あなたの存在はその存在であるだけで、叶えたいことは叶えられるように設計されている | 恋愛も仕事もお金も♡私はこうなりたいという願いを叶えるすごい実現術

恋愛も仕事もお金も♡私はこうなりたいという願いを叶えるすごい実現術

潜在意識、心理学、哲学、脳科学を横断した知識と経験で、思い描いたなりたい自分を次々と実現!あなたもこれから、最上級の自分を感じながら愛と充実感あふれる人生を生きられる!そんなあなたになれる実現術を発信中。

NEW !
テーマ:

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はろはろりーぬ。はろりーぬ。

フラワーアレンジメント歴、

約10年のあいこちゃんが、ふと…

「Hibikiさんは花にたとえると、百合だよね!!」と言ってきました。



その理由は?と聞いたところ。



「百合は百合にしかなれないところなにをどうアレンジしても、百合ってメインになるのよ。」
 

 

「花が大きいし、インパクトでかいし、存在感すごいじゃん。百合の花粉って1度ついたら落ちないしさ(花粉はHibiki思想の比喩らしい)」



大きい!!

インパクトでかい!!

花粉が落ちない!!

笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

 

 

ウケたので、私のイメージは百合にすることにしました。



白百合の花ことばは「純粋」「無垢」「威厳」

 

 

あいこちゃんと電話でエネルギー循環の話していたら、


「うわ、なんていうかHibikiさんって、すごい純粋にやっているんだって驚いた」と言われたので、ちょうど良き。



しかし、過去の意識でわかるように、あたくしの性格がキレイってことでは全然ない(・ω・)ノ

 

 

心はドロドロのモヤモヤである。

 

 

「本当はこんなこと想いたくない、感じたくない」っていう濁った意識を、コツコツろ過していったら、澄んだキレイなものになっていっただけです。




「ほんとうになりたいもの」「ほんとうにしたいこと」に素直になっていくと、

 

「私はこうなりたいからやるの」「だって私はこうしたいからするの」「理由?よくわからない!楽しそうだって感じたから!!幸せ感じられそうだったから!!」と、

 

自分という存在に対してシンプルになっていって、純粋で無垢になっていくみたいなんですよ。





私はゆーり、私はゆーりって感じて歩いていたら、百合を発見。

 

これまで…百合がなかったのか、目に留まらなかったのかはわからないけれど、百合ってあまり見たことがなかったんですが。

 

 

 

 

自分の世界に「百合」が入ってきた。

 

 

 







読者さんいわく、私とLINEのやりとりしていると、ラッキーなことが起こるらしいんですよ。


コレ結構あるある。

 

 

彼から連絡がきたとか、いいことがあったとか、ま~かなりよくあるんだけれど。


これを社会思想で解釈すると、とらえ違いがおこりやすいのです。


こんな風に思いませんか?

HibikiさんにLINEすればいいことが起こる。

 

 

そう、振る舞いに意識がいっちゃうのです。意識がHibikiさんってすごいになっちゃうのです。


すごいって思ってくれるのは、Hibikiの個人的な気持ちとしてはとても嬉しい。


が!



現実化という軸で話すならば、ぜひ、魔法をかけられている側になるのではなく、自分自身が魔法を使っている側なのだと感じてくださいませ。

 

 

エネルギーの流れを読むという感覚思想で捉えると良き。









 

 

 

みんなでぶんぶん自分のエネルギー回していこう!!

 

イイコト起きるから!!

 

 

 

「与えるものが受け取るもの」の極意を、この記事の後半で教えますね。

 



自分の力で創れるんです。


あなたの存在だけで、あなたがほんとうに望んでいるすべては、叶うようにできているから。


 

あなたの存在だけで、叶うようにできているのだから、恋愛だって、あなたの存在だけで、彼から愛されるようになっているんですよ。

 

 

 

でもつい、自分ではない何者かになろうとしてしまうんですよね。そうならないと、愛されないような気がして。



ちょうど講座生さんから、相談された内容のシェア。

「軽い気持ちで聞いているだけだから、断っても全然オッケーだからね~!」って掲載のお願いをしたら、掲載許可をもらえました♪ありがとう♡

 

 

 

 

 

 



飲み会の場にいっているときに、盛り上げ役の人っていますよね。

一方、講座生の彼女はおとなしいタイプ。

知人の男性から、おとなしい自分がダメみたいな批判めいたことを言われたそう。

それで盛り上げ役の女性のほうが、男性は好きなんじゃないかって不安になったって感じの内容だったと思う!!
 

 

 

Hibikiは、いつも相手の心の感覚のエネルギーの動線を読みます。

 

 

「知人の男性から、おとなしい自分がダメみたいな批判めいたことを言われた」


「だから、盛り上げ役の女性のほうが好まれるんじゃないかと感じてしまった」

 

うん社会思想サイドだと、普通はこのように考えますよね。

 

こういう現実体験をした、人からこう言われた、「だから」自分はこう感じてしまった。



さてと。

 

 

で、その話を聞いて、まず最初に質問したのがコレ。


「知人の男性から言われる前に、心のどこかで、盛り上げ役の人のほうが好まれるって感じたことってありませんでした?」



すると彼女。

「あります!」


(そ・れ・だ・)



そう、みんなが忘れる、原理原則。

 

 

「感覚が現実化する」

 

 

 

この出来事が起こる前から、実は彼女は感じていたのです。

 

 

盛り上げ役のほうが好まれると感じてしまう感性が彼女の心に存在していないと、この現実は起こらないという話が意識の世界。



ついついやってしまうんだけれど、現実体験をしたから、自分はそう感じたのではなくて。

 

 

 

意識の世界は逆ですね。

 

 

もともと盛り上げ役のほうが好まれるんだとそう感じる感性が自分に存在するから、やっぱり盛り上げ役のほうが好まれるんだとますます感じる現実体験をした。



こういうときってあなたならどうします?

 

 

 

愛されるためには盛り上げ役にならないといけないんだと感じて、自分が「不本意に感じながらも」「がんばって」なろうとしてしまいませんか?愛されるという意識を手に入れるために。



実は私も経験しています。

 

 

数々の研究をしてきたHibiki。もちろん巷の恋愛本にも手を出した。私が読んできた恋愛テクニック本には、よくこう書かれていました。

「男の胃袋をつかめ」と。

Hibikiは一時期、料理を頑張っていたことがあります。

 

そうじゃないと愛されないのだというプレッシャーの感覚を背負いながら。


そうして恋愛テクニック本を読めば読むほど、ますます自己肯定感が下がっていきました。


人とは違う規格外の自分。恋愛本の掲げる「これが男から愛される女性」というものに、8割以上、全く自分があてはまらなかったのです。


容姿がキレイな女性がいい。体型がモデル体型がいい、料理ができるほうがいい、追いかけてはいけない、好きと言ってはいけない…etc


そんなあてはまらない自分に対して「ああ、だから私って愛されないんだ」って意識を心に入れてしまったHibiki。

 

 

 

「これが男から愛される女性」という人物像というものに少しでもなれるように、料理をがんばってみたり、好きと言うのが好きなのに我慢してみたり。


そこにあるのは、我慢と不本意としかたなくやっているという感覚でした。



 

さて、そういう心をおいてけぼりにして、カタチだけをやるようになってから、Hibikiはどうなったのか?

 

 

 

 

実は、関係が悪化したんですよ、これが!!!笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き





愛されたくてやっているはずなのに、ますます愛されている感覚からは遠くなっていく彼の態度。


どんどん雑に扱われているなと感じるようになって。

 

 

おかしいなと思いはじめ…

 

 

 

当時の意識の扱いは、みんなと同じ紆余曲折の実践最中でしたので、今ほど意識が極まっていないし、洗練されていませんでした。

 

 

だから、感覚が実現化するなのに、本末転倒なことをしている…なにしてくれとんねんワレと気づいたときには、すでにその思想が心に根をはってしまった状態でした。



ここから、1度入れてしまった「これが男から愛される女性」の思想を外すやりかたを習得する旅に出るという遠回りルートを通って、こんにちに至る。




だから言ってるんだああ!!




自分の心が動かないものに手を出すなと。こうしなくちゃ愛されないからやるという意識になるものに手を出すなと。Hibikiの血と汗と涙の教訓である。

 

 

講座生の彼女も、かつての自分と同じ意識になりかけていた。

 

そういう女じゃないといけないんだと思っている!!すべての女性へ。


断言しよう!!そんなこたあナイ!!


 

どう?1回その道を通ったHibikiが言うと説得力ありませんか。

 

 

ふふふ、遠回りしたのも、もはやすべてはここでこのように話すためだったのかもしれないと肯定解釈しておる。

 

 

 

 


大事なのは、そういう女性でじゃない自分の存在を否定することではなかった。
 

 

 

そういう女性にならないといけないと思っている自分の意識がズレていた。

 

 

 

 

自分のことを大切にしたいと感じている自分が、自分以外のものになろうとするなんてことは、自分の存在よりも別の存在になることに価値を感じているのと同じこと!!

 

 

つまり自分のありのままに生きたい意識の存在は、こうあるべきなのだと頑張ってしぶしぶなっていく意識の存在よりも、価値が低いのだと自分が選択していること。

 

 

その感じたいことと、選択していることの矛盾。

 

 

その先に幸せを感じるなんてあるわけなかった!!

 



 

社会思想の会社の採用面接みたく思っているのですよ。恋愛を。



募集要項:30歳以下、○○資格保有者、○○経験ありの人。
 

こういう条件の人でないと会社に採用されませんよ。

 

 

男性に恋人として採用される募集要項を、自分のなかで勝手に(人の意見や社会の意見を参考に)つくり、こういう条件の女性でないと「恋人」として採用されないのだと思っているのです。



今回でいえば、

 

募集要項:飲み会で盛り上げ役になれる人とか、料理ができる人とか。



この募集要項を全部とっぱらって、条件で恋愛を実現させるのではなく、自分と相手の「心」という「自分の存在自体」で恋愛を実現させていくのが意識の世界。

 

 

人は誰しも幸せを感じたいもの。

 

 

愛している彼から与えられるもので幸せを感じたいし、彼もまた、あなたから与えられるもので幸せを感じたい。

 

 

私はよく「与えるものが受け取るもの」といいますね。

だから、たくさん与えていこうって。

これを文のまま社会思想サイドで解釈すると、とらえ違いをすることがあります。


社会思想サイドでの与える感覚とは、我慢をして自分をすり減らして、人になにかしていくもの、そういう感覚になるもの。

 

 

このような感覚のとらえ違いしていたら、私だってそういう感覚で与えるなんてこと、とてもつらくてできませんヨ(・ω・)ノ




「与える」とは、楽しくて幸せで満たされるものです。


 

 

感覚思想側の「与える」は違うのです。

 

 

 

 

 

「与える」とは、自分の存在を感じさせてあげること。

 

 

 

 

 

楽しくて幸せで満たされるから、どんどん与えたいと感じるのですよ。

 

それでぶんぶんと、トルネードのようにエネルギーがまわっていくんですよ。

 



「与える」=あなたの存在を感じさせてあげること。


それにはまず、自分が自分の存在を感じてあげることからですね。



自分の存在を感じさせてあげるってどういうことかというと…


今回のおはなしでいうと、講座生の彼女は、盛り上げ役になる必要はないのです。

 


 

おとなしい自分って素敵だね♡って自分で自分の性格を気に入る感覚を手に入れること。

 

 

 

自分のそういう性格って素敵ねって感じていいから。

 

おとなしい自分でよかった、おとなしい自分が好きって、自分を大好きに感じてほしい。

 

 

 

だって、それがあなたなのだから。

 

これまで生きてきた、あなたなのだから。

 

 

 

うんうん、ほんと素敵。

 


おとなしいぶん、相手の話を聞いてあげられたり、相手が話している快感の時間を与えられるでしょ。


しゃべってなくても、一緒にいるだけで、安心感のあるほっとできる存在で在れるでしょ。

 

 

 

うまくいかないときって、なにかしゃべらなくちゃとか感じているときだと思うんです。

 

おとなしい自分にバッテンをつけて、そんな自分ではいけないと自分が感じているときにうまくいかなくなる。

 

 

自分の存在をそうで在ってはダメと否定している感覚をお持ちなんですもの。

 

 

 

世界(人)からは、あなたの存在はそうであってはダメという感覚がかえってくるのです。

 

 

 

あなたの性格や感性をかけあわせてごらん。

 

 

おとなしいでしょ、好きなことになると饒舌になる、料理が好き、花が好き、気遣いができる、大雑把、よく寝る、本が好き、推しがいる、明るい、向上心がある、キャンプが好き…etc

 

 

 

その性格や感性をかけあわせたら。

 

 

そのすべてに一致する人っていないのですよ。

 

 

あなたがこれまでに出会った人で、全く同じ感覚を抱く人っていた?

 

 

兄弟に抱く感覚と、友人に抱く感覚と、彼に抱く感覚と…

 

もっといえば、友人Aに抱く感覚と友人Bに抱く感覚と、元カレに抱く感覚と今彼に抱く感覚は、違うと思うのですよ。

 

 

 

 

誰かのマネをしなくていい。

 

 

自分ができる、自分なりの楽しさの表現、優しさの表現、幸せの表現をしていたらいい。

 

 

それを「与える」=自分の存在を感じさせてあげるということ。

 

 

 

 

花が好きな人が、花を育てて、その育てた花をプレゼントするのに、しんどいとは感じない。

 

 

優しい人が、優しいことをするのに、しんどいとは感じない。

 

 

むしろ、やればやるほど、楽しさや幸せや満たされ感が膨らむの。

 

 

あなたが持っている性格と感性を、ただ与えてあげたらいいだけ。

 

 

自分の持っている性格や感性は、人に喜ばれるものなのだと信じて。

 

 

あなたに幸せという感覚を与えてくれた人に、今度は、自分の存在を(花で、おとなしさで、料理で、明るさで、あなたの性格と感性をあらゆる手段を媒体にして)与えてあげよう。

 

 

 

(もちろん元気なとき前提の話♪疲れていたりするときは、余裕がなくて無理だろうからそういうときは休んでね)

 


 

 

 




おとなしいなりの質問のしかたを習得して生きていく、

 

「さっき大勢だと緊張してしまって質問しづらくて。本当はこういうことが聞いてみたくて」と2人きりになったときに聞いたりとか。

 


おとなしいなりの楽しみかたを習得して生きていく、

 

しゃべらないけれど、雰囲気を感じて楽しんでいて、にこにこしているとか。
 

 

おとなしいなりの相手の思いやりかたを習得して生きていく、

 

ひとこと「体に気を付けてください」とか。




そうしたら、あなたの好きな彼は、そんなあなたのことが好きになる。

 

 

 

自分らしくないと感じる盛り上げ役になんてならなくても、

 

 

あなたがあなたで在れば、その性格をもった、その感性をもった、存在自体のあなたのままを彼は好きになるから。



それが女性と優れているかどうかのマウントや競争世界から脱し、Hibikiが創りあげて生きている新世界。

 

 

自分が唯一無二の存在だと愛でる感覚を抱くことで、発現する世界。

 

ぶっちゃけ私も、この覚醒を果たすまで、こんな世界があることを知りませんでした。

 

 

 

可憐な「可愛さ」

 

 



 

 

大人っぽい「可愛さ」

 

 

 



 

 

 

どちらも「可愛い」だけど、

微妙に印象というか抱く感覚は違うでしょう?

 

どちらがいいって言われても、どちらが女性として優れているとかは決められません。

 

 

花もそうでしょう?

 

 

 

チューリップの「可愛い」とひまわりの「可愛い」は違う。

 

どちらがいいと言われても、花としてどちらが優れているかの感覚にはならずに、好みで選ぶはず。

 

 

 

花を擬人化させたときに、

 

チューリップが「ひまわりより私なんて」ひまわりが「チューリップより私なんて」と言っていたら、

 

「可愛いに上も下もないよ」「花に上も下もないよ」「君が可愛いんだよ」と言いたくなりませんか(笑)

 

 

 

選ぶときは、どちらが自分の好みかどうかになります。

 

そして好きな彼は、あなたという女性が「好み」なのです。あなたが女性として「優れているかどうか」で選んだりしていないのです。



私はよく「明るい」と言われるのですよ。だから講座生の彼女とはちょっぴり正反対。



でも私、こんな明るい自分を素敵だねって感じているから、人から明るいことが好まれるのであって、

 

 

もし自分のことをもっと静かでいなくちゃと思っていたら「うるさい女」「俺うるさい女嫌いなんだよね」と評価されていたのではないかと思うのですよ。

 

 

この持ち前の明るさをそのままに、友達や彼と遊ぶときは、おおいにはしゃいで自分の存在を感じさせてあげる。

 

 

でもすべての性格は表裏一体。

 

 

必ずこういうときには良い影響を及ぼす、こういうときには悪い影響を及ぼすというところがある。

 

 

明るさも、使いどころによってウザくなるときもある。

 

 

そっと落ちつきたいとき、ひとりになりたいとき。

 

 

はしゃいでいたら相手からしたらウザいと感じるかもしれない。

 

 

そういうときは、ダイヤルを最小値にする。

 

そんなふうに自分の性格のまま、こういうシチュエーションのときはこういう風にしようっていう加減と表現のバラエティーをもっておくことです。



 

私は、そうして誰かになるのはやめました。

 

 

私は、私で在ることを徹底することに時間を費やしました。

 

 

 

自分が料理をどう感じるか。自分が追いかけることをどう感じるか。自分が好きとは言ってはいけないことをどう感じるか。

 

 

料理はしたくないと感じているの。追いかけたいって感じているの。好きなときに好きだっていいたいって感じてるの。

 

 

 

「これが男から愛される女性」という人物像に近づけるのではなくて。

 

 

そんな自分の感性にそれでいいんだよと〇をするのが、愛されて大切にされるコツだったのですね。

 

 

 

ここの意識の正解にたどりつくのに、ずいぶんと長い月日を費やしました。

 

 

 

その瞬間、自分を縛っていた窮屈な意識からの解放感がありました。自分の存在で生きるとは、なんて解放された感覚がするんだろう。

 

 

 

そのあと、これが自分の生きかたの正解だと魂が伝えているかのように、こんな簡単なことを悟っただけで、彼の態度は一変しましたよ。



容姿も体型も、料理できなくても、追いかけていても、好きといっていても、「おもしろい」から好きだそうです。

 

 

私のいいところはどこ?私の魅力ってどこ?って聞いたことがあって。

 

 

「モデル体型好きでしょ、普通は料理できるほうがいいじゃん。私ってあなたのこれまでの元カノのタイプと、あなたが好きだという女性のタイプから、こどごとく外れているよね」って話したら、


「ああ、存在がおもしろいから大丈夫」という答えをいただいていますよ♡(笑)

 

 

 

意識で叶えるっていうのは、コレだからやめられないのよ。相手のこれが理想という条件さえも超越する!!

 

 

 

この自分の小さな枠小さな制限を超える瞬間、無限の可能性があるんだと感じる瞬間が、たまらなく高揚して大好きなんだあああ♡♡!!意識を学ぶのも使うのも大好きだあああ♡

 

 

 

自分の存在を使いこなすだけで愛されます。

 

 


その持っている性格だけで、自分が叶えたいことは全て叶うように神様は設計しています。
 

 

自分の存在に愛を感じることをどんどん自分に与えてあげると、周りからどんどん好きになってもらえる存在になれます。

 

 

だから、あなたはあなたで生きて大丈夫。



なによりもまず、あなた自身があなたという存在に愛を感じてあげてください。

 

 

 

 

講座生さん♡

 

どんどん目覚めよう、自分のなりたかった自分へと!!
 

 






 

 

 

 

 

 
 
実現の集大成講座 
 募集終了
 

この講座で個別でやるのは

最後となります。

 
期間限定5月8日まで
あるいは
希望人数を満たし次第、
終了させていただきます。

 
 
これまでの私の集大成の実現術、             
1対1のマンツーマン講座。 
 

●幸福に満たされる生きかたや、

 日常で実現できる過ごしかたが

 書かれている

 【生きかた編】

 

●意識を使って、

 なりたい自分を実現化させていく

 願いの叶えかたが書かれている

 【潜在意識編】

 

脳科学や心理学からアプローチする

 男性の心の特性を知って

 素敵なパートナーシップを目指す

 【恋愛・パートナーシップ編】

 

 

彼との成就に必要な内容のみを

詰め込んだオールインワン!

全てを一気に受けられる!

これであなたも恋愛実現マスター♡

 

 

★詳しい内容は→ こちらをクリック  
  



お問い合わせ
友だち追加