実験

先日のミーティングでPIの地雷を踏んでしまったようで……凹んでいます。

 

私は今、ある病的タンパクをかなり小さな病変から抽出しようとしているのですが、これがなかなかうまくいっていません。

この抽出が難しい理由としては、

  • 病変が小さすぎて、複数の症例を合わせて抽出しても、生化学的解析に使える量に到底及ばない
  • ほとんどが他の病変の近傍に存在するので、他病理がコンタミしてくる
  • そもそも夾雑物の多い場所から抽出しようとしているので、得られるサンプルがとても汚く、解析の邪魔になる

等があげられます。

 

抽出できなければ当然解析できないわけで、、、わずかにとれたサンプルでどこまでできるか、いつも不安をかかえたまま実験をしています。

 

とまあ、こんな状況で、私がどうやってPIの地雷を踏んだかというと、、、

今、より抽出純度を高めるために、別の症例を使って、抽出プロトコールの改良を試みている所なのですが、

ある工程を2回行ってみた所、2回目の後にサンプルがかなり少なくなってしまったのです。

その結果を見せて、

「サンプルをロスしてしまったかもしれない。」

と言ったのでした。

 

間の悪い事に、その日は午前中にグループミーティング、午後に個人ミーティングで同じ事を2回話してしまい、PIのイメージを固めてしまいました。

「あなたはまだ技術的に信用できない。

あなたにはこの難しい事を任せられない。

貴重なサンプルを無駄に使ってもらっては困る。」

のような事を言われ、その後、かなり頑張ってデータを出して見せようとしても、まともに見てくれなくなりました。

 

後から古株の同僚に聞くと、

「あの言葉は言っちゃいけなかったよ。次からは、そう思っても絶対に言っちゃだめだよ。他の理由を考えださないと。」

と言われましたが、後の祭りです。。。

 

さらに私を落ち込ませたのは、その後に続いたPIの言葉でした。

「大体、Co-PIが考えたこのプロジェクト自体もstupid!

彼にはこれがどれだけ難しい事がわかっていない。」

と、プロジェクト批判を始めたのです。

 

このプロジェクトは、Co-PIの思い付きのような形で始まったのですが、私にはClinical importanceがどこまであるか、ずっと懐疑的な気持ちのまま進めてきました。

PIは初めて話した時に 「”Good Question"を大切にしなさい。」と私に言いましたが、私は、PIがこのプロジェクトを ”Good Question” と本当に思っているのかどうか疑問でした。

けれども、私はNOと言う立場にないし(同僚からも絶対に断っちゃだめ、と言われました。)、

「追求すれば何か面白い事がでてくるかもしれない。」

と自分に言い聞かせながら、毎日、目の前の課題に取り組んできました。

 

 

この抽出にはたくさんの工程があり、朝8時から始めても、その日の子供達のお迎えの時間に間に合わず、

「やっぱり間に合わなかった……ごめん……」

と言いながら、夫にお迎えを頼み、全力で1日目の工程を終えて急いで電車に飛び乗り、慌てて夕飯の支度を始める、という事になります。

 

ワーキングマザーの人の中には、同じような気持ちを持つ人もいるんじゃないかと思うのですが、

”仕事が押して子供のお迎えに行けず、誰かに謝りながらお願いする”

というのは、私的にかなり精神的ダメージの強い事象になります。

 

 

ここまでして出したデータをPIが見てくれなくなり、私はかなり辛い気持ちで過ごしていました。

実験室にいるのもしんどくなったので、2日ほどは図書館に行って別の事をしたりしていました。

 

 

でも、次のミーティングの日が迫ってきていて、「次は失敗できないし。。。」と思いながら、追加実験を始めた日の事——

 

隣で実験していた同僚から、

「凄い数のサンプルだね。うまく行ってる?」

と声をかけられました。

彼は去年Natureに論文を発表している、所謂Nature Holder—

来年から自分のラボを立ち上げる事が決まっています。

 

「うまくいってると答えたい所だけど、全然だよ。PIはデータを気に入らないし、重要な研究をしているのかどうかも、もはやわからない。」

と、思わず愚痴をこぼしました。

 

「君のやろうとしている事は相当難しそうだもんね。」

と彼は答えました。

 

「でも、難しいから、今まで誰もやってこなかったんだよね。

簡単にできるんだったら、もう誰かがやって発表しているはずだし。

このセンターにある豊富なサンプルとラボの技術でできないんだったら、他のどの施設でもできないんだと思わない?

もっと自信もっていいと思うよ。」

 

彼は自分の手を動かしながら、さらに話をつづけました。

「僕も、今やっている〇〇の研究がそうだった。

抽出がとても難しくて、何年もかかったんだ。

でも、この研究はすごく重要だと思っていたし、世界中のみんなも重要だと思っていると確信していた。

同じように挑戦したラボもたくさんあったと思う。

でも難しかったから誰も成功しなかったんだ。

僕は、”このラボでできなければ、他の誰にもできない” と自分に言い聞かせながら、毎日頑張ってきたんだ。

 

もちろん、どうしても無理だったら、きっぱり諦めて次に進む。

けれども、とことん集中して実験を重ねないと、自信を持ってやめることもできない。

『ここまでやってもダメなんだから、今の世の技術では難しいんだ、誰にもできないんだ』って思うためにはね。

まだ何かできる余地があるんだったら、ここでやっている事に自信をもって、とことん集中してやっていいと思うよ。」

 

 

その時の私の気持ちを、うまく言葉で表現できませんが、どん底のような気持ちは払拭されました。

おそらく、このラボの人達と、私達とでは、ラボ自体に対する考え方が、まだ少し違うのだと思います。

けれども、彼の言っている事は納得できました。

今までこのラボから出てきた仕事の大枠は、誰でも考え付きそうな内容が多いのですが、それをどのラボよりも早く、質の高い仕事をして、大きな論文を出してきている印象がありました。

彼が話してくれた内容が、その答えのように感じました。

 

 

このプロジェクトにはまだ追求できる余地があります。

私も自分とラボを信じて、とことんやってみるしかありません。

Concentrate all your thoughts upon the work at hand. The sun's rays do not burn until brought to a focus.
—Graham Bell (1847 – 1922)今の仕事に全神経を注ぎなさい。太陽光線も、焦点が合わないと発火させることはできない。
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