アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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6.変遷

 

 

 

 

 

 ──アインザックとの会談を経て、十日の時が過ぎた。

 

 

『黄金の輝き亭』のベッドに身を落とすモモンガは、天井から吊るされるシャンデリアに透かすようにオリハルコンの小さなプレートを眺めていた。

 

 ……あれから色々あった。

 モモンガを取り巻く全てが激変したといってよい。

 

 ザイトルクワエの亡骸を調査して帰ってきたアインザックは、まるで前に会った時と比べて別人かの様な形相でモモンガに詰め寄ってきた。

 

 その目には明らかな畏敬の念が燃えていた様に思う。幾億もの賛辞の言葉を以て、モモンガはアインザックから讃えられた。

 

 アインザックの手によってすぐさま発行されて与えられたオリハルコンのプレートと大量の報酬金。オリハルコンといえば、アダマンタイトに次ぐ序列二位の冒険者の地位を意味する。

 

 エ・ランテルには最高でも序列三位のミスリル級冒険者チームしかいない為、この都市においてはモモンガが単独最高位冒険者として名を轟かせることになった。

 

 アインザック曰く、本当はすぐにでもアダマンタイトのプレートを発行したかったらしいが、流石に銅からアダマンタイトともなると(しがらみ)が多すぎて無理だったようだ。『モモン殿ならすぐにでも昇格しますよ』と気持ち悪い笑顔で手揉みされながら言われた時は、流石のモモンガも若干引いてしまった。

 

 前代未聞の飛び級に伴って懸念されるであろう問題の数々だが、それらはっきり言って全く起こることはなかった。

 

 ザイトルクワエの戦場跡地に行ったのはアインザックに加え、エ・ランテルを代表する当時の最高位であるミスリル級冒険者チーム『天狼』『虹』『クラルグラ』であり、彼らは実際に魔樹の亡骸を見た証人にもなったのだ。

 

 ぽっと出のモモンガに疑惑の目を向けていたプライドの高いミスリル級三チームも、実際にザイトルクワエの亡骸を見てしまったら何の文句も言えない。ぐぅの音もでないとはこのことだ。認めるしかない、モモンガの実力を。

 

 これにより「モモンが倒した魔樹って実際は大したことないんじゃね?」という意見は実際に力を持つ彼らの証言によって封殺され、『漆黒の剣』が語るモモンの英雄譚は詳細な実話としてエ・ランテルに深く浸透することになってしまった。

 

 そんなこんなで、冒険者モモンはエ・ランテルに生きる伝説の英雄として周知されることになったのだ。

 

 最近では街の広場でモモンの英雄譚に関する人形劇や紙芝居を見ることもしばしばだ。酒場では語り部となっている『漆黒の剣』が熱く語る姿もよく見受けられるらしい。

 

 そういうことでモモンガが街を歩けば声を掛けられることはザラだし、組合を覗きにいけば畏敬の視線を一身に浴びることになってしまう。はっきり言って、大英雄の肩書きはモモンガにとっては過分だ。何となく生き辛くなってきた感は否めない。

 

 

(人間の英雄として知れ渡ったのはいいけど、逆に見られる目が増えすぎていつか悪魔ってことを看破されそうで怖いんだよなぁ……)

 

 

 杞憂を胸に、モモンガは浅く息を吐いた。

 別に彼は自分の有り余る力で莫大な富と名声を築きたいわけではない。適当な身分証明と路銀を貰えればそれでよかったのだ。

 

 そしてオリハルコン冒険者になったモモンガの生活は……ぶっちゃけ食っちゃ寝生活に変わっていた。

 

 いや、別に日がな一日怠惰に過ごしている訳ではない。街を散策して珍しいアイテムを物色したり、美味しそうな食べ物を買い漁ったり、観光目的としてはそこそこに充実した生活を送っている。

 

 しかしまあ、ザイトルクワエ討伐の報酬が莫大過ぎた。組合からは勿論、王国からも感謝状と謝礼金が下り、それはもう働く気が失せるほどの金を手に入れてしまった。しかも少し遅れてではあるが、トブの森に領土が面しているバハルス帝国からも使者がやってきて、皇帝直筆の感謝状と謝礼金がこちらからも支払われた。まさかの一文なしから億万長者の卵くらいに昇格である。

 

 ぶっちゃけると、モモンガはオリハルコンプレートとこれだけの金があれば当分働く理由が見当たらない。金に関しては『黄金の輝き亭』を拠点にしているので、ひと月ふた月もすれば流石に底をつくとは思うが。

 

 何故また燃費の悪い『黄金の輝き亭』を拠点に? と思う者も数多くいるだろうがこれには浅い理由がある。

 

 金が懐に入った時、モモンガはエ・ランテル郊外で小さな一軒家を買おうとしたり、そこそこ手頃な宿を探したりもした。しかし実際に過ごしてみればまあよくミニマムな恐怖公を見かけるのだ。借家で一晩過ごした時、胸の上でコンニチワしてた彼奴を見た時はすぐ様引き払って『黄金の輝き亭』に飛び込んでいった。

 

 カルネ村で過ごした時には全く出なかったが、村民達がモモンガの為に死ぬ気で清掃してくれていたのだろうと今では思うことができる。

 

 そういうことで、モモンガが『黄金の輝き亭』を拠点に選んだのはそういうわけがあるのだ。金を持っているうちは別の都市に行っても高級宿に泊まることになるだろう。

 

 

(……トブの森に毎度転移して『グリーンシークレットハウス』で夜を過ごすのが一番なんだけど、有事のときに都市の最高位冒険者が何処にも見当たらなくて連絡つかないっていうのはあれだしなぁ。毎晩転移してたらいつか見られるかもしれないし)

 

 

 有名になるというのはそれだけ柵も多い。

 エ・ランテルに根を張るつもりは毛頭ないが、滞在してるうちは英雄視してくれている彼らの期待に最低限応えてやりたいという思いもある。エ・ランテルの危機には立ち上がってやるくらいの甲斐性は彼にはあった。

 

 だが、それ以外の細々とした冒険者の仕事はどうにもやる気がおきない。取り急ぎ小銭がいるわけでもないし、アインザックには『オリハルコン級以上の仕事が来た時だけ連絡くれ』程度の事は伝えてある。

 

 しかしモモンガへの名指しの仕事の依頼は多い。というか、馬鹿じゃないのかと思えるくらいには大量にきている。イシュペン曰く、日に数十件は殺到しているそうだ。

 

 しかしこれの殆どは組合に選別してもらい、『モモンは別の仕事で忙しい』ということにしてもらって弾いてもらっている。

 

 何故かというと、その依頼内容の殆どが貴族や金持ちのしょうもない護衛依頼だからだ。これは『モモンの素顔は比肩できる者がいないほどの美しさである』という噂が一人歩きしまくっているのが大きな要因だろう。

 

 誰もが金に物を言わせてモモンを隣に置きたがり、その素顔を見ようと四苦八苦している。しかしその私利私欲に塗れた依頼が通ることは全くと言ってない。金を幾ら積まれようが、その仕事内容はミスリル以下……実際は銀程度の冒険者でも熟せるものだから、モモンガが出張る必要など全くないのだ。

 

 これによって『モモンは人と仕事を選ぶ傲慢な冒険者』という悪評が流れそうなものであるが、市井の評判はその逆をいっていた。

 

 金を積んだ貴族達の依頼は受けず、遍く人々の安寧の為だけにその力を振るうというまさに英雄らしい振る舞いに、主に平民達の評価がかなり高くなっていた。これは街をぶらついているモモンの慈悲深く礼儀正しい姿を多くの人々が見ているおかげでもあるだろう。

 

 街ブラして適当に高級宿でだらけているだけでいつの間にか大英雄モモンの株はストップ高になっていた。何を言っているのか分からないと思うが、モモンガも何をされたのか分からなかった。

 

 今日はそんなモモンガの穏やかにして平凡な一日をご覧頂こうと思う。

 

 

「……お、時間か」

 

 

 ベッドに寝転がって『アインズ・ウール・ゴウン』時代の写真を一つ一つ眺めていた彼は、正午を報せる鐘の音に気づいてむくりと上体を起こした。

 

『黄金の輝き亭』のアメニティの寝巻きを脱ぎ捨て、モモンガはノースリーブの白シャツと黒のフレアスカートに着替え、ショートブーツに足を突っ込んだ。これらはドレスと鎧しか持っていなかったので、モモンガが洋裁店に出向いて適当に見繕ってもらったものだ。流石に普段使いであのドレスか鎧のままというわけにはいくまい。

 

 

「うん」

 

 

 姿見を確認して、納得いったように頷く。

 

 シンプルかつ落ち着いた装いは、淑女そのもののアルベドの容姿によく似合う。翼を出す為の穴はモモンガ自ら開けたのだが、裁縫が得意という肉体(アルベド)の設定も手伝って、初めて布をいじくったにしてはかなりいい塩梅の仕上がりだ。

 

 モモンガはお出かけスタイルの服装に着替えると、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)の中に必要なものを突っ込んだ。これから彼には最近習慣となっているとある用事があるのだ。

 

 

「『上位転移(グレーター・テレポーテーション)』」

 

 

 静かにそう唱えたモモンガの姿は、『黄金の輝き亭』から音もなく掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回日常回です

27万字完結予定だったけど、中々終わりが見えてきません(笑)

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