overcome

「忙しい」という言葉は、私の中で最も口にしたくない言葉の一つです。

自分の能力の低さを主張しているかのように聞こえるからです。

 

修練医時代、同じ仕事量でも、仕事ができる人はらくらくこなせるのに、それまでの勉強をさぼってきた自分には手一杯のことばかりで、一向に片付かない……

睡眠時間を削ればいいからと油断して、日中に終わらせようという気構えがない……

午前4時にアパートに帰り、シャワーと3時間睡眠を済ませて午前8時の朝ミーティングに駆け込む……

時には帰る時間も惜しくなり、カンファ室の椅子を3つつなげてその上で仮眠をとる……

そんな状態で翌日の仕事を始めても、頭が働かなくて結局その日の仕事も明け方までかかってしまう……。

 

適応障害という診断で2週間お休みをもらうまで、私はそのような修練医時代を送っていました。

今思うと、どれも大した仕事量じゃなかったはずなのに、当時は「忙しい病院だから」と理由付けしていました。

仕事内容に慣れてきて、数倍の量を時間内にこなせるようになってからは、「忙しい」という言葉を普段の生活に登場させないよう、努力してきました。

 

ただ、どうも最近、

「これは『忙しくて自分に余裕がなくなってきている』と認めざるを得ないよなー。」

と思うようになっています。

 



 

残念なのは、自分のしたいことというよりも、どちらかというと雑用に近い(でも大切な)事で忙しい、という事。

やはりテクニシャンがいない状態でマウス関係の大きな仕事をしようとするのは大変です。

帰国後に使うためのサンプルのため、1週間強で150匹ほどサクリファイスしましたが、それだけで時間が飛んでいきました。

最近は、月・火に手術のアシスタント(自分のプロジェクトだけど執刀者は別の人)、木・金に自分執刀の手術(アシスタントなし)を一日中やっていて、空いている時間を埋めるように、共同研究先プロジェクトの行動解析を行っています。

また、以前ちらっと紹介した「ウイルス感染によるマウス部屋の隔離」の件ですが、

なんとまだ解除されていなくて、毎月のウイルス検査に一喜一憂しながら、研究プランを変更し続けています(ある月は全マウス陰性だったのに翌月のテストで1匹陽性がでて振り出しに戻る、という感じ)。

日本でプロジェクトを継続するために搬送予定だったマウスは、10月に依頼したのにまだこの隔離部屋にいて、もう繁殖できない月齢になってしまいました。

隔離中は繁殖が禁止されているので、このままだと日本への輸送どころか、ライン絶滅の危機に瀕しており、特例で1ペアだけ繁殖させてもらえないかと交渉中です。

 

ただ、そんな私を見て手を差し伸べてくれる人たちも多いですし、自分自身も、

「日本に帰ったらできるだけ早く国内外のグラントに応募して、テクニシャンを雇えるようになろう。

それまでは私しかこのプロジェクトや共同研究プロジェクトを進める人はいないし、ビッグラボの共同研究先の信頼を確実なものにするためにも、今手を緩める訳にはいかない。

できるだけ早く、良いデータを出せるようにしないと。」

と言い聞かせ、今はそれまでの準備期間と思うようにして、毎日ヘトヘトになりながらラボと家庭の仕事をこなしていました。

 



 

そんな折、帰国先のコアラボのChairから一通のメールが届きました。

「お願いしたいことがあるので、オンラインミーティングを設定してほしい」

というもの。

 

「お願いって……。」

あんまり良い内容な気がしません。

「多分、臨床関係の依頼だろうな。帰国したら週一で外来を担当してほしいとかかな。」

臨床系のラボなので、ある程度の臨床Dutyをしなければならないのは仕方がないよなー、と思いながら、急遽オンラインミーティングを行いました。

最初は主人と私の二人にお願いがある、という事だったので、コアラボChairと主人と私の3人でのミーティングになります。

 

気になる依頼内容は、

「帰国したらすぐ、奥さん先生の方に、外病院で常勤として半年間働いてほしい。」

というものでした。

関連病院で一人の女性医師が産休にはいるそうで、その医師の代わりの人員を数ヶ月前から要請されていたそうです。

勤務先は、結構な基幹病院です。

一瞬、頭が真っ白になりました。

 

「前向きに検討させてはいただきますが、少し考える時間をいただけますか?」

私がその場で「はい。」と言ってしまいそうなのを制して、主人がそうお返事し、ミーティングは終了しました。

 

ミーティング後、主人と話合いましたが、突然の外病院常勤勤務は、私達の予想を遥かに超えた依頼内容でした。

現在私は、主人にも家の事など多くの事を強力してもらいながら、帰国後のプロジェクト継続を円滑に進められるよう、着々と準備し、現在の余裕のない状況を耐えてきました。

このタイミングで忙しい外病院に勤務してしまうと、

  • 半年間全く実験ができない

だけでなく、

  • 研究室所属でなくなるので予定していたグラント申請もできない

ということになり、私にとっては大きな痛手になります。

結果を急ぐ共同研究先からの信用も失い兼ねません。

 

 

「神は乗り越えられる試練しか与えない」

とはいうものの、もし神様がいたとして、この状況を私が乗り越えられると思っているのであれば、それは私という人間を買いかぶりすぎているんじゃないだろうか?

そんな考えさえ浮かんできました。

 

後日、外病院勤務の仕事を受ける代わりに、現在進行中のプロジェクトも少しでも前に進められるよう、下記の要件をメールで伝えてみました。

  • 帰国後、子育て支援の技術補佐員サポートに申請し、来年4月から実験補佐をしてもらう予定だった人を、今年の10月スタートに前倒しさせてほしい(その分の資金は半年間分ラボに支払ってもらい、後に私がグラントを取れたら返済する予定)
  • 週1回、半日でもラボに来られるようにして、その人と実験の進捗状況を相談させてほしい
  • 可能であれば、申請予定だった国際グラントへの応募資格を保てるようなタイトルをつけてほしい

またそのために必要な条件や、他にも利用できそうなサポートシステムなども調べて、できる限り丁寧な言葉で伝えました。

コアラボChairからは、

「詳細かつ貴重な情報を誠にありがとうございます。結果としては良い方向が見出せそうに感じています。」

と返事をいただきました。

印象は良さそうな感じでしたが、私を直接雇うラボのPIにお願いしないといけないことなので、数日待つよう指示されました。

 

「このお願いが全部通っても、半年間はあまり進みそうにないよなー。でも、完全にストップするよりはいいよなー。」

などと自分に言い聞かせながら、私は、次のお返事を待ちました。

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