常磐線下り中距離電車の終点といえば水戸駅の先、勝田駅のものが多かった。が、先月のダイヤ改正で日中に運行される列車は全て土浦駅止まりとなった。因みに上野から土浦までは普通列車で一時間少々。勝田まではおおよそその倍。朝夕、都心やその近郊では混雑する常磐線だが、東京から離れるほど車内はガラガラになる。つまり需要が無いということで今回、都心から勝田駅や水戸駅までの直通運転が取り止められた。このような動きは常磐線やJR東日本のみならず、大手私鉄や関西の方でも広がっている。
『鉄道の合理化』は旧国鉄時代から叫ばれていて、特に北海道内を始めとした不採算路線の廃止はかなり以前から始まっている。地方路線の衰退に限ればその原因は人口の減少のみならず、マイカーの普及や高速道路網の整備の進展等もあるだろう。ところが。今回都心からの直通運転が大幅に削減された常磐線の土浦~勝田間は東京近郊区間であり、沿線の過疎化が著しい地方とは状況が異なる。
一方、首都圏の大手私鉄各社はと云えば新型コロナの影響で乗客数は大幅に減少し回復も見込めない状況。東急電鉄は運賃の値上げを申請、西武鉄道は非鉄道部門の整理・選別を加速させた。それでも、相鉄と東急による新横浜線の開通や新たな直通運転開始に向けた準備、東京メトロ有楽町線と南北線の延伸計画の発表等々、都心部では更なる利便向上のための諸々の動きが進む。
乗客数の減少は都市・地方問わずわが国内に共通する課題だが、首都圏特に東京とその近辺では新たな活性化モデルが模索され、安全化対策やバリアフリー化、混雑解消に向けた更なるサービス向上のための投資は続く。然し一日の平均乗降客数が一人にも満たない過疎の地では鉄道そのものの存続が議論される。そんな合理化の波は都市近郊にまで及び始めた。
鉄道事業が純粋に営利のみを追求するものならばそれでもいいだろう。然しそれは社会インフラでもある。地方のモータリゼーションの恩恵に与れない人達にとって鉄道は時に生命線だ。今はクルマを運転出来る能力がある者でもやがて年を取り、免許を返納する。そうした高齢者或いは免許取得年齢に達しない学生はどうすればいい?
もちろん公共交通機関としてのバス輸送もある。鉄道と並走するバスに客を奪われ衰退した路線も東京近郊には幾つか存在する。例えばかつて東京から館山や鹿島神宮を行き来していたJRの特急列車は定期運行を止めてしまった。館山方面ではアクアラインを使ったバスの方が所用時間も短く、また鹿島神宮からは東関道経由の『かしま号』が10分間隔で発着するためそちらの方が便利だからだ。
然し利用客の減少でバス路線が定時運行では無いデマンド交通や乗り合いタクシーに置き換えられ、更には路線そのものが完全に廃止になってしまったところも。交通網とは植物に例えれば枝であり茎であり、葉脈である。途絶えてしまったら養分はその先には行き届かない。鉄道やバス路線の廃止はその先の集落や村や町、つまり国土の死を意味すると言っても過言では無い。
最近私は『民間防衛』の研究をしているが、その為の手段の一つとして『疎開』がある。これは先の大戦中にも行われたのだが、要は人口の密集化を避けるため、住民を地方に分散させることである。今のわが国はと云えば政治と経済の中心は共に東京だ。侵略者の立場でわが国を降伏させたいのなら簡単だ。東京に攻撃を集中させればいい。それでわが国は忽ち戦意喪失だ。
都市部と地方、特に過疎地における対照的な鉄道の実情は更に人口の一極集中に拍車をかけるだろう。プーチンのおかげでわが国でも防衛費増額や改憲に関する議論が盛んだ。でも、その前に弱点となる東京一極集中を解消せよ。国防の観点からも人口の地方分散を平時の今から推進せよ。その際に必須なのは遺された全国に張り巡らされた鉄道網の維持と活用だ。これは一企業であるそれぞれの鉄道会社が思案することでは無い。国家が取り組む問題。
【追記】東京大空襲から77年目となる先月10日、主権回復を目指す会が主催する米国大使館前抗議に当連絡会有志も参加。各弁士が「米国の真なる謝罪とはロシアのウクライナ侵略を粉砕することだ!」「一夜にして10万人の民間人を無差別に殺しておきながら未だ謝罪も無い。何が日米友好だ!」と糾弾の声を上げました。
テーマ:運輸・交通