「三代目」はいりません。はるくんの言葉より | 恋に効く、クラシック。

「三代目」はいりません。はるくんの言葉より

みなさま、夜分遅くに失礼します。桂木里紗です。

 

きょうはへんな時間に目が覚めてしまいました。

まだ吉右衛門さんの魂が、あちこちにさまよっているのかな。

 

吉右衛門さんといえば、4人のお嬢さんのパパとしても知られていますが、私がまだ東宝の宣伝部にいたころ、後輩の女の子と、ランチに行ったその帰り、泰明小学校のあたりを、白いセーターに身を包んだ吉右衛門さんと、お嬢さんたちをお見掛けして、思わず私が「きゃー(≧∇≦)!」と叫んでしまったことがありました。

 

吉右衛門さんのその時の反応は「ん?誰かいるのかな?」と言わんばかりでしたが、吉右衛門さん、あなたがいるから絶叫したのであって、ほかのだれもいませんよ!と私は言いたくなりました。

 

後輩の女の子が「チコさん、しっかりしてください!」と大笑いしながら、励ましてくれて、「チコさん、叫ぶのはあとでもできます。いまは吉右衛門さんを見ることに集中しましょう!」と言ってくれて、ようやく落ち着いた、という思い出があります。(ほんとに私、ただのミーハーだったのですよね💦)

 

前の夫のはるくんは、よく吉右衛門さんの物まねをして、私を笑わせてくれました。 はるくんは私が歌舞伎学会で吉右衛門さん論を書くとき、校正をしてくれたり、いろいろ意見を言ってくれて、論文の構成も一緒に考えてくれました。 私が「吉野川」の吉右衛門さんの芝居に夢中になっていたら、「そんなにともちゃんが褒めるんだったら、僕も観に行ってみたい」と言って、一緒に来てくれたことがありました。

 

でも、はるくんは大変涙もろい人で、「やっぱり、僕、吉右衛門さんの芝居見るの、無理」というのでした。私が「どうして?」と聞くと、「ともちゃんは、吉右衛門さんのセリフ回しがすごくいいって言うけど、吉右衛門さんのお芝居って、子供が必ず犠牲になるじゃない?『寺子屋』もそうだし、この『吉野川』もそうでしょ。『熊谷陣屋』もそうだし。僕、子供が犠牲になる話はやっぱり嫌だよ」 それは無理からぬことなので、「そうね・・・・弁慶とか、河内山とか、そういうスーパーヒーロー系がいいのかな」と言うと、「とにかく子供が犠牲になる芝居はいやだ」と、はるくんは言うのでした。はるくんは、私より涙もろくて、芝居をみながら、鼻をチーンとかむのでした。

 

「これだけ少子化が問題になっているときに、忠義のために自分の子供を殺す物語なんて、受ける訳ないよ。もっと子供を大切にしなくちゃ」と、はるくんはそういう意味でも、とても優しい人でした。義太夫狂言は、そういう子殺しの物語が多いので、私も「困ったなぁ」と思いましたが、吉右衛門さんの巧みなせりふ回しで、私は素晴らしいと思っていたので、はるくんの指摘には、瞠目させられました。

 

私が、だんだん歌舞伎から足が遠のき始めたのは、はるくんの影響でもあります。パーヴォの音楽を知って、決定的になったのですが、はるくんが「ともちゃんは、よくこんな残酷な話を平気でみているね・・・僕はつらくてみていられないや」というので、私もようやく気付き始めたのです。歌舞伎にハマっていると、現代人としてのごくあたりまえの感覚を失ってしまうのだと。

 

歌舞伎を一緒に見たお友達の中で、お嬢さんとのコミュニケーションがうまくとれなくて悩んでいる人がいました。でも、お嬢さんが彼女を避けてしまう理由はよくわかりました。歌舞伎を見終わった後、お友達と感想を、延々とファミレスで述べ合うのですが、お嬢さんはお小遣いをポンと渡されて「あんたは早く帰って、これでご飯を買いなさい」と言われている姿を見て、私はびっくりしました👀 お嬢さんは、お母さんに相手にされなくて、さみしげでしたが、「あ、歌舞伎にハマってしまうと、こういう子供たちがたくさん出てきてしまうんだ」と思ったら・・・。

 

吉右衛門さんの至芸は、素晴らしいと思いますが、この一連の残酷な物語を、違う役者で見たいか、と言われれば、それはノーです。吉右衛門さんのあの絶妙なセリフ回しがあればこそ、見ていられたけれど、やっぱり子供を殺す話はよくないです。これからは子供を大切にする物語が求められると思います。「伽羅先代萩」なんてもってのほかです。 ましてや、この雇用も安定しない時代に、「忠義のために子供を殺す」なんて物語、受けるわけがありません。

 

吉右衛門さんには申し訳ないのですが、男の子がいなくてよかったと私は思います。吉右衛門さんの至芸は一代限りで十分です。

 

「三代目」はいりません。

 

パーヴォの心の声が、「チコ、よく言ったよ。僕もそう思う。僕にとって、娘たちは何よりの宝だからね。一度君に歌舞伎のチケットをもらって、結局行かなかったのは、子殺しの物語だったからなんだよ。エストニアが、まだソ連領だったころ、生き残るために、自分の家族を、官憲に渡す人もいた。僕たちヤルヴィ家は、そんな状況を何としても打破したかった。だから、アメリカに渡ったんだ。今のエストニアは、もうそんな心配はないけれど、当時は酷かったんだ。歌舞伎の子殺しの物語は、そのエストニアの残酷な時代を思い出す・・・だから、行くのを断ったんだ。君にとっては大切なチケットだったかもしれないけれど、もう、そんな悲劇は繰り返しちゃいけないんだよ。チコに、そのことをわかってもらいたかった。」と言いました。

 

私はびっくりしたけれど、今は素直にパーヴォの想いが理解できます。はるくんが私を諫めたのも理解できます。

 

コロナ禍になって、みんなおうちで過ごすようになって、気づいた事があると思うのです。実はそんなに会社の飲みにケーションや、接待も必要ない。家で仕事をしたって、全然そちらのほうが気が楽で、多少お給料が下がっても、家族で過ごすほうがずっといい、と思う人がたくさん出てきたと、私は思うのですね。

 

吉右衛門さんの至芸は、ずっと語り伝えられるべきだと思いますが、家族は大切にしなくては。

 

一人暮らしをするようになって、このことを痛感する毎日です。

 

はるくん、パーヴォ、ありがとう。

 

吉右衛門さん、もう悩むことはありません。ゆっくり、お休みください。



 

チコ@リサ(桂木里紗)のmy Pick