合唱と投票
『クラスの皆様との合唱で、わたくしを感動させてくださいまし』
にっこり笑って、エカテリーナはリーディヤにそう言った。
条件、などと言いはしたものの、エカテリーナとしては単なる激励のつもりだ。
あとは、前世で合唱部だった身のこだわりと言うか……リーディヤは独唱ならば間違いなく素晴らしく歌えるだろうけれど、皆と合わせる合唱はどうだろう、と少し心配だった。単独での歌の上手さと、合唱で美しく歌声を融け合わせることができるかは、ちょっと違うのだ。そのあたりに、より気を配ってくれたらいいかなと。
とはいえ、そもそも学園祭でのクラス発表。そんなすごいレベルは求めていない。
というか実際には、無条件で楽譜をプレゼントするだけだ。
が。
リーディヤは、ふっ……と微笑んだ。
『ええ……必ずや。
エカテリーナ様のお心に適う音楽を、お聴かせしてみせますわ!』
リーディヤちゃん……。
背中に炎は背負わなくていいのよ⁉︎
そういえばこの子、前世の熱い人みたいになったレナート君と親戚だった……セレズノア侯爵家はもともと武人の家柄だったというし、気質的に体育会系?うん、音楽家って実は、アスリートみたいなタイプけっこういるよね!
という心境を言葉にするわけにはいかず、エカテリーナは微笑んだ。
『楽しみにしておりましてよ』
そして。
講堂の観客席でいくつかのクラスの劇や歌を楽しんだエカテリーナとフローラは、リーディヤのクラスの合唱が終わったのち、講堂の裏口近くにやって来ていた。
自分でやってみると、なるほどここは出待ちにぴったりなのだと解る。解ったからどうなのかという気もするが。
「エカテリーナ様、大丈夫ですか」
「ええ、フローラ様……お恥ずかしゅうございますわ」
心配そうに肩を抱いてくれるフローラに答えているうちに、裏口から一団の生徒たちが吐き出されてくる。その中に、数名の女生徒に取り巻かれるように囲まれた、リーディヤの姿があった。
「エカテリーナ様!」
声をかけようとするより早く、リーディヤがこちらに気付く。そして、驚いたように目を見開いて、さっと歩み寄ってきた。
驚くのも無理はない。エカテリーナは目を赤くして、
「リーディヤ様……素敵な歌声でしたわ」
エカテリーナは、恥ずかしそうに言う。自分でもすごく思っている。
学園祭のクラス発表の合唱でガチ泣きする私、チョロすぎだよね!
いや、合唱そのものに泣いたというよりは、前世の高校時代に頑張った部活の記憶が走馬灯のように脳裏を駆け巡って、それで泣いてしまったのだが。
あと、今生で幼い頃に母と声を合わせて歌ったことも思い出して、もう駄目だった。
でもリーディヤのクラスのハーモニーは美しくて、これだけ合わせられるのはしっかり練習したのだろうなあ……と思ったのがきっかけで走馬灯が始まったので、広義では合唱に感動して泣いたと言っても嘘ではない。と思う。
なにより、リーディヤの歌。
独唱はさすがの一言で、彼女のパートが終わったところで、万雷の拍手が湧き起こったほどだった。
しかし合唱部OGとしては、全員で歌っている時のリーディヤこそ満点だったと思う。自分一人が目立って和を崩してしまうことなく、それでいて完璧な音感と揺るがぬテンポで周囲の道標となって、ハーモニーを主導していた。
彼女は、自分の実力を誇るより、全体の音楽としての美しさを優先したのだ。
――立派になって……!
自分が育てた子を見る気分に勝手になって、ほろりとしてしまったエカテリーナだった。
「クラスの和をしっかりと築かれたからこそ、あのように歌声が融けあって美しく調和されたのですわね。それを想って、つい感情が昂ぶってしまいましたの。どうか、お気になさらないでくださいまし」
「エカテリーナ様……」
リーディヤは微笑む。
高位の貴族令嬢として、こんな風に簡単に泣くのはきっと、評価を下げる真似だろう。けれど、リーディヤの笑みは優しかった。
かつてエカテリーナは、挫折に崩れ落ちたリーディヤを、力一杯抱きしめたことがある。その時リーディヤが、この方はお人好しなのだと思い、それゆえに敗北を感じたことを、エカテリーナは知るよしもない。
「どうぞ。お受け取りくださいまし」
リーディヤに、エカテリーナは楽譜を差し出した。それはくるくるときれいに巻いて、銀糸を織り込んだ青いリボンで留めてある。
リーディヤは、そのリボンをじっと見つめた。彼女の髪色は、青みがかった銀髪だ。
このリボンちょっとリーディヤちゃんぽい、という軽い気持ちで、エカテリーナが選んだものである。
それを、リーディヤはそっと受け取った。
「わたくし、宝物にいたします……!」
「嬉しゅうございましてよ。リーディヤ様でしたら、きっと歌いこなしてくださいますわね」
リーディヤの感激とエカテリーナの応えには、若干のズレがあったのだが。
エカテリーナは、気付かなかった。
そうして学園祭は、終わりを迎える。
エカテリーナとフローラは、投票に行った。最も優秀なクラスと、最も活躍した人を選んで、票を投じる。
えいっ、と直感で、書きたい人の名前を書いた。
アレクセイ・ユールノヴァ。
だってー!だって私、ブラコンなんだもん!
謎の言い訳をしながら、優秀なクラスも兄のクラスを書く。
だって素敵だったもん!お兄様はもちろん、ニコライさんも、他の騎士の皆さんも。それに、ひとつのクラスで馬上槍試合の再現をやってのけるなんて、優秀という言葉にすごくふさわしいはず。
隣では、フローラも悩みながら投票用紙に記入している。美少女は悩む表情も可愛い、とエカテリーナはちょっと和む。
一緒に投票箱に用紙を投じた時、声がかかった。
「エカテリーナ」
「お兄様!」
大喜びで、エカテリーナはアレクセイに飛びつく。兄の後ろには、執務室の幹部たちも一緒にいた。
「お兄様も投票にお越しですの?」
「ああ、アーロンが投票すると言うので、皆でということになった」
学外からの来客も投票できるので、幹部たちも参加して問題ない。学者然とした眼鏡を押さえて、アーロンが控えめに笑顔を見せた。学園卒業生のアーロンだから、学園祭の楽しみ方も知っているわけだ。
「学園祭は楽しかったか?」
兄に訊かれて、エカテリーナは笑顔でうなずいた。
「思いがけないことがたくさんありましたわ。ですけれど、楽しゅうございました。なんといっても、お兄様と学園祭をご一緒できるのは、今年限りなのですもの。一生の思い出ですわ」
「そうか」
優しく、アレクセイは妹の髪を撫でる。
「お兄様は?」
エカテリーナが尋ねると、アレクセイは微笑んだ。どこか、
「私も楽しかった。学園祭を楽しんだのは初めてだ…… こうした催しからは距離を置いていたが、わざわざ時間を割く意味がようやく解った気がする。お前に勝利を捧げることができたこの学園祭は、お前の言う通り、一生の思い出になるだろう」
わーいやったー!
その言葉に、エカテリーナは有頂天になる。
お兄様が楽しんでくれて嬉しいー。いつも仕事ばかりのお兄様に、学生時代の思い出を作ってほしいと思って頑張ったんだもの!
と、内心でぴょんぴょんしたエカテリーナだが。
アレクセイと幹部たちが投票用紙に書き込む様子を見て、はたと気付いた。
シスコンお兄様と、シスコンウイルス感染済みの皆さん……私に投票してくれるのでは?
なんかちょっとあの……怖い予感がしてきたんですが。ユールノヴァ公爵家の威光ってすごいし。やめてほしい。身内への投票はおやめになって……とか、やんわり止めたい。
けど私、ついさっきお兄様に投票しちゃったー!
止めるに止められず、内心でだらだらと汗をかくばかりのエカテリーナである。
一同が投票を終えた時、鐘が鳴った。学園祭の終了を告げる鐘だ。
気付くと空は、茜色に染まっていた。
あとは、後夜祭を残すのみ。
前回更新ではお見舞いのお言葉をたくさんいただきありがとうございました。
おかげさまで、今はすっかり回復しております。
わんこの通院で歩いて動物病院に行ったのですが、暑さ対策は頑張ったものの水分補給に気が回らず……わんこ用の水しか持っていきませんでした……。
皆様、ご自愛くださいませ。
あ、わんこはいろんなポケットに保冷剤をつめたキャリーバッグで運んで、元気でした。
大学へ向かう途中、突然地面が光り中学の同級生と共に異世界へ召喚されてしまった瑠璃。 国に繁栄をもたらす巫女姫を召喚したつもりが、巻き込まれたそうな。 幸い衣食住//
8歳で前世の記憶を思い出して、乙女ゲームの世界だと気づくプライド第一王女。でも転生したプライドは、攻略対象者の悲劇の元凶で心に消えない傷をがっつり作る極悪非道最//
異母妹への嫉妬に狂い罪を犯した令嬢ヴィオレットは、牢の中でその罪を心から悔いていた。しかし気が付くと、自らが狂った日──妹と出会ったその日へと時が巻き戻っていた//
前世の記憶を持ったまま生まれ変わった先は、乙女ゲームの世界の王女様。 え、ヒロインのライバル役?冗談じゃない。あんな残念過ぎる人達に恋するつもりは、毛頭無い!//
薬草を取りに出かけたら、後宮の女官狩りに遭いました。 花街で薬師をやっていた猫猫は、そんなわけで雅なる場所で下女などやっている。現状に不満を抱きつつも、奉公が//
悪役令嬢にずっとなりたいと思っていたが、まさか本当になってしまうとは……。 現実に直面すればするほど強くなる悪女になる夢を持った少女のお話。 主人公の悪女の基//
【マッグガーデン・ノベルズ様より書籍3巻発売中】 !!!こちらはWEB版です!!! お話自体が大きく異なりますので書籍とは別の作品とお考え下さい。【コミックの//
◇◆◇ビーズログ文庫様から1〜4巻、ビーズログコミックス様からコミカライズ1~3巻が好評発売中です(オーディオドラマにもなりました)。よろしくお願いします。(※//
★6/25 『とんでもスキルで異世界放浪メシ 12 鶏のから揚げ×大いなる古竜』発売!★ ❖❖❖オーバーラップノベルス様より書籍11巻まで発売中! 本編コミック//
エレイン・ラナ・ノリス公爵令嬢は、防衛大臣を務める父を持ち、隣国アルフォードの姫を母に持つ、この国の貴族令嬢の中でも頂点に立つ令嬢である。 しかし、そんな両//
婚約破棄のショックで前世の記憶を思い出したアイリーン。 ここって前世の乙女ゲームの世界ですわよね? ならわたくしは、ヒロインと魔王の戦いに巻き込まれてナレ死予//
魔力の高さから王太子の婚約者となるも、聖女の出現によりその座を奪われることを恐れたラシェル。 聖女に対し悪逆非道な行いをしたとして、婚約破棄され修道院行きとなる//
貧乏貴族のヴィオラに突然名門貴族のフィサリス公爵家から縁談が舞い込んだ。平凡令嬢と美形公爵。何もかもが釣り合わないと首をかしげていたのだが、そこには公爵様自身の//
頭を石にぶつけた拍子に前世の記憶を取り戻した。私、カタリナ・クラエス公爵令嬢八歳。 高熱にうなされ、王子様の婚約者に決まり、ここが前世でやっていた乙女ゲームの世//
【書籍版重版!! ありがとうございます!! 双葉社Mノベルスにて凪かすみ様のイラストで発売中】 【双葉社のサイト・がうがうモンスターにて、コミカライズも連載中で//
【R4/7/15 ノベルZERO1巻 & R4/8/18 ノベル7巻発売予定。R4/5/12 コミックス6巻発売。ありがとうございます&どうぞよろしくお願いしま//
書籍版:1~10巻発売中。 コミックス:1~4巻発売中・WEBにてコミカライズ連載中! 舞台版DVD「ティアムーン帝国物語 THE STAGE」Ⅰ、Ⅱともに絶//
それは待ちに待った15歳のデビュタントの日の事。 他の女性に跪き、愛を乞う自分の婚約者を目撃してしまった子爵令嬢、マーシャリィ・グレイシス。 まさかの浮気現場に//
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
二十代のOL、小鳥遊 聖は【聖女召喚の儀】により異世界に召喚された。 だがしかし、彼女は【聖女】とは認識されなかった。 召喚された部屋に現れた第一王子は、聖と一//
6/25コミカライズ3巻発売です! 「リーシェ! 僕は貴様との婚約を破棄する!!!」 「はい、分かりました」 「えっ」 公爵令嬢リーシェは、夜会の場をさっさ//
王太子から冤罪→婚約破棄→処刑のコンボを決められ、死んだ――と思いきや、なぜか六年前に時間が巻き戻り、王太子と婚約する直前の十歳に戻ってしまったジル。 六年後の//
【R4/3/7 ノベル3巻発売。マンガUP!にてコミカライズ連載中。ありがとうございます&どうぞよろしくお願いします】 「ひゃああああ!」奇声と共に、私は突然思//
「すまない、ダリヤ。婚約を破棄させてほしい」 結婚前日、目の前の婚約者はそう言った。 前世は会社の激務を我慢し、うつむいたままの過労死。 今世はおとなしくうつむ//
公爵令嬢に転生したものの、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまっていた…。私は婚約を破棄され、設定通りであれば教会に幽閉コース。私の明るい未来はど//
※アリアンローズから書籍版 1~8巻、コミックス1〜5巻が現在発売中。 ※オトモブックスで書籍付ドラマCDも発売中です! ユリア・フォン・ファンディッド。 ひ//
一迅社アイリスNEOより書籍1~2巻が発売中です。イラストレーターは八美☆わん先生です。コミックスは3月31日発売しました! コミカライズはゼロサムオンライ//
本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//