”伝統”を告発した元舞妓独占告白「16歳で受けた壮絶セクハラ」 | FRIDAYデジタル

”伝統”を告発した元舞妓独占告白「16歳で受けた壮絶セクハラ」

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<中学を卒業したばかりで、住み込みで「奉公」して厳しく躾けられ、飲酒を強要されたり混浴を促されたり、性的なサービスを求められる。彼女の告白を聞いて、これが現代日本で起きていることなのかと唖然とする。SNSで”花街の実態”を告発して大きな話題を呼んだ桐貴清羽(きりたか・きよは)さんが、舞妓としての日々を語ったロングインタビュー「前編」>

桐貴清羽さんは、現在23歳。FRIDAYデジタルの取材に答え、「私が経験したようなことは、もう終わりにしてほしい」と語った 撮影:足立百合

6月26日、突然のツイートだった。

〈この世から抹消されるかもしれんけど、これが舞妓の実態。当時16歳で浴びるほどのお酒を飲ませられ、お客さんとお風呂入りという名の混浴を強いられた(全力で逃げたけど)。これが本当に伝統文化なのか今一度かんがえていただきたい〉

「Kiyoha」と名乗る元舞妓のこの発言はたちまち13万を超えるリツイートをされ、「いいね」は31万を超えた。その後も彼女はツイートを続け、ことの次第がだんだんにわかってくる。

彼女は中学を卒業する直前、置屋に「仕込み」として入り、11月、16歳で舞妓「市駒(いちこま)」としてデビューした。その後、8か月にわたって舞妓として仕事をするが、16歳の少女はそこで、「伝統」という名の下、客からも在籍する置屋からも、さまざまなセクハラやパワハラを経験した。

どんなに「文化だから」と擁護しようとも、労働基準法に違反しているし、彼女の言を信じるならば、置屋の仕打ちは未成年に対する「虐待」である。

16歳のとき「舞妓」としてデビューした桐貴清羽さん

日本舞踊に夢中だった子どもが…

目の前に現れた清羽さんは、絽(ろ)の着物をまとった楚々とした女性だった。現在、23歳。童顔に見えるが、溌剌とした表情としっとりした雰囲気を併せ持つ、色気ある女性だ。

そもそも彼女が舞妓になろうと思ったのは、大好きな日本舞踊を続け、芸を磨きたかったから。

「子どもの頃から何をやってもあまり褒められたことがなかったのに、知り合いに教えてもらった日本舞踊だけは褒めてもらえたんです。私は小柄なので、ダンスだと体を大きく見せるのは大変だったけれど、日本舞踊は体の内側からわきおこってくる心情をにじませることで表現できる。自分の解釈で自分の世界を作り出し、観ている方に共感してもらえる。それが楽しかったんです。初めて師匠の舞を観たとき、師匠が動いているのではなく、床が動いているように見えた。美しかったんです。そこから舞の世界にのめり込みました」

両親は再婚同士、母が前夫との間にもうけた姉との4人暮らしだった。山口県で生まれ、和歌山などで暮らした。いちばん長く住んだのは大阪だ。その後、両親がそれぞれ好きな人ができたりして離婚。母はその後、何度か結婚しているという。さては複雑な家庭に育って…と考えるのは早計である。離婚はしても家族は今も仲がよく、両親の再婚相手やその子どもたちとみんなでバーベキューをするような関係。

「母はいつも楽しそうに生きていました。自分のしたいことをする。そういう大人になりたいと思っていた。でも私、小学生のころクラスでいじめられて、自己肯定感を高めるために小学2年生で自己啓発本を読んでいたんですよ(笑)。恋愛小説も好きでした。内面的にはけっこう早熟だったかもしれません」

いじめは友だちのみならず、担任教師からも受けた。

4年生のとき、彼女の嫌いなところをクラス全員に書かせ、それを板書して写真に撮ったものを、教師から渡された。「子どもらしくしたほうがいい」と教師に言われた。だが、彼女には彼女の個性がある。それを無理矢理つぶすことはできない。心配した親は何度か転校させた。

「あんまり学校に行っていなかったから、母の仕事場についていって雑誌や本を読みふけっていたんです。ファッション誌のモデルさんは輝いて見えた。いいなと言っていたら、母がタレント事務所に応募してくれたんです」

オーディションに合格して事務所に所属、ミュージカルや舞台に子役で出演するようになった。このあたりから自分を表現することが楽しくなっていったようだ。

しかし、東京での仕事の際、仕事先の芸能関係者に廊下でいきなり襲われる。壁際に追いつめられてキスされ、舌を入れられた。必死で振り切って非常階段を使って逃げた。11歳のときだ。被害届を出し、常習だったという加害者は、その後逮捕された。

ショックを受けたが、芸能活動は続けた。姉が地下アイドルとして活動していたのでそのバックダンサーとして舞台に立ち、自らも地下アイドルとなった。ご当地ヒーローショーに出演したりもした。けれども、「ボイストレーニングを受けても歌はイマイチだったし、小柄なので、ダンスも見栄えがしなかったんです…」、なかなか自分を表現する場に恵まれない。

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