最新 心理学事典「集合行動」の解説
しゅうごうこうどう
集合行動
collective behavior
1.社会的感染説social contagion theory 集合行動論の源流は,ル・ボンLe Bon,G.の『群集心理』(1895)にさかのぼることができる。パリ・コミューンなどの市民運動を担う群集行動crowd behaviorを眼前にしたル・ボンは,当時の先端的な概念であった遺伝や無意識,被暗示性といった概念を用いて,群集行動を記述した。集合行動論を初めて研究対象として位置づけたのは,都市化の最前線にいたシカゴ大学の社会学者であった。群集行動に批判的だったル・ボンと比べて,パークPark,R.E.やブルーマBlumer,H.G.らのシカゴ学派初期の研究者たちは,固定した社会秩序を変革し,新たな社会秩序を打ち立てる社会行動として集合行動を積極的に位置づけた。パニックpanicやリンチlynchといった原初的な集合行動に対する説明原理は,精緻さに差はあるものの,社会的感染によって情動を共有するようになると見ることでは同じであった。社会的感染説は,通常の社会秩序のもとでは,われわれは他者の言動が含意する意味を解釈し,その解釈に従って反応する解釈的相互作用を行なっている。解釈には幅があり,多様な行動が生起しうる。しかし,既存の価値や規範が揺らぎ,社会不安が醸成されると,相互参照に基づく循環反応に置き換えられる。すなわち,他者の行動を参考に,自分のおかれた状況や取るべき行動を決定していくことになるが,実は相互に参照しているので,特定の行動が強化,収斂されやすくなる。その過程で集合的興奮が高まり,被暗示性が高まり,感情が共有されていく。この一連の過程を社会感染とよんだ。
2.創発規範説emergent norm theory 社会心理学の実験でも,実験参加者の匿名性を高めると攻撃行動が促進される傾向が見いだされ,没個性化deindividuationとして注目された。しかし,その後,同じ匿名条件でも,人種差別的な服装を身にまとう条件と比べて,看護師の衣装であると,実験参加者が加える電気ショックが弱くなることが見いだされている。つまり,匿名条件が直ちに反社会的行動傾向を強めるのではなく,役割規範に従う傾向が強化されたものと解釈しうる。集合行動を,人間性の変質ではなく,この規範から説明を試みたのが創発規範説である。ターナーTurner,R.とキリアンKillian,L.は,シェリフSherif,M.の自動運動現象を用いた同調実験を参考に,日常とは異質な,しかも集団内で同質的な集合行動が観察されるのは,その場で通常とは異なる規範が創発され,それに従うためであるとした。そのような状況依存的な規範を創発規範とよんだ。人間の行動原理は,制度的行動においても,非制度的行動つまり集合行動においても規範への同調にあり,行動の質が異なるのは規範が異なるだけだと考えたのである。創発規範説は,集合行動論の中核的理論でありつづけ,スノーSnow,D.A.によってさらなる展開も図られている。
3.価値付加説value-added theory 集合行動論のもう一つの問い,つまりなぜある社会のある時期に特定の集合行動が発生するのかに挑んだのがスメルサーSmelser,N.であった。集合行動は,いつでもどこでも発生するわけではなく,特定の社会,特定の時期に集中する傾向が見られるからである。スメルサーは,社会に葛藤(構造的ストレーンとよぶ)が存在し,その葛藤の原因を説明するとともに取るべき行動を指し示す信念(一般化された信念)が共有されており,その行動を文化や社会制度が許容する(構造的誘発性)ときに集合行動が発生する素地が整う。そこに,なんらかの契機となる事柄(きっかけ要因)が発生し,リーダーや組織が多くの人を巻き込む力(動員)をもっており,社会的に統制する力(統制要因)が弱いときに実際に発生するとする。以上の六つの要因が積み重なる過程で,集合行動の発生や取りうる様式が絞り込まれていくとした。このスメルサーの考え方は,あたかも鉄鉱石が製鉄過程で付加価値が高くなっていくとともに,特定の製品へ特殊化していくことになぞらえて価値付加説とよばれる。
4.資源動員論resource mobilization theory このスメルサーの価値付加説は,集合行動論の中で最も包括的な理論であるが,後に資源動員論者から徹底的に批判される。その批判の一つが,葛藤や不満をもつ人がそのはけ口として集合的行動に短絡的に参加すると想定してきたというものである。資源動員論では,オルソンOlson,M.の功利的人間像を前提にしつつ,現状に対する不満や行動から得られる利益があっても,人びとは集合的行動にはなかなか参加しないとしている。それどころか,その社会運動の成果から直接に恩恵に浴さないにもかかわらず,参加する人びとがいる。それを彼らは良心的構成員とよんだのである。むしろ,人びとが行動に向かう経済的条件や政治的条件,組織的条件を分析していった。そこでは,良心的構成員の発見,可処分所得や自由時間の程度,選挙制度,既存集団の活用,など集合行動全体にも有効な変数群や命題を生み出してきた。
しかし,近年になって,これらの社会構造的変数と諸個人の活動をつなぐ必要が資源動員論内部から出てきた。信念あるいはイデオロギーといった個人要因を無視できなくなってきたからである。参加を促す社会的条件が整ったからといって,信念に背く活動を目的とする社会運動に参加するとは考えにくい。ここに,一時期,政治社会学の領域へと主たる研究の場を移した集合行動論に,再び社会心理学変数が復活してきたのである。
5.21世紀の集合行動論 集合行動論が対象とする集合現象は多様であるが,時代によって対象とする社会現象に濃淡があり,それによって理論的な枠組みも変化してきた。21世紀の集合行動論を考えるうえでも,どのような集合現象に関心がもたれるかに,理論的枠組みは依存することになろう。その際,情報化の進展は無視しえないであろう。民主化運動に見られるように,物理的な空間を共有し,行動を取る前に,インターネットを通じた情報によって土俵が準備されていることも多い。流言や都市伝説あるいはより制度的な世論形成過程,政策評価・合意形成などに,新たな情報メディアや情報行動様式からより踏み込んだ議論が求められる。
〔田中 淳〕
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