笑顔の仮面
オーエン吊し上げ大会。
キシュタリアは今回、欠席のはずでは?
内心では驚きながらも、元気そうなキシュタリアの姿に安堵する。
マントの下には白いシャツと黒い礼服を着ている。喪を表す漆黒のそれは、光加減で絶妙な光沢を出し、繊細な刺繍を浮かび上がらせていた。
アッシュブラウンの髪は綺麗に撫でつけて、前髪を上げています。いつもは前髪を下ろしているので雰囲気がだいぶ違って見えました。
それはどことなくお父様を思い出させる姿で、少し見ないうちにキシュタリアが酷く大人びたように見えます。
キシュタリアはわたくしをちらりと見ると、ほんの少しだけアクアブルーの目を優しく細める。でも、それは一瞬だけ。逃げようとするオーエンを素早く捕まえ、赤い絨毯の上に転がした。
「逃げるつもり? もう遅いよ」
「無礼な! この小僧が!」
冷ややかな笑みを崩さないキシュタリア。対照的に真っ赤になりすぎてどす黒いオーエンは、唾が飛ぶんじゃないかと言うくらいの勢いで怒鳴っています。
「本家当主に随分なご挨拶だな。黙れよ」
キシュタリアがパチンと指を鳴らすと、途端にオーエンは静かになった。
口を金魚のようにパクパクとさせている。声が出ないのか、喉を押さえてじたばたしています。
それを一瞥し、陛下に向き直ったキシュタリアは優雅な一礼をする。
「遅れて申し訳ありません。我が国の太陽にご挨拶申し上げます」
「よい。して……見つかったか?」
「ええ、残念ながら」
その短いやり取りに、会場の人々の大半が不思議な顔をします。
だけれど、わたくしの周囲だけ――会話の主であるキシュタリアとラウゼス陛下以外にも、ミカエリスやジュリアスは分かっているみたい。少し空気が変わったもの。
わたくしの周りのフォルトゥナ公爵や、他の王族は分からないですわ。多分、彼らも知らないと思います。
だけれど、わたくしの中には天啓のように閃いたものがあった。
まさか、でもとバクバクする心臓を押さえる。
「アルマンダイン公爵、フリングス公爵。ご協力感謝いたします」
キシュタリアが促すように言えば、会場に居なかった四大公爵家の内の二つの公爵家当主たちが、現れました。
二人ともその表情は厳しい。アルマンダイン公爵とは言葉を交わしたことはないけれど、フリングス公爵は少しだけあります。飄々としたかたでしたが、今は笑顔一つない。
彼らはそれぞれ手に、布に巻いた抱える程のサイズの荷物を持っています。
公爵家当主が持つほどです。きっとすごく、大事で貴重な物でしょう。後ろには、縛られている人間が二人いる。粗末な衣装をまとい、両手足を拘束されて項垂れていました。
顔には袋が被されており、誰かは分からない。
周りは何が起こっているか分からないと言いたげな表情が多くあります。ただ、オーエンだけはガタガタと震え出し、身を縮めるようにして蹲っています。
その手荷物にも、連れてこられた人間にも思い当たる節があるのでしょう。
「な、何事ですか! アルマンダイン公爵! フリングス公爵! 今はそれどころでは……!」
「それがねぇ、関係大アリなんですよ。これが」
ファウストラ議長のしわがれた声を遮るのは、フリングス公爵。食えない笑みを張り付かせながら、片手で肩をすくめる。しかし荷物はしっかりともう片手で持っています。
彼がちらりとキシュタリアを見ると、キシュタリアも頷く。
「これ、なんでしょう?」
そういって、大きな布を広げます。国の紋章が刺繍された上等な布ですが、わたくしに覚えはない。
だけど、覿面に効果が出た人物が一人。
「ひぃいっ! 罰当たりな! 無礼者!」
オーエンです。布を指さしながら、後ずさりします。でも、キシュタリアに当たると逃げる前に蹴り飛ばされて転がります。
「……ああ、やっぱり知っているんだ。この布」
もったいぶるようにフリングス公爵が言う。その意味に気付いたのか、オーエンは今更になって口を押さえて黙り込みます。
「国旗にしては妙なサイズだな。位置も不自然で、布面積の割に紋章が小さい」
わざとらしいほど軽い口調のアルマンダイン公爵が、意地悪く揶揄いながら笑う。笑みと言うには聊か攻撃的な眼光ではありますが、口角は上がっていました。
「そうですよ。それは旗ではなく、被せる布ですよ――国葬された棺に」
後を引き取るように、優しいくらいに柔らかな口調でキシュタリアが答えを言う。
棺、国葬。
その言葉に周囲から非難の声が漏れる。死の床で眠る者たちの場を荒らしたと察し、青い悲鳴も上がった。
どこを探したなど、察しはつきます。あの布は随分と綺麗で、新しく見えます。最近に国葬されたのはただ一人だけです。
その人の名は、グレイル・フォン・ラティッチェ。わたくしのお父様。
「墓を荒らしたのか……!」
「なんてことを」
「なんで三人ともあんな顔をしていられるんだ」
周囲から口々にそんな言葉が漏れます。
ああ、なんて察しの悪い人たちでしょう。あの人たちは、誰一人心から笑ってなんていません。腹の底から煮え滾る激情を、あの寒々しい作り物の笑みで騙しているだけです。
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