シェリー・ポッターと神に愛された少年   作:悠魔

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8.欺瞞

ネビルの渾身の一撃。

完全に不意を突いた攻撃は、バジリスクの両眼を焼き切るだけに留まった。

普通ならそれだけで勲章ものの大手柄なのだが……今は、ただただ絶望する他ない。

火力不足だ。

一撃で倒し切れなかったのは痛い。まずい、早く次の攻撃をーーそう逡巡する間にバジリスクは氷を砕き、ネビルに向かって散弾銃のように弾き飛ばした。

運良く急所は避けられたものの、二年生に耐えられる痛みではない。口から血を吐き気絶する。

リドルは苛立ちを隠そうともせず、蛇語で指示を出す。何を言ったかは分からないが……バジリスクはネビルを締め上げた。

ーーーまずい。

 

「手間取らせやがって。いっちょ前に反抗してんじゃねェ」

「や……やめて!」

 

震えた声で言った。

まだ口はかろうじて動かせるようだ。

このままではネビルは死ぬ。寮の垣根など関係なしに助けてくれた恩人の命を、ここで散らすわけにはいかない。

だが、氷魔法の使い過ぎで手足もロクに動かす事ができない。氷魔法の弱点、それは魔力消費が激しく体力を使うため、長期戦には向かないのだ。

もう戦えない。

ーーだから。

 

「ごめんなさい……私が悪かったです……その人だけでも放してください……」

「…………」

 

杖を置いて、両手を上げーー降伏する。

屈辱だとかは感じなかった。あるのは、ネビルが潰されてしまうかもしれないーーその恐怖だけ。

リドルはちらりと見ただけだった。

バジリスクが締め上げる力が強くなる。

ーーネビルが口から血を吐いた。

 

「っ!私が、秘密の部屋に行きます!だからそれ以上はもうやめてください!死んでしまいます!」

「ーー秘密の部屋に来るんだな?」

「行きます!行きますから……私が何でも言うこと聞きますから、お兄様にも、ここの人達にも手を出さないで……!」

「最初からそういう態度でいればいい」

 

ネビルを掴んでいた尻尾が緩くなり、その場に倒れ落ちる。

ひとまずは、これで安心だ。

ーーでも、自分は、もう。

自分はどれだけ無力だというのか。

一体何人の人に迷惑をかけるというのか。

 

(ーーロングボトムさんーーどうか、無事でいてーーお兄様、お父様、お母様ーーーごめんなさいーーー)

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「………悪い冗談はよしてくださいよ。笑えませんよ、先生」

「残念ながら事実です。ジネブラ・ウィーズリー、コルダ・マルフォイの両名が継承者によって連れ去られ……おそらくその場に居合わせたであろうネビル・ロングボトムは重傷を負い意識が戻らない状態。明日には魔法騎士団が到着するとのーー」

「それじゃ間に合わない!ジニーの命はどうなるんだ!?」

 

フレッドは荒れていた。いつもならそれを宥めるはずのパーシーは頭を抱え、ジョージは魂が抜けたかのようだった。

ロンは絶望のあまり言葉を失いーーそしてシェリーは現実を受け止め切れずにいた。

医務室で聞こえた轟音。まさか継承者かと思い現場に駆けつけて来てみれば、既にフリットウィックらが先回りして生徒達を近付かせないよう障壁を張っているところだった。

その後談話室で待機するよう言われ、不安を抱えて待っていると……パーシー・フレッド・ジョージ・ロンのウィーズリー四人組が呼び出され、バジリスクや日記の件を教えなければ!そう判断したシェリーもついて行く。

お通夜同然の職員室。流石に馬鹿騒ぎが好きな獅子寮の面々も押し黙る。

しかし、目の前の壁に書かれた血文字を見てーー否応にも残酷な現実を受け入れざるを得なかった。

 

ーージニー・ウィーズリーとコルダ・マルフォイーー彼女達の骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろうーー

 

一足先にそれを見て口をパクパクさせていたのは、ドラコ・マルフォイだった。真剣な表情のスネイプに連れられて来てみれば、妹が頭のおかしい継承者に連れ去られたときた。

どうして、なぜ。こんなことってーー。

彼等はそんな意味のない言葉を繰り返す事しか出来ていなかった。

 

「ぁ、あ……クソッ、なんで、なんでジニーなんだ!なんで……糞……こんな事になるくらいなら、マグル贔屓なんてしない方が、よっぽど……」

「おいパース、何言ってやがる!」

「だってそうだろう!?継承者はマグル生まれとそれを擁護する者を連れ去っていたんだ!だからジニーもマルフォイもーー」

 

そこまで言って、矛盾に気付く。

コルダ・マルフォイは純血だ。

何故コルダだけが攫われた?純血の名家の子息である、コルダが?

どうして彼女が攫われなければいけなかったのか?

 

「ああ……そうだよ。なんで連れ去られてるんだよ。あの子は、こんな事に巻き込まれていい子じゃないんだ」

「ーードラコ、落ち着け」

「コルダを、コルダを助けてください!お願いします!誤解されがちだけど、本当は根は優しい子なんです!あの子を見捨てないでください!どうか、どうか、お願いします……!」

 

大粒の涙をぼろぼろと零した。

普段絶対にしないであろう狼狽振りに流石に頭が冷えたのか、パーシー達は幾分か落ち着いた。

居た堪れなくなっていると、バジリスクの件を思い出す。自分はそれを伝えに来たのだった。

 

「マクゴナガル先生、あのーー」

「はっはーぃ!いやあ遅れてしまって本当に申し訳ない皆さん、しかし主役は遅れてやってくるものでしょう?それで一体これは何の集まりなんです、ハッ!サプライズでギルデロイ感謝会を開くつもりですねそうですね!いやあHAHAHAそこまでしていただけるとは、人徳ってやつですかねえ日頃の行いってやつですかねぇ!」

「…………」

 

見よ、このタイミングの悪さを。

煌びやかなローブを翻しながら意気揚々とやってくるロックハートに、白けた視線や面倒臭そうな視線が当てられる。

タイミング最悪である。

しかしスネイプだけはーー最高のタイミングと言わんばかりに、穏やかな顔を浮かべていた。

 

「ああ、ええ。丁度あなたに用事があったのですよ。と言ってもわざわざ言わなくても分かってるかもしれませんがね。一連の事件について自信満々に『兆候は感じていたんですが止められなくて悔しいです!』などとほざいて……言っていたあなたならご存知の筈だ」

「ええ、私は全てお見通しーー」

「当然、秘密の部屋に女子生徒がふたり攫われた事も知っているでしょうな」

「えっ」

「ギルデロイ、貴方の輝かしい活躍が今この場で更新されるというわけだ。いやぁ楽しみですなぁ、さしずめタイトルは『ギルデロイと秘密の部屋☆』と言ったところか?サインはその本が発売された後に貰いたいですなぁ」

「あ……は……あ、あざーす……」

(性格悪いなー…)

 

「我輩はたしかに覚えていますぞ、『秘密の部屋がどこか既に暴いている』『ハグリッドが捕まる前に自分が怪物と対決するチャンスがなかったのは残念だ』、と。いやあ我々の不手際に付き合わせてしまって非常に心苦しい」

「き、記憶操作でもされてません?」

「となれば我々にできる事は一つだけ、この勇敢なる英雄を送り出すこと、そうですな皆さん」

「頑張れロックハート!負けるなロックハート!」

「応援してるぞー!」

「あ、ははー……はー……そ、そっすね」

「ギルデロイ」

「!マ、マクゴナガル先生!は、はは、ハハハ!私一人では手柄を独り占めしてしまいそうで!きょ、協力してくれるとーー」

「ガンバ」

「………ちっくしょおおおおおお!!!」

 

泣きながら退散するロックハートを見て、今までのストレスも幾分か発散されたらしい。スネイプの顔が歪みに歪んでいる。

 

「ウィーズリー兄弟、ポッター、マルフォイ。今は寮にお戻りなさい。先程も言った通り明日には魔法戦士団が到着します。とても優秀な若者達です。どうか、彼女達の無事を祈ってあげてください」

 

先生達の優しい声に、涙が出そうになる。

意気消沈したウィーズリー兄弟達にかける言葉が見つからない。妹を守るのが兄貴の役目だと、幼い頃より理解していたからこそショックも大きいのだろう。

しかし。

ロンだけは違った。

彼だけは、絶望した目をしていない。あれはーー決意した表情だ。

 

「泣かない。まだ泣いてたまるか。今一番泣きたいのはジニーなんだ、泣くのは全部終わってからだ」

「ロン………」

「ーー行こう、シェリー。秘密の部屋に、ジニーを助けに行こう」

「ーーうん!」

「そうと決まれば早速……」

「待って、ロン!ロックハート先生は一応凄腕の魔法戦士だよ。怪物の正体がバジリスクだって事を教えに行こう?ジニー達が助かる確率は確実に上がると思う」

「……そうだ、そうだよな。あんなでも一流の魔法使いなんだよな」

 

ロックハートが役に立つとは思えないが、それでもいないよりはマシだろう。そう思い彼の部屋までやって来たがーー彼はトランクの中に大急ぎで荷物を詰め込んでいるところだった。

ポスターは剥がされビロードのローブも中に折り畳まれーーそれは戦いの準備をしているというより、夜逃げのようだった。

生徒想いのマクゴナガル達の優しさに触れた直後だったからか……シェリーの中に、少しばかりの失望が広がった。

 

「………あー、はは、どうも」

「何を……してるんですか?引っ越しでもするんですか。……部屋中のものを全部かき集めて……」

「……僕の妹はどうなるんです」

「あー、それについては本当に、うん、気の毒に思うよ。だが、えぇ、緊急でね」

「ふざけるな!いつもあんなに本で自分の活躍を自慢してるくせに!曲がりなりにも昔は活躍してたんだろ!?」

「はは、本は時として間違った認識を招かせますよね、えぇ。ただの凡人を偶像化させると言ってもいい」

「………嘘だったってことですか!?」

「まぁ、少し考えてほしい。野暮ったい魔法騎士とイケメンの僕、同じ活躍でも本にした時に売上に差が出ますよね。つまりはそういう事です。有名すぎない、かといって地味すぎてもいけない逸話を探して、当事者に話を聞く」

 

「私は有名になる前は男性にもウケの良い好青年でしたからね。一通り話を聞き終えたら、後は『忘却術』でちょちょいとね。私の取り柄はそれだけでして」

 

「大変な道のりでしたよ、有名になり栄誉を得るのは。どんな困難にも立ち向かって行かなければならない。人気者になるってのはそういう努力の積み重ねなんです。……さて!ホグワーツで最後に君達の記憶を貰って行きますよ!」

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……僕が悪かったです……その手だけでも放してください……」

 

シェリーの早撃ちとロンの体当たりでロックハートは撃沈。どこぞのマルフォイのような台詞をほざき、めそめそ泣いていた。

 

「ひっ、秘密の部屋だけはダメですって!それ以上はもうやめてください!死んでしまいます!私が!」

「…………」

「な、なんです君達!その軽蔑したような顔は!わ、分かりましたよ!」

「ーー秘密の部屋に来るんだな?」

「行きます!行きますから……私は何でも言うこと聞きますから、もう手を出さないでぇー!」

「もう出さないよ」

「最初からそういう態度でいればいい」

 

哀れハンサム、肉の壁になれ。

しかし秘密の部屋攻略を考えると、このメンバーはやや心細い。戦力が欲しい、そう思っていたところに登場したのはベガ・レストレンジだ。彼が引き摺ってきたのは…意外な人物だった。

 

「おう、ロックハートはやっぱ無能だったみてえだな」

「ベガ!……と、マルフォイ!?」

「おい、離せ、離せって!」

何故彼が?ロックハートのように壁として使う気だろうか。

 

「俺が秘密の部屋に行こうとしていたら、こいつが尾行してきてな。今から話を聞くところだよ」

「……どういうつもりだマルフォイ」

「は、どういうつもりか、だと?……お前達は秘密の部屋の場所に見当がついているらしいな。だったら連れて行ってくれ」

「何が狙いなんだ!?」

「分からないか!?コルダのためだ!!」

ドラコ・マルフォイは激昂した。

こんな顔を見るのは初めてだった。

 

「あの子を『継承者』なんて言う奴もいるがな、彼女はそんな事できる性格はしていない!何であの子が連れ去られなきゃいけなかった!?僕はあの子を取り戻したいんだ、今すぐにでも!」

「…………」

「だから……だから……連れてってください、お願い、します」

 

ロンが唸った。

彼も妹を持つ兄貴である。ドラコの気持ちが痛いほど分かるのだろう。

それにーー彼が嘘を言っているようには見えない。まごう事なき本心だ。

 

「……どっちみち、ドラコは私達に着いてくると思うよ。去年のロン達がそうだったみたいにね。だったら、最初から一緒に行動した方が安心じゃない?」

「もし裏切ったとしても、反応速度最強の俺と早撃ち最強のシェリーなら問題ねぇ。懸念すべきは、こいつ達が足を引っ張るかもしれねえって事だ」

「絶対に足は引っ張らない!約束する!」

「……まあ、それを言うなら僕だって大した力や経験があるわけじゃない。運が良かっただけだ。……持ち駒は多いに越したことはないしね」

「……!!すまない……」

 

頭を下げるドラコに内心驚く。

親の代からウィーズリー家とマルフォイ家の確執は深い。大嫌いな相手にこうべを垂れる事がどれだけ難しいか、ロンなら知っている。

もし逆の立場なら、自分はここまでできるだろうか。ーーもちろん妹を助けるためなら何だってするつもりだがーースリザリンに頼る事すら思いつかないかもしれない。

ドラコに複雑な想いを抱えつつ、女子トイレへと向かう。案の定というか、マートルが嘆いていた。

 

『ベガあああーー!怖かったわああー、大きな蛇の化け物が蛇行してくるんだもの!あーーーん』

「おーよしよし、怖かったな。悪かったからその胴体すり抜けるやつはやめてくれ」

『隠れてたから見えなかったけど、他にも何人か人がいたみたい。その中の一人が眼をケガして魔眼が使えないってブツクサ言ってたわよ』

「眼が使えない?ほォ……ネビルかマルフォイ妹の手柄だな。……罠魔法は全滅か、分かっちゃいたが規格外すぎるな」

バジリスクと聞いてロックハートが竦み上がっていたが、即座にロンとドラコが肘を入れた。実は仲良しではーー?

 

「で、バジリスクどもはどこに行った?」

『そこの蛇口で誰かがシューシュー言った後に水道が開くのが見えたわ』

「………あー、蛇のレリーフがある」

「悪趣味だな」

「は?最高のデザインだろうが」

「うん、可愛いよね」

「……シェリー、頼む」

「あ、ごめん。ーーーー『開け』」

 

蛇型の蛇口に向かってシューシューと唸ると、石造りの水道がいびつな音を立てて動いていく。蕾が花開くように変形すると、中央には大きな穴が。なるほど、スリザリンの象徴たる蛇語を使えなければ継承者にはなれない、ということか。

 

「じゃあ私が行くね」

「待てよシェリー。他に適任がいるだろ。な、『先生』」

「出番だぞ、『先生』」

「役に立てるぞ、『先生』」

「こういう時だけ一致団結するのやめてもらえませんかね!?ちょ、ま、ああぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

すってんころりん、ロックハートが悲鳴を上げながら転がって行き、そして地面にぶつかる音が聞こえた。奥は深いが、底無しというわけではないのだろう。

意を決して飛び込む。滑り台の下に待ち構えていたのは骨の絨毯だ。お尻のあたりに嫌な感触を覚えつつ、ロックハートに杖を向けるのを忘れない。

ロックハートを先頭に、ベガとドラコが前衛につき、シェリーとロンが背後を警戒して進んで行く。

数分ほど歩いたところでーーベガは、後衛二人に聞こえないように息を潜めつつーー言った。

 

「マルフォイ、聞いておきたいんだが」

「何だ?」

「お前の妹の事についてだ」

「………!」

「継承者がジニーを選んだ理由は、まあ、分かる。ウィーズリー家は純血だがマグル贔屓で有名だしな。だがお前のところはどうだ?マルフォイ家のマグル嫌いは有名じゃねえか」

「何が言いたい?」

「正直に言うと、俺はお前の妹がジニーを連れ去ったんじゃねえかと一瞬思った」

「コルダはそんな事はしない!」

「落ち着け。お前のさっきの慌てようを見てそれは無いと確信したよ」

 

ドラコに隠れて犯行を行ったという可能性もあるが、彼女は重度のブラコン。兄を避けて行動するなど目立つに決まっている。

そもそも真実薬の時に彼女が犯人ではないと結論付けた筈だ。

 

「だが、あいつが犯人じゃないなら……何故あいつは攫われた?かのマルフォイ家のご令嬢がよ」

「それは………」

「ーー何か、理由があったんじゃねえか。継承者にとって必要な何かを、お前の妹は持っていた……とか。そもそも殺戮に特化したバジリスクが誘拐ってのもおかしい」

「……………」

「頼む、教えてくれ。コルダ・マルフォイには何か秘密があるのか?俺の思い過ごしならそれで良いが………」

「…………コルダはーー」

「ひぃええっ!?」

 

前方から情けない叫び声がしたと思えば、ロックハートが腰を抜かしていた。彼の視線の先には巨大な生物らしき姿。

明かりでよくよく照らしてみると、透明色のーー巨大な、皮脂のような何かが。

模様を見て、ようやくそれがバジリスクの抜け殻だと分かる。その大きさに遠近感が狂う。巨木が倒れたかのようだ。

 

「ーーむ、無理無理無理ですって!ここここんな、こんな大きさの蛇と戦うなんて!しかも眼を見たら即死でしょう!?」

「もう潰れてるから安心しろ」

「ほら、早く立て」

「ひどい!」

 

周りには事情を知った人物しかいないからか、ロックハートはその怯えようを隠しもしない。その度にロンとドラコはうんざりしたような顔をするのだが……そのせいか、彼に対する警戒は薄れていた。

ロックハートが手元に飛びかかり、ドラコの杖を奪取。してやったりと言わんばかりに魔力を練った。

 

「はっはー!油断しましたね!君達には消えてもらいま……」

「ステューピファイ」

「ぴぎゃあ!?」

 

超速の早撃ち。

生徒内でも随一のスピードを持つ彼女を前にしてそれは、無理があった。もっとも彼女が撃っていなければ、彼女の早撃ちをも見切れる反応速度のベガが撃っていただけの話だが。

『失神』し、完全に伸びる。あと数時間は起きないだろう。戦力が減ったのは手痛いとはいえーーこの様子では、遅かれ早かれ裏切っていただろう。

 

「あ…………わ、悪い。ポッター、レストレンジ」

「ううん、大丈夫だよ。それよりも、ロックハート先生をーーーーッ!?!?」

 

あり得ない光景に思考が遅れた。

失神呪文を二つも腹に食らった筈のロックハートが起き上がるとーードラコを背後から抑え込む。人質だ。

ドラコも負けじと必死でもがくが、それでも大人との体格差は如何ともし難い物がある。おまけにナイフのように変化した魔力を首に当てられては、抵抗する事すら出来なくなった。

 

「や、奴は失神呪文をまともに食らったはずだろう!?な、なんで起き上がれるんだ!?」

 

そう、そのはずだ。

魔法は命中した。その瞬間をその場にいた人物全員が確かに目撃している。躱したという可能性はない。

ならばーー、防いだということか?杖を握っていたのは僅か数秒、その間に己に防御魔法をかけたということなのかーー?

 

「その通り。これが私の創作魔法、『プロテゴ・メンダシウム』。ほぼ全ての魔法を防ぐ事ができますが、一回使ったら暫くは使えない、薄っぺらの盾ですよ」

「ーーそんな魔法を隠し持っていたなんて、本当は物凄く強いんじゃ……。もしかして、今までのも全部演技?」

「いいえ、私が弱っちいのは事実ですよ。さっき私の部屋で襲われた時みたいに複数人が相手だと、この盾も意味がありませんしね。今のもほぼ賭けでしたよーーそれに正面切って戦うのも苦手なんです。見たでしょう、スネイプ先生との決闘」

 

けどね、と神経を逆撫でするような声でロックハートは続けた。

 

「実戦の、何でもありの戦いであれば……特に一対一なら、私は負け無しなんです。各地の猛者達の記憶を操作する必要がありましたからね、隠密行動や不意打ちは得意なんですよ。

ーー勝負は、強い方が勝つとは限らない」

 

ロックハートはにやりと笑う。

たしかに……こいつは、各地で人々の話を聞き、手柄を自分の物にしてきた男だ。まったく戦闘が出来ないのでは、返り討ちに遭ってしまう。

しかし能力が高いのなら、そもそも手柄を奪う必要などない。自分で冒険をして、魔法生物を討伐すればいいだけの話だ。

それができなかった彼の選択は、持てる全ての力を記憶操作と不意打ちに特化させる事で手柄を奪うという道だったのだろう。

惜しむらくは……彼の欲しかった能力と、彼が持っていた力がちぐはぐだったということか。

 

「杖を置いてください。この子がどうなってもいいのなら、別ですが」

「た、たのむ、杖を置いてくれ!」

「……ハン、そいつは所詮スリザリンだ。どうなろうと俺達の知った事じゃねえよ」

「ええっ!?」

「いえ、君達は見捨てない。見捨てられない。詐欺師が最初にやることは、そいつをどう騙してやろうかって人となりを観察する事なんですよ。だから分かる。それに、君達はそれをしたら家族や仲間に顔向けできない事を知っているでしょう」

「…………」

「ーー杖を、置きなさい」

 

ロックハートの強い口調に、シェリー達は杖を置かざるを得なかった。

本気だーー。

ふざけた調子は鳴りを潜めている。

これが奴の本性か?と思ったが、杖を置いた瞬間、安堵したかのようなため息。

何だ?この男の真意が掴めない。

 

「はぁ、ようやく一安心しましたよ。これでようやく対等の立場だ」

「……おい、ロックハート。何でお前はわざわざそんな不利な情報をペラペラ喋る?余計な事なんざ言わずに、ハッタリかませばいいだけの話だろうが」

「君達に、私がいかに無力な存在か知って欲しかったんですよ」

「何?」

「取引をしましょう。私はここから出て行きますから、秘密の部屋攻略は君達でどうぞ自由にやってください。勿論、出口まで来たら解放しますよ」

「それは……」

 

悪くない条件だ。

ロックハート本人がこの場から退くと言っている。無論戦力は減るがーーここで下手に戦って魔力を消耗するよりは、マシか。

だが、それならもっと強気で脅迫すればいいものをーー。自分の弱い部分を敢えて晒しているという違和感。

 

「ええ、この子を脅しの材料に使う……という手も考えましたとも。しかし、優秀な君達なら、この子を助ける方法を考えるでしょう?だから、君達には『従属』ではなく、『協力』してほしいんですよ」

「協力?人質を取って、杖を置かせて!何が協力だ!」

「話を聞いてもらいたかったんですよ。君達、こうでもしないとロクに聞いてくれないでしょう?」

「それはーー」

「それにこのまま私を連れて行っていた方がまずいでしょう。言った通り、私の専門は対人戦。バジリスクなんぞと戦えば直ぐに殺されてしまう。君達はお友達のためなら人の命がどうなってもいいんですか?」

「…………」

「そんな筈はないでしょう。私は人を騙す屑ですが、それでも、帰りを待ってくれている家族がいる。こんなところで死ぬわけにはいかないのです」

 

そう……そうだ。

ロックハートは弱いのだ。そしてその弱さを他人に見せつけることでーーベガ達に同情させたのだ。

敢えて弱さを主張してーー『逃がさなければならない状況』を作った!相手のプライドが高いほど、ロックハートの言葉はより鋭利になる!たった一度の不意打ちで、彼等を動けなくさせたのだ!

ただ一つ、誤算だったのは。

一人だけーー自尊心が低すぎる人間がいたということだ。

 

「ーーでも先生、このまま逃げたら、部屋の入口の事だけ話して手柄を得るつもりだよね。なんならここから出た後に出入口を封鎖してしまえばいいし、私達は勝手に行動したってことにすればいいしね」

「………、」

「家族がいるっていうのも嘘。ここまで有名になるために、自分に近い人の記憶は全部消したんじゃないの?あれだけ本を出しておいて、家族についての情報は一切ないんだもの」

「……何を根拠に?」

「うーん……強いて言うなら、そこで否定しないところ、かな。本心で言っていたならもっと否定してもいいのに……『話術で丸め込んでやるぞ』って企んでるように見えちゃう」

「……君は騙されやすそうな性格だと思っていたんですがね」

 

ロンは意外そうな目で見た。

彼女はバレバレの嘘ですら騙されるお人好しの筈。夏休みの時も、それでフレッド達にからかわれていた。

しかし、彼女はその経緯からか自分への悪意には敏感だ。冗談や軽口は真に受けてしまうが……天性の嘘つきがつくような、悪意のある嘘は、分かる。

 

「……話術で丸め込むのは得意な方だったんですが。どうしてそんなに、秘密の部屋に行きたがるんです」

「ーー友達のためだよ」

「くだらない。友人なんて物は、しょせんまやかしに過ぎないのですよ。シェリー・ポッター。君には友達が大勢いるようだが、それは君が有名だからだ。誰も本心で付き合っちゃいない。ウェーザビー君も有名人の友達が欲しいから付き合っているんでしょう?ベガ・レストレンジ、君は自分の引き立て役が欲しいからロングボトム君を側に置いているんでしょう?

ーーこの世に友人と呼べる人間など一人としていない!いるわけがない!みーんなみんな、そんなくだらない理由で擦り寄ってくるんだ!蠅みたいにな!そんなものに命を懸けるなどーー馬鹿の極みですよ!」

「そ……そんな事ない!!」

「あるんだなこれが!打算無しの友情がこの世にありますか!?本当に信じられるんですか!?無いんですよ、それは!!」

 

さながら子供のようだ。

自分の主張が通らないから逆上し、声を荒げる大きな子供。

これが奴の本性なのかもしれない。

だが知ってか知らずか、シェリーに効いていたのはその本性の主張だった。

ーードビーはシェリーをホグワーツに行かせない為に、様々な画策をした。

ーーその一つが、ロン達の手紙の内容を改ざんし、罵詈雑言を並べた手紙を送るとあうものだった。後に誤解と分かったとはいえーーそれ以来、彼達が心の中で何を考えているか、怖くなってしまった。

自分は果たして、本当に彼等の友達と言えるのだろうか。

ロン達が自分に隠れてポリジュース薬を作っていた時は、役立たずだから省いたのではないか……と、内心怖れていた。

ロンとハーマイオニーは、もしかしたら、本当はーー。

 

「ーいや、そうかもしれねえな。強い奴、有名な奴に擦り寄るのが人間ってもんだ」

 

そう言ったのは、ベガだった。

 

「……だが、勘違いするんじゃねえぞ。俺がネビルに友達に『してもらってる』んだよ。俺なんかより、ネビルはよっぽど凄え奴なんだ」

「……?何を……」

「あいつは友達に立ち向かう勇気がある。友達を大切にできる優しさがある。ネビルは、俺が持ってない物をたくさん持ってんだよ。……俺があいつに憧れてんだ。

……ネビルを、俺が憧れたあいつを、こんな俺なんかを友達だと言ってくれたあいつを、これ以上侮辱するんじゃねェ」

 

その言葉に、ロックハートは青筋を走らせた。人を怒らせる事は得意でも、面と向かってコンプレックスを刺激されるのは苦手なようだ。彼がプライドを全て捨てていれば、勝機もあったかもしれないが……長きに渡るアイドル生活は、彼の思考を鈍くさせた。

意識をベガに向けすぎた事で、注意が散漫になっていた。ロックハートの腕をドラコが無理矢理振り払い、代わりにロンが特攻して体制を崩させる。去年のトロールとの戦いで、気を引く間に攻撃する事は有効だと知っているのだ。

ロックハートは驚愕しーー硬直した。彼にとっての戦いとは、数少ない攻撃で確実に相手を仕留めることを言う。ドラコは既に仕留めた相手であり……勝手に動くなど、完全な想定外。

 

(何故だ。こいつは何故動ける。何なんだこいつらは、友達?そんなもののために、どうしてそこまでーー)

 

だからーーどうすればいいか分からないまま、無我夢中で魔力を暴発させた。

 

「!しまったーー」

「ーー天井が崩れる!!」

「ロン、早くこっちに来て!!」

「っ、だめだ、間に合わなーー」

 

上を見上げた。

降り注ぐ瓦礫を、他人事のように眺めながらーー、脳内でベガの言葉を繰り返した。

 

『ネビルをこれ以上侮辱するんじゃねェ』

 

友達ーーー、そうだ、私は、友達が欲しかった。もっと沢山、もっと大勢の友人が。

自分が有名になれば友達が増える。自分が人気者になればもっと友達は増える。

だが自分にはそれだけの能力はない。

何をやっても、平凡の域を出ない。才能溢れた人間には到底及ばない。

こんなに必死で頑張ってるのにーー。

欲しい。お前の名声が、手柄が欲しい。

嘘をつこう。本当の自分を隠して、素敵でチャーミングな人間だと思ってもらえるようになろう。

本を書こう。世界中の人達に、自分が凄い人間だと知ってもらえるように。

そうすればきっとーー自分も、もっと、誰かに必要とされる人間にーー。

 

「ぁ、あーーー『オブリビエイト』」

 

だが。

こういった時に自分の身を守れる魔法を、ロックハートは使えなかった。

だから、気が動転しーー自分の最も得意とする魔法を放とうとしてーー手首に石が当たり、その矛先が変わってしまった。

魔力が逆流した。

この時、ロックハートは記憶を失った。




そういえば秘密の部屋を見返していた時に聞いた話なんですが、マートル役のシャーリー・ヘンダーソンは実年齢より年下の役を演じる事が多く、秘密の部屋上映時で35歳なんだとか。
えッッッ!!!???

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