「英会話のせいでディスカッションが思うようにできないから、長く居ても得られるものが少ないし、フェローシップが終了したら早めに帰ろうと思う。」
と彼から言われ、うまく答えられませんでした。
上司から「Writing Englishは良いがVerbal Englishに難がある」と言われたり、妻である私と比較されたりしたことが辛かったようです。
フェローシップは2年ですが、大きな仕事をするのには2年は短すぎるとアドバイスされ、3,4年はこちらにいるつもりで日本を発ちました。
今の仕事は正直楽しいといえる状況ではないし、彼に気を使って思うように仕事の時間も確保できずにいましたが、成し遂げなければ何もならないと考えており、3、4年かけてでも達成しようと毎日頑張っていました。
私だけ1,2年くらいアメリカに残るという選択をしたら、そのままお互い違う人生を歩むという事になると思います。
今後も彼との関係を続けたければ、今までと同様に、彼について帰らなければなりません。
私は今まで、夢は大きく持ち続ける事、その為に嫌な事があっても、耐えて努力し続ける事が大切だと思ってきましたし、そのような人が周りにいたら心から応援すべきだと思っていました。
その為、自分の努力不足以外の要因で、それを諦めなければならないという事を、すぐに消化する事ができませんでした。
勿論、世の中には、金銭的問題、社会背景、家庭環境など、様々な要因で、自分の成し遂げたい事が叶わない人がたくさんいると思います。
そのような人達の事を考えると、私はまだ恵まれていた方だと思うべきだ……そう考えようとしましたが……
私もいまだに自由に会話できるとは言えませんが、英会話はすべての基本だからと思って、ずっと勉強してきました。
どんなに高尚な考えを持っていても、テレパシーで相手に考えを伝えられるわけではありません。
「そんな事よりもっと論文読んだりサイエンスの事を考えたり、大事な事に時間を使ったら?」
日本にいる時に彼からよく言われていましたが、めげずに続けていました。
それが、今になってこの発言は正直辛いものがあります。
「あと半年間は心を入れ替えて英会話を頑張ってみるけど、それでもだめなら早めに帰った方がいいと思う。」
と言う彼の話の中には、ここ数カ月間、すぐに苛ついては押し黙ったり、辛辣な言葉を浴びせたりしてきた者に対する謝罪の言葉も、それでも何とか彼を支えよう、家庭を守ろうと耐えて頑張ってきた事に対する感謝の言葉もありませんでした。
今まで自分が苛ついていた原因は自分にあるのではなく、自分を苛つかせる周りの人達にあるのだと思っているように感じました。
それほどまでに心の余裕がないのでしょう。
その日は返事の仕方を間違えて、また彼を怒らせてしまいました。
「話したらすっきりするかと思って話したけど、逆にイライラさせられるだけだった。」
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翌日、いつものように職場に向かいましたが、エレベーターをおり、インド人の友達から「Hi, how are you?」と声をかけられた途端、涙が溢れてきて止まりませんでした。
彼女はそのまま私を自分のオフィスに連れていきました。
「私は今までたくさんの外国人研究者がここにきて泣くのを見てきた。」
と彼女は話はじめました。
「あなた達の置かれている環境は、その中でもとても難しいもの。簡単なはずがない。
母国語の通じない国で、夫婦2人とも働いていて、小学生以下の子供が3人いて、周りに助けてくれる親族もいなくて、信じられないくらい大変な条件だもの。
特に夫婦が同じ研究室にいるのは最もよくない事。周りから自然に比較されてしまって、夫婦ではなく競争相手になってしまう。
私生活でのパートナーと、職場での競争相手が同じ人だと、気持ちの切り替えが難しいでしょう。
特に男の人はプライドがあるから、妻と比較されると余計辛いのね。
夫婦で研究している人達もいたけど、同じような問題に直面して悲しい結果になった人達がいた。
でも、ここで、あなたにとって最も大切な事は何か、ちゃんと考えて、それを見失わないで。
あなたにとって最も大切なことは、研究?自分のキャリア?旦那さん?家族?
もしあなたにとって研究が最も大切な事なのだったら、それを貫きなさい。
もしあなたにとって旦那さんが最も大切なのだったら、それを彼に伝えるの。
私はあなたが大切なのだと。あなたの競争相手になり、足をひっぱりたいのではないのだと。あなたのためならすぐにでも日本に帰る、今やっているプロジェクトが頓挫しようと、一向に構わないのだと。
今のプロジェクトはあなたの人生をかけてまで大切な事?」
このことは私も毎日のように考えていました。
仕事の面から考えると、今は一日の大半の時間を、環境適応に苦労している家族全員のフォローに使っており、このままでは何もできずに終わりそうだという焦燥感が常に付きまといます。
けれども逆に、家族と別れて1人になって、それで思う存分自分の時間を仕事に費やして、それで私は満足するのかと考えると、それは私の望む人生ではありません。
確かに、今のプロジェクトが頓挫する事など、まったく大した問題ではないのです。
すっきりと気持ちが切り替えられるわけではありませんが、毎日、常に自分の考えを整理し、私にとって一番大切な事は何か、見失わないようにしなければなりません。