RBSセミナー

経営戦略セミナー「星野リゾートの戦略論 その本質を語る」

日時:
2016年10月29日(土) 17:30~19:00
会場:
立命館朱雀キャンパス 1階多目的室
ゲスト講師:
株式会社星野リゾート代表
星野 佳路 氏


さる10月29日に経営戦略セミナー「星野リゾートの戦略論」が朱雀キャンパスにて開催された。

星野佳路氏は言わずと知れた星野リゾートの社長である。この15年間の急成長の背後にどんな戦略的バックボーンがあったのかの話をいただいた。

15年ほど前の経営課題は以下の5つだった。
 1 競争力を得ること
 2 顧客満足度重視 
 3 効率的な運営
 4 アウトソーシング
 5 組織のエンパワメント

1980年代までは経営戦略を学ぶためには米国のビジネススクールへゆくなりコンサルタントを雇うなりする必要があったが、今や教科書は手に入り、米国有名教授の授業を動画で受けられるようになり、誰もが正しい経営戦略とは何かを知ることができるようになった。「経営戦略」はコモディティー化しているのである。

顧客満足度についても1980年代までは多くの企業が重視していなかったため、初めて徹底させれば競争力に繋がったが、今やどこでも顧客満足度調査を行なって軌道修正をしている。顧客満足経営もコモディティー化している。効率的な運営についても然り、アウトソーシング、エンパワメントについても然りである。

さて、星野リゾートの脱コモディティー戦略は「教科書の中にこそ答えはある」というものである。

ポーターの「戦略の本質」によると「戦略の本質は独自の業務活動を伴った戦略的ポジションを創造すること」にあり、そのためには3ステップがある。

 1)生産性のフロンティアを達成する
 2)トレードオフを伴う独自の活動を選択する
 3)活動間にフィットを生み出す

「生産性のフロンティアを達成する」というのは、やるべきことをちゃんとやっているか、ということである。スタートラインはそのフロンティアに乗るということである。分かりやすく言えば昔はあちこちに不味いカレーを出す店があった、ところが今や吉野家の350円のカレーを食べてもそこそこ美味しい。不味いカレーというのはフロンティアに乗っていないということだ。同様に顧客満足度が驚くほど低いホテルもなくなりコストコントロールが驚くほどできていないホテルもなくなった。何かを犠牲にしなくとも達成できるところまではどこの会社も達成しているということだ。

「トレードオフを伴う独自の活動を選択」というのは一方を取ればもう一方が犠牲になる意思決定をしているということである。Y字路で右を選んだら左は取れない、左をとったら右は取れない。ちなみに2005年にゴールドマンサックスと組んで青森屋という昭和的な温泉旅館の再建を行った時「のれそれ青森」と称して初めて毎晩ねぶた祭りをやって人気を集め軌道に乗せた。ところが、今や青森中の全ての温泉旅館が毎晩ねぶた祭りをやっている。犠牲を伴わない活動は簡単に真似され、コモディティー化してしまう。雲海テラスも同様、今や数カ所のスキー場が「雲海テラス」を提供している。これらは「トレードオフを伴う独自の活動」では無いのだ。  

では星野リゾートにとっての「トレードオフを伴う独自の活動」とは何か。一つは運営特化ということである。運営特化は、借金が増えない、リスクが増えない、早くエコノミー・オブ・スケールが働く領域に入れる、と良いことずくめなのだが、帝国ホテルもオークラも持っているものが大きいゆえ、失うのが怖く、所有と運営の分離が出来ない。それゆえ真似が出来ないのだ。

次に、時間帯ごとのホテルの各職種の稼働を見ると、時間帯ごとに違う職種の稼働が高く、一つの職種として採用した人は稼働していない待ち時間だらけになる。例えばF&Bは朝食の準備が終わると夕食の準備まで空いてしまう。そこで星野リゾートではサービスチーム化、すなわち多能工化を進めた。従来の感覚では、客室の清掃はパートに任せようということになるが、実は清掃ほど考えて行うことで生産性を上げられるものは無い。これをパートに任せるのは最悪である。とりわけ忙しいのが土日だが、土日だけだとパートを確保できないという理由で平日まで雇っている有様である。星野リゾートでは9時間拘束8時間勤務2シフトでマルチタスクで正社員が働くことでこのような問題を解決している。

ところが、ヒルトン、ハイアットをはじめとする西洋のホテルチェーンの運営の基礎はセクション間の独立であり、従来フロントのみ行ってきた人に清掃などやらせようものなら大問題となり収拾がつかなくなる。トレードオフがとんでもなく辛いトレードオフなのである。そのような構造的な理由で真似されなかったことがこの15年間の驚異的な伸びの最大の理由である。

3つ目の「活動間にフィットを生み出す」だが、実はこのサービスチーム化とフラットな組織とGunHoという価値観は実は表裏一体をなしているので、マルチタスクのみ真似しようとしても上手く行かないのである。全面的に真似するか、全く真似しないかの二者択一になると、真似する側にとってトレードオフはなお辛くなるので真似されないのだ。

なおGunHoな組織というのはケン・プランチャードの「1分間モチベーション」にある言葉で (1)「リスの精神」(やりがいがある仕事をする)、(2)「ビーバーの行動」(自己管理をしながら目標を達成する)、(3)「雁の贈り物」(仲間に惜しみない声援を送る)の3つを持った組織のことである。

このように星野リゾートはマイケル・ポーターやケン・プランチャードの「教科書」をベースに考え抜いた戦略をしているのだ。グイグイ引き込まれて話を聞いているうちに、しっかりと「教科書」を学ぶ重要性が聴衆にも伝わったのでは無いか。私自身、改めてMBAで何を教えるべきかを再認識させられた。 (文責:鳥山)