Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 20

Ich werde nicht sterben, ohne ”zuleben”.

 

 

Ich werde niemals nachgeben, auch wenn meine Ideale nicht erfüllt werden.

 

 

Also werde ich nicht mit Bedauern sterben.

 

 

 

 

『Lösen Sie die Rückhaltevorrichtung.

Die Verwendung der freigegebenen Leistung kann zur Zerstörung des TSF führen』

 

「Ja」

 

『Akzeptiert...Gute Jagd, Mylord』

 

 

 

 

「Mein König…」

「Beeil dich. Komm, los!」

「Nein...Willi…...」

「Leb wohl, Meine Frau......Du müssen überleben」

 

 

 

 

”Letzter Buchstabe” in ...0?:K?s??g??……...Datenkorruption.

 

 

 

 

Siehe, die Wölfe rücken ohne zu zögern in die Hölle vor.

 

 

sie wurden von der Welt verlassen, aber was treibt sie an?

 

 

Es ist nichts anderes als der Wille eines lebenden Menschen.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年 5月 ―

 

 

バルト海。

旧フィンランド・オーランド諸島ファスタオーランド前線基地、主格納庫。

 

白夜の始まりだす季節。時間は遅いが薄暮の外界に反して施設内には煌々とした照明。

全体的には老朽化著しい基地施設をして、立ち並ぶ全高18mの人型兵器 ― 戦術機を昼夜を問わず修理点検整備するため余裕の乏しい欧州連合軍の財布から整備されたもの。

 

戦術機1個大隊を収容可能なこの主格納庫は高さが20m超程度ながら、1機あたりのスペースが縦横20m*8mにしてそれが1列6機*6、面積では1ヘクタール近く、第2次世界大戦後に再開され欧州で伝統の人気を誇ったもののBETA大戦による大陸失陥で再度の中止に追いやられたプロサッカーのコート1.4枚分ほどにもなる巨大かつ広大なもの。

 

一方、敵の航空攻撃や誘導弾および曲射砲撃を考慮しない対BETAの基地には掩体はあまり存在せずアラートハンガーも含めて専用のガントリーこそ備えるものの戦術機格納庫は基本的に単純な構造で、今その巨大建造物の中央を貫く無骨な通路には人だかり ― というにはやや多く、120人を超える男たちに女たちが集まっていた。

 

彼らのおよそ半数ほどは本来ここを持場とする整備兵たちではなく、戦闘・訓練等の任務時に着用するはずの強化装備に身を包んだ衛士たち。

カバーオール姿の整備兵らと共に充電機能を備えたCウォーニングジャケットを羽織った彼らが固唾を呑んで見つめるのは、急遽設えられた複数枚の大型ディスプレイ。

 

そして後方からでも見やすいように整備用のクレーンを使って高く持ち上げられたそれらには今、統合仮想情報演習システム・JIVESの模様が映し出されていた。

 

この格納庫に立ち並ぶ欧州連合軍の最新鋭機のうちフランスの騎士ラファール部隊はすでに墜ち、残るEF-2000 タイフーンが彼ら欧州連合軍衛士らの希望となるも――

 

「竜騎兵に続いて番犬部隊まで…あっという間だぞ」

「酔ってる…ってほど飲んでねえよな?」

「ああ、俺は下戸でビールで吐く、だから素面もいいところだが同じ物が見えてるぜ」

「やらせじゃねえよな?」

「バカ、あの高慢ちきのチーズ喰い連中がニップに花持たせるわけないじゃない」

「それに見たかよ『青薔薇』と『白后狼』が真っ二つだ、クラウツのHQが泡吹くぞ」

「実戦であんなことになったら士気ガタ落ちで戦線が崩壊しかねないわね…」

 

この基地に集った衛士らは、誰も彼もが各国選り抜きの腕に覚えのある者ばかり。

演習中の独仏軍を除いた今ここにいるその彼らをして、冴えない軽口を叩かせるのが精一杯の戦況がJIVESを中継する画面上に展開されていた。

 

 

広大な基地敷地内、この主格納庫の隣にもほぼ同規模の戦術機ハンガー。

そここそが、今回の新装置XM3の導入慣熟に伴うDANCCT ― 異機種・異国籍部隊間連携訓練において教導役を担う日本帝国軍部隊の一夜城。

 

現状優勢を誇るそちらでも、先に落とされた者たちはこちらと似たり寄ったりで戦況を注視しているのだろうが――

 

 

「機体の性能でしょうか」

「確かに運動性は高い…が、単純に近接戦の技量で負けているんだろう」

 

見学組の最大勢力、イギリス軍の衛士たち。

事実上の欧州連合盟主国たる誇りも高らかに、青基調の強化装備でライトグリーンのEF-2000を駆るナイト・イン・オヴィディエンス。

 

「さすがに地獄の番犬共もリンボの異教徒には噛みつきかねますか」

「比喩じゃないぞ、エリートサムライの恐ろしさは親愛なる植民地人から聞いててな」

「ああ、トップガン連中御自慢のF-22がサンデーローストのファルス扱いだとかいう?」

「50ヤード内に入れたら最後、気がついたら首と胴とが泣き別れさ」

 

SLASH!とばかりに首元で五指を揃えた手を振る中隊長。

 

「そりゃまた…そうだショーン、お前スコットランド出身なんだからカタナは得意だろ」

「あー、まあ6BCの頃からムラマサだかマサムネだかが…、ってなんの話だ」

「なに言ってる…ですがこれでは少なくともロイヤルガード相手に接近戦は無謀ですね」

「騎士道よ永遠なれ、砲戦主流のこの時代に抗うとはいっそ羨ましくすらありますな」

「だが一度捕捉されれば容易には逃げられん、斬り込まれるか隊を崩されたら分が悪いな」

「サーベラス共もよくつきあいますよ。旧同盟国の誼ですかね」

「まあデータ取りだろうが…」

 

 

とかく対外的にはユーロユニオン代表としてはフリッツばかりが取り沙汰されるも、終わって久しいパックス・ブリタニカの栄光と伝統とを受け継ぐ矜持までは失っていない。真なる世界帝国を築いた歴史を持つのはイギリスをおいて他になしと。

 

だが一方の現実としてはかつて七つの海を制した大英帝国をして、今や軍事強国としては米ソ日に次ぐ地位でしかなく。同じ島国海洋国家として、さらには近代化後発組のエンパイア・オブ・ジャパンなぞの後塵を拝すのは忸怩たるものとてあるが――

 

 

「一当てのつもりでこの切れ味は想像以上だろうな」

「ステルス機が普及するまでは十分以上に脅威です」

「にしても…元来対ソ意識のあるエンパイアです、イワン共もここまでやるんですかね」

「ふむ…グヴァールヂヤなら相応だろうがアラスカの畑でこんな優秀な衛士が取れるかな」

「ニホン軍もこんな化け物ばかりじゃないでしょうしね」

「『ラビドリー・ドッグ』の意思表示ですか、我ら精鋭ユーロ派遣はポーズに非ずと」

 

 

おい、と誰かが言った。

その声に衆目が向かった先には一人の小柄な、いやかなり小柄な衛士の姿。

波打つ金の髪に強気な青い瞳。薄紫基調の強化装備に薄灰色のCウォーニングジャケット。

フランス軍の「前衛砲兵」ベルナデット・リヴィエール大尉。

 

やや皮肉屋だが勝ち気で負けず嫌いという前衛衛士を絵に描いて動かしたような気性の彼女は此度早々に脱落の憂き目に遭っており、一方その性格以上にその力量は広く欧州連合軍に知られるところ。負けん気に向こうっ気の強い手練れの衛士らをしてきっと機嫌が悪いに違いない小型の虎に好んでちょっかいをかける者もおらず。

 

11人の部下を引き連れる彼女はしかしスツールのひとつもない格納庫、気を利かせた部下のひとりが引っ張ってきた工具箱の上に腰を下ろした。

そして遠巻きにこちらを伺う色とりどりの瞳らを、一瞥見回しフンと鼻をひとつ鳴らし。

 

「こりゃいいわ、再挑戦の順番待ちは短くて済みそうね」

 

その明白な嘲弄に居並ぶ衛士らからはさすがに反論と嫌味と罵声が飛ぶもフランスの騎士は取りあわない、観ていてオンピアの連中の凄さが解るというのも彼らにたしかな技術がある証左ながら。

 

 

雁首並べてやる前からこりゃ勝てそうにないと思ってるような諦め漂うツラばかり。

西ドイツ最強、すなわちユーロユニオンきっての精鋭にして世界に名だたる三頭犬らが撫で斬りにされる姿を見ればそりゃその気持ちもわかりはするけれど。

 

実戦だったら同数同士で差し向かってのプレ・ゴゥなんてことにはまずならない、だからやりようはあるはずだなんて弱い自分を慰めてどうする。

戦闘では負けたが戦争には負けていないとか祖国の偉大な先人の名言を引くつもりはないから、近接戦で負けただけとは言うつもりはない。負けは負け、全力で挑んで完全に負けた。

 

 

それでも。

 

屈辱を噛みしめ飲み込み通常以上に丁寧な手順で降機し整備兵に機体を預けてから。

失意の部下らに再戦を宣言して参加は自由と伝えれば ― 若いベルナデットをしてさらに年少の者も多い部下らは意気軒昂にして、ある意味無邪気な彼らが目指すはトルヴェールの唄うロマン・デ・シュヴァリエその主人公。

 

地位に伴い責任とてあるベルナデットはそこまで気楽でないにせよ、だが戦場であれば命がなかったこの敗北を、糧に換えられるこの機会を逃す手はなく。

 

プチには悪いけど本命はあっちなのよ…!

 

ベルナデットの青い瞳が見据える先は大型ディスプレイのうちの一。

 

 

右脇に据えられたそれが追い続けるのは蒼空を飛び交う黒と黒。

 

青焔に赤炎を交えて描かれるのは二重の螺旋。

その軌跡が交錯するがごとに打ち合わされる超硬炭素刃が火花を散らし、離れては劣化ウランの火線の応酬。

 

 

隊機に列機の戦闘が激化したゆえひとたび耳目が離れたに過ぎず、そこに展開される戦闘機動は明らかに隔絶の域。

ゆえにこの場に集った自らの技量には一方ならず覚えのある衛士らをして、いつ果てるとも知れず続くその闘いはもはや感嘆と驚愕の連続に飽いて呆れすら感じさせるほどの。

 

 

同じ黒、共に孤高。

 

常に先陣に立ちて友を導き力なき者たちの希望と成る。

だがその為し様は同じでも、二人の在り様はあまりに異なる。

 

 

為って、成して。そして今なおそう在る狼たちの黒き王。

 

 

そして否。総てを捨てて、己すらも棄てて。唯その手に握る刃を振るう黒の絶刀。

 

 

それでもベルナデットには、彼らがどんな人間だろうが関係が無い。

 

おのが矜持と、何より祖国フランスとそれに住まう人々のために。

掲げた剣を研がねばならぬ身となれば、目指すべき高みこそは彼らの舞台。

 

世に数多の衛士のうちで、腕に覚えのある者ばかりのこのブレイコー・ソワレ(夜公演)

この「四丁拳銃」にスジェ(エース)を超えてのプルミエ(ネームド)たる資格があったとしても。

オデットなきル・ラック・デ・シーニュにて覇を競うは二羽のオディール。

その黒翼にて天空を裂き君臨するエトワール(エース・オブ・エース)こそが彼らならばこそ。

 

「やらずに終われるもんですか…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空中にて、そして地上でも。

 

 

双刃から一刀奪いて臨むは戦術機戦。

 

剣のみに非ず。砲のみに非ず。そして機動のみにも非ずして、その総てを賭けて。

 

 

JIVES ― 仮想の空間に構築された蒼穹。

眼下には高速で流れる赤茶けた大地。

 

「…ッ」

「…」

 

全高18mの人型機動兵器、青空に駆ける黒の機体が二機一対。

 

 

1機はEF-2000 タイフーン。

 

欧州連合軍が誇る第3世代型戦術機。

攻撃的に機体を飾る多数の鋭角は空力性能の向上のみならず異星種を切り裂く剣たりえる超硬炭素刃、随所の薄紫の発光部位が各種センサーとなって機体周囲の情報を鋭敏に捉え主たる衛士に届ける。

 

そして黒く塗装されたこの機体こそは、現行機の強化改修に留まらず次世代機開発までも見越した形でECTSF計画管理社ユーロファイタスに参加する西独MBBが中心となりそのテストベッドとして仕立てたもの。いや一説には日米の企業が世に出した強力な新鋭機に触発された技術陣が、当機の計画と実戦試験とが決定した時点でこれを任せる衛士は他になしとまでされた我らが英雄にもあれらに劣らぬTSFをと本来予定されていた試験機にさらなる強化を加えて仕立て上げたとも。

 

そのいわば竜殺剣バルムンク ― これを操る男こそ、欧州連合軍に知らぬ者なき英傑 ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐。

 

浅黒い肌に銀髪、その眼光も鋭い鋼鉄の英雄。

歴史にいう黒騎士が如くに主も紋章も持たぬ無頼者ではなく ― 旧プロイセン王国に連なるユンカーの裔として ― 主をそのハイマートを追われた民に、そして紋章に欧州諸国に残された最後の寸土・グロスブリタニアの守護とそして人類反抗の要たるドーバー・シュトゥッツプンクト”ヘレントーレ”(地獄門)の番人たる証の三頭獣を戴く。

平時に身を包む軍装の黒とてもプロイセン軍騎兵からドイツ軍戦車兵を経て受け継がれ来た伝統のパンツァーヤッケ、同色のヘムト。そして本来ならばその首元に飾られるべきは他隊員と同じ白いクラヴァッテではなく、BETA大戦勃発後戦意高揚のために復古した叙勲制度に基づき第三帝国時代含めても30人以下の受賞者に留まるリッタークロイツ・デス(柏葉)アイザーネンクロイツェス()ミット・アイヘンラウブ(ダイヤモンド付)シュヴァルテンウントブリリアンテン(騎士鉄十字勲章)

 

いずれはそこに史上二人目としての黄金色が加わることももほぼ確実視される、すなわち不世出の英雄。卓越した指揮官にして天才的な衛士。

 

群狼を率いて戦場を駆け、攻めては先陣に立ってBETAの海を切り裂き守っては死線を乗り越え窮地の友軍を救い、退くときでさえも殿にて最後尾を支える。

列強の一角・西ドイツ軍にて最強の誉れも高い第44戦術機甲大隊「ツェルベルス」大隊長にして、煉獄と化した欧州本土の結界を担うシュヴァルツァーケーニッヒスヴォルフ。

 

 

頂点は常に孤独。人の上に立ち統べるなら尚更。

 

だが今その黒き孤高の狼王は、ただ佇む時ですら緩まぬとされるその両掌で操縦桿を握り締め、いかな死線においても冷厳な光を湛える琥珀の瞳には闘志を滾らせ。

そして常には堅く引き結ばれがちの口元からも時折熱を吐き出し。

 

 

高度300m。

 

 

「ぬ…!」

「…」

 

狼王機は追い来る2本の36mmの火線を機体を捻り躱して推力増大。

EF-2000の跳躍ユニットAJ200が吐き出すジェットの蒼炎が一際輝き、さらなる加速を得つつ四肢と各種ブレードをも用いた空力制御。機体の1/4回転と共に上下左右へのジンキング。

偏位方向が絶え間なく全方向へ入れ替わり続けるGに耐えつつ視界に目まぐるしく入れ替わる青い空と赤い大地の傍ら網膜投影のレーダーマップと外部映像に目を走らせる――後方。

 

 

そこに映るもう1機の黒こそが、00式 武御雷C型。

 

 

極東の軍事大国・日本帝国その斯衛軍が擁する第3世代型機。

精緻を極める機械の塊でありながらもどこか中世の武者鎧めいた意匠、しかしその実機体随所が超硬炭素刃化された攻撃機であり複数回に渡る魔の巣・ハイヴ攻略戦においてはとりわけその近接戦能力の高さで帝国とそして斯衛の武威を世界に見せつけた殊勲機。

そしてC型は本来武家ならざる衛士に与えられる標準機なれども ― 夜よりも昏く、正に「Japan」の名の如くに漆黒に染め落とされたこの仕様に二振りの74式近接戦闘用長刀を構えた立ち姿こそが今や「ブラック・ゼロ」の代名詞。

 

その搭乗者――「ツイン・ブレード」「ザ・シャドウ」。

 

無造作に伸ばされた髪に瞳は共に黄褐色にも近く。

本来ならば今少し暢達であっても可笑しくはないその印象がしかし見る者に夜と影とを想起させるのは、纏う闇色の斯衛装束ゆえかそれとも操る機体のためか ― 或いは、その双眸に宿した無辺無尽の虚無こそがそう見せるのか。

 

日本帝国斯衛軍、インペリアル・ロイヤルガード。ライヒスヴァッハリッター。

彼らがサムライの末裔ならばその中でも異彩を放つ彼こそはニンジャの子孫と噂され、その繰り出す斬撃はいともたやすく強靱な生命力を持つBETA巨大種の息の根を止め、そのACもとい回避能力の源となる機動術で数千に及ぶBETA群の中に飛び込んでなお一方的な殺戮を可能たらしめる。

 

そのあまりに圧倒的な戦術機動は手練れ揃いの帝国斯衛軍においてすら追随できる者はそう多くなく、その最大効率を発揮するため戦場においては先陣を切っての一機駆けのみならず、対BETA戦では本来禁忌とされる単独戦闘をも容認されているという。

 

大々的に映像資料が公開されだしたサドガシマ攻略作戦終了当初、その非現実的とさえいえる戦闘能力に帝国のプロパガンダのための誇張あるいは捏造と疑う国家もあったがそれ以降の海外展開などでその実存が証明され。

現在仮想敵国として差し支えない味方のはずの人類戦力・旧東側諸国軍、彼らすなわちかの悪名高い国防人民委員令第227号(一歩も下がるな!)の前例すらある共産国家軍をして、当機との交戦時には近接格闘戦の回避のみならず彼我の戦力比にかかわらず1個中隊以下での会敵時には後退が認められているとまで噂される「指定接近禁忌機」。

 

その正体はBETA大戦が生み出した新人類なのだとも。

もしくは強化兵士、合成人間、或いはβブリットとすら。

 

 

 

双刃を掲げる鬼人、おそらくは当代最強。

しかしそれに相対する狼王とて当代最優。

 

決して広過ぎはせぬ頂の上に間違いなく並ぶ二人が、いま鎬を削る――

 

 

狼王機は右に突撃砲GWS-9、左に奪いしTyp-74。

対する双刃の右は74式長刀、左に87式突撃砲。

 

 

「…!」

 

乗機EF-2000の管制ユニット内、狼王が睨める後方視界には追い来たる黒い00式。

鳴り響く火器管制の警報があちらの突撃砲の照準内にあることを告げる。

 

直線加速なら優るゆえ引き離すことはいっそ容易、しかし。

機体を振っての高速機動に間髪入れず相似の軌跡を描く双刃、だが「見てから動く」その刹那の間隙すら逃さず狼王は捻りを入れて135°、急降下してのスライスバック。

襲い来るGに耐えながら再度の反転180°で急上昇 ― バーチカルジンキング。

 

突き出すは右主腕突撃砲、そのレティクルに捉えんと求める極東の鬼。

しかし狼王機の照準に映ったのは00式のジェットの青炎、45°の傾きから急上昇。

さらに捻るや空を裂く蜻蛉切り ― シャンデルからのバーチカルジンキング。

 

天地逆に相似通って描かれる両機の軌跡は共に鋭く迅く、大きくズレゆく相対軸に突き出した突撃砲の生む空気抵抗をも計算に入れた狼王の偏差射撃はしかし空を穿つ。

 

そして速度を対価に稼いだ高度を再び速度へと換えて迫り来る黒の00式には逆手の一刀。

 

やはりやる…!

 

狼王の心中には久しくなかった昂揚。

上昇のGに抗いわずか持ち上がる口の端。

 

遠くユーコンから ― AH戦への技を磨き続けるアメリカ軍、その知見を欠かさず知己より導入しては弛まず牙を研ぎ続けるこの身に対して一歩も譲らず渡り合ってのけるのが、才と練度に齢は必ずしも関係がないとはいえまさか若干二十歳程度の若き衛士とは。

 

 

初陣ほどなき頃から天才衛士と持て囃されて、練達の古参を含めて越えるべき壁は総て越えてきた狼の王として。

機械の限界と人の身の枠は超えられず、戦場においてはあまりに圧倒的なBETAの数の暴虐に仲間を失い部下を死なせて退却の苦杯を舐めたことは両手両足の指を合わせても足りぬがゆえにこの身に降りかかる慚愧の念が絶えることはないにせよ、至極純粋に己が力の不足を感じたことはもうどれ程昔のことか。

 

 

急降下機動のままに衝突するが勢いで迫り来た黒い鬼神に狼王は借り物の長刀の斬撃で応じた。鍛え上げられた超硬炭素の刃がぶつかり合って衝撃音に火花が散る。

Typ-74は本来刀身同士を撃ち合わせはせぬ造りのニホントウ型、それでも折れ飛ばぬのはその衝撃を巧みに逃がすかのようにして刃を滑らせ離脱していく双刃の技量ゆえ。

 

そう――こなくてはな!

 

一瞬の交錯、高速降下していく00式を追う狼王は近接戦の衝撃にわずか震えるコネクトシートから身を乗り出すようにして内心に快哉を上げた。

 

 

我が身に思う ― 人の、衛士としての力を極めたとしてもBETAの数には抗し得ないと。

 

それはあたかも大海の水をタッセで汲み出さんとするが如くの落ち穂拾いにも等しい徒労。

 

部下等の前では決して見せぬも、戦意の中には常に消し得ぬその虚無感と無力感。

 

だがそれは、驕慢からの怠惰によって己が爪牙の更なる錬磨を厭うていたに過ぎぬのだと。

 

証し見せつけ突きつけたのは、自らと同じく黒衣を纏う若き衛士。

 

 

そうだ―― 卿こそが…!

 

下降から上昇へ、今度はロケットの赤炎を曳いて天へと駆け上る黒の00式。立場を入れ替え追い縋るEF-2000の放つ火線を躱す超高速のジンキング。

 

驚嘆に歓喜を交えて狼王が仰視凝視するその機動こそは叛逆の闇の稲妻。

 

無機質に我らこそが必然の象徴とばかりに世界を蹂躙し続ける異星種共に牙剥いて疾る影。

 

ただ力のみを示して何も求めず、人類の刃として戦場を駆ける黒の執行者。

 

 

その虚空に刻まれゆく軌跡がまざまざと語る ―

 

人は、衛士は、そして己は。まだ目指すべき高みがあるのだと。

 

 

上昇する双刃に狼王が続き、互いに捻りを加えながらの螺旋の軌跡へ ― ローリング・シザース。古き良き空戦の時代には幾多の男達が火花を散らした追憶の機動。

 

全力で抗わねばならぬGに、絶え間なく視線を巡らし思考の暇も与えられぬ攻防の連続に。

心が、闘志が解放されていく。この風、この空気こそが闘争の薫香。

その昂揚からの獰猛に、常には引き締められる狼王の薄い唇は確実に持ち上がった。

 

相対距離はわずかに100m、それは初速がマッハ3にも及ぶ36mm HVAPならば発射から敵機位置まではゼロコンマ1秒。走る火線で狙いすませばそのほぼ必殺のはずの距離。

ゆえに狼王機は砲を向け ― 小さく留めた構え狙う挙動ですらも突き出た突撃砲は高速高G機動の最中では予測しがたい空気抵抗の源。

 

本来ならば空力的には頭部と肩部のブレードベーンで大気を切り裂き整え流して機体周囲に気流域を構成しやすいEF-2000が有利なれども空戦機動にて武装を向けるとなれば両腕部の大型カーボンブレードが仇になる、しかしそれらは元より承知の上、落ちる速度を推力で補い機体の揺れに伴う照準の乱れは己の技量とXM3の補佐とで補正しきった狼王が砲を開いた。

 

二重螺旋の機動中、片側の黒から伸びる火線。しかし。

 

「――!」

 

黒の00式はまるで減速Gなど無視したかの如く瞬間的に機体を起こして空気抵抗を最大化、その旋回半径を小さく鋭く変じさせると一瞬で狼王のレティクルから消えてみせ。

連射される砲弾が描く軌跡に追わせる間もなく避け得ざる物理法則により機動が遅れた狼王機への後方足下方向から迫る。

 

流石は――しかし!

 

襲い来るGに抗しながらも不敵に笑った狼王は、数瞬後にはこちらを狙い放たれるだろう36mm HVAPのことなど歯牙にもかけぬ勢いにて機体を翻すや双刃に同じく進行方向へと機体を起こして空気抵抗を最大化しての大減速――だが。

 

「――!」

 

管制ユニット内に小さな電子音。

網膜投影の情報視界、左上のレーダーマップ。

 

そこから消えたのは02のマーカー。その下の戦域マップからも光点が失せる。

 

ジークが敗れるとは…!

 

減速Gに逆らいオーバーシュートさせんとした双刃へと突撃砲を向けるべくその操縦には一切の遅滞がなくとも ― これがもしや実戦であったらば。

狼王ヴィルフリート・アイヒベルガーの頭の芯の、最も深い部分を氷塊が刺す。

 

 

1年遅れの入隊以降、長きに渡り常に離れず傍らに在りて陰に日向にと共に歩み。

彼女が居てくれなければ、今日の栄光どころか何処かの何時かの戦場で、己は命を落としていたに違いない。隊を率いる立場になって戦場ならざる場所にあっても組織の管理運営のみならず、己では目が行き届かぬ部下らのケアに至るまで副官として彼方此方へ気配り目配り。

 

四十路も近づく歳にもなって、共にする褥ですら未だ気の利いた台詞のひとつも言えずに下手な言葉選びの感謝を告げても彼女は「お互い様です」と小さく笑んで。そしてしなだれかかるその柔らかな体温と肌をくすぐるくすんだ金の髪の感触に、労われているのはどちらなのかすら判らなくなる。

 

そんな名実伴う終生の伴侶に何ら報いてやれない己に、英雄などと誉めそやされる前に甲斐性とまでもいかずとも、如才の無さの一片程度は持ち得て然るべきと考えたことは一再ならず。

 

彼女を喪うことなどは、考えられない。

 

それでもそれが起きてしまうのが戦場の常――しかし、今は。

 

 

「…!」

 

右方。轟、とジェットの噴射音と共に過ぎゆく漆黒の機体。

瞬間狼王がその左右下方が太線で構成されたジャーマンポスト・レティクル内に捉えるは、その無防備な機影――

 

――Ach Was!?

 

瞬間の驚きは。

 

「Was machst du denn!?」

 

疑念から怒気へと変じる。

トリガーにかけられた右人差し指は引き絞られなかった。

 

「…卿、ッ…」

「…」

 

繋がったままの通信、その黒の衛士は無言。

 

つい先程までの鋭さはどこへやら。狼王の網膜投影の視界には単純飛行の黒い鬼。速度こそはそれなりに保ってはいるものの、3秒前までと比すればいっそ緩やかとさえ言っていいほどに。

 

 

驚異的な精緻さで実機と戦闘状況とを再現するJIVESだが、設定せねば唯一起きぬ ― それが機体の故障に不調。

そしてここまでの戦闘にもそれらが惹起されるほどのものはなかったはずで、あり得るとすれば衛士本人の不調。しかし。

 

 

「……妙な気遣いは無用だ」

「…」

 

湧き上がった怒気から数瞬で思考を巡らし、通信ウィンドウに告げる。

少なくなった隊機のそれらを圧して拡大させたその男。

 

表情筋の一つとして動かすこともなく、いっそ無礼なまでに寡黙。

他国軍とはいえ階級などはそもそも歯牙にもかけぬとばかりに、その点はしかし上辺の見せかけではないのだろうが…己が技量と力に驕るばかりの愚者ではないらしく。

 

 

西ドイツ最強、即ち欧州最強などとおだて持ち上げられていた己ら。

ハイマートを追われし同胞らの支えとしてその役割こそは以て任ずるところ、いや ― 自他共に増長を戒める傍ら数多の戦場で実証してきた自隊の力量に自負があったこともまた事実。

 

それが減りにも減ったりすでに部下らは8機に過ぎず。

あまつさえグロスブリタニア防衛戦の英傑らまでが無残な屍を晒す始末。

 

ライヒスヴァッハリッター。

街談巷語されるものよりその手並みは高く評価していたつもりが、それでもまだ甘かった。

もはやあの手練れのサムライ部隊相手に数的不利は覆しがたく、さらにフランスの精鋭等を破ったライヒスアルメーの小隊も接近しつつあるとあっては。

撤退及び降伏という手段の存在も意味も無い現状においては、残された方策はその生残の彼らを率いて最後の突撃ひとつも敢行すべき状況下。

 

その中で、一騎討ちにて極東最高いや世界最強とも噂される黒の双刃は撃破したと。

 

多少なりと慰めになるであろうと投げ与えられるそんな手土産などには――

 

 

「卿は…本当に名声名聞には拘泥せぬのだな」

 

緩く旋回をかける黒い00式に追尾しつつ、狼王は一旦砲を下ろした。

やはりというか、逆撃もなし。

 

「それに腕比べにもまるで興味が無いか」

「…」

 

応えは無言、しかして通信ウィンドウの双刃は目を逸らすこともなく。

その沈んだ茶色の瞳には、当代無双とのその英名を惜しむ素振りもなければこうしたトーニァやジョストじみたぶつかり合いに血湧き肉躍らせる高揚もない。

 

「だが己に勝る者なし等との増上慢からではあるまい…座興は一切好まぬ口か?」

「……興味がないのは事実です。……俺の敵は、BETAだ」

「なら何故出てきた。存外…」

 

女には弱いか。

我が身を思えば大口の利けた立場でないその一言を、狼の王は飲み込んで。

双刃のややぎこちなく聞こえる発音、だが母語でない英語を己も巧いとは思っていない。

ゆえに元々多弁ではなさそうな双刃に、喋りやすい英語で良いと告げれば小さな頷き。

 

「フ…卿は慎重な性格だろう。なにせこのブレイコーなるヤーパン伝統の催し――」

 

 

身分階級の差を超えて奔放に振る舞うことが許されまた求められ。

しかしその実無礼と失礼とを分かつ垣根も許容範囲も不可視化されて、予測を誤り禁忌地帯に踏み込んだり我知らず興に乗じてその度を過ぎれば、翌朝上位者からの冷ややかな視線にともすればの叱責譴責、そして周囲の失笑と閑話の対象とされる――

 

 

「まさに魔宴、恐るべき樽俎…言うなればヤパーニッシュ・サバト」

「…」

「そこへ巧妙に誘引するとは流石はジングウジ少佐、カンプフントの名は伊達ではないな」

「……」

 

部下に教えられた異国情緒の一端をそう披瀝してみせるも、気づけば珍しくも心做しかどこかやや物言いたげな双刃の視線。

 

「…どうした?」

「……いえ」

「…そうか。…兎も角何が出てこようとも喰い破るつもりで挑んだが、結果はこの態だ」

 

敵方には目算ありと見越した上で。

凌駕せしめんと臨んだ我らの、総ては力不足ゆえ。

 

「失望させるな等と言える立場にはないが…」

 

狼王の緩まぬ表情に自嘲はなく、ただ自戒。

戦場とBETAは平民貴族の出自を問わずそのどちらも貪欲に喰らい殺していくとはいえ、生まれついた頃から傅かれ続けた身分にはやはり自覚なき気位。それが万人常時に通じるものでないことはとうに知っていた。

 

 

そして ― 弱い、弱かったのが現実で、どう取り繕おうともそれが不変の事実。

 

なればこそ、今日を境にその名声が地に落ちたとしてたとえ護るべき者達から面罵されようとも明日からまた精励するのみ。

 

何より元を辿れば不利を承知で組織戦を自ら捨てた部下らの行動こそは、常より不甲斐なき長の稚気を察しての慮りからに他ならず。

それを唯座興だからと享受するのはその部下らへの不義理が過ぎよう。

 

ならば――

 

 

「この際出し惜しみはなしで願いたい」

 

 

全霊を賭して挑むべき敵手が今、目の前にいる。

 

 

「一介の衛士としての願いだ。叶えてはもらえぬか」

 

目を伏せはせず。しかし短くもその狼王の真摯な懇請に。

 

緩く飛行を続ける「ザ・シャドウ」 ― ライヒの剣、リッターの刃。

表情こそは変えぬまま、その黒い炎が――

 

「……了解」

 

再び冷たく燃え上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最早猶予はさほどにもなく。

だが、それでも。

 

 

黒と黒との対峙する座標から ― 東方12㎞。

 

 

「参るぞ、アーレ・ローテン! パンツァーカイル!」

「ヤーボール! パンツァーカイル!」

「パンツァーカイル!!」

 

鬨の声と共に。

BWS-8 フリューゲルベルデを抜き放った赤の長機を先頭に5匹の番犬が続く。

 

 

ハイマート伝来の機甲戦術パンツァーカイル。

その数わずかに生残6機、しかしそれは薄くも鋭いプファイルシュピッツェ。

 

名にし負うままに颶風と化して獲物を狙うが6機のEF-2000。

 

 

「そらよ番犬様のお通りだ! アハロン河の渡し賃は安かねえぞ!」

「いつからあたしらはヒャーロンになった? 11、口の前に手を動かしな!」

 

若き赤狼を降した深紅の男爵ゲルハルト・ララーシュタイン大尉機。

その右後方から追随するローテ11 ヴォルフガング・ブラウアー少尉のEF-2000が強襲掃討たる証の主腕*2・兵装担架*2の計4門の突撃砲GWS-9を開いて弾幕を張り、その後ろから機体色と同じライトグレーに塗装された追加装甲シュルツェンを構える迎撃後衛ローテ3 ブリギッテ・ベスターナッハ中尉機が火線を伸ばす。

 

「一点突破である!」

「了解ッ!」

 

そして右翼を担う彼ら二衛士に寸毫も遅れることなく、左翼にその槍を並べるはフォイルナー・ファルケンマイヤー・ヴィッツレーベンの三少尉 ― テヒター・フォン・メガズィル。

 

「狙いを1機に絞るわよ!」

「了解。戦術データリンク、ターゲット共有…ロックですわ」

「よし突っ込むぞ、パンツァー・フォー!」

 

Mk-57 中隊支援砲はすでに撃ち切り投棄ずみ、エシュロン ― 斜行陣にて中隊長機に続きながらそれぞれ抜いた砲を撃ち放つ。

 

 

その歴戦の古参兵らの突撃戦を受けて立つのは数的有利のライヒスリッター。

あちらは定石通りにフリューゲル ― 鶴翼陣で迎える構え、機数でいうなら10対6でこちらの1機あたりに2機分近くの火力を集められる――が。

 

 

そう都合良くは…!

 

イルフリーデの青い瞳の闘志は消えない。

 

 

なるほどたしかに彼ら彼女らの力量こそは思い知らされた。

口惜しいけれど近接からの巴戦では、西ドイツが精鋭を自認する我らツェルベルスをしてリッターには及ばない。どころかまさか英雄ブラウエローゼのみならず、我らがヴァイスヴォルフまでもがわずか一人のサムライマイスターに討ち倒されるとは。

 

もはや模擬戦の趨勢自体を覆すことは容易ではなく ― だが。

 

 

「悪いけどっ」

 

伸びてくる迎撃の火線、偏差を伴うそれらに各機各々極僅かの乱数機動。

決して散漫ではないゼロの砲火をそうして見事に躱してのけつつ番犬達の突撃行はわずか散りてはすぐさま再び集う波濤の如くにソリトンと化し、その突撃陣形が総体として緩むことはなく。

 

イルフリーデがヘルガとルナと共に狙い定めるは敵陣形中央部 ― 銃身も灼けよとばかりの連射を伴うその突撃に手練れのゼロらも素早く散開しつつ反撃の砲撃を寄越す。

光条となり飛び交う36mm弾と入り混じる120mm砲弾、蒼空に展開される火焔の応酬のただ中をドイツの騎士たちは全速で駆け抜け――

 

「さすが避けられるっ、でも――ルナ!」

「――捉えましたわ、データリンク!」

「アレスクラー! ローテ12、FOX3!」

「06、FOX3FOX3!」

 

後方カメラからの情報で網膜投影のレティクルに捉えた敵陣翼端の損傷機。

離脱行程での後方狙撃、機首を巡らすことなどせずに加速のための空気抵抗減少も兼ねて下げた両主腕のそのままで。

メグスラシルの娘達が放ったAPHV 劣化ウラン弾の嵐は狙い過たず、目標機を撃ち抜き撃墜判定。同時に右翼の先達2機も同様にあちらの白いゼロ1機を捉えて火球へと変えていた。

 

機動砲撃戦なら負けないっ!

 

やはりというか、計算通りに。

リッターの砲戦能力は決して低くはない、だが驚異的とさえいえる白兵能力に比べれば。

 

 

手練れの衛士といえども同じ人間、そして皆が皆、「ザ・シャドウ」やゲルプの如くに図抜けた才を持つはずもなく。

いくら強国ヤーパンの衛士らとはいえ訓練にせよ実戦にせよ体力時間にその命含め割けるリソースに限りはあって、若年者ばかりの派遣リッター部隊をして、あれだけの剣の修練を積むと同時に砲戦の技術までをもこのドイツァ・オルデンを凌駕するまでに鍛えあげるとは考えがたく。

 

 

そうしてツェルベルス第2中隊は陣形と速度を保ち大きく距離を取っての旋回軌道、リッター部隊も追撃よりも陣形の再編を優先したらしく交錯座標あたりを基点に逆回転で相似の軌跡を辿り行く。

 

「砲戦ならばまあ五分以上か、突入時に中央の連中だけ牽制できれば…」

「手負いの中破機が1、清十郎君の隊機が2。引き続きそこから頂戴して参りましょう」

 

まだ主腕GWS-9の残弾には余力があると見取ってその交換を見送るヘルガに、遠目にも判る損傷機のほかすでに挙動に機動のパターンを読み切ったのか、手早く敵部隊のデータを送ってよこしたルナが応じる。

そのルナはといえば、物持ちよくも隊で唯一まだMk-57 中隊支援砲を提げ ― 先までの戦闘で要するにサボってあまり撃っていなかったためか、あるいはこの展開までをも考慮に入れていたのか。

 

「中隊長?」

「うむ、卿の魔眼は過たず。反転後再突撃である」

「了解――、シュヴァルツ・ブラウの残存機も合流せよ!」

「ヤーボール、ヘル!」

「ヤーボール、フラウ!」

 

第1第3中隊の生残2機もさすがの古参、先んじて状況を察知していたか引き気味に演じていた空戦から素早く離脱しそのままの勢いで戦列に並ぶ。

 

 

それは無論、第2中隊の機動経路がそれが可能なよう計算されてのものゆえで。

流動的な戦況の中、全力突撃の最中でさえも二手三手先を見て戦えるのがツェルベルス。

 

 

「我がバーナー炎に続け!」

 

赤の男爵その号令一下で再度のパンツァー・アングリフス。

加わったのはわずか2機、しかし手練れの死に損ない。

その番犬たちの鋭鋒が、鏃から槍の穂先へと変じて若武者達を突かんと狙う。

 

「ファイエル!」

 

音速の男爵の命令下に撃ち放たれる36mmに57mm、そして120mmまでも。

しかしその分隊単位での集中射すらも ― 牽制込みのものとはいえ ― リッター部隊の中央4機と1機は躱してのけて、ヤークト・ボイテはまたしても――しかし離脱行程時に3機。

被弾した純白のゼロのスターライト樹脂装甲は穿たれ引き裂かれ、大破判定を受けて力無く墜落していくものが1機に宙空に爆光を咲かせるものが2機。

 

これで8対5 ― この場での戦力比と共に形勢は逆転。

猛るツェルベルスはこの流れを一挙に我が物に――

 

「来るぞ! ゲルプだ!」

 

北西から。

離脱行から反転に至る前、目の早いブラウアー少尉機が警告を発する。

 

 

后狼を降した後にはわずかな時間ながらも第1第3混成中隊の生き残りらと空戦を続ける部下らの督戦よろしく遊弋していた「ライトニングソード」。

番犬2機の離脱を許したその部下2機を連れて味方部隊と合流を目指すか、しかし各個撃破を避けるためだろう最短距離での合流でなく迂回しつつもこちらの後背をうかがう素振り。

 

合流されてしまえば数の上では再び互角、さらにともすれば挟撃される状況下。

 

 

ならば ― それより強く素早く噛み砕くのみ。

 

 

「全機反転である。目標接近部隊」

「ヤーボール、ヴィッツレーベン?」

「目標マーク、データリンク転送しますわ」

 

次なる狙いはその合流部隊の白いゼロ2機。

 

元々ヤツの存在は折り込み済みのリスク。

第1第2中隊の生き残りを糾合すればのこの展開は、ツェルベルスからは当然の読み。

 

「ちょっと卑怯な気もするけど…」

 

ユンカーの裔として、リッターリヒカイトを尊重する想いはあれど。

弱った・弱い獲物から狙うが狩りの常道。

あの2機はかのヴァイス・ファングの中では一段落ちる衛士らにして相違なく。

 

「言ってる場合か、ともすれば我々が狩られる方だ」

「それにうかうかしてっと後ろからバッサリだぜ、ほれ増速っ」

「総員足を止めるな、行くぞ!」

 

隻眼の雌狼の檄が飛び、三度の突撃へ狼たちが駆ける。

一糸乱れぬ統率の下、鋭角なる急機動での反転行。減速を最小限に留めての全速突撃は先の二回と変わらぬ鋭さ――しかし。

 

即座に気づいたらしきゲルプ小隊3機はその長機を先頭にして機体を捻るや急速降下、高度を対価に速度を稼ぐロー・ヨーヨー。

空を滑るようなその機動もまたその恐るべき練度を物語る。そして進路を東へ。

 

「あのゲルプ、さすがに勘がいい」

「向かってくるかと思ったが…」

「そういう意味でも鼻が利くんだろ、もう正々堂々一対一って空気じゃないぜ」

 

わずか意外さを滲ませるヘルガにブラウアーが軽口を利く。

 

特段の、示し合わせがなくとも名乗り斬り合い果たし合い。

なんとなくの空気で始まっていた、ブシと騎士との優雅な逢瀬はもう終わり。

 

そんな転進するサムライを追う狼の群れ、

 

「でも…、速い!」

「速度性能の推測値を上方修正しますわコンマ2いえ3」

 

想定よりも差が詰まらない。

数瞬の間にそれを見て取ったイルフリーデにはわずかの焦り、続くルナも最大出力を保ちながら管制ユニット内サイドコンソールを忙しなく操作してデータを修正していく。

 

 

Typ-00FとA、そのスペック ― 既存のハイヴ攻略映像資料に今次模擬戦を含めても、入手済みの推測諸元は低速度域のもの中心で。空戦時の速度性能まで把握しきれていなかったことがここに来て祟っている、それに――

 

 

「我らが白騎士EF-2000の空力特性が優れていることは言及するまでもない事実ですけれどそこにライヒの技術協力があったと囁かれていることは以前にもお話いたしました通りですわいえ決してそれが我々ウニオンの技術が総体として劣っているゆえではございませんそこは断言致したいところですのなにせ協力ですもの供与ではなくそれは片務一方的なものではありませんのよかの世界初の量産第3世代型機となったTyp-94開発の折にも双方向での交流が水面下で行われたと仄聞しておりますしともかくその証しの一端がそうわたくしたちのEF-2000の機体随所に備えられた空力デバイス代表的なものが頭部肩部腕部跳躍ユニットのブレードベーンですわね超硬炭素刃で構成されたこれらはまさに攻防一体の叡智の象徴なのですけれどその他にも各所に施されたスリットにカスケードからスプリッターやディフューザー加えてバージボードからボルテックスジェネレーターに至るまでいえマスダンパーやFダクトはついておりませんけれどもとにかくそれらがもたらす恩恵は飛行時の安定性のみならず燃費性能の向上さらには主に四肢の挙動によりエアブレーキとして用いることでさらなる空戦性能の獲得にも寄与していることは周知の通りでしてよこのあたりが粗野で力任せのアメリカ軍機とは違うところですわあら話が逸れてしまいましたどこまでお話ししたでしょうそうそうその当のライヒのTSFなかでも別格とされるあのTyp-00では特に顕著なのですけれどご覧になってお気づきになりませんことそうですわご慧眼恐れ入りますライヒ機にはこの白騎士やラファール加えてはグリペンなどのいわゆるEuro 3rd. Gen.TSFほどには目立ったエアロガジェットは装備されておりませんのたとえば94にしても一見してわかるものは頭部センサーマストに肘部ナイフシース程度でしょうかにもかかわらず空力性への配慮といえば必ず最初にライヒTSFの名が挙がるのは少し釈然といたしませんわお話を戻しますと94にせよその改良発展型の94 2nd.にせよさらには件の00にせよ空力性能向上へのアプローチが我々とは異なるすなわち動的に気流を操作する方向を目指してデバイスを追加していったユーロTSFに対して静的に大気を受け流す方向へと進んだのがライヒTSFといえるのではないかと思いますのたとえるならガルテンのブルンネンとニホンテイエンの池泉との違いとでも申しましょうかヤパーニッシュ・ヒキザンノブンカというやつですわつまりユーロ機の各デバイスにより積極的に生み出される空力性能は数値上の総量としてライヒ機のそれを上回りますが主腕に武装を振り回しての空戦時には機体の姿勢がすでに変数と化すうえ各部の装甲形状がやや直線的なこともあいまって発生される揚力はその理論値からの乖離が大きくなる傾向にあり他方ライヒ機は各部位において流線率と曲面率が比較的高く見えますでしょうあれはおそらく多方向からの気流をスムーズに受け流すことを期した形状すなわち空戦時においても近接しかも乱戦を考慮したデザインなのではないかとですがパーツの形状が複雑化すればするほど生産コストが高くなるのは自明の理94はもとより00に至ってはスターライト樹脂をあれほど精緻に成形したうえ各所にカーボンブレード装備と聞きますおまけにの跳躍ユニットは94と同じFE-108のはずですのに現時点での概算値ですらヴァイスのAで3割以上ゲルプのFではおそらくそれ以上に出力が高められているようですわそれほどハイスペックにまとめられた機体内部に留まらず装甲までもがあんなつくりでは生産と整備にどれだけの手間やコストがかかっているのかわかりませんきっとドゥ○ティにしたってV4以外は目じゃありませんおそらくア○スタやビ○ータのハイエンドモデル立ちゴケ一回4000マルクの世界と同じですわよそうそうB○Wは少々大柄なのがわたくしなどにはあまり」

「喋りながらでも別にかまわんが入力数値を間違えるなよ!」

 

あと舌を噛むなと高速で手と指と口と舌とを動かし続けるルナにヘルガが警告を発する。

 

追い縋るツェルベルスに今や地表すれすれを最大戦速と思しき速度で疾駆していくゲルプ小隊。今のままでも加速時間の差から追いつけはするだろうが――

 

「――時間切れ、であるな」

「は」

 

隊内の通信に響いたのは冷静さをまるで損なわない中隊長ララーシュタイン大尉の声、肯んじたベスターナッハ中尉も常の冷やした鉄の温度ながらも。

 

「うー…」

 

最大出力の主機と跳躍ユニットが吐き出すロケットの赤炎。

微振動を続ける管制ユニット内コネクトシート上でイルフリーデは小さく唸って操縦桿を握り締めた。

網膜投影の情報視界、左上のレーダーとその下の戦域マップ。表示されている三つの光点はすでに指呼の間にまで。

 

 

東へ向かうゲルプ小隊、それを追うツェルベルス残存兵。その進路はやや北よりに。

その北からは体勢を立て直したゼロ部隊、そして南からはツヴァイの小隊が迫る。

 

おそらくは ― 追う獲物を捕らえる頃には南北からの挟み撃ち。

 

 

「…一噛みずつで仕留められは…しないな」

「あの手練れ相手に根拠のない楽観は危険ですわね」

「残りのヴァイスもベテランだらけなようだしなぁ」

 

現状でもまだ勝機が残るとすれば ― 最速での各個撃破を都合三回。

得意の突撃戦を以てしても、言うは易いが実現するのは限りなく困難だろう。

 

 

自慢の爪と牙とで掴み囓ろうとした勝利の女神の後ろ髪、それがあえなくすり抜けていったのはもう明らかで。好転した戦況に高揚していた隊内の空気も一段重くなる――が。

 

 

「…中隊長、意見具申を」

「許可する」

「は。ですが、それでも…やりましょう!」

 

イルフリーデはあえて溌剌と告げた。

軍務に当たっての謹厳さを欠くと誹られるのも覚悟の上で。

 

「そのための訓練、そのためのブレイコーですもの」

 

 

誉れも高き欧州最強、その名も地獄の番犬ツェルベルス。

地獄と化した大陸の、現世と常世を分かつは地獄門。その衛人にしてまさに衛士。

 

我らの敗北、それはそのまま人類の敗走に他ならぬ。

そう自らを戒め追い詰め追い込んで、挑み高めて至った技量。

 

しかし上には上がいる、ゆえに今、この一敗地に塗れようとも。

 

護り続けてこれからも護る人々に、いかな非難を浴びせられようとも。

舞台が違えばなどとは口の端にすらをも載せぬ。それだけを矜持として。

 

今ここで、力及ばず敗れたとしても。「炎の中から己を高めよ」 ― その家訓のままに。

 

敬愛し止まぬ后狼ヴァイスケーニギン、そして狼王シュヴァルツァーケーニッヒにしても。

堂々と挑み敗れ、また挑み続けているのだから。

 

 

「山々を望んで高みに憧れ、しかし歩き出すことを躊躇してどうします」

 

現実を直視する心にこそ本当の理想は生まれる ―

 

目を逸らしなどせず、いや胸を張って。

フォイルナー公爵令嬢 ― 否、近い未来の公爵閣下は。

 

 

昨秋以来、いやもうそのずっと以前から。

その出自と成り立ちのため。あるいはそれと同等以上にその力量ゆえに。

常に政に翻弄されては東奔西走、友を死なせて仲間を失ってなお。

 

命運を決するはただ、鉄と血。

 

その掟の下走り続けて今、傷ついた牙を抱く狼たちは、網膜投影の隊内通信にその光と輝きとを放つ金の髪と青い瞳を見た。

 

 

「――まったくお前は……向こう見ずこそが天才であり、力であって魔法か?」

「やれやれですわ、偉大な詩人の言を引くにしてももう少しやりようはないんですの?」

 

有翼獅子の女騎士・ファルケンマイヤー侯爵令嬢は嘆息と共に背にし負う斧槍を確かめ。

柔和な毒舌の雌獅子・ヴィッツレーベン伯爵令嬢はタイプの手を止め小さく笑んだ。

 

「…ドラッヘ・ヘルツの継承者とは斯く在るべし。やはり血は水よりも濃いのであるかな」

「砲撃衛士はカタナ相手の近接戦でもやりようがあると見せてやらなきゃなんないわねえ」

「イルフリーデに倣やあ銘々の流儀を求めよってか? ならま、やっ――ってやるぜ!」

 

美学を保って気難しげなユンカー然の、ララーシュタイン大尉が自慢のカイゼル髭を弾き。

機械化眼帯のベスターナッハ中尉は若武者らを寄せつけなかった爆装盾を掲げて見せて。

そして半ばはあえて市井の若者を気取るブラウアー少尉は自他を鼓舞する表情を形作った。

 

 

ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊。

 

去る85年のグロスブリタニア防衛戦 ― ドーバーを渡り押し寄せるBETAを相手に自隊の壊滅と引き換えにテムズ川を死守した、ドイツ騎士たちの血脈と名誉を受け継ぐもの。

 

神にすら比肩する巨人を父に、数多の怪物を産んだ毒蛇を母に。

ゲヘナの門を守護する猛き番犬。三世三際の監視者にして死者の霊魂の道行きを標す魔獣。

 

 

我らはツェルベルス。欧州絶対防衛線「地獄門」の守護者。

 

 

「さあ、三つ首は伊達じゃないってこと…見せてあげましょう!」

 

ゆえに三方を食い散らかすのもそう難しくはない、悪食で知られるイルフリーデがそう言えば隊内には苦笑いに引き笑い――しかしそこへ。

 

 

「首は一つで十分だ」

 

 

くっきりとした発音の英語が割り込んだ。

 

 

「獲物の喉笛に食らいつくにはな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕切り直しだとばかりに。

あたかも隊機の如くに2機横列でのアブレストから、徐々にその距離が開く。

 

「…」

「フッ…」

 

無言の双刃に狼王は小さく長刀を振って見せ ― 増速を誘った。

 

そして黒の00式は空を滑る機動――まるで一点に糸で固定された重りが落下回転する勢いで狼王の視界から消え、応じるEF-2000もまた推力を上げて相似のシザース――そして砲戦へ。

 

「では行くぞ!」

 

兵装担架のダウンワード展開でなく右主腕にて構える突撃砲GWS-9、高速機動のGに抗して照準をつけ撃ち放つ。

蒼空に火線を描く36mmHVAP弾、しかしその追跡を超えて黒い鬼が機動する。

 

やはり捉えられんか!

 

狼王はトリガを引き絞りながらも再度の実感、その内心には感嘆をも含んで。

 

見てから追えば間に合わず、予測して撃つも虚実入り混じる双刃のその機動の軌跡。

G耐性が高いのもあろうが空戦時に砲を突き出すこちらの空力劣後までもが計算内か、みだりに発砲しないのがその証とも。

 

 

機動術では明らかに及ばない。

 

だが悔恨はない。むしろ歓喜が突き抜ける。

 

 

不羈の英傑と人々は云う。一騎当千の古兵を率いる名将と呼ぶ。

 

だが、それがなんだ。

 

並ぶ者なき高さと誉めそやされる己が身の立てた戦功などは、部下の遺骸を積みあげた高さに過ぎぬ。それは討ち倒したBETA共の死骸よりも遙かに高く重いもの。

 

ゆえにこの身に纏う黒こそは彼らへの服喪の証。

 

鳴り止まぬ弔鐘の響きと人々の期待を背に、胸には不退転の決意と闘志を抱いて。

必ずや祖国と人類の未来への道を切り開く ― この狼の牙と爪とで。

 

 

なれど双刃を染めるあの黒こそは、ただ異星種の返り血により冷え切り燃える復讐の炎か。

 

軍事大国ヤーパンライヒ、古よりの戦士達のその国で。

誰よりも強く激しく戦い多くのBETAを屠ってなお、人々の歓呼に背を向け戦い続ける。

地位も名誉も金銭も、あるいは明日の己の命さえ。何も求めず只只管に戦場へ。

 

何がそこまで駆り立てるのか、誰がためにそれほどまでに戦うのか。

 

 

あるいはすでに――この世にいない、だれかのためか。

 

 

だが卿とて戦士であろう…!

 

鎬を削るこの場この時この瞬間は。

 

 

狼は、無用の戦を好まない。争うとすればそれは口を糊する獲物のためか仲間のためか。

その狼の王と渾名されたがゆえではないが、己もそう在ろうとしたしそう振る舞ってきた。

 

だが己の奥底に秘めた性。その本性は ― 戦士であり闘士。

 

強き者がいるなら挑みたい。己の力を試したい。

その強き者に打ち勝ちたい。己の牙を証したい。

 

如何な衛士でも決して侮りはせぬが心底からそう思わせた者は多くはない、その中で。

 

 

「さあ見せてみろ…その刃の鋭さを!」

 

狼王はあえてやや散漫に、誘い水として流し撃つ。

さすれば先と同じく瞬時に機体を起こすや照準内から消える双刃、応えて狼王はさらに増速をかけた。

されば1.5秒後にはデッドシックス、管制ユニット内に鳴り響くロックオン警報はそのままにジンキングから機体を起こして大減速 ― ここまでは先と同じに。

しかしそこから下がる速度のままにEF-2000の跳躍ユニット角度を変更。推力ベクトルを一気に下方へさらに下方から前方へと連続移動、失速寸前の速度域での後方宙返り(ザルト)――

 

「…」

 

いやそれに双刃が追随してくることも予測の範疇、びたりと背後につけるその鬼に。

まだだとばかりに続けて吠えるAJ200が青炎を吐きもう一回転重ねてみせた狼王機はさらにその極小ループの頂点にてその黒の機体を捻り背後にて同じ軌跡を描く双刃へと瞬時に向き直る ― シュヴァルツァーザルト・アウフデムモント。

 

「…!」

 

そして赤炎。

 

「Ha!」

 

ロケットにて加速を得GWS-9を撃ち放ちながら一挙に間合いを詰めての上段片手斬り(アイネハント・オーバーハウ)

 

 

純機動戦では及ばぬのなら、挑むは空間機動白兵戦。

 

 

その苛烈な斬撃をしかし機体を捻り砲撃を回避しつつもさらに流して見せた双刃、そして慣性により両機ともに流れ離れるも即座に狼王が追撃。

 

近接戦では障害になる突撃砲を兵装担架へと戻しつつ、下段に落ちた長刀を跳ね上げ空いた右主腕も添えるや機体上体の捻りも加えて再度斜めに切り落とす憤怒の一撃(ツォルンフート・ ツォルンハウ)

だがそれをも順手の長刀をやや下げての八相 ― Aの防御で超硬炭素の火花と共に逸らして去なした双刃がその勢いのままに右主腕掌中の74式その柄を回転・瞬時に逆手と化して間合いを詰めての右薙ぎ ― それは偶然の一致であろうがハイマートが古式に云う型 マウザース・エルボーゲンブラット。

ゆえにか対応した狼王は振り下ろした斬り落としの慣性を殺さずさらに跳躍ユニットの噴射も加えて180°機体を回転させつつ同時に再度跳ね上げた長刀での憤怒の構え(ツォルンフート)――からの変形、刃を背に負うての防御で受けるやその衝突面を支点に剣を跳ね上げさらに機体を捻り双刃へと瞬時に正対、顎下での突きの形から瞬転の斬り上げ(シュリッセル)へ。

 

「!」

 

その衝突は打撃に近く。

しかし振るった狼王が類い希なる尚武とその資質からすでに74式長刀の要諦を得る一方で、受けた双刃もまた柄に程近い一際強固な部位での防御。

さらにはあえて跳躍機の噴射で抗さず衝撃を逃がす形で離れた双刃、そこへ狼王が再度の追撃をかける。

 

 

薙ぎ、斬り上げ、撃ち降ろし、跳ね上げる。

 

 

双刃の剣を颶風と呼んで狼王が乗機に擬えるなら、しかしその当の狼王が剣は言うなれば猛威を振るうハリケーン。

その連撃は正統なるドイチェ・フェヒトシューレの型にして、攻防一体・時に裏刃をも用いる戦場の剣。それは基本片刃で反り打つ74式では必ずしも致命打にはなり得ぬが、EF-2000の出力を以てすれば決定打にも程近く。しかしそれに応じてのける黒の衛士はといえば、

 

 

受け、避け、去なし、躱して、躱して退ける。

 

 

やはりこれは…!

 

息も吐かせぬ攻防の間 ―

双刃が剣技の底を見切ったつもりの狼王は――再度歓喜した。

 

 

剣の技量では己が勝ろう。

 

由緒ある家門を背負い、戦乱の気配とその勃発との最中に生まれ育った者として。いずれは戦地へ赴く身だと、貴族の手習いと揶揄されようとも幼き日より鍛練を積んだ。

そして去りし日には剣の長老(エルトメイスト)から被免の赦しを受け ― それに値すると自負し自認してもよいかと思えるほどには戦果を挙げてきた。

 

その己に対して ―

 

 

またもの激突。その寸前の40mの間合いから、

 

「卿…問わせてもらうが、師はいないのか」

「…」

 

狼王が見る通信ウィンドウ、浮かぶ双刃は無言の中にも小さな頷き。

 

「信じ難いな…!」

 

それは皮肉ではなく。

互いに突撃砲を展開する間もなく剣の距離へと踏み込みあう最中のやり取り、そこに偽りの入る余地など最早無ければ狼王のその感嘆は薄黒の顔に小さくも笑みを刻ませる。

 

そしてすでに幾度目とも知れぬ剣戟に散る火花、受けるはやはり我流と思しき構えに剣筋。

とすればこの業総ては実戦の中で培われたもの、それも生死を賭した白刃の上で。

 

ますます解らぬ男だ!

 

数多の衛士を見て見送ってきたこの身をして似た前例に覚えがない。

沸き起こるのは滾りと共に失ったはずの、それは好奇心。

 

 

我流の業とはその大半がその本人の才と経験とに拠る他無く。

 

だが行住坐臥なくば生きられぬ人間という生物が閲する時間は有限ゆえに、その持ち得る時総てを修練とその実践とに費やすことなど出来よう筈もない。

 

そのため往々にして我流の剣は、攻においては威を発するが守に転じてはその威を失う。

 

なぜなら如何な戦士でも敵に勝つには攻めねばならず、勝てねばそこで命は尽きる。

ゆえに生き延び続ける我流の戦士は自然攻めへと偏重していく ― その戦功にて名を成すほどならなおさら。

 

聞けばこの黒の衛士とても年若くして、しかも若年よりの志願兵。さらには特に心得も無い市井の生まれで戦場に身を投じて勝利を重ねさらに今日この瞬間まで生を繋ぎ得たのは即ち攻めて異星種を屠ったがゆえ。そこに守りの経験は多くはあるまい、まして手管を尽くす剣戟の応酬など――にも拘わらず。

 

 

「ライヒにならば幾らでも優れた師がいように」

「…人を倒す業は必要ない」

「ショーグン警護のリッターの言葉とは思えんな」

「…俺の敵はBETAだ」

「フ…惑わぬな卿は」

 

 

だがBETAを倒すために磨いた剣技を以て、ここまで闘えるというのも容易には信じ難い――

 

 

「Fu!」

 

狼王の踏み込み、纏う黒き強化装備に内蔵されたインソールが構成し返す踏み応え。

右主腕によるその強烈な左薙ぎの一撃を双刃は上体を反らして避けるやその反動で振り上げた脚で狼王の胸部を狙い、すんでで受けたEF-2000の左主腕のそのブレードを足場に代えて蜻蛉を切って跳び退りその回転中から火を入れていた跳躍機が赤炎を吐くや瞬間の下降と上昇タウヘン・ウント・ズーメン(ダイブ&ズーム)。そして突進からの連続斬 ― ズィルバー・アングリフス。

 

「…!」

「ぬぅ…ッ!」

 

足下から瞬時に迫るは双刃、閃く銀光はしかし鈍色。

 

脚で応ずれば斬られるほかなく機体ごと下方へと転じて向き直った狼王は、しかし双刃の息を呑まされるほどに近い間合いでの自機の回転すら伴いながら繰り出される連撃に、前腕部のブレードをも動員して受けを強いられる。

 

この動き…!

 

攻防一体となるこの機動、単に優れた反射が生む技ではなく。

 

そして上昇機動となる00式に対し最大俯角のEF-2000、落下を防いだ上で機動推力を確保するには跳躍ユニット内部のスラストリバーサーを全閉してもなお足りず前方噴射する他ないが背面腰部の跳躍ユニットを回転・展開させれば双刃による瞬斬の格好の餌食。

 

ゆえに王たる者の選択は後退でなくやはり前進。

受けの長刀を逆に叩きつける形で鍔迫り合い(バインド)の拮抗を瞬間創出するや全力噴射で双刃を押し込む――も、途端消失する抵抗。

 

跳躍機の全出力を停止した00式がまさに急激なる失速反転 ― ハンマーコプフ(ハンマーヘッド)、瞬間の急降下を強いられる形になったEF-2000に襲い来る斬撃。

再び互いの主腕を伸ばせば届く程度の距離から繰り出されたすれ違いざまの一刀、それは振るのではなくむしろ置かれた刃に狼王機から自ら飛び込むような形。

それを左主腕ブレードで滑るが如くに受けて流して狼王が高度を下げればその網膜投影後方視界には赤くロケットに点火して上昇し跳び退る双刃の機影。

 

凄まじいな!

 

自ら挑んだ白兵戦でこの在り様とは。

だが狼王の口の端を歪めるはまさに悦び。

 

 

過去に存在し得えず、さらに想像さえされ得なかった空中近接白兵格闘。

しかし年若き衛士・双刃の操るそれは、跳躍ユニット ― ベクタード・ノズルを自在に駆使するまさにドライディメンジョンナルス・トゥートンスメスォーダ。

 

 

上空にて鋭く弧を描く黒の00式のその軌跡、出力に優る狼王EF-2000もまた赤い尾を曳く。

砲を展開する暇すらなく交錯の軌道へと示し合わせたかのようにしてぶつかる黒と黒。

 

たしかに剣の技では私が勝るが…

 

狼王の網膜投影に映る外部映像 ― 止まぬ互いの斬撃に散る火花が視界を赫奕とする。

年若き衛士の、しかも我流の剣。それでこうまでこの狼王に抗するとは。

 

この男、本当に何者だ…?

 

 

凄絶とさえいえる技量を振るうもその年齢はあまりに若く。若年志願で戦歴は長いとはいえ、その身に染み込んだ戦技の深遠さにはまだ見合わない。

 

そして才無き者では決してないが、閲せぬ時を補うほどの、あのUNツヴァイの衛士の如き燦然たる才の輝きはない。

 

そもそも空中AH戦といえばアメリカ軍の十八番。

ライヒが誇るタクティシェモビールシュヴェルトクンスト(戦術機動剣)とても、知りうる限りにおいてはこれほどの三次元機動を伴うものではないはず。

 

 

経歴書はユーコン経由で手に入れている、しかしどうにもこの現実がそぐわない。

東洋人は若く見えるというがと愚にもつかぬ思いが掠めた狼王が、

 

「卿、重ねて問うが歳はいくつだ」

「……数えていない」

「何…?」

 

撃ち合わせた刃が離れた瞬間の、予想外のその応え。

 

自国言語に気位の高いフランス人を除けばウニオンでは主に公用語たる英語での会話が常のところで自動翻訳機を使う者もほぼおらず、合流したライヒ部隊もこれに倣っていたが。

他方で黒の衛士は英語があまり得意でないのは気づいていたし、己も母語訛りが抜けないとは自覚するところ。ゆえにそのNot countingの意味を取り違えたかと再顧せんと――その時。

 

 

東の空域にて発した閃光が、蒼空に黒2機の影を刻みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首は一つで十分だ。獲物の喉笛に食らいつくにはな」

 

――!

 

通信に割り込んできた英語。イルフリーデには咄嗟の悪寒。寒気とも。

粟立つ首筋、後に知ったのはそれが殺気というのだということ。

 

「南方に発射炎!」

 

常にない鋭さのルナの警告、EF-2000の鋭敏なセンサーが昼間の青空に捉えたそれ。

騒音源たる跳躍ユニットの使用に加えて音速を超えて飛来するHVAP弾に対して集音では間に合わない、しかし即座に散開してみせるのがツェルベルス混成第2中隊。その3秒後に東へと突き進む隊の50m後方を36mmの弾雨がやや散らばる形で通過していく。

 

「狙撃してきたぞ!」

「レーダー照射警報なし!」

「衛星情報もなしにマニュアルだってのかい、恐れ入る」

「おそらくは望遠映像からの…そうですわ機動予測演算、そういう使い方も――」

「構うな、進め!」

 

襲い来た砲撃の主は南より迫るツヴァイ ― 94式弐型の小隊。

 

「連射しないな?」

「誤差を修正してるのかと、甘く見ても3射目には命中弾が」

「あるいは威嚇牽制か」

「当然それも込みでしょう、なにしろ」

 

率いるは「ラビドリー・ドッグ」マリモ・ジングウジ。

 

ヘルガの問いにルナが答えて、

 

「その二つ名とウォードッグの隊名はライヒスアルメーでは知られたものですとか」

「なるほどな…しかしなんだか犬ばかりだな」

「は、違いないな06。これでガルムもいればフンデヒュッテもかくやだったか?」

「よせよそれじゃあ片肺赤いアドラーやらシュラハトフェルト・デーモンが出てきそうだ」

 

軽口を利く合流機らにもこれより対するツヴァイの機体性能概算値をデータリンクで流すルナ、共にエルロン・ロールを描くヘルガは今度こそ弾倉を交換した。

 

「FCSレーダー照射検知!」

「発射炎確認、北方ゼロ部隊!」

「ツヴァイ小隊も砲撃再開!」

「足を止めるな!」

 

再度開かれる戦端、蒼空に伸びる火線。その中を楔壱型で8機のEF-2000が駆ける。

 

高機動戦での弾速重視で飛来するのは36mm、とはいえまだ南北共に4kmは離れた位置からの機動砲撃。そうそう当たりはしない ― はず。

 

「とはいえやはり当然囲まれるな」

「うーん、でも他にやりようがあった?」

「ありませんわね」

「向こうも事前想定というより即興なのだろうがな」

「ゲルプ小隊反転ッ!」

 

前方。徐々にだが差を詰めつつあった3機分の赤炎が天突く流星と化し、極力速度を殺さぬ大ループでの上昇からの反転機動。

 

「斉射三連!」

「ヤーボール!」

 

その頭を押さえんがための偏差砲撃、イルフリーデも拡大したレティクル内の黄色いゼロへと向けてトリガを弾くがそうそう当たらないのはこちらも同じ。

なにしろ敵機の鋭い機動に加えて南北から狙い来たる火線を回避しつつの攻撃行動、さらには対向してくるゲルプ小隊からも砲撃が始まり――

 

「ちぃ、当たらねえ…が、こいつはっ」

「牽制射だ! やつらの狙いは――」

「――来るぞ!」

「接敵予測、ドライゼクンデンっ!」

 

やや上方、36mmをばら撒きながら突入してくる3機のTyp-00。

ブラウアー少尉は兵装担架の展開をヘルガは抜刀を堪えて主腕のGWS-9で応射を続け――一瞬の交錯。

 

「こ、の――ッ!」

 

その直前にイルフリーデの放った36mmの連射は1機の白いゼロを捉え喰い破っていたが、

 

「大尉!?」

 

まるで飛び交う砲弾が刻む光条の間をすり抜けるように。

楔の頂点たる赤の男爵に迫るは山吹の剣姫。

 

なめらかだが迅い虚空を滑るその機動、左主腕のTyp-87突撃砲を撃ち放ちながら右主腕にてTyp-74近接戦闘長刀を抜き放ちララーシュタイン機に迫る――

 

「ぬう…ッ!」

 

近接戦のためでなくむしろ隊の鼓舞のため。

左主腕に提げさせていたBWS-8 フリューゲルベルデをその刹那にしかも守りではなく逆撃にて討たんとばかりに振り出したのは「七英雄」の面目躍如、そして空を穿つ砲弾の風鳴りと跳躍ユニットが生むジェットとロケットの轟音の狭間に低く高く響いた金属音 ―

 

サスガ、オミゴト ―

 

混信した通信に聞こえたやや低いが玲瓏な響き。

瞬間の剣戟は隊同士の交差軌道のその交点での。

 

イルフリーデが管制ユニット内でコネクトシートからやや身を起こし後方へと首を巡らせその視線で敵機を追って見たのは網膜投影の後方映像に映る浅い角度でしかし高速で離脱していくゲルプとヴァイス。

そして次に確認したのはわずか乱れた隊形を瞬時に組み直した列機らのステータス。被弾機は特になかったが ―

 

「中隊長っ」

「問題ない、損傷なしである、が」

 

音速の男爵、しかしその振るった斧槍の大刃は半ばから失われ。

咄嗟に掲げて胸部を守ったか突撃砲を握る右主腕前部の超硬炭素刃にまでも斬撃痕。

 

「あの刹那に二太刀入れていったというのか…」

「ケンペリン・タカムラ。端での見聞以上のモンストルムであるな」

 

唖然とするヘルガにララーシュタイン大尉は半壊した斧槍を投げ捨てた。

 

「南へ転進する。目標接近部隊3機」

「ヤーボール、ヘル!」

 

本来ならば残存2機へと変じて数的差大のゲルプ小隊を追いたいところ、しかし向こうもそれは承知とばかりに再度のロー・ヨーヨーから速度を上げつつさらに北寄りの進路とあっては半ばはあからさまな誘いとも。

 

「一撃で喰い破るぞ!」

 

ベスターナッハ中尉が冷徹の中に檄を飛ばす。

数的有利での突撃はこれでおそらく最後になる、もはや力の限りに暴れ回るのみ。

冥府からの逃亡者を貪り食うが如くに ― と。

 

「ツヴァイ部隊上昇ッ」

「! 頭を押さえる!」

 

前方、フロンタル。だがまだ距離がある目標に動き。

即決のララーシュタイン大尉に了解の唱和が続き、狼たちはぐいぐいと高度を上げんとする3機のツヴァイを大仰角で追うが、

 

「げ…、こいつらも速ぇな」

 

平生から口数は多い方のブラウアー少尉のぼやき。

Typ-94 2nd. ― シラヌイ・ニガタの跳躍ユニットFE-140は米ジネラル・エレクトロニクス社の大出力モデル、その性能はTyp-00が帯びる同社製FE-108のカスタムタイプに迫るともされ。

それにEF-2000のAJ200も負けてはならじと番犬8機は並んで赤炎を吐き出し追い縋り、しかしやや撃ち降ろしになる火線がツヴァイ3機から迫り来る。

 

「手慣れてやがるぜ…っ」

「こりゃAH戦の訓練を増やさないとねえ…」

「もう、こっちは長い防衛線を維持するのでやっとなのに!」

「――フランスの衛士も同じ事を言っていたな」

 

 

混信から合う周波数、先ほどと同じ声が。

 

「貴様らの戦績には敬意を表するが、泣き言は上官の名に傷をつけるぞ」

「ぅ…」

「然り。なれど時と場を弁えれば我らが王は多くを求めませんな」

 

クリアになった女性の英語 ― ジングウジ少佐の言に、普段一番場の空気を読まないララーシュタイン大尉が他軍の佐官に敬意を払ってか聞き慣れない言葉遣いで応じ ― それにメグスラシルの娘達はむず痒そうな素振り、ブラウアー少尉は笑いをかみ殺す。

 

「なるほど。どうやら狼王殿は実に寛容な方らしいが自慢の首を一つ二つと食い千切られてもその鷹揚さを保てるか?」

「長く戦場を共にしたゆえ信ずるに値すると評価を」

「それに自分の手足を失って、嘆きこそすれその手足に怒る者はおりませんわ」

 

砲火と共に交わされる舌戦。その少佐と大尉の会話に平然と割り込む少尉が一人。

 

「ほう、情け深くもいらっしゃると。仄聞する鉄血の英雄像とは些か異なるな」

「それはもう。ですがジングウジ少佐殿は噂に違わぬ猛犬ぶりでいらっしゃいますのね」

「私などの醜名が遠く欧州にまで広まるわけがあるまい、貴様はよほどの地獄耳だな」

「ご謙遜を。それに一介の小娘少尉にそのような余技はございませんわ」

「言うな貴様。面白い奴だ、名前は」

 

問われて名乗った少尉 ― ルナのその振る舞いこそはこれぞブレイコーの作法といわんばかり。おまけに持ち込む流儀は頬に手を当ておっとりやんわり微笑みながら毒を塗った針で刺す、いつもの彼女に欧州貴族の悪癖を足して。

そしてその悪びれもせぬ行状を両の上位者が共に咎めないのはそれがこの場の掟ゆえ、まさにそれを証すがためのあえての非礼の行為であることを、この場の皆は理解した。

 

「さる名家のご息女か? すまないが下々の身でな、礼を欠くのは寛恕願いたい」

「とんでもございませんわ少佐殿。ですが今宵は――」

 

乱数機動にて上昇、回避と照準と砲撃とをすべて同時に行いながら。

すでに息つく間もなくしかし若干とはいえまだ余裕も保つツェルベルス隊機らの通信ウィンドウ、そこに浮かぶブラウンの髪と瞳の帝国軍女少佐に対して、ルナがついと小さくドレスの裾を持ち上げたかのような仕草を見せた。

 

「我らの首を濫妨なさってリーラップスからオートロスにでもなられるおつもりですの?」

「いや――」

 

その芝居がかった台詞と素振りに、不敵な笑いを返したのは戦場の犬。

 

「さっきも言ったろう、首など一つで十分だ」

 

 

「来るわ!」

 

ジングウジ少佐のその言にイルフリーデは何かを直感した。

 

「頭を押さえろ! 中隊長!」

「うむ、火器全力使用許可。前衛近接戦闘準備である」

「うっし06ヘルガ突っ込むぞ! 焼きついてもかまわねェ、回せ!」

「了解!」

「03より、08と12に合流機で牽制から集中射! 目標敵先頭!」

「ヤーボール! 北のゼロも接近中!」

「とっととカタつけりゃいい!」

 

手強い獲物に挑むその瞬間に殺気よりむしろ活気を呈するのが歴戦の番犬ら。

そしてその一方で、

 

「…また、煽りすぎじゃないっすか少佐殿」

「この程度で足下をすくえる連中ではない、変わらんさ。しかし珠瀬に倣って遠距離狙撃もしてみたが、やはりそうそう当たりはせんな」

「少佐殿、彼女は別格ですよ」

「まったく才能というのは残酷だな。まあ凡人には凡人のやり方がある ― 犬には犬のな」

 

共通の回線に乗ったライヒの部隊、ツェルベルス機の通信枠に加わったは東洋人。

堂々と交わされている日本語は、井戸端会議に作戦会議か。

 

「手はず通り行け」

「了解!」

 

火線の応酬が続く中、徐々に縮まる両隊の距離。

 

「実戦じゃカンベン願いたいぜ、カウント5でユーハブコントロール」

「その場合には私の担当ですよ、カウント5でアイハブコントロール」

 

なにをする気――?

 

ソイツハヨケイニカンベンダと英語混じりに何か聞こえた、破損した追加装甲を持つ機体 ― 動きからして操るのはタツナミ中尉か ― そしてその逆側のデルタの一角、黒髪の女衛士の機体が陣形を崩して素早く移動しバックアップの位置につくや2機1列の縦型に変じて突撃してくる。

即座に応射をかけるツェルベルス、しかし飛び跳ねるような急機動のタツナミ機とほんの僅かの遅れしかないその追随機、さらに半壊状態とはいえ追加装甲を押し立てられては36mmでは有効打には――

 

でもいくらなんでも強引な――、まさか!

 

「中隊長っ!」

「01これは!」

「全機散開! 退避!」

 

イルフリーデとヘルガの警告はほぼ同時、そして赤の男爵もまた。

一瞬の遅滞なく反応した番犬部隊の動きはさるものながら、その精鋭をしてもう半ば以上はその罠にかけたライヒ部隊も同じくしたたか。まして「巨大種殺し」で知られる衛士とその相棒にして戦場の犬の名を持つ小隊員、彼と彼女はすでに狼の喉笛にまで食いついていた。

 

「位置よろし、どうぞ!」

「カウント5! ベイルアウト、イジェクト!」

 

タツナミ中尉の一定の操作 ― 追加装甲装備のツヴァイ、その背面が兵装担架と共に爆圧排除。そしてロケットモーターにより射出された管制ユニットは胞状展開するエアクッションに包まれて後方に占位する女衛士機の主腕の中へ ― JIVES上ではそこまでの再現はなくただ搭乗衛士が脱出となるが遠隔による操作権委譲の判定は残る。

さらに管制ユニット喪失により特攻機の機動は自律のそれと大差はないが、追加装甲を構えて守る一方直前まで手練れによって操られたうえ降下軌道で速度は乗って――狙われているのは第2中隊左翼。

 

「くっ…!」

 

Gに耐えできうる限りの急速反転からの散開、しかし喪失した速度を補おうと全開で跳躍ユニットを吹かすイルフリーデ機にはご丁寧にもジングウジ機からタツナミ機自爆の予想影響範囲が送信されてきていた。

 

網膜投影に映るその広角のコーンは大きく、あと数秒での離脱は ― 絶望的。

 

「即座に撃墜より退避を優先する判断は流石だな。が、遅かったな」

「こんな戦い方…!」

「ソ連機の一部は同じ物を積んでいる。連中が思いつかない保証がどこにある?」

 

BETA相手にもやっているだろう、冷たく嘲りを含んだその口調はまるで鬼教官のそれ。

 

まるで予想外の戦術に離脱をかけつつ率直に憤ったイルフリーデだがカンプフントは取りあわない。救助機想定の1機が戦闘参加の素振りを見せずに離れていくのはある意味律儀に訓練を兼ねてのことか。

 

 

「言っただろう。犬には犬の戦い方がある」

 

 

欧州最強即応部隊。その戦場は確かに過酷。

 

 

「そして首は一つでいい。要は牙の使い方だ」

 

 

しかし即応される側だった者が血と泥濘と機械油にまみれて這いずり回った戦場も過酷。

 

 

「貴様らが古式ゆかしく斯衛と斬り合いを続けていれば取りようがなかった戦法だぞ?」

 

 

得意の機甲戦でなら。数で負けることはあったとしてもそれは本当の敗北にはならないと。

 

 

「真に誇りを押し通すには力が要る。己の流儀を貫くのにも。それが無ければ――」

 

 

小型核にも匹敵するその威力。電子励起型特殊爆弾S-11。

 

 

「驕ったな、ツェルベルス」

 

 

王が不在ならこんなものか?

その嘲弄に返す間もなく指向性を備えるその強力無比な加圧力をまともに浴びて、イルフリーデのEF-2000は吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大な閃光、そして爆発。

 

 

――!

 

特殊爆弾・S-11。JIVESにて再現されたものながら、東方10kmほどの空域で炸裂したその衝撃波が遅れてやって来る。

 

その中ですら変わらず迫った双刃に相対しながら狼王は部下らが気を利かせて遮断していた通信を上位者たる大隊長権限にて開く ―

 

 

「ローテ01であるっ、損害報告せよ」

「06健在、なれど片肺不調ッ」

「12健在、ですが主機出力低下ああもうっ」

「08、近距離での衝撃波により衛士失神の判定ですわ、自律制御介入解除まであと5秒」

「11生きてるぜ、03も――フェルダムト! ゼロが来やがった!」

 

英語でなく母国語で交わされるは毒づくやり取り。

さらに同調した回線に飛び込む耳慣れぬ言語の会話。

 

「よし半死半生の狼に止めを刺すぞ。だが油断するな、獣は手負いが一番怖い」

「了解です。神宮司少佐、指揮権をお預けします」

「了解だ。では篁中尉は単機戦、あっちの2機をくれてやる」

「は」

「爆発反応装甲なぞ提げてはいるが貴官の敵ではあるまい。遠慮はいらんぞ斬り捨てろ」

「…了解」

「うわー」「またスイッチ入った」「あんなに斬ったのに」「絶倫」「賢者時間もう終了」

「貴様等…」

「ホワイトファングスは私に続け、その牙の使い方を教えてやろう」

「了解です」「うーん」「正直隊長より」「安定感」「禿同」

「貴様等…」

「だってー」「突撃突撃」「刀一本あればいいとか」「自分基準」「ミハ○ルに帰れ」

「だそうだ。ずいぶん信望厚いな中尉」

「…不徳の致す処です……稽古後の甘味は当面禁止だ」

「ええ!」「そんなぁ」「職権乱用!」「人でなし!」「いかず後家!」

「貴様等言いたい放題に……、はッ!?」

「タカムラチュウイデイカズゴケナラワタシハドウナルトイウノダキタンナイイケンヲモウシノベテミロタップリダイタイチョウシツデキイテヤル」

「ひ、ひぃいい!」

 

 

――そんな明白に劣勢の部下らに対して明らかに余裕あるライヒ部隊。

 

 

そっと狼王は回線を閉じた。

 

「勝敗は決したようだな」

 

眼前はまたもバインド ― その鍔迫り合いは共にシュタルク、鍔際での競り合い。互いの跳躍ユニットは今は青焔を吐き出すも、共にそれが赤炎へと変じる時を待って微かに震える。

 

「だがこれで止めるなどとは言ってくれるな」

「…了解」

「――それでこそだ!」

 

気炎を吐く。

唯の座興、たかが訓練。だがおそらくこんな機会はもうそう訪れはしまい、我が儘ばかりを言っていられる立場ではなく。

 

 

決着をつける時が来た。先までの攻防で双刃の力量は十分に理解している。

 

近接戦では敗れることはまずないが ― 撃ち破ることもまた困難。

 

 

だがそれも一興…!

 

死力を尽くす。技量の限りと共に。己の総てを搾り出す久しい感触。

 

 

間合いをとらせて機動戦に移されれば勝機は薄く ― それで思うままに気が済むまで戦ってみたくもあるが、また長引くだけでもあろう。

 

ゆえに剣の間合いから逃がさず。勝る出力で、叩き潰す。

 

流石に件の「ゲハイムニス」を味わえないのが心残りではあるものの…いや未練だろう、いくらなんでもたかが座興に、まして大して乗り気でもない相手に命を賭けろとまでは求められん。それにJIVESであれが再現できるかも不明だ。

 

 

狼王は管制ユニット内左手側のパネルを素早く操作し、被弾率の高さとカウンターウェイト機能のため最も重い部位である両肩部の装甲を排除。左右腰部の予備弾倉もスカートごと切り離し兵装担架に1門残る突撃砲も落とすと、さらに両膝部のプロペラントもパージした。

 

「そちらより重いのでな…」

 

最早隠す要のない獰猛な笑みと共に。

黒衣のEF-2000の跳躍ユニットAJ200が赤く燃え――

 

「行くぞ!」

「!」

 

継戦を放棄。出力をピークパワーで維持。ゆえに暴力的とさえいえる加速。

 

拮抗状態から一瞬で最大出力へと転じたEF-2000がその圧を増し、しかしその勢いに逆らわず流す形で機体を転じた双刃の00式はそのまま狼王機の背後へと――

 

「Hurra!」

「――!」

 

跳躍ユニットはロケットの赤炎。

瞬間の運動性に優る00式を力で捻じ伏せんと猛るEF-2000、その黒の悍馬の手綱を握るが黒き狼王。

 

右肺を直進・左を横90°に展開しての最大噴射、機体軸を中心に独楽の如くに回転しながら左主腕にて放つ大リーチかつ変形の薙ぎ(ツヴェルヒハウ)

剣も腕も折れよとばかりのその一刀を叩きつけられた双刃は辛くも防御に成功するが続いて逆撃はおろか離脱も許さぬとばかりに狼王はEF-2000を前へ出し、

 

「Fu!」

「!」

 

斬撃を受けられた反動での跳ね返りを最小限に押し込めるや強引に再度のバインドへ持ち込む。

 

その勢いは先とは異なり今回は明らかに狼王機が押し気味(シュヴェア)にありその状態からさらにかち合う鍔際を支点にいわば力任せの押し斬り(アプシュナイデン)

 

大出力に物をいわせて真正面から叩き斬る。

一度見た業は二度は通じぬ、双刃が失速機動に持ち込もうと抗力が失せたその瞬間に押す刃をめり込ませんと――

 

「―」

「!」

 

しかし襲い来たのは左の手刀。

押し込む狼王の剣など一顧だにせず、その鋭く伸び出たTyp-00ダガーの刃が狙うはEF-2000の右脇腹。それに応じて狼王は瞬時に剣の柄から放した右主腕を下げてのブレード防御、滑る互いの炭素刃に火花が散る。

 

左片手斬りになった狼王の瞬間の減圧、しかし双刃が次なる動きに移るその前に受けに使った右主腕を繰り出す形で剣拳撃。瞬時に退がる双刃まで届けとばかりの機体上体につれて両主脚までをも半身に回す渾身の右ストレート ― だがそれは布石。

 

これなら――

 

身体ごと打ち出した右正拳、開いた体、その一方で左主腕の剣を引き寄せ。

狼王の右拳を退いて躱した双刃が再び前へ出んとしたその刹那へと目がけて撃ち出す最速の、

 

どうだ!

 

突き!

防御不能(ニヒト・ツゥ・フェアタイディゲン)の名を取るその一撃はその速度のみならず突き動作中途に握り手を左から右主腕へと転じかつ柄尻を握ることで敵手の読みを上回る射程となる神速の刺突――が、

 

防ぐか!

 

狼王の驚嘆と歓喜と共に。

黒の00式は逆手の長刀に伸ばした短刀、斜め十字に交差させたその二刀を以て頭上へと迫る刃をやり過ごす。

 

「…」

 

もう幾度目かもわからぬ火花が散り、刃を滑らせ機体を沈めて狼の王に迫るは黒い鬼神。

その背の兵装担架から二門の突撃砲が切り離されて落下していく。

ようやくその気になってくれたかと、

 

「Sei!」

「…!」

 

獣の笑みを浮かべて迎え討つ狼王は受けて立つとばかりに斬り下ろしそれを双刃が受け、いや受けさせると弾かせも流させもそして自ら引きもせずかち合った剣を押しつけて四度のバインドを強いる――と見せて全力噴射で突き放すや退がり左方へ離脱せんとしたその双刃の動きに合わせてさらに前へ出つつも剣は引き寄せ――突く(バインド・ナカライセン) ― 。が、

 

「 ― !」

「何ッ…!」

 

左主腕での突きを放った狼王はまったく同時に襲い来た胸部への突き ― そして伸び出したTyp-00ダガーをすんでで右主腕ブレードで受けるも寸毫及ばず滑った刃がEF-2000の胸部装甲を突き抉る。

損傷判定小破 胸部装甲損傷 操縦機能に異常なし

 

他方その狼王が送り込んだ絶死の一撃を左跳躍機の噴射と右跳躍機の逆噴射で機体を半身に転じて去なしながらの交差同逆撃(クロイツツェーラー)を放った双刃も、逸らし損ねたか頭部を大きく貫かれる。

損傷判定中破 メインセンサー大幅機能低下 戦闘続行に影響なし

 

今のは…!

 

しかし間合いはそのまま、止まらぬ狼王が動く。

瞬時に引き戻したTyp-74、追って閃く双刃の長刀を柄上部で受けては握りの上の発光部凹凸を生かしての回転受け ― 十字架への崇敬(エアフーヒト・フォーア・デム・クロイツ)、逆手握りで撥ね除けられる形となって瞬間動きが止まった00式の隙を逃さず翻したTyp-74を自機の背を打つまでに大きく構え加速をつけての右片手斬り(ドレイマン・シュレイクシュトリヒ)

 

角度をつけて翳される双刃の左小剣、しかし到底受け切れはせず火花を散らして短刀身を削りて滑る狼王の斬撃は黒の00式の左主腕前腕部へと食い込み袖部を斬り飛ばすも続く超硬炭素刃上を流れ。

損傷判定小破 左主腕部短刀収納不可

 

そしてその受けでわずか崩れた狼王機、そこへ襲うは双刃の右逆手長刀の右薙ぎ。その太刀筋は逆胴、左腹部を狙われた狼王はすかさず左主腕ブレードで防御に移るもその双刃の瞬撃は軽くも疾く――

損傷判定小破 胸部装甲損傷

 

やはり間違いない…!

 

息も吐かせぬ攻防 ― 瞬きの間に死ねる刹那の連続。

そして概すれば己が攻勢にして有利な状況において、狼王は一つの解を得ていた。

 

 

古の東洋の剣人が、ある者に問われたと云う。

貴方は止まっているものばかり斬っているが、本当に腕が立つのかと。

それに剣人はこう答えた。

 

何百人何千人と斬って居れば、寸毫の停止が一刻にも二刻にも感じられるようになる、と。

 

剣人の生業は御様御用。ヘンカー ―死刑執行人(Executioner)である。

 

 

この種の逸話は「盛って」あるのが常とはいえ。

直接にBETAを屠った数ではおさおさ劣らぬと自負はするものの、おそらく――双刃には、常人、いやそれよりは迅い己や衛士にとっての0.1秒が0.12~3秒程度に感じられているのではないか。

 

そしてその優速を以て技量に勝る敵手にも互角以上に渡り合う――

 

 

大凡のBETAなどはほぼ止まって見えるのやもしれぬな…

 

「『ニクヲキラセテホネヲタツ』か?」

「…」

 

集中・視野は広く・微細な操作のフットペダル・間接思考制御。

互いにそれら総てで機体を自在に操りながら、敵手の血肉を削いでいく。

 

 

ヤーパンライヒス・ヴァッハリッター(日本帝国斯衛軍)ドッペルクリンゲ・アム・エンデ(終の双刃)

 

この男と干戈交えて感じ取るのは ― 殺気もなく。闘気もなく。

 

あるのはただ――ただ肌にひりつく昏い闘争の気配。

 

 

「戦いに華やかさなど求めはせんが、喩え座興でも遊びはなしか」

「…衛士が死ねば機体は止まる」

 

その攻防の中でも双刃の目標はやはり ― 頭部に胴体下部、そして胸部の管制ユニット。

人体での正中線 ― 戦術機においてもセンサー・推力中枢・そして衛士の座という枢要部。

 

狙われる箇所が判っていれば防御は容易い、だがそれは凡百の衛士が相手であれば。

百戦錬磨の狼王にして、いかに剣技で勝るといえどもそれは水平面での話に過ぎず。

双刃得意の変幻自在の三次元機動を織り交ぜられればその対応は容易でなく、そうはさせない立ち回りが求められる。

 

それゆえのこれまでの鍔迫り合いバインドからの展開――だが。

 

「出撃の度にそう損傷しては整備兵泣かせだな」

「……補給と修理の心配はない……今は、まだ」

「…何…?」

 

回線越しのぼそりと告げられた言葉への疑念の他方、押し込む狼王は戦法を変えた。

 

互いに肉迫、右脇構え・剣先は敵手へと向ける鋤の型プフルーク。

襲い来た双刃の長刀右薙ぎを振り上げる剣のナックルガード状の鍔でかち上げ、間髪入れずに右主腕に握る74式サムライソードの刀身を左掌に掴んでその柄頭(ポンメル)を00式の破損した頭部へと叩き込むやそのまま突進して体当たりをかけた。ハルプシュヴェルト・モルトシュラーク(ハーフソード 柄攻撃)ドゥルヒラオフェン(駆込体撃)

損傷判定中破 頭部機能停止

 

「…!」

「捕まえたぞ」

 

そして持ち込むはシュヴェルトカンプフ(ソードレスリング)

 

 

古来一騎討ちは打ち物での斬り合いの後に組み討ちに至るが常。

 

そして己の四肢を用いての闘技においては剣技以上にその修練の差が勝敗を分かつ。

 

 

EF-2000はTyp-74を抱えたままの姿勢で00式に衝突した。

飛ぶ破片までもは電子的に構成されぬも大俯角にて下がる高度、押す狼王に受ける双刃。

 

その落下機動の最中で狼王はリカッソ(刃引部)を持たない74式を握る乗機の左掌が破損を告げるも一切構わずその左主腕の拳を固めて双刃の右腹部へと叩き込む。

 

受ければ致命のその一打、00式は下げた右肘部と上げた右膝部とて辛うじて受け止めるもEF-2000の左ブレードがその右主腕に突き刺さる。

損傷判定小破 長刀脱落右主腕部短刀伸長不能

 

しかしたじろぎもせぬ双刃は刺された右主腕をそのまま狼王機の左ブレードと左腕部の間に割り込ませて固定するやさらにEF-2000の左肘部を掴む形で右手親指先端の超硬炭素刃をその関節部へとねじ込んだ。被膜状電磁伸縮炭素帯が突き破られ被害は内部のアクチュエーターに及ぶ。

損傷判定小破 但左主腕肘関節部動作不良

 

「やる…!」

「…ッ」

 

構わずさらに押し込む狼王、そして双刃は敢えてかそれに抗さず。

 

すでに順手の握りで剣を振れる間合いにはなく ― 変わらずEF-2000の胸部を狙う00式の左短刀に長刀を放り出した右ブレードで応じ、絡む刃と刃が互いに急所たる管制ユニットを狙いあっては弾かれ滑りほぼ同時に互いの上腕部へと突き刺さる。

損傷判定小破 但右(左)主腕機能低下

 

「ハァア!」

「…シィッ!」

 

もつれ合う両機は速度を増しつつその高度を下げ、高度300mからおよそ60°という急降下爆撃にも等しい降下角度で一直線に地表へ向かう。

 

その距離350m、わずか3秒と少しの攻防。

 

互いに両手を封じ合い、刃も既に無く。

残されたのは両主脚、膝装甲が健在の00式の蹴撃を制さんとEF-2000の爪先短刀がその脛部を狙って突かれ。互いに超硬炭素刃、それが折れ欠け砕けて封じ合う。

 

黒の00式はおよそ原型を留めぬまでに破壊されたその頭部から朱く火花を散らし。

黒のEF- 2000は装甲を外した両膝部が強引な蹴撃に耐えかね残存燃料を噴き出す。

 

打撃音に衝撃音、さらに風切り音はロケットの噴射音により吹き飛び消えて、実機であれば樹脂装甲の輝く破片にオイル粒が飛散したはず。黒と黒との互いの管制ユニットコネクトシートは落下のGに加えて打ち込み合う蹴りの衝撃に揺れた。

 

そして仮想空間とても近づく地表、両機の保持する加速エネルギーはすでに押される00式に抗する術はなく ―

 

「貰ったぞ!」

「――!」

 

先に接地したのは00式の脚部。

赤茶けた土煙をあげて大地に長い爪痕を刻みつけるも束の間、同色のEF-2000を上に載せた形で地を削って滑る。

 

18mの機動兵器が400m/h超で落着すればその巨大な衝撃と加速度の一方摩擦抵抗も強大。

ゆえに辛うじてか機体上体を起こし保つ黒の鬼神を地に押し付ける黒狼王の暴虐の滑走も長くは続かぬ、しかし00式腰部背面の跳躍機FE-108はその引裂力に根元から折れ飛び脱落――それでも狼王には勝利への意識はまだ微塵もない。

 

 

ただ、眼前の敵を喰らうのみ。

 

 

Das ist das Ende!(終わりだ!)

 

停止の瞬間、稼働可能最大角まで上体を反らしてのコプフシュトース(頭蓋撃)

先立つロックアップ時には見せなかった奥の手、残る唯一の兵装・後退角のついた頭頂部ブレードベーンまでをも叩き込むべく振り仰いだ狼王はしかし。

 

!!

 

その視界下方隅、組み敷いた00式左脇下に展開する ― 74式稼働兵装担架。

パイロンには何もない空の状態、しかしその先端からさらに展開・伸長する――

 

補助腕!?

 

XM3・先行入力。

疑問符が走った狼王の思考、しかしその攻撃動作入力を撤回させるまでには至らず最大まで反り返ったEF-2000の上体は跳躍ユニットの噴射までも伴って00式へと叩き込まれ――だが同時にそれを黒の00式もまたほぼ全壊状態の頭部をなお突き出し迎え撃った。

 

読まれ――いや同じ手を!

 

「ぐうッ!」

「…ッ!」

 

一際大きく揺れるシート、乱れる網膜投影の映像。

激突したEF-2000の頭部もまた自らを損壊させながら00式へと半埋没するも大きく後退角のついたブレードベーンはほぼ目標機体に触れることなく、同色の両機はまさに角突き合わせて組み合う姿になって――

 

 

外部からの操作を確認 搭乗ハッチ緊急開放

 

 

!?

 

 

網膜投影にJIVESの通知、そして通信ウィンドウには。

落着と滑走、そして相打つ衝撃に耐えてすら眉間に皺寄せ眉根を寄せる程度の双刃 ―

 

 

その手には機関拳銃。その銃口はすでにこちらを向いて――

 

 

目標機搭乗衛士の緊急降機操作を確認

 

 

そうか――!

 

 

刹那の理解と把握、だがその一瞬後に狼王の視界からその男は消えた。

敵衛士の降機による通信遮断。

 

 

至近距離に大写しになった00式C型、薄れ消えていくオレンジの発光センサーと開放状態が再現された胸部装甲。黒い鬼神のその開口部は狼王機のそれと直線上にあり ― 彼我の距離は、3mとなかった。

 

「…」

 

さしものJIVESでも戦術機の内部構造までは再現されない。

ゆえに狼王はコネクトシート右側のグローブボックス ― 護身用ハンドウェポン入れ ― に手を突っ込んだ状態でその漆黒の虚空を暫し見つめていたが、やがて乗り出していた身をシートに預けた。そして大きく息を吐いてからメインセンサーの喪失により荒くなった網膜投影の映像を動かす。

 

 

乗機EF-2000の右脇。搭乗用ハッチ外部開閉装置のある箇所。

組み敷いた00式のダウンワード展開された兵装担架、さらにそこから伸び出た給弾用の補助腕先端・U字型のマニピュレーター。

サイズの異なる弾倉を自在に掴むべく無段階に幅が調節可能なそれを以て、器用にも外部開閉装置のミニハッチを開けた上で搭乗用ハッチの緊急開放操作を行ったらしい。

 

 

― 衛士が死ねば機体は止まる ―

 

 

無表情のその台詞を思い出す。

いつからそのつもりがあったのか。

 

搭乗ハッチの開放と管制ユニット前部の緊急展開。合わせて2秒かからない。

地上への落着前からシークェンスを進めていれば墜落からの滑走の停止以前に降機準備が整っていた可能性も高く、察知してから同じく降機しようにも初動の遅れは致命的。まして実戦であれば回線に向かってあんなアピールなどはしないだろう。

仮に単に脱出を選択されたのだとしても、追うには結局生身での白兵戦 ― その状況でも先に降機されていれば圧倒的に不利。

 

しかし何故場所が判った…

 

DANCCTの開始前に他国機種のそうした資料程度は確認するのが常とはいえ。国際共通規格部の多いTSF、しかも救助用の外部緊急操作装置の位置などは概ね似通っているために、逆にいちいちその精細な位置までも覚えているのは自隊でもそれこそヴィッツレーベン少尉くらいのもの。それをあの状況下でミニハッチを探す素振りもなく見つけて開けてのけるとは。

 

 

そして落着した両機の状態からすれば、とても勝利と呼べる状況ではなく。

乗機EF-2000は頭部大破の上両主腕には停止した00式が食い込み損傷固定、さらに予備燃料を捨てての最大戦闘稼働に加えて各兵装も喪失とあっては継戦は困難――というより不可能。

 

 

JIVESの判定では勝利となっても ― 戦術機戦としては、最大よくいって引き分け。

 

勝ちを譲られたわけではないにせよ、機体性能としてはおそらくこちらに分があったといっていい上ほぼ総てを出し切ってのこの結果。

 

そして実戦であれば ― 命はなかったろう。

 

 

だが、おそらくは物見高くも観戦している他国衛士らにも良い教練になったろう。

AH ― 実際に人間同士の戦闘になれば、任務を果たして仲間も救うその最短かつ最良の方法は敵の無力化――端的にいえば殺すことに他ならず。

 

多少の例外はあるにせよ、現在の世界には「同族殺し」をするための軍隊はない。

武器を取るのは祖国と仲間、そして人類への奉仕のために他ならず、エルスター・ヴェルトクリーク以降の反戦運動家たちが見たらきっと驚くだろう。

 

それでも世界にはなお悲劇と惨劇とが生む怨嗟に憎悪に嫉妬に憤怒とに満ち満ち、そしてまたその報復を冀う声が止むことはない。

 

人間が人間である限り世界から争いはなくならない。

宇宙の果てから飛来した化け物に祖国を残らず蹂躙されてなお、西と東に別れて争ってきた父祖の代の例を見るまでもなく。

 

 

たとえ――ジントフルート(ノアの洪水)が再来しても変わらんだろうな。

 

 

狼王 ― アイヒベルガーは網膜投影に映るすっかり静かになった蒼空を眺める。

 

完全なる人工の空。

先達が鋼鉄の翼を駆りその命を賭けて技を競った大空は既に奪われて久しい。

 

 

全身全霊を賭けて祖国と人類に尽くせと。

 

部下達には常にそう訓告しながらその行き着く先を見通せぬ己。

 

この戦いは、終わらないだろう。

 

だがそれでも進み続ける。それが未だ生を繋ぎ得る者の義務であり矜持だとして。

 

 

 

「しかし我ながら…」

 

小さな苦笑と共に自嘲。

 

存分に楽しませてはもらったが、些か稚気が過ぎたようで。

副官をはじめとして部下らを労わなければならぬだろうし、特別機で負けたとあってはユーロファイタスの技術陣も心中穏やかならざるだろう。

 

「それにあの男も…存外に負けず嫌いなのではないか」

 

歴戦の狼の王の口元に刻まれる、しかし毒のない笑み。

 

強者と認めて讃えるに足る、見事な技量だった。

そしてその時になれば身体が動く。ただ目の前の敵を斃すためだけに。

やはり衛士はこうでなくては。

 

感想戦だなどと無粋をするつもりはないが酒は飲めるのだろうかと、アイヒベルガーはわりに本気で考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつも評価・ご感想下さる方々ありがとうございます

ずいぶん間が開いてしまいました ごめんなさい

なんか、長くなったわりに…イマイチでしたw



Spesial Thanks :
編集構成 LRSSG 編集部 GAS氏
メカ設定考証 TSFスライダー Right Planet氏
ProjectMIKHAIL Discord連隊フロンティア大隊衛士諸氏

作中斯衛とその界隈の漢字(厨)表現について

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