今に至るまでの話を結構詳細に語っている。また、終わり1ページに「一世風靡通信」という新聞が付いていて「道」の上の活動を取り上げている。 13
9月号  一世風靡セピア列伝その三、その四。松村冬風氏と西村香景氏。ニシヤンの卒業アルバム金髪事件は、ほほえましい。通信は、「EXPERIMENT GEME」突入の記事。 13
10月号  「EXPERIMENT GEME」特集。「祭」の文字を背景にレイアウトされたステージ写真が見られる。小木氏の故郷でもある福井県朝倉氏遺跡でのサマー・イベントは、見るからに熱い。メンバー曰く「サバイバル・ゲームだよ、こりゃ」鉄板の様になった黒のステージでのリハは、靴に水をいれてがんばったそうな・・。 12
11月号  哀川翔氏表紙。一世風靡セピア列伝その五、その六。哀川翔氏と春海四方氏。巻頭よりいきなりショウくんの見開きで始まる。紙面多し。旧日本軍の兵舎での撮影。にあっている。通信は、セカンド・ビデオ「セピア・ファンタム」のお知らせの記事。 16
12月号  「一世風靡セピア~或る日」というタイトルで発売されたばかりの「セピア・ファンタム」のメイキングに付いて「街」をテーマにそれぞれが表現したことを各人が語っている。ちなみにジョニー「反逆の街」マツ「加速の街」ニシ「童心の街」シゲ「未詳の街」ハル「味覚の街」ショウ「疾走の街」だそうだ。写真もセピア調で美しい。 13
1986.1月号  道から街へとテーマが変わってきたことについて代表して小木氏が語っている。写真は、ブルーをバックにしてポスター風。そこにマツ、ショウのコメントがはいっている。
2月号  昨年12月より始まった「街よ、崩れるように笑いなさい」4thツアーを紹介している。「Japan Expression」をテーマに行われたツアーは、4月6日まで続く。 11
3月号  神社詣のメンバーの姿あり。正月明けの頃の様子。ひとりぼっちの夢ばかり見るというジョニー。おもしろくないから腹でもきっちまおうかと呟くショウに「おもしろいね・・切ったら」と答える小木氏。キャラクターが、よく現れているメンバーのコメントつき。
4月号  「街の唄が聞こえる」2号連続企画の第一弾。哀川氏、小木氏、西村氏が生まれ故郷について語る。小木氏は、福井の雪の中、西村氏は、城址公園の掘りの前、鹿児島出身の哀川氏は、フェニックスの前で「街とのかかわり」について語っている。
5月号  「街の唄が聞こえる」2号連続企画の第二弾。柳葉氏、春海氏、松村氏が「街とのかかわり」について語る。やっぱりナーバスなジョニーは、この頃真っ赤なチャイニーズ・パジャマを家でずっーと着ているらしい。「妹」出演の最中、彼の役作りがはじまっているのか。
6月号  「浪漫主義」とタイトルされている。各人が、最近思うことを中心に語っている。教会で撮影されたメンバーの写真が載っている。ゴシック・ロマンな記事。
7月号  ソロインタビュー第一弾・哀川翔氏
8月号  ソロインタビュー第二弾・哀川翔氏1stアルバム「アンチテーゼ・トレイン・アンチテーゼ・フライト」リリースの記事。
9月号  哀川翔氏の記事
12月号  哀川翔氏の記事。第2弾シングル「WOWWOW」のテーマ「男」について語る。
スタイル  哀川翔氏の記事。一年間の活動を振り返って語っている。
1987.1月号  哀川翔氏の記事。三足のわらじを履いたタフ・ガイの「ビラミッド計画」が開かされる。
2月号  「一世風靡SEPIA」久々のリリースアルバム「花鳥風月」についての談話。二人ずつ三チームで語られている。哀川&柳葉、西村&春海、松村&小木の組み合わせ。
3月号 「花鳥風月」の6人のソロ曲について各人が語る。小木氏は、「時間を掠めろ」について、ジョニーは「ZOYASSA」について。モノクロ
6月号  「La.Boratoire」5thツアーについての記事。モノクロ。
12月号 ニューヨークの「一世風靡」ツアー「THE PERFORMANCE」についての記事。モノクロ
セブンティーン 1984-1989  ほぼ「一世風靡」活動時期に発行された雑誌は、総力を挙げて彼らを応援している。記事多数(持っているモノが切り抜きのため何号なのか不明なので省略) 多数
GALS CITY 1984.12.21  一世風靡セピアストーリー最終回は、小木茂光氏。若いけど渋いシゲさんが、トレンチコートでしゃべっています。
SESSION 1985.6 インタビューに個人として答える小木氏。自然体。
THE SEIBU PRESS 1985.6号 優しい殺気の小木氏のインタビュー記事。仕事とセピア、二つあるからおもしろいと話している。「一世風靡セピア展」に先駆けた西武百貨店の刊行物。 西武百貨店
JUNON 1985.2  実らなかった恋・過去の女を振り返るというモノ。小木さんに惚れられたジーンズ店に努めていた彼女がうらやましくもあり悲しくもある記事。「◯◯さん、お茶いれてくれませんかぁ~」という夫婦生活がいいという小木さん。大正ロマンを感じさせるデカダンな恋がお望みなのだろうか。熱くなってはいけない。
-その他印刷物リスト-

 元祖ビジュアル系だけあってその数は、はかり知れませんが、とりあえず単独で存在していた(雑誌の付録ではない)ポスターやカレンダーを中心に紹介しています。
品   物 発行年 概          要 サイズ
1986年版
カレンダー
1985  8ページ仕様。表紙は、駅前で横6人並んで振り返っている集合写真。2ページ目に鳥羽僧正のカエルとウサギが笑いこけその下に月ごとの曜日が並んでいる。全体的にシール状。自分で好きなページに張り付けるようになっている。ジョニーは、肩越しに振り返るアップ。小木さんは、バス停の待合室に笑って立っている。 B2
1987年版
カレンダー
1986  縛られた郵便小包仕様。消印のところが、1987となっている。8P。中表紙が、階段を上りきった場所での集合写真。個人写真では、小木さんは、劇場の客席でタバコをふかしている。ジョニーは、椅子に座ってまっすぐにらんでいる。 B2
1989年版カレンダー 1988 冊子形式で見開きでB2サイズのカレンダーになる。表紙は、グレー。写真は、全て6人の集合写真。ニューヨーク公演の時に撮影されたモノが中心。 B2
ポスター 1986 「道からの軌跡」特典ポスター。すっかり真ん中分けになった小木さんは、丸いサングラスをかけている。すぐ左にジョニー。足を広げて踏ん張っているマツ。帽子をかぶったニシとハル。サングラスの翔、一番右側で斜め横向き。モノクロ。 B2
ポスター 1987 「La.Boratoire」コンサートポスター扉の前に逆光でたつ6人。中央が、小木さん。真ん中で座っているのが西さん。渋谷公会堂は、全席指定の3200円だった。 B2
ポスター ツアーポスター「蟹のツメ・羽・角・ペリカン」のエンブレムつきポスター。背景は、カラー。写真は、モノクロ B2
ポスター  金網フェンスに寄りかかるメンバー。ジョニーは、フェンスの上に座っている。後ろに塔が写っているセピアカラーのポスター。でかい。年代不明。 B1
ポスター 解散近くのポスター。小木さんは、髭がない。バックがレンガ塀。至近距離からあおっている全体的に褐色のポスター。やはりでかい。 B1
ポスター 炎の向こうにいるセピア。みんな左を向いている。でかい。 B1
ポスター 1989 「こっちから願い下げだぜ」と大きく赤でロゴの入ったポスター。やはりでかい。 B1
ポスター 1989 「SHIBUYA」卒団・ファイナルポスター。黒地に6人の写真が並ぶ。「ファイナル」のビデオにも会場にこのポスターが貼られていた様子が写っている。アルバムの宣伝ポスター。 B2
ポスター 1989 「SHIBUYA」ファイナル・コンサートツアーの宣伝ポスター。でかい。カラー。メンバーが、最後のにらみを利かせている。「SHIBUYA」CDのパッケージとは、偉い違いである。 B1
ポスター 1989 「SEPIA FINAL」のCDやビデオと同じデザインのポスター。 B2
ポスター 1989 「道で生まれた唄」のポスター。歌詞カードのモノクロの左側ページのセピアカラーバージョン。 B2
ポストカード 10枚組。モノクロのポストカード。7人の時代のセピア。永井守氏撮影。 ハガキ
S'yumelaカタログ 1987 小木氏秋ものコレクションカタログ。写真は、セピア調。 B5 20p
レア・グッズ 制作年 概                要 仕様
東京納豆パッケージ 小木氏ご実家の納豆パッケージ。江戸日本調の渋いデザイン。紺に黄色のロゴ入り。 110g
はっぴ 1987 S'yumela青森支店限定、ねぶた用はっぴ「茂」。黒のストライプ、青灰の地模様、相撲字で「茂」
S'yumelaキーホルダー 1987 シゲさんデザインのS'yumelaロゴ入りキーホルダー。(金色・文字は、黒)白・黒のTシャツとセット。ネジ止め式の珍しいデザインで重厚。高級感漂う。 金色



クールイズビューティ セカンド

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