シェリー・ポッターと神に愛された少年   作:悠魔

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9.帝王

洞窟の中に音が反響する。

シェリー達は大量の瓦礫の前で立ち尽くしていた。

ロックハートが苦し紛れに放った魔力によりーーシェリーとベガとドラコは、入口に戻るどころか、ロンと合流する事すらできなくなってしまった。状況は、最悪だ。

 

「ローーーーーンッ!!聞こえる!?」

「うん普通に聞こえる!だからそんなに叫ばなくても大丈夫だぜシェリー!」

「あ、う、うん……」

「現況は?」

「頭を瓦礫にぶつけたからか、ロックハートは伸びてる。近付いて確認したから間違いない。弱いってのは本当だったみたいだな……。ただ、そっち側に行くのは無理そうだ」

 

これで、彼等に残された選択肢は一つとなったというわけだ。

戻れないなら、進むしかない。

秘密の部屋に三人だけで挑むしかない。

無論、帰る時にこの瓦礫を撤去する必要があるのだが……最重要はジニーとコルダなのだ。シェリーは確証はないが、確信はしていた。継承者は遅かれ早かれ彼女達を殺してしまう、と……何故かそう思えた。

 

「………、ロン、よく聞け。俺達が一時間で帰らなかったら、その時は……」

「君達の所へ行く」

 

きっぱりとした口調に面食らう。

ベガは頭を痛めたがーーどうやら駄々をこねている訳ではなさそうだ。

 

「ロン。俺達がやられるってのは相当やばい状況なんだぜ、もしそうなったら動けるのはお前しかいねえ。ピンチを伝えられるのがお前だけなんだよ」

「『友達が死ぬかもしれない』、そんな事を前提に行動する奴なんざいないだろ。『君達がジニー達を助ける』、それが前提なんだよ。だったら五人全員がここに帰れるように大きな穴を作っておく、それが僕の戦いだ」

「…………」

 

彼の決意に思わず押し黙る。

ーーロンの覚悟を舐めていたようだ。ベガは暫し考えると、「悪い、任せた」と呟いた。腹は決まったようだ。

元より死ぬ気などさらさら無いが……これで、絶対に死ねなくなった。

 

「シェリー!」

「うんっ」

「ごめんーー僕じゃ役に立てない。ハーマイオニーの……皆んなの仇を取ってくれ」

「ーーーうん。任せて、ロン」

「それとマルフォイ!本当はお前にこんなこと言うのも嫌だがな……!ジニーを頼む!僕の妹を、頼む!シェリーとベガを……君に任せる!もうさっきみたいなヘマはするなよな!」

「………あ、あくまで僕の目的はコルダだ。だがついでに助けてやるよ」

「ああ、それでいい。ーー任せたぞ」

 

強がってはいるが、シェリーはドラコが右手を握りしめたのを見逃さなかった。

悔しいのだろう。まんまとロックハートに出し抜かれ、宿敵であるはずのロンに助けられ、彼の自尊心はズタボロの筈。それでも妹を助けたいという一心で、無力を嘆く事を放棄している。

ーーひょっとして、彼なら。もしかするともしかするかもしれない。

 

「ーードラコ、これをーー」

「?なんだポッター……って、こ、これは……!?」

「……ああ、いざという時これを使いこなせるのはお前だけかもしれねえな」

『オーイ皆んな、作戦会議もいいけど時間はないんだ!なるべく急いでくれ!』

「!そうだね。行こっか」

 

ロンの激励を貰い、進んで行く。

警戒と集中を絶やさず、そしてーー、彼達は行き止まりに辿り着いた。

絡み合った蛇のオブジェ。その中心にはエメラルドグリーンの魔法石がはめ込まれており、特定の魔力を注ぎ込めば仕掛けが作動する仕組みだ。

やるべきことは、分かっている。

「開け」ーーそう口から滑らすと、どこか恭しく蛇が退散しーー扉が開く。

とうとう辿り着いた。ここがーー今年中ずっとホグワーツを騒がせた秘密の部屋か。

まず目に入るのは、巨大な禿頭の石像。おそらくはあれがサラザール・スリザリンなのだろうが、自分の石像を飾るとは生前はよほどナルシストだったようだ。

部屋の中は水で満たされており、大蛇の石像があちこちに鎮座している。趣味が悪いとベガは吐き捨てるが、シェリーとドラコにとってはそうではないようだった。

「蛇、最高じゃないか」と。

 

「お前達の趣味は独特だな…………、ッ!あれは!」

「ジニーッ!」

 

スリザリンの石像の足元に倒れている、燃えるような赤毛の少女。思わず駆け寄って抱きとめると、その身体は青白く、ぐったりとしているではないか。呼吸も浅く、平常時の人間の肉体ではない。

 

「魔力が極端に少ない。そのせいで身体に異常をきたしているんだ」

「そんな……これも、継承者の仕業…?」

「ーーーご名答」

 

背後から聞こえてくる声に、真っ先に反応したのはベガだった。その場から跳びのくと同時、声のした方へと挨拶と言わんばかりに『麻痺呪文』を放つ。シェリー達に盾呪文を放っておくのも忘れない。

まさしく最善の動きだったが、麻痺呪文は通用しなかった。お手本のような美しい動きで盾を形成すると、麻痺呪文はあえなく消滅する。光の粒子が消えるとーーその姿が露わになった。

黒髪に、妖しい色気を纏わせた美青年。スリザリンを示す緑のローブを揺らしてーーその男は現れた。

 

「ふふーー直接会うのは初めてだなーーーシェリー・ポッター」

「あなたは……トム・リドル!?」

 

見覚えのある、どころの話ではない。

目の前の男は『記憶』の中で見た五〇年前の容姿と全く変わらず、そのままの姿でそこに君臨していた。

 

「………、……。つまりはそういう事か。今回の事件の黒幕は、お前だな」

「ふふ、正解。スリザリンの継承者とは僕のことだ。ちなみに、五〇年前の事件を引き起こしたのも僕」

「成る程な。バジリスクを使って女子生徒を殺し、ハグリッドに罪を被せたのか。あまりにも出来すぎた話だったしな……」

「ふふ。ちなみに今回バジリスクですぐに殺人をしなかったのは、またすぐ閉校になる危険があったから。そして、生徒を守れなかった無能な校長としてダンブルドアを追い出したかったからだ」

(………スリザリンの僕が一番話について行けてないんだが……)

 

リドルは口角をつり上がらせて薄っぺらな笑顔を作った。

 

「……まさか、あなたが。けど、どうして五〇年前と変わらない姿でここに……」

「くくっ。何故だと思う?」

 

悪戯っぽく笑う。

見れば、微かに輪郭がぼやけている。リドル越しに薄っすらと後ろの風景が見えてしまうほどだ。ゴーストだろうか……?

 

「『記憶』ーーだよ。五〇年前からずっとこの日記に封じ込められていたーー、僕の魂の一部さ」

 

きっかけは、ジニーが自分の荷物の中に見知らぬ日記帳が入っている事に気付いたことだった。

たまたま見つけた日記帳を最初はマクゴナガル女史に届け出ようと思ったものの、文字を浮かべて興味を惹き、少しずつ時間をかけて口先で籠絡させていった。

ジニーはどんどん日記帳にのめり込み、リドルはホグワーツの状況を随時知ることができたという。

ジニーはまだ11歳の少女に過ぎない。そんな彼女の心を得意の話術で開かせるのは簡単だったという。

やれ、恋の話題だの、友達と仲良くなれるかだの。ティーン特有のくだらない話を聞く良き友人として接したという。

しかし同時に、日記の中に魔力と魂を取り込んでいき、少しずつ彼女を操れるようになっていった。そして肉体を掌握しーー秘密の部屋を開かせ、バジリスクを解放。殺した鶏の血で文字を書き、自分の手足として動かしていた。

さて、ここで邪魔になってくるのがシェリー・ポッターだ。彼女は必ず自分の前に立ちはだかる、そういう運命にあると感じたリドルはーーここで彼女が来るのをずっと待っていたのだ。

 

「……運命?」

「ああ、そうさ。偉大なるヴォルデモート卿を打ち倒したのを聞いた時、悟った。君がーーシェリー・ポッターこそが、僕の宿敵なのだとね」

「…………??何でヴォルデモート卿のことを気にするの。あなたとは関係のない人でしょう?」

 

その問いに、小馬鹿にしたような笑いで答えた。

シェリー達の嫌な予感に答えるように、リドルは空中に文字を描いた。

 

TOM MARVOLO RIDDLE

 

「これを見ろ。ーー平凡な名前だ。どこにでもいるような、ありきたりな名前だとは思わないか?」

「いい名前だと思うけど」

「君の意見は聞いてない。ーー僕は己の運命に相応しい名をつけたのさ」

 

リドルが杖をひと振りすると、その文字列が動きーーそして並び変わる。

それを読んだ時、ハッと息を呑んだ。

シェリーにとって両親を殺した仇であり。

ベガにとって親友を殺した組織の親玉であり。

ドラコにとって父親の元上司。

その男の名はーー。

 

I AM LOAD VOLDEMORT

 

「どうだいシェリー。僕は過去のーー『闇の帝王』だ」

 

まさかーーまさか、だ。

物腰が柔らかく品の良いホグワーツの好青年が、英国中を恐怖のどん底に陥れた最強の闇の魔法使いになるなど、誰が想像できようか。

しかしーーシェリーは驚きもあるが、どこか納得もしていた。トム・リドルはヴォルデモートである、と。

 

「じゃあ、あなたが」

「ああ、そうさ。僕はこの歳から魔法界を牛耳ろうと画策していたってわけさ。秘密の部屋もその一環という訳だ……この名前を考えるのに苦労してね。天才の僕の頭脳をもってしても、これを思い付くのに一晩かかったんだよ」

「……まあ、お前も男だもんな。気持ちは分かるよ。誰だってそういう時期はあるものな」

「おい」

「………………」

「おい何か言えよマルフォイの息子、おいこら」

 

ドラコは目を逸らした。無理もない…。

 

「…芸術を分からんやつらめ。まあいい。で、僕はジニーの魔力を吸って復活しつつあるんだ。だが僕の偉大で膨大な魔力を、穢れた血と通ずる小娘ごときの魔力で補える訳がない。このままではジニーも死ぬし、僕も復活できない。

ーーそこで目をつけたのがコルダだ」

 

ハッとしたように顔を上げる。

ここでコルダの名前が出てくるとは。

 

「強力だが消費の激しい氷魔法をメインに使っている時点でもしや、と思ったが。彼女は人一倍の魔力をその身に宿している。そしてスリザリンで、純血で、才能がある。僕の贄としてこれ以上相応しい人物はいない」

「そうだ、コルダは、僕の妹はどこに行ったんだ!?」

「コルダはそこだよ」

指を鳴らすと、プラチナブロンドの少女が何もない空中から現れる。

ーーコルダだ。

ぐったりとした妹の姿を見た瞬間、弾かれたようにドラコが駆け寄る。気を失っているらしき彼女にひとまずは安堵するが……ジニーと同様、容態は悪い。

 

「呼吸が浅い……、ああ、身体もこんなに冷たい……!」

「その子はからは大量の魔力を貰ってね。僕が受肉するために必要だったんだ」

「受肉だと?」

「バジリスクを生徒に襲わせると同時、僕自身も肉体を得る必要があった。今の僕に出来ることなんて、ほら、蛇を操るくらいだものな」

 

そのための肉体をジニーに作らせた。

とはいえ事件に関与しているストレスが、徐々に彼女を追い込んでいった。肉体が完成する頃には魔力が残りわずかとなっており、再び新たな人材を探さねばならなくなってしまった。

ーーそこで選ばれたのが、コルダだ。

 

「膨大な魔力量、優秀な才能。僕の魂を定着させる人柱に相応しい。純血で、スリザリンの才女。これ以上の人材はいない。魔力を僕のために使ってくれたおかげで、こうして復活することができた」

「そんな……そんなことをして、コルダはどうなる!?」

「んーーー、そろそろやばいかもね。何せ人一人分の魔力が抜かれたんだ、生命の維持だけで精一杯だろうさ。それもいつまでもつか」

「ーーー!!!貴様ああああああ!!」

 

怒髪天を突く勢いで、ドラコは滅茶苦茶に魔法を放つ。何の呪文を唱えたかは分からない。当たりさえすれば、それでいい!

「よくも、よくもコルダをーーッ!!」

紅い閃光は一直線にリドルへと向かう。

その威力たるやーー普段の彼からは想像できないほどのパワー。

感情によって魔力が上昇する事も無いわけではない。が、実際に目の当たりにするのは初めてだ。

だがーーそれでも届かない。

リドルが呟くと同時、スリザリン石像の口が開く。そして現れた蛇の王がとぐろを巻いてトム・リドルを守った。

まさしく、怪物。

 

「おおっと、怖い怖い。見ての通り、まだ肉体が馴染んでないんだよね。程よく定着するまで、バジリスクと遊んでろ」

「ッ、このーー」

『スリザリンよ ホグワーツ四強で最強の者よ 我に話したまえ 力を授けたまえ』

「きさまは、貴様は僕があああああ!!」

「ドラコ!止まって!」

 

蛇語で指示を出すと、バジリスクは忠実にその命に従う。しかし怒りでリドルしか目に入らないのか、ドラコは彼に向かって突進する。バジリスクの尻尾が向かってくるのを見てもなお、突っ込むのをやめない。

(まずい、止めなきゃーー)

今のドラコは聞く耳を持っちゃいない。無理矢理にでも止めなければ……!

(ーーそうだ、前回のクィディッチの要領でーー!)

尻尾が直撃するよりも早く、シェリーの撃った衝撃呪文がドラコを吹き飛ばす。床をごろごろ転がるのと同時、その真上を尻尾が通過した。ーー危なかった。

この調子では、ドラコは自滅してしまう。

 

「っ、ポッター、余計な真似を!」

「ごめん!」

「謝らなくていいシェリー!おい、気持ちは分かるが落ち着け!焦って突っ込んでも返り討ちに遭うだけだ」

「僕の気持ちが分かるだと!?家族を失くすかもしれないこの恐怖が、お前に分かるっていうのか!」

「ーーー」

「僕が、僕が助けなきゃ、コルダはーー」

「お前が死んだら元も子も無いだろう!」

 

そこでドラコは、ベガの瞳に宿っているものを見た。……きらきらしたダンブルドアのそれとは違う、海のように深いブルーの瞳が、こちらをじっと見据えていた。

どこまでも悲しい、泪の海。

そこで気付く。まさか、こいつは昔、家族を失くしてーー。

 

「お前も兄貴なら、下の子に見せちゃいけない顔くらい分かるだろ。あいつはお前の憎しみをぶつける相手じゃない。

ーー相手をよく見ろ、ドラコ」

「!名前……」

「二人とも、来るよ!」

 

化物は待ってくれはしない。バジリスクが再度突っ込んでくる。

真正面からの突進ーー。単調だが、巨大な生物はその身体が最強の盾であり矛となるのだ。だがーー。

 

『ーー!?止まれ、バジリスク!』

 

ベガが使役する悪霊の火によるガード。最上の生物に対抗し得る数少ない魔法。

それを操りーーバジリスクを取り囲むように炎の螺旋を描く。

無論バジリスクとて大人しく捕まりはしない。高い身体能力をフルに使い、炎の中を掻い潜っていく。

通常、蛇が持つピット器官は、熱を感知する機能を持っているがーーバジリスクとて例外ではない。火炎を感知し、呪文よりも早く移動する。

リドルの指示で、縦横無尽に。

天井へ、床へ、壁へ。

三六〇度、全てがバジリスクの足場だ。炎などいくらでも避けられる。この速さがある限りーー!

 

「ーーそこだ、シェリー!!」

「GYAOHHHHHHHNN!!??」

 

バジリスクの下腹部を、数メートルほどの巨大な槍が真下から貫いた。

シェリーが床のブロックを『変身』させて作った槍だ。高い運動能力はそれ自体が弱点、超速故にかわし切る事は不可能。高温で動き回る炎に惑わされ、床でじっと待ち伏せている無機物の槍に気付かなかった。

ほう、とリドルは口笛を吹く。

あれでは脱皮させて逃げる事も敵わない。

 

「そういえば君も蛇語使いだったね。バジリスクへの指示は筒抜けか」

(………、ごめんね、バジリスクさん。もう少しだけ我慢して)

 

石化の正体がバジリスクだと知った時から考えていた戦法だ。蛇語使いは、それだけでバジリスクに対抗し得る能力を持つ。

これで残るはリドルただ一人。

唯一といっていい味方を失いーーそれでも彼は余裕だった。

楽しそうに、ただ楽しそうに笑う。

何故だ。秘密の部屋に到達され、バジリスクを倒され、追い詰められているのは向こうの筈なのにーー。

この余裕は、何だ?

 

「そりゃあ余裕だとも。蛇もいない、部下もいない、肉体も未熟な時のもの。ハッキリ言って劣勢もいいとこだろう。

ーーだが、それでも。まだ僕が残っている。それだけで勝てる理由になる。僕がいる限り、闇は再び世界を覆う。

……ヴォルデモート卿の復活だ」

 

眼をカッと開いた。ーー紅い眼。

未来のヴォルデモート卿が持っていた眼と同質のものだ。魔力を増幅し、大気に流れる魔法の動きを感知する、と言われているものだ。

そこで気付く。奴には影がある。声も、魔力を介したものではなく、喉から空気を震わせたものになっている。

弾むように水の上に波紋を作っていく。

ただ歩いているだけなのに、それは死神の足音に聞こえてならない。

身体を駆け抜ける寒気。

芯までもが凍りつきそうなほどの、純然たる悪意が嗤う。

 

「久しぶりだーー」

 

あるのは、強者としての矜持。

いるのは、未来の闇の暴君。

 

「血湧き肉躍るのはーー」

 

奴はーー最初から本気だ。

四人が杖を構えた。

恐怖を振り払うように、声を上げた。

 

「「「「エクスペリアームス!」」」」

 

紅い光が炸裂する。

全く同じ魔法、しかしパワーは桁違い。

三人同時に攻撃したというのに、リドル一人の呪文を破れない。

しかしそれも織り込み済み。シェリーは周りこみながらも続く二撃、三撃を撃ち込んでいく。だがリドルにとっては児戯に等しいのか、無言呪文で盾を形成してその全てを防いでいく。

ならばと、ベガはバジリスクにした時と同様に何本もの剣を形成して突撃する。だがそれすらも嘲笑うかのように、驚異的な反応速度で剣を撃ち落としていく。

一つ、二つ、三つ、四つ。

リドルの魔法が剣を弾く度に火花が散っていく。

 

(な、なんて勝負だ……ッ!)

 

学生の域を越えている。

五〇年前の最強と、現代の最強。

ホグワーツが誇る天才同士の戦いに、平凡な生徒が入り込む余地などない。勿論彼に才能が無いわけではないーーが、凡才。

彼に出来ることは何もなかった。

 

(ーーいや、出来る事が何もなかったとしても、何もしない理由にはならない!僕に出来ることを見極めるんだ、決してあの二人の足手まといになるな……ッ!)

 

自分が暴走しても何もできなかった。

だが彼等はどうだ?しっかり相手を見て落ち着いて対処した結果、あのバジリスクをも降したではないか。

だから、見ろ。

相手は自分が忌むべき相手じゃないーー!

 

(シェリーかベガの入れ知恵か?マルフォイの息子から油断と甘えが無くなっている。あれではついでに殺すのはできそうにないぞ)

「フリペンド!!」

「プロテゴ。くっくっ、久方ぶりの死合いは楽しいなァ!」

「あなたを倒す!フリペンド!」

「その程度の攻撃、何度喰らおうとーー」

 

そこではたと己の愚策に気付く。

つい数刻前にコルダと戦った時も、相手を舐めてかかり何度も攻撃を食らったが故に、バジリスクが凍りかけるという失態を見せたではないか。

リドルはその場から距離を取る。その判断は正解であった。紅い眼で解析すると、どうやら魔力が渦を巻き、螺旋状に回転して発射されているようだ。

見覚えがある。これはーー。

(ーー銃、か)

単純かつ悪魔的発想の元に生まれたマグルの科学の産物。現代社会に君臨する、身近にして極悪な武器の着想を得たのか。

流石に身体にかかる衝撃が桁違いらしく、撃ったシェリーもびりびりと手を震わせている。

面白い。たった五〇年の間に、魔法とはここまで凶悪に進化したか。まあ、当たっても気絶になる程度のパワーに調整している辺り、まだまだ甘いが。

後ろに飛び退いたリドルへ距離を詰めるのは、やはりベガ・レストレンジだ。ゼロ距離射撃で確実に仕留めるつもりかーー。

 

「くっくっ。大した反応速度だな、ベガ」

「ーー互いにな」

 

ベガが攻撃を放つ寸前、リドルの杖に収束していく緑色の魔力を感じた。咄嗟に身を屈めると、頭上を鋭利な魔法の鎌が横一直線に凪いだーーというわけだ。

それにしても、鎌とは。シェリーが銃を、ベガが剣を使っているのに刺激されたのだろうか?

リドルは連続で鎌を振るう。しかし、見てから反応できるベガには効果は薄いーーーが、狙いはそれではない。

床からだ。

リドルが切った床から、時間差で魔法の鎌が形成され、せり上がったのだ。いやに攻撃範囲が広い。シェリーやドラコ諸共切り刻むつもりか。

後ろに飛び退きつつ、彼女達の方を見る。よかった。盾の呪文で守っている。

 

「くっくっ、手も足も出ないとは、まさにこの事だ。なあ?シェリー、ベガ」

「……そうだね。分かっていたけれど、凄く強いや、トム」

「その名で呼ぶのはヤメロ……まあいい、すぐにその減らず口も聞けなくしてやるのだからな。……だが、惜しいな」

「?」

「俺様……コホン、僕とて純血をこの手にかけたくはない。ベガ、あとマルフォイ君も。僕の部下にしてあげるよ。特にベガ、君には幹部の地位を保証しよう」

「……去年も賢者の石騒動の時に、ヴォルデモート卿に同じことを言われたよ」

「へえ?」

「ノー、って言ってやったよ。今年も俺の答えは変わらねえ。来年もーー未来永劫お前の下につくつもりはねぇ」

 

つまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「嫌われたもんだね。マルフォイ君はどうする?今ならコルダを治してやれるかもしれないぞ」

「ーーお前がコルダをこんな目にしておいて、か?何を今更……」

「僕はこれから魔法界を征服するわけだが、その時に大好きな父上がどうなっても良いのかい?」

「お前を倒せば変わりはしない!」

「さっきの戦闘に加われない分際で、よく言うよ。この勝負が終わった後に、身の振り方をよく考えておく事だねーー、ッと」

 

迫り来る悪霊の火を緑の鎌で引き裂く。

話の途中に攻撃とは、レストレンジ家の生き残りはとんだ不良息子だ。配下にした後は存分に躾ける必要がある。

しかしーー、いやに火炎の量が多い。牽制など無意味だと分かっただろうに……。

 

(いや、違うなーー狙いは別にある)

 

空気を焼き、呼吸器系を潰す方向で来たのだろうか。たしかに肉体を得た今、酸欠の可能性もあるとはいえ……そんなものは幾らでも対処のしようがある。

単純に考えるなら、攻撃ーーいや、何かを隠すための目眩しか?

悪霊の火の特性として、炎自身が意志を持つかのように動くという点が挙げられる。その特性は、まさに撹乱とマッチしているのではーー?

だとすれば、次に攻撃が来るのはーー。

 

「くッーー止められたか」

「ーーッハ、そんな事だろうと思ったよ」

 

背後からの強襲。

この月光のような銀髪と魔力は、ベガだ。

火炎で囲み、身動き動けなくさせた後に攻めるーー悪くはないが、彼にしてはやや平凡に尽きる攻めだ。

だから何か裏がある。

彼等がこの程度で終わるわけがない。

ベガから意識を離さないーーと同時に、周囲への警戒も怠らない。

この紅い眼は、あらゆる魔力を察知し、読み取れるのだ!

 

「ーーくっくっ。それが君達のとった作戦ってわけか」

 

この魔力の揺らぎ方は、透明マント特有のそれだ。ベガも炎も囮。杖を向けようとしたが……他ならぬベガがそれを許さない。

今、リドルは透明マントの人物を魔法の鎌で引き裂こうとした。それも当然、攻撃範囲が広いので多少狙いがズレても確実に仕留められるからだ。

だがその鎌の柄の部分にーーいつの間に形成したのか、剣が待ち構えている。これでは振り抜く事はできない。

仕方なしに、魔力が揺らいだ方向に蹴りを放つ。

何もないはずの空中で、足裏に伝わる肉の感触。ーー捉えた。

鈍い音と共にそのまま蹴り飛ばすと、マントが剥がれる。オールバックにしたプラチナブロンドの髪、ドラコ・マルフォイか。

 

(まさかこいつが来るとはな)

 

成る程、透明マントを使えば奇襲くらいには使えるという訳だ。

だがドラコがここにいるという事は、まだシェリーが何処かに潜んでいるという事の証左でもある。

紅い眼をぎょろぎょろと忙しなく動かしてーー気付く。

自分の首元に光る、紅い魔力の筋。

真紅の糸。

この眼を持っていなければ視認すら適わなかったであろう、細い細い糸。

ハーマイオニーが考案した『魔法糸』を辿って、魔法が放たれようとしている。

 

(何故だ、この炎の中を、こんなに細い魔力の糸が通るなどあり得ない。すぐに焼き切れてしまう筈……、ッ、そうか、バジリスクか!)

 

糸の先にはバジリスク。あの大蛇の身体をつたって、糸が伸ばされていたのか。

バジリスクは存在そのものが魔力の塊のような化け物だ。確かにあの蛇の身体を糸が通ったのなら、気付かなかったのも納得がいく。囮に次ぐ囮、しかし本命はか細い糸だったとは。

が。

 

「無意味だったなァー。僕を倒すのにさんざっぱら無い頭を絞って考えたんだろうが、しょせん糸なんざちょん切っちまえばいいだけだ!」

 

炎の奥で息を呑むシェリーの姿が容易に想像できる。三重に策を重ねて倒すつもりだったのだろうが、結局は無意味だ。

やはり、孤高の存在である未来のヴォルデモート卿に敵うものなどいない事がこれで証明された。

シェリーは魔法糸に集中を削がれた。

マルフォイの息子もそこで転がっている。

ベガも今殺す。

終わってみれば、呆気ないものだーーそう余韻に浸っていたリドルは気付かなかった。

ドラコ・マルフォイが杖を伸ばして、切った筈の魔法糸を再び繋げたのを。

魔力を伸ばしたり縮めたりするのは、魔法族の初歩中の初歩。魔法糸もそれを極限まで細くしたに過ぎない。

まずはベガを処理するーーそれしか頭に入っていなかったリドルは、床を這っても進む凡才の刃に気付かなかった。

気付け、なかった。

 

「ーーエクスペリアームス!!」

 

糸を辿って、紅い閃光が走っていく。

 

「なーー」

「『マルフォイの息子』じゃないーー覚えとけ、僕の名前はーードラコだ!!」

 

シェリーの魔力はドラコ・マルフォイの杖先へと辿り着き、そしてーー放たれた。

トム・リドルの心臓に向けて。

決定打は皮肉にも、彼が一番軽んじたスリザリンの後輩、凡才のドラコだった。

だがーー武装解除呪文を心臓に食らってもなお、リドルは立ち上がる。馬鹿な。普通の人間が立っていられる筈がない。

杖はなく、身体もボロボロ。それでも立ち上がるのはひとえにプライド故か。

 

「が、ァ、こ、ンなーーーこんな結末、あり得ない!」

「な、嘘だろぉ!?まだ立ち上がるのかよこいつ!」

「糞、なんだこれは……魔法というより技術!自分の魔力を細い糸のように伸ばし、そして糸を『着火』させることで攻撃した……忌々しい、ああ、猪口才な!誰が開発したかは知らないが、こんな……俺をこんな目に合わせるとは!!」

「………その魔法を作ったのはハーマイオニーだよ。あなたが大嫌いな、マグル生まれの女の子が作ったの」

「…………!!下衆な、穢れた血の小娘ごときの浅知恵が、この俺に通用するものかああああ!!」

「通用するよ!だってあなたは十二年前、マグル生まれの私のお母さんの、愛の魔法で倒れたんだもの!」

「き、貴様!!!」

 

ハーマイオニーの考案した魔法技術は、ここでも役に立った。

トム・リドルがかつて見下していたマグルによって、トム・リドルは今ふたたび死ぬのだ!

しかし、シェリーには無意識に敵を煽る才能があるようだ。今の煽りは的確にリドルの突かれたくないところを突き刺した!

攻撃そのものより、むしろその煽りがリドルに効いたのだ!

逆上したリドルは、シェリーに向かって…ではなく、バジリスクへと向かって走り出した。もうボロボロなのに、どこからその力が湧いているというのか。

 

『口を開けろ!バジリスク!』

「バジリスクの口を開けさせてる!」

「な、なんで急にーー」

「ーー奴に近付くな!遠距離で確実に仕留めろ!」

 

狙いはバジリスクの牙だ。

身体を巨大な槍で刺されて動けなくなっても従順に大口を開く姿には痛ましいものがあるが、リドルは気にせずに牙を引っこ抜いた。

シェリー達の狙撃で血を吐くが、それすらも意に介さずにリドルは魔法を放つ。シェリーの得意とするフリペンドーーそれも、魔力を螺旋状に回転させた強化版だ。

さっきの魔法を一目見ただけで構造を理解し、自分のものとしたとするならーーこの男も規格外だ。

だが、そんなものは所詮付け焼き刃にすぎない。落ち着いて対処すれば、なんて事はないはずだ。

 

「くッ、はははーー死ね、継承者の敵!」

「ーーー避けろ!!!」

 

だがーー牙そのものをフリペンドで撃ち出す合わせ技には、流石に対処しきれなかった。超速で発射されたそれは、高速回転して飛んで行きーーシェリーの肩を抉った。

ベガが咄嗟に盾の呪文を展開していなければ、そして首元を引っ張っていなければ即死であっただろう。

 

「ーーぁ、ぎあああああああ、あああああーーーッ」

 

鮮血が空を舞った。

右肩を尋常ではない痛みと熱さが襲う。女子らしからぬその叫び声に、思わず思考がフリーズする。

バジリスクの牙の痛みは想像を絶した。

それは毒というにはあまりにも暴力的すぎた。死者をも殺し、魂を焼く。初見殺しの魔眼を持つバジリスクが持つ、もう一つの初見殺し。

世界の理から逸脱した絶対的攻撃力は、治癒魔法さえも許さない。

痛みには慣れていた筈の彼女であっても、その暴力的な毒には声を大にして悶え苦しむ他なかった。

 

「ッぎぃーー、ぁぁああ……ッ!」

「ポ、ポッター、お前……!だ、大丈夫なのか!?」

「ーーっ、どらコ、日記、牙デーー」

「何をーーーッ!わ、分かった!」

 

血反吐を吐きながら喋ったせいで、綺麗な発音とはいかなかったがーー幸いにも意図は伝わったようだ。

ドラコが地面に転がった牙を拾う。バジリスクの唾液とシェリーの血が混ざり合って気持ち悪いが、気にしている余裕はない。

それを見て何をするか察したのか、リドルは再び牙を抜いて二撃目を放つ。

当たれば終わりの毒の牙を、最速の射撃魔法で放つ凶悪の組み合わせ。その前に立ち塞がったのはーーベガだ。

 

「ベガ、貴様もろともーーーッ!!!」

「これ以上仲間に手出しはさせねえ」

 

毒の牙が、再び高速回転しながら発射される。当たれば死。躱してもドラコが死ぬ。

盾の呪文は破られるだろう。

ならば、と。

ベガは己の魔力を一点集中させ、そして高速回転させた。

逆回転ーー。

あらゆる攻撃に見てから反応できる究極の後出しジャンケンを可能とするベガは、牙が発射された時点でとうに間に合わない事を悟っていた。

だからこそーー迎え撃つ。

牙は確かに脅威だがーー、それは当たってから効果を発揮する。当たらなければどうという事はない。

長く伸びた魔力の先で、牙が削れていく。

ぶつかり合いは一瞬。ベガが脚を前に踏み出すと、牙は宙を舞った。

 

「く、そがーーなら、連続でーーぐああああッ!?」

 

リドルの追撃はとうとう適わなかった。

彼の左胸がひび割れ、光の粒子が漏れ出している。ちょうどドラコが、日記帳に牙を突き刺しているところだった。

思えば、おかしい事だったのだ。心臓部に直接魔法を撃ち込んだリドルが立ち上がれるなどーー。

そのカラクリが、これだ。

今まさに自分にトドメを刺そうとしているスリザリンの後輩を睨むと、赤黒く血走った眼で駆け出した。

ドラコは二つ目の穴を開けた。

 

「き、さまァああああーーースリザリンの恥知らずがぁアアアーーーーグリフィンドールの連中と結託してェエエーー俺を斃すというのかーー!!?」

「ーー僕は一年前にスリザリンになった。けど、それより早く、十年前にーーコルダのお兄ちゃんになったんだ!」

「ああああああああああああ!!!!」

 

ドラコは本を閉じ、全体重を乗せて日記帳を貫いた。本からは大量のインクが流れ、そして消えていく。

端正だったリドルの顔はヒビが入り、全身が千切れ飛ぶ。四肢が捥げ、肉体が崩壊しても進むのをやめなかった。

とうとう頭だけになった彼は、ぐちゃぐちゃになった視界の端で蠢くモノを見た。

シェリー・ポッター。

バジリスクの毒を食らい、もう助かる事はないだろう彼女。ざまあみろ。自分の宿敵も道連れになって死ぬのだ。

何が生き残った女の子だ。

何が赤い髪の少女。

何がーー、

 

「………そうか、貴様はーーー」

 

リドルが何かを言うよりも先に。

肉体は朽ち果て、消えていった。

 




トム・リドルの必殺技

◯紅い眼
魔力を増幅し、解析する。集中すれば細い魔力の糸や透明マントも見切れる。あと見た目がかっこいい。
◯魔法の鎌
魔力で形成した鎌で攻撃する。切ったところからも時間差で鎌が飛び出す仕組み。
◯バジリスク・フリペンド
触れたら即死のバジリスクの牙を螺旋状に回転させ、高速で発射する即興魔法。シェリーの狙撃魔法にヒントを得た。

もう少しだけ続きます!

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