つまり、やすやすと山上容疑者に安倍元首相の背後への接近を許し、1発目の発砲音から2発目の3秒間、警護官は何の対応もできなかったということだ。「3秒」を数えてみてほしい。日常生活での3秒はあっという間だが、大きな音や声に反射的に動かなければいけない立場なら、十分すぎる時間だ。
全国紙社会部デスクの情報だが、防犯カメラの映像には安倍元首相の演説が始まると同時に容疑者がカバンから銃を取り出しながらゆっくりと歩いて近づき、1発目を発砲したシーンが写っていた。さらに4~5歩前進し、3秒後にも発砲。2発とも落ち着いた様子で、しっかりと腰を落とし、両手で構えて発砲していた。
県警捜査本部(刑事部主体)の聞き取りに、警護官(警備部)は「1発目の発砲音に気付いていた」と説明。聴衆から提供してもらった動画には、接近してくる容疑者に気付いたと見られる警護官が、同僚に耳打ちしているように見えるものがあるという。この理由は、末尾に記したことが理由かも知れない。
県警本部長は警護のプロ
非を認めて浮かべた涙
事件当日、奈良県警の記者会見には捜査を担当する刑事部長と捜査第1課長のほか、警備部参事官が出席。記者からは警護態勢の責任を問う質問が出たが「結果は重大に受け止める」「問題があったか確認を進める」を繰り返し、態勢の詳細についても「差し控える」「今後に関わるので…」と明言を避けた。
9日には鬼塚友章本部長が記者会見で「警護警備に問題があったことは否定できない」と非を認めた。鬼塚本部長は都道府県警の要人警護を指揮する警察庁警備局警備課警護室長を歴任するなど、警護のプロフェッショナル。それだけに、会見では「痛恨の極みだ」とうっすらと涙を浮かべていた。
前述のデスクによると、首相経験者には通常、警視庁警備部警護課に所属し、要人警護を専従とする3人前後のセキュリティポリス(SP)が担当するが、影響力の大きい安倍元首相なら4~5人だった可能性もあるという。
奈良県警の記者会見では、事件現場の警護は参事官をトップとした態勢だったと説明したが、地方遊説などでは当然、経験豊富なSPが仕切ることになる。奈良県警の規模であれば本部の公安課、警備課を中心に、外事課、機動隊の警備部総がかりに加え、現地署の警備課と地域課も駆り出されたはずだ。しかし、安倍元首相の周囲で警護するのはSPで、奈良県警が担当するのは雑踏警備が中心だろう。
映像で見る限りだが、現場は車道に囲まれた一辺数メートル~十数メールの狭いロータリー。演説している安倍元首相の回りでオレンジ色のTシャツを着た現地候補者のスタッフが聴衆に手を振っているが、スーツを着たSPも同じ方向を向き、後方を警戒する姿は確認できない。
これでは、スタッフやSPとは明らかに無関係なグレーのポロシャツ、茶色いズボンに大きなバッグを持った容疑者が数メートルの至近距離まで近づけたのは当然で「なぜ背後が無警戒?」と疑問を持たざるを得ない。
警備畑が長い警察庁OBも「緩みがあったのか、信じられない大失態。大規模な更迭は避けられないだろう」とあきれていた。