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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第12章 青少年期 ベガリット大陸編

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第百十六話「砂漠の戦士たち」

 俺たちはガルバンの護衛として、ラパンを目指す。



 メンバーは、

 商人ガルバン。

 護衛隊長『鷹の目』のバリバドム。

 護衛『骨砕き(ボーンクラッシュ)』のカルメリタ。

 護衛『大刀(ビッグブレード)』のトント。


 この四人に、俺こと『泥沼』のルーデウスと、

 『竜道』のエリナリーゼを含めた六人。


 さらにラクダも六頭だ。

 ラクダに名前でも付けてやろうかと思ったが、

 砂漠では食料に困った時にラクダを食うらしいので、やめておく。

 初めてのラクダ肉は罪悪感なしでおいしく食べたいからな。


 事前に打ち合わせをしてフォーメーションを決めておく。


 基本的にはガルバンを中心に、

 バリバドムが先頭、

 左右翼にカルメリタとトント。

 後方に俺とエリナリーゼが配置される。


 5人でガルバンとラクダを包み込むような形となる。

 どの方向から攻撃を仕掛けられても、ガルバンに被害が加わる前に他のポジションがフォローに入れる。

 インペ○アルクロスだな。


 後衛はカルメリタかトントがいいのではないかと思ったが、

 俺が魔術師という事を考慮し、

 その俺と連携慣れしているエリナリーゼを組ませる形となった。


「じゃあ、出発するぞ」


 まずはバザールを出て、東へ。

 東に移動してから、街道に至るルートらしい。


 地方名についてはよく覚えていないが、記憶が確かなら盗賊が出るとかいうルートだ。

 一応、そのことについて、警備主任のバリバドムに進言してみる。


「砂漠をつっきるルートは道がわからん。

 それに、そのための護衛だ。

 案外、捕まっても通行料を払えばなんとかなるかもしれんしな」


 通行料。そういうのもあるのか。

 困ったら金で解決。

 わかりやすくていいな。

 そうだ、盗賊だって生活のある人間なのだ。

 望むものを渡してやれば、それ以上のものは望まない。


 身内でもなんでもない、働かない奴に金を渡すというのは、少々俺としても胸糞悪い話だ。

 だが、今回は俺の懐が痛むわけでもないし、問題ない。


 もっとも、盗賊だって人だ。

 金や商品以外の物を欲しがるかもしれない。

 例えば、エリナリーゼがエロいので頂いていく、とか。


 そうなると、困った話になる。

 俺たちとガルバンは、それほど縁もない。

 命をたすけたとはいえ、自分の命と引き換えにはしてくれまい。

 切られる可能性もある。

 俺とエリナリーゼの二人で戦う事になるだろう。


「ルーデウス、不安な顔をしてますけど、あなたぐらいの魔術師がいるなら、盗賊はそう怖くありませんわ」

「そうですかね」

「いざとなったら、わたくしが色仕掛けでなんとかしますわ」

「それで、盗賊のアジトに連れていかれて、鎖に繋がれて代わる代わる……」

「あれは意外と優しくしてくれますのよ」

「経験あるんですか」

「若気の至り、ですわね」


 エリナリーゼは余裕ありそうだ。

 とはいえ、昔は昔、今は今、彼女に何かあったらクリフにも顔向けが出来ない。

 まあ、十数人ぐらいの相手なら、何とか出来るだろうとは思うが。



---



 荒野を東へと歩いていく。


 魔物に襲われる事は多かった。

 群れで突進してくる『ベガリットバッファロー』。

 ガサガサと地面を徘徊している『グレートタランチュラ』。

 空中から風魔術を使ってくる『エアフォースイーグル』。

 名前の判明した『ジャイロラプトル』や『カクタストゥレント』。

 などなど。


 だがバリバドムが早期に発見してくれたおかげで、大規模な戦闘にはならない。


 バリバドムは魔眼を持った戦士だ。

 それがゆえ『鷹の目』のバリバドムと呼ばれているらしい。


 2メートル近い、筋骨隆々とした戦士。

 年齢は四十過ぎぐらいだろうか。

 目じりに皺が目立ちはじめ、表情にはやや老獪さが見え隠れしている。

 髪型が特徴的で、側頭部と後頭部を刈り上げた頭だ。

 どこぞの高校のバスケ部のキャプテンを彷彿とさせる。

 「いいからテーピングだ」と叫び出しそうな髪形である。

 


 彼の魔眼はギレーヌと同じ『魔力眼』だ。

 魔力の流れが見えるという眼。

 それは主に、索敵で使われた。


「魔物だ、総員戦闘準備」


 彼は魔物の襲撃や天候の悪化をピタリと言い当てる。

 まるでルイジェルドのようだ。

 ルイジェルドほど精度はよくないようだが、

 しかし経験則によるものなのか、敵発見のスピードは中々に速い。


「懐かしいですわね。ギレーヌもああやって眼と鼻で敵を見つけていましたわ」


 エリナリーゼは目を細めてそう言った。

 やはり、策敵のできる味方がいると、安全度が段違いなようだ。


 敵を見つけたら、遠距離にいるうちに俺が狙撃する。

 最初は岩砲弾を使っていたが、狙いを定めるのが面倒になったので、

 風魔術で上に巻き上げて、叩き落す方向に変えた。

 こっちの方が楽でいい。


「そんな大魔術をポンポンと使って、魔力の方は足りるのか?」


 あんまり適当に倒しているせいか、

 バリバドムがそんな事を聞いてきた。


「一日ぐらいなら大丈夫ですよ」

「そうか、なるほど、お前は大魔道か」

「なんですか、大魔道って」

「大いなる道を極めし魔道師という意味だ」

「や、そこまで立派なものじゃないですよ」

「何にせよ、出し惜しみをしない魔術師は貴重だ」


 魔術師の中には、一日に使う魔力は全体の半分まで、と決めている奴もいる。

 中央大陸北部にもそういう魔術師は多かった。

 身体能力が低い魔術師にとって、いざという時に頼りになるのは魔力だからな。

 当然だ。

 もっとも、俺は半分も使った事ないけどな。


 余力を残すというのは、魔術師にとって常識だ。

 だが、魔術師をよく知らない砂漠の戦士たちにしてみれば、怠けて見えるらしい。


 バリバドムは年齢によるものか、魔術師が魔力を温存する意味をわかっているようだ。

 無詠唱に驚かない所を見ると、魔術自体には詳しくなさそうだが。


「出し惜しみしないのはいいが、いざという時のために魔力の温存も考えてくれ。

 俺たちは五人いるんだからな。

 アウトレンジは指定した魔物だけにしよう、いいか?」

「了解」


 大量の魔力総量については、別に隠す必要もないのだが……。

 言う必要もないか。

 俺自身、自分の限界がどこまでかイマイチわからないしな。

 いくらでも使えますとか調子に乗ってヘマをしたくはない。



---



 夜は、5人がローテーションで見張りをする。


 ガルバンは天幕を張り、そこで休む。

 一人で。

 護衛は全員外だ。

 まぁ、雇う側と雇われる側だし、当然か。


 俺はシェルターを作り、そこで寝るように勧めたが、

 バリバドムたち他の護衛には夜襲に対する感覚が鈍ると拒絶された。


 外で寝ることにも、ちゃんと意味があるようだ。

 そんな事をされてしまうと俺もシェルターで眠りにくい。

 だが、エリナリーゼは言った。


「気にする必要はありませんわ、わたくしたちはわたくしたちですもの。疲れを取る事の方が大事ですわ」


 彼女の言葉には一理あった。

 俺もシェルターで眠るようにする。

 そっちの方が、疲れが取れるからな。



 さて、見張り番は二人ずつだ。

 一人でいいのではないかと思ったが、5人もいるなら2人ずつの方が安全だそうだ。

 基本的なローテーションは日によって変わる。


 初日に俺と見張りをしたのは、カルメリタだった。


「よろしくお願いします」

「ああ、寝るなよ」

「もちろんですとも」


 見張りとはいえ、何も無い空間でただ黙っているのは暇である。

 なので、俺はカルメリタとぽつぽつと世間話をすることとなった。


「この間、助かった」

「いえ、お互い様です」

「お前、強い、あの女も、強い」


 カルメリタは女戦士だ。

 年齢は今年で20歳になるそうだ。

 『骨砕き(ボーンクラッシュ)』のカルメリタ。

 その名の通り、1メートル以上あるブロードソードを使っての、力押しの戦法を好む。


 この辺りの戦士はブロードソードを好んで使う。

 バリバドムやトントも似たような、分厚くて長いソードを腰に下げている。

 巨大で外皮の固い魔物が多いから、簡単に折れないものが発達したのだろう。

 いくら技量があっても、ちょっとしたことでポッキリ、何てこともありそうだしな。

 流派も独自のものであるようだ。


「お前の女、剣細すぎる。あれじゃあ何も倒せない」

「そんな事はありませんよ、あれ魔力付与品(マジックアイテム)ですし。

 グリフォンとかもズタズタにしていましたからね。

 あと、あの人、僕の女じゃないです。そういう関係じゃないです」

「でも、サキュバスくれば抱く、違うか?」

「いえ、僕は解毒魔術も使えますので……」

「サキュバスが来る、男盛る、女抱かれる、この砂漠の摂理だ」

「ほぉ」


 ベガリット大陸におけるサキュバスと女戦士の関係、

 砂漠の戦士の生態について、カルメリタは得意げに話してくれた。


 ベガリット大陸には、サキュバスが生息している。

 サキュバスはもともと、魔大陸の南西の方にいる少数の魔物だったらしい。

 だが400年前の戦争で、ラプラスが量産した。

 激しい抵抗を続けるベガリットの戦士たちを滅ぼすべく、送り込んだらしい。


 サキュバスは男に対してはめっぽう強い。

 あのフェロモンはどんな男でも骨抜きにする。

 正直、俺もいきなり目の前に現れたら、あるいは二匹同時に出現したら、勝てる気がしない。


 フェロモンに毒された男は、サキュバスの下僕となる。

 下僕の優先目的はサキュバスに捕食される事だが、

 サキュバスも一度に数十人の相手を巣穴に連れ帰ることは無理らしく、

 数人だけ連れ帰り、残りはその場に放置する。


 すると、残された男たちは、その場で殺し合いを始めてしまう。

 フェロモンに毒されると、周囲の男が敵に見えるようになるらしい。

 まさに『状態異常:魅了』だな。


 魅了を治すためには、中級以上の解毒を使うか、

 あるいは女を抱かなければ治らない。

 そして、400年前のベガリット大陸では、解毒魔術を使える人間はほとんどいなかった。

 結果として、大勢の童貞戦士たちがサキュバスの手に掛かり死んでいった。

 抱く相手がいないのだ、仕方がない。

 辛い世界だ。

 せめて最後には、サキュバスでもいいからと、そんな風に思ったのだろう。

 わかるよ、その気持ちはよくわかる。


 それから400年。

 ベガリットの戦士が滅んでしまったかというと、そんな事はなかった。

 戦士はサキュバス対策として、常に何人かの女を連れて歩くようになった。

 その女は奴隷であったり、魔族の捕虜であったり、色んなのがいたそうだ。

 しかし、戦士にとって戦えない者は邪魔である。

 守らなければならないし、体力も少ない。

 戦士たちは考えた。

 足りない脳みそを振り絞って。

 そして思いついた。

 女を戦士にすればいい、と。


 脳筋の考えそうな事である。


 とはいえ、こうしてベガリットにおける『女戦士』の制度が作られた。


 現在の護衛隊には、必ず一定数の女戦士が存在している。

 サキュバスが出た時には戦い、戦いの後には男に抱かれる女戦士だ。

 場合によっては、女の方が多いこともあるそうだ。

 その方が、サキュバスが出没したときに安全だから。

 ベガリット大陸では、女とは戦う生き物なのだ。


 カルメリタもまた、そんな女戦士の一人だ。

 彼女は、サキュバスが出現すると、仲間の男の相手をする。


 もちろん、そんな事をしていれば、すぐに妊娠してしまう。

 けれども、女戦士はそれを誉れとして、身重のまま故郷に帰るらしい。

 出産したら故郷の者に任せ、また戦士として大陸を練り歩くのだ。

 カルメリタもすでに子供を一人産んでいるらしい。


 生まれた子供は村が総出で育てる。

 誰が生んだ子で、誰の子でも関係なく。

 中には異民族との混血もいるそうだが、差別は無い。

 例外なく戦士としての訓練を受けさせ、男は精通、女は初潮がきた頃、成人の儀を行って外へと出て行く。

 そして村の外で戦士として旅をして、大体30年ぐらいして肉体が衰え出したら、村に戻り子育てに専念する権利を得るらしい。

 ただ、バリバドムのように生涯村に戻らず、死ぬまで戦士としていき続ける者もいるそうだ。


 当然ながら、結婚という制度は無い。


 きっと、特定の一人に対して特別な恋愛感情を抱いたりすることもないんだろう。

 ちょっとしたカルチャーショックだ。

 生前の世界でも、似たような部族がいるという話は聞いたことがある。

 しかし、実際に目の当たりにすると、なんというか、エロいという感想を通り越して感動するな。

 なんて思ってみていると、


「お前、感謝してる、けど、あたし魔術師嫌いだ、サキュバス出たら、白い女頼め」


 と、振られてしまった。

 いや、まあ、解毒使えるから頼んだりはしないんだけどな。



---



 『大刀(ビッグブレード)』のトントは寡黙な男だった。


 トントは鼻の下にひげを蓄えた、三十歳ぐらいの男だ。

 浅黒い肌の下にたくましい筋肉が収められている。

 背丈はバリバドムより低いが、顔立ちはよく似ている。

 ヒゲの生やし方がバリバドムと違っていなければ、案外見分けが付かなかったかもしれない。

 異民族ってのは、見分けが付きにくい。


 見張り番のときに少し話をしたが、基本的に自分から口を開くタイプではないらしい。

 聞かずともしゃべってくれたカルメリタとは対照的だ。

 俺も別にしゃべりたい事があるわけではないのでいいんだが。

 しかし、何気なく会話をする。


「『大刀』のトントってカッコイイですよね」

「ババ様、つけてくれた」

「へぇ。自然とそう呼ばれるようになったわけではないんですね」

「砂漠の戦士の名、全員ババ様がつける」


 彼ら砂漠の戦士の二つ名は、旅立つ時に族長が付けてくれるそうだ。

 カルメリタのように腕力に秀でた者には『剛力』だの『骨砕き』、

 バリバドムのような眼のいい者には『鷹の目』だの『鷲の目』。

 といった具合で、何が得意かわかるようになっているそうだ。

 ただ、そういう決め方のせいで、意外と被ってるらしい。

 腕力自慢ばっかりだそうだ。


 トントは『大刀(ビッグブレード)』というが、

 取り立ててでかい剣を使っているわけではない。

 これも腕力系だな。


 きっとどこかに『二太刀いらず』とかもいるに違いない。


「僕は、戦いの中で自然とそう呼ばれるようになりました。

 泥沼ばっかり使っていたもので」

「泥の沼、まだ一回も見てない」

「ここの魔物とは相性が悪いもので」


 地を這う相手には絶大な効果を誇る泥沼だが、

 グリフォンやサキュバスのように、低空でも空を飛べたりすると効果は半減だ。

 外殻が硬く足の遅い虫なんかも、足を止めた所でうまみは少ない。

 そもそも、最近は足止めすらしていない。


「お前の魔術、派手で面白い、得意なのも見てみたい」

「泥沼は地味ですけどね。機会があったらお見せしましょう」


 それっきり、トントは黙ってしまった。

 必要なことは話したといわんばかりだった。



---



 東に移動すると、どんどん緑が多くなってきた。

 さらに東に移動すると、キンカラという町があり、

 そこから東には密林地帯が広がっているらしい。

 砂漠のすぐ隣に密林とは、変な大陸だな。


 もっとも、ガルバン商隊はそちらには移動しない。

 途中、直立した巨大な岩を目印に、北へと進路を変える。

 進路を変えて三日ほど経過した所で、街道にぶちあたった。


 街道といっても、特に整備されているわけではない。

 人がたくさん歩いたら道になった道だ。

 今までの砂っぽい地面に比べると、踏み固められて硬く、実に安定感があった。

 やはり地面は硬い方がいい。


「旦那。ここから先に盗賊が出る。なんとかなると思うが、いざという時は……」

「金は払っているんだ、荷物だけは守ってくれ!」

「……あいよ」


 バリバドムは、いざという時は積荷を捨てて逃げるといおうとしたのかもしれない。

 だがガルバンにとって、積荷は命よりも大事なものであるらしい。

 価値観は人それぞれだ。


「あにぃ、大丈夫なのか?」

「ボンクラ、てめぇは心配しねえでいいんだよ」


 カルメリタはバリバドムとトントからは「ボンクラ」と呼ばれている。

 ボーンクラッシュだからボンクラ。

 実に分かりやすい愛称だ。

 いや、蔑称か?

 俺が言ったらぶん殴られそうだ。


「泥沼と竜道。あんたらはガルバンさんに付かず離れずで動いてくれ。

 トント、てめぇはラクダ番だ。一匹も逃すなよ。

 殿はボンクラ、てめえだ。

 俺は先行して偵察しながら進む。何かあったら鳴らす。聞き逃すなよ」

「へぃ、あにぃ」

「へぃ」

「了解」


 それぞれ合図をして、フォーメーションを組んで慎重に進んでいく。

 盗賊と言っても、基本的には待ちぶせ系なので、

 先に発見して回り道をすれば、回避することはできる。



---



 バリバドムの偵察の結果、盗賊の待ちぶせている位置は把握できた。

 どうやら、人間の集団は魔力眼では発見しにくいらしく、きちんと偵察する必要があるそうだ。


 俺たちは待ち伏せを大きく迂回する。

 道にウンコが落ちていた時、その上を跨いで通る奴は少ない。

 何かの拍子に踏んづけないように、離れて歩く。

 当然の事だ。


 しかし、何が悪かったのか。


 もしかすると偵察に出たバリバドムが発見されており、尾行されたのかもしれない。

 もしくは、バリバドムが見つけたのは盗賊の先発隊で、

 迂回したルートに本隊を待機させていたのかもしれない。


 俺達は、襲撃された。



---



 迂回ルートを取り、ほっと一安心していた所だった。


 ヒュッ!


 ふと、風切り音が聞こえた。

 次の瞬間、トントの胸に矢が刺さっていた。

 膝から崩れ落ちるトント。

 俺は何が起こったのかわからず、慌てて駆け寄って治癒魔術をかけようとした。


 しかし、次の瞬間エリナリーゼに襟首を掴まれた。

 同時に、トントの脇にいたラクダにストッと矢が刺さる。


「走れ! 襲撃だ! 西から来てるぞ!」


 バリバドムの叫び。


 そこで俺は理解した。

 敵の襲撃、にげなければいけないと。


 エリナリーゼが俺をはなす。

 ガルバンとラクダはすでに走りだしている。

 俺もそれにつられて走りだす。


 左手の丘の上から騎馬が走ってきている。

 騎馬。

 そう、馬だ。

 砂色のターバンを巻いた男たちが、馬に乗って駆けているのだ。


「旦那! ラクダを捨てろ! 積荷を捨てれば見逃してもらえるかもしれねえ!」

「いやじゃ!」

「死にてえのかよ!」

「積荷を守るのが貴様らの仕事だろうが!」

「相手の数が多すぎる!」


 バリバドムとガルバンの叫び。


 目の前で、先ほど矢の刺さったラクダが足をもつれさせた。

 見れば、口から泡を吹いている。

 数歩横にずれた後、倒れた。


 ぞっとした。

 矢に毒が塗ってあったのだ。


「ちっ、後ろからもかよ」


 背後からも騎馬が追いかけてきている。


 弓兵は丘の上にいる。

 矢をつがえている。

 ほとんど届いていないが、数人やけに飛ばすやつがいるらしい。

 ポツポツとここまで届いている。


 騎馬と弓。

 見えるだけでも凄まじい数だ。

 100、いや200はいるだろうか。

 盗賊という単語の先入観に騙された。

 これはもはや、一つの軍隊だ。


「……」


 心臓のバクバクいう音を聞きつつ、状況を判断する。

 敵は側面と背後から奇襲を掛けてきた。

 少なくとも、進行方向上に敵はいない。

 逃げるならそっちだ。


「ルーデウス!」

「はい。『泥沼』と『濃霧』を使います」

「……わかりましたわ、頼みますわよ!」


 俺は後ろを振り返りつつ、泥沼を発生させる。

 できる限り大きく。

 深さは馬が足を取られるぐらいで十分だ。


「バリバドムさん! めくらましをします! まっすぐ走ってください!」

「めくらまし!? わかった!」

「『濃霧(ディープミスト)』!」


 中空に水蒸気を発生させ、濃い霧を作り出す。

 もくもくと煙のように周囲が真っ白になっていく。

 あっという間に周囲一体が真っ白で何もみえなくなった。

 よし、これで弓兵は俺たちを狙えないはず。


 ストッ。

 次の瞬間、俺の足元に音をたてて矢が刺さった。


「うおっ!」

「……!」


 ビビって転びかけた所、エリナリーゼに支えられる。


「大丈夫、一人うまいのがいたけど、もう狙えませんわ!」


 俺はその言葉を反芻する。

 トントとラクダを倒した矢は一人の手によるものか。

 しかし、霧を発生させた。

 もう見えない。


「走りなさい!」


 言われ、走る。

 それ以後は、狙ってるわけじゃない。

 わかっている。当たらない。

 当たらない、当たらない。俺は軍神だ。

 ああ、くそ、シルフィに何かお守りをもらっておけばよかった!

 いや、神棚からシルフィの始めての時のアレを持ってきていれば。


「いかん、追いつかれる!

 カルメリタ! 剣を抜け!」


 バリバドムの言葉にぞっとする。

 耳を澄ませば、後ろから馬の走る音が聞こえる。

 泥沼を迂回した騎馬がいるのだ。

 霧の中とはいえ、まっすぐ走るだけなら問題はない。


 相手は馬だ。

 馬上の不利を知れ、なんて言葉もあるが、

 スピードが戦いの決め手という言葉もある。

 速度と勢いにのった騎馬、かなり数はいた。

 ざっと見ただけでも、100以上。

 どれだけ抜けたんだ。50か、60か?

 まともに戦いたくはない。


「足止めします! 走ってください!

 『土壁(アースウォール)』!」


 俺は背後に、2メートル程度の分厚い土の壁を出現させながら走る。

 馬とて急には止まれまい。

 この霧の中なら、壁が邪魔になるはずだ。

 壁があると知れば、速度も緩むはずだ。


「はぁ……はぁ……」


 もう矢は飛んできていない。

 俺はひた走る。

 時折後ろに壁を作りつつ、走る。


 ふと、胸に矢を受けたトントの事を思い出す。

 置いていくのだろうか。

 いや、もう助かるまい。

 あの位置は心臓だった。

 毒も塗ってある。

 上級治癒でも、心臓に毒矢を受けたら助けられるかどうかわからない。

 大体、いまさらどうにも出来ない。


 俺たちは霧の中、全速力で駆け続けた。



---



 どれだけ走っただろうか。

 2時間以上は走った気がする。

 バリバドムが後ろを確認し、「撒いたようだな」と告げ、全員の足が止まった。


「はぁ……はぁ……」


 さすがに疲れた。

 汗びっしょりだ。

 でも、走り込みの成果が出たな。

 走れと言われても、まだ走れる。


 とはいえ、戦士系の三人は涼しい顔をしている。

 闘気のせいか。

 ズルいなぁ。


「ぜはぁ……ぜはぁ……ぐぇ……」


 ガルバンは真っ青な顔でへたり込んでいる。

 いくら旅なれた商人とはいえ、走れば疲れるよな。

 安心した。


 被害はラクダが一頭と、護衛が一人だ。


 トント。

 最初のタイミングで矢を引き抜いて、治癒魔術と解毒を使えば、助かったようにも思う。

 もしかすると、うまいこと急所を外していたかもしれないし。


 実際、エリナリーゼに襟首を引っ張られなければ、そうしていただろう。

 しかし、それをしていると、逃げ遅れたかもしれない。


 俺よりエリナリーゼの方がこういう事の経験は深そうだ。

 恐らく、あそこでちんたら治療をしていたら、俺がやばい事になったのだろう。


「……」


 ふと見ると、カルメリタが俺を睨んでいた。

 なんだろう。

 何かやらかしただろうか。


 カルメリタは俺の後方、殿を担当していた。

 怪我をしている場合は、治療しておいた方がいいだろう。

 矢は受けてないようだが……。


 カルメリタはつかつかと俺の方に歩いてきた。

 いきなり胸ぐらを掴まれた。


「お前! あんなでかい魔術を出せたなら、盗賊ぐらい、やれただろっ!」

「えっ」


 やれた?

 あの人数を?


 言われて気づいた。

 そうだ。殺すという選択肢もあったのだ。


「やめろボンクラ!」

「あにぃも見ただろ! 馬が沼に沈んだ、壁にもぶち当たってた、あんな真っ白になった!」

「もっとよく考えろ! だからてめぇはボンクラなんだよ!」

「うるさい! こいつ、魔術を使えば、トントの仇、うてたかもしれない!」

「あの人数を倒しきれるわけねえだろうが! ありゃ、おそらくハリマーフの盗賊団だ。間違いなく後詰めもいたんだぞ!」

「でも……あっ!」


 俺とカルメリタの間に、エリナリーゼがわって入った。

 バックラーをカルメリタに押し付け、腰のエストックに手を掛けている。


『わたくしたちのやり方に文句があるんですの?』

「なんだよ……」


 エリナリーゼは、ふんと鼻息を一つ、カルメリタを睨みつけた。


『ルーデウスはきちんと状況を判断していましたわ。

 相手の人数もわからず、数も多い。しかも毒矢を使う相手。

 泥沼で足を止めて、霧で弓の視線を塞いで、壁を作って妨害して。

 それでわたくしたちは逃げ切れた。

 一人やられましたけど、ラクダも一頭を除いて無事。

 何が不満ですの?

 馬鹿みたいに戦って、荷物も命も何もかも失いたかったんですの?』


 エリナリーゼは、そう弁護してくれた。

 言葉は通じていない。

 だが、エリナリーゼはカルメリタが何を言いたいのかを悟ったらしい。

 エリナリーゼにしては珍しく、挑発的な言い方だ。


 敵の数は多かった。

 100か200か。

 バリバドムの言うとおり、後詰めも来たかもしれない。

 それを、俺は倒すことが出来るのか。

 わからない。

 ただ、俺は聖級魔術を使える。

 なら可能だったろう。

 魔力はある。恐らく、切れる事はない。

 泥沼で足止めをしている間に遠くの弓兵を広範囲の魔術で仕留め、

 突風で騎馬たちを下に叩き落として、火魔術で焼き殺す。

 そんな事だって出来ただろう。

 理論上は。


 実際はどうなるかわからない。

 仕留め損なった弓兵に毒矢を射られたり、

 騎馬を足止めしきれずに、押し込まれていた可能性もある。

 相手の攻撃方法も、魔術師を想定した何かがあったかもしれない。

 また、乱戦になれば範囲魔術は使えない、味方を巻き込んでしまう。


 そして、エリナリーゼもそれをわかっているだろう。

 だから俺の味方をしてくれている。 


『大体、わたくしたちは傭兵じゃありませんのよ?

 あんな大軍勢と戦う義務なんてありませんわ』

「……」

『なんですの、その目は。

 わたくしとやるんですの?

 血の気の多い娘さんですわね。相手になりますわよ』


 エリナリーゼがエストックを抜く。

 それを見て、カルメリタが慌てて腰のブロードソードに手をかけた。


 と、そこにバリバドムが割って入ってきた。


「おいボンクラ、やめろ。エリナリーゼ、あんたも、泥沼も。

 トントの事は残念だが、泥沼の判断は悪くなかった。

 あそこで戦おうなんて馬鹿な事を考えんのはボンクラ、お前だけだ。

 そんなだからお前はいつまで経ってもボンクラなんだよ」

「…………もういい」


 カルメリタは、ふんと鼻息荒く引き下がった。

 そして、座っているラクダの傍にいくと、座り込んで膝に顔を埋めた。

 その様子を見て、バリバドムはため息をついた。


「悪いな、二人とも」

「いえ……」

「カルメリタはな、前にトントのガキを産んでんだ」

「えっ」

「だからまぁ、わかってくれ。あいつのは、ただの八つ当たりだ」


 子供を生んでいる。

 だから、あんなに怒ったのだろうか。


 砂漠の女戦士は、決してそういう、個人の男に対するなにか特別な感情は持たないと思っていた。

 けど、そういうわけでもないのだろうか。

 やはり、子供を産んだ相手というのは、特別なのだろうか。


 ちょっとショックを受けていると、エリナリーゼがエストックを鞘に納め、近づいてきた。


「ルーデウス。落ち込む事はありませんわ」

「……はぁ」

「冒険者にも、人は殺せないって人は稀にだけどいましたもの。

 ましてあなたはもうすぐ父親になる身ですものね。

 殺しを躊躇するのもわかりますわ」


 彼女は少しズレた事を言った。

 会話が通じていないからだ。


 正直、俺は躊躇すらしていない。

 あんな切羽詰まった状況ですら、殺すという単語は選択肢に浮かびもしなかった。


 もっとも、深い霧の中、俺の作った壁にぶち当たって死んだ盗賊はいただろう。

 そのことについては特に罪悪感を覚えないのだが。

 魔術を使って直接に殺害するとなると、どうにも胃に変なむかつきを覚える。


 ……我ながら小物で、ちょっとなさけなくなる。


「ありがとうございます」


 慰めてくれているエリナリーゼには、素直に頭を下げておく。

 思えば、逃げている最中、彼女はずっと俺の傍で走っていた。

 転びそうになったら支えてくれたし、矢の盾になるような位置にいた気がする。

 ずっとサポートしてくれていたのだ。

 もしかすると、彼女は『俺の』護衛をしてくれているつもりなのかもしれない。


「もう、お礼なんて必要ありませんわ。孫を守るのは当然ですわよ」


 エリナリーゼは、ぽんぽんと俺の肩を叩いてくれた。

 孫か……。


 帰る頃には、シルフィのお腹も目立って大きくなっているだろうか。

 俺の子供で、エリナリーゼの曾孫だ。

 彼女とて、曾孫の誕生の際に、シルフィから「どうしてルディを守ってくれなかったの!?」なんて糾弾は受けたくあるまい。

 俺と一緒に、シルフィと一緒に。

 笑いあって新たな生命の誕生を祝いたいはずだ。


「……あの、エリナリーゼさん」

「なんですの?」

「ありがとうございました」


 俺がもう一度礼をいった。

 今度は心を込めて。

 エリナリーゼもまた、もう一度、俺の肩を叩いた。



---



 少々ギクシャクしつつ。

 旅は続く。


 仲間が一人死んだというのに、バリバドムは冷静だった。

 何事もなかったかのようにフォーメーションを組みなおした。


 バリバドムは、トントに対しては何も言わなかった。

 死を悼むでもなく、淡々と護衛の仕事を続けた。

 バリバドムがトントの名前を口に出す事は一度もなかった。

 薄情だ、と思う部分もある。


 けど、きっとここはそういう場所なのだ。

 そして彼らは、そういう一族なのだ。

 死と隣り合わせで、何かあれば、すぐに死ぬ。

 思えば、魔大陸でもそんな感じはあった気がする。

 俺と少しばかり、価値観と感覚が違うのだ。



 数日後、中継地点となるオアシスにたどり着いた。

 最初に見たバザールと同じように、湖を取り囲むように市場が出来上がっている。


 前に見たときは気にも留めなかったが、

 戦士っぽい格好をした集団には、確かに一人は女性がいる。

 彼らも皆、砂漠の戦士なのだろう。


 ガルバンたちは、開いている一角に天幕を張った。

 オアシスにいる間は、護衛も天幕の中で眠れるらしい。


「バリバドムよ、護衛を追加で雇う必要はあるか?」

「いや、必要ないだろう。あの二人は並の戦士より使える。

 この人数でラパンまで行き、そこで雇うのが得策だろう。

 もう盗賊はいねえだろうからな」

「なるほど、ではそうするか。それにしても、ラクダを失ったのは痛いな」

「仕方ないさ。あの状況でラクダ一頭で済んだのは僥倖だ」


 バリバドムとガルバンの会話は気安い。

 雇用関係にあるとは思えないぐらいだ。


「なんだ、ルーデウス。わしの顔に何かついているか?」


 ガルバンを見ていると、そんな風に聞かれた。


「いえ、バリバドムさんとは、ずいぶん仲がいいんだなと思って」

「奴とは、わしが駆け出しだった頃からの仲よ。唯一信頼できる相手だな」


 なるほど。

 案外、バリバドムも、同じ砂漠の戦士であるトントより、

 商人のガルバンのほうに強い仲間意識を持っているのかもしれない。


 護衛隊長であるバリバドムにとって、自分の部下は使い捨てるもの……。

 とまではいかずとも、入れ替わっていくもの、という認識が強いのだろう。



---



 バザールで食料品等の補給をした後、さらに北に向かう。


 あれ以降、カルメリタが突っかかってくる事は無かった。

 彼女もまた、あの瞬間取り乱していたのだろう。


 もっとも、必要以上に仲良くすることもなかった。

 以後は見張りの時間にも会話は無かった。

 どうせラパンまで行ったら別れる間柄だし、俺も気にはしない。



 しかし、自分が産んだ子供の父親が死んだら、やはり辛いのだろうか。


 俺の立場で考えて。

 シルフィが死んだら。

 まぁ、当然辛いわな。

 自分の子供を妊娠してくれたってだけで、あれだけ感動したんだ。

 死んだとなれば、そりゃあ辛いさ。


「……後悔か」


 俺はベガリット大陸に来ると、後悔するらしい。


 エリナリーゼに出会った時点でベガリット大陸に向かうのと、学校でナナホシに出会って、転移魔法陣の事を聞いてから向かう。

 年月的にはそう変わらない。

 だから、その後悔は同じものだろうと思っていた。


 同じものであると仮定すれば、学校に残してきた者に何かあるとは考え難い。


 もし、前者でベガリット大陸に向かっていれば、

 シルフィとは会えなかったし、他の連中とも知り合いになれなかったのだから。

 後悔すらしなかっただろう。


 けれど、もしかすると、別の後悔なのだろうか。

 行った先で何か起こるのではなく、残してきたものに何かが起こるのだろうか。

 例えば、シルフィの妊娠の状態が悪くて……。


「ルーデウス、何かいいまして?」

「いえ……」


 杞憂だ。

 後悔の種なんて、そこらに転がっている。

 俺のようなうかつな奴は、何をやっても一つは後悔を残すものだ。


 ここから先。

 何が起こるかわからない。


 人神の言葉に真っ向から逆らったのは始めてだ。

 今までは、従ってさえいれば結果的にはいい方向に転がった。

 なら、今回は、何をしてもダメという事だろうか。


 否。

 そんな事は無いはずだ。

 何かが悪いことが起こるとわかっていれば、それを回避する事は可能なはずだ。


 とはいえ、トントのような事が身近な誰かに起こらないとも限らない。

 気は抜けない。


 そう考えておこう。


 そして。

 もしその時、俺の家族を殺そうとしてる奴が人間なら……。

 今度こそ……。


 ……いや、やめておこう。

 どうせ口だけだ。

 俺に人は殺せないのだ。

 いざとなったら、せめて身を挺して、家族を守ろう。

 そうしよう。



---



 それから二週間後。

 俺たちは迷宮都市ラパンへとたどり着いた。


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