ロシアによるウクライナ侵略が始まって、まもなく5ヵ月が経とうとしている。戦況は長期戦に移行し、物量で勝るロシア軍が押し始めた。ロシア側は東部のルハンスク州を制圧したと主張し、隣接するドネツク州でも攻勢を強めている。
一方で、フィンランド・スウェーデンのNATO加盟手続きが進められ、欧州情勢はますます緊張しつつある。この戦いはどのような結末を迎えるのか。落とし所はどこにあるのか。アメリカを代表する防衛・安全保障分野に強いシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」で上級顧問を務める、世界的に著名な戦略家のエドワード・ルトワック氏に訊いた。(取材/大野和基、国際ジャーナリスト)
もはやEUは「死んだも同然」
――アメリカはこれまで、ウクライナに対する総額400億ドル(約4兆5000億円)規模の支援を承認しています。バイデン政権はウクライナの敗北をなんとしても阻止する構えのようですが、一方で戦争の長期化も懸念されています。今後もアメリカは大規模な支援を継続できるのでしょうか。
ルトワック:開戦初期と比べて、現在ロシアは攻勢に出ています。ロシア軍の勢力が増せば、それを抑えるために西側は追加の軍事支援をせざるを得ません。しかし問題は、追加の支援がもっぱらアメリカ、イギリス、そして北欧諸国によってしか行われていないことです。ドイツやフランスやイタリアのようなヨーロッパの大国が、ほとんど何もしていないのです。
イギリスなどアメリカの同盟国は、すでに足並みをそろえています。残されたイタリアとフランスとドイツは「死んだクジラ」です。彼らが地政学的な視点から行動を起こさないのであれば、もはやEUの存在意義はありません。政治組織としてのEUは死んでいるも同然ということです。
戦略のロジックというものは、いつも矛盾しています。NATOは近年、かなり弱体化していました。だからロシアはウクライナ侵攻を決断したのです。しかしロシアがウクライナを攻めたまさにそのせいで、いまNATOは非常に強力になっています。NATOは大西洋を越え、日本を含む太平洋諸国にまで拡大した安全保障体制に進化しつつあるといえるでしょう。
しかし、戦争が長期化すると、アメリカも現状の支援を継続することは難しくなります。アメリカ国民はウクライナ戦争にあまり関心がありません。インフレのほうが大きな問題だと考えている人が多いのです。11月の中間選挙を控えて、バイデン大統領はどうすべきか苦しむでしょう。外交政策をアメリカ国民に訴えたところで、さして効果はないからです。
――6月末にスペイン・マドリードで行われたNATO首脳会議では、ロシアをNATOの脅威として名指しする「戦略概念」が採択されました。これをどう評価しますか?
ルトワック:今回のNATO首脳会議で分かったことは、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、ベルギー、ポーランドといった北欧・中欧の国々が、真剣に結束を強めて、力を発揮しているということです。一方でドイツ、イタリア、フランスなどの大国は、会合に出てサンドイッチを食べただけでしょう。まったく真剣味がありませんでした。前者の国々の多くは対中国外交においても政治的・経済的に結束していますし、台湾とも密に連絡をとっています。
――あなたはドイツに対しては特に手厳しい評価をしているように思われますが、やはりドイツはロシアとの関係維持を優先してしまっているのでしょうか。
ルトワック:ドイツの政治家の頭には、冬に暖かく過ごすこと豚肉を料理して食べることしかないのではないかと思いますよ。ドイツの首相は公に言うこととやることが違いすぎる。嘘つきと言われても仕方ないでしょう。彼らは国際秩序よりも、ロシアからエネルギーを得ること、関係を維持することのほうが重要だと考えているのです。
「NATO拡大」が招く事態
――フィンランドとスウェーデンのNATO加盟手続きが進んでいます。これはプーチン大統領の暴走を抑制する効果はあるのでしょうか。またアメリカとイギリスが継続的な支援を行い、NATOが拡大すれば、ウクライナはロシア軍を抑制し続けられるのでしょうか。
ルトワック:フィンランドとスウェーデンのNATO加盟にも抑制効果はありますが、一義的にはロシアを抑制しているのはウクライナ側の強固な抵抗です。ロシアは当初ウクライナ全土を征服する計画でしたが、今では事実上、ドネツクとルハンスクの東部2州征服に目標を変えたほど、ウクライナの抵抗はインパクトを与えています。
すでにロシアはドネツク・ルハンスク両州を支配下に置いていますが、もしプーチンがその支配を維持するつもりなら、ロシアはこれから10年、20年、30年と厳しい制裁を受けたまま生きることになります。
一方で、ロシアがキーウと交渉し、難民も含めた地元住民が自由投票を行い、その地域をウクライナ領とするかロシア領とするかを決めるための同意に達すれば、ロシアは孤立から脱して国際社会に復帰することができるかもしれない。ロシアが住民投票で支持を得られる可能性もなくはないですからね。
しかし、犬が口にくわえた骨を離さないように、プーチンがウクライナ東部地域の軍事的支配にこだわるのであれば、ロシアはやがて衰退してゆくことになるでしょう。私はいま(注:取材が行われた7月4日時点で)イスラエルにいますが、ロシアから逃げてきた科学者、アーティスト、ミリオネア、ビジネスマンで溢れかえっています。重要なのは、才能あるロシアの人々が血液が流れ出すように、モスクワから流出し続けているということです。
「バルト三国侵攻」はあるのか?
――開戦初期に比べて、ロシア軍の戦いぶりが改善しているとの評価も多いですが、現在のロシア軍の状況をどう評価しますか。
ルトワック:ロシアの戦争は、過去のどの戦争もひどい始まり方をしています。1939年のフィンランドとの戦争(冬戦争)では10万人を超えるロシア兵が死にました。ロシアが1400台もの戦車を投入した一方、フィンランドはたった30台ほどの戦車しか保有していなかった。にもかかわらず、ロシア軍はフィンランド軍に圧倒されたのです。
ナチスドイツとの戦争でも、始まり方はひどいものでした。このウクライナ戦争でもそうです。司令官が前線に投入され、次々に戦死していきました。
ロシアの当初の計画はキーウを24時間で陥落させ、ウクライナ全土を2〜3日で征服するというものでした。しかし今回は、ロシアの過去の歴史上の戦いのようにはいきませんでした。ウクライナの人々は愛国心に燃え、どれほど血を流そうとも戦い続けることを決意しました。加えてウクライナには、各国から多くの支援が寄せられた。だからこそ、ロシアは当初の計画を断念して、2つの州を何とか征服するだけにとどまっているのです。
――6月末にSNS上で、バルト三国において軍の大きな動きがあったという噂が流れました。これからプーチン大統領がバルト三国やフィンランドなど、ロシアと隣接するウクライナ以外の国にも戦線を広げる可能性はあるのでしょうか。
ルトワック:それはゼロだと言っていいでしょう。ロシアのインテリジェンス機関によると、ウクライナは当初2、3日もあれば征服できると考えられていました。アメリカのCIAも同様の予測を立てていました。しかしCIAもロシアのインテリジェンス機関も、愛国心に燃えたウクライナの人々の力を理解していませんでした。プーチンも、いわゆる「ハイブリッド戦争」が目論見通りにはいかないことを学びました。現在のロシアの戦力ではバルト三国やフィンランドへの侵攻は不可能であることも、理解したことでしょう。
「国民の選択」という結末
――ロシアが核を使用するシナリオはまだ残っているでしょうか。
ルトワック:それも、ないでしょう。核兵器は基本的に自衛のための兵器であって、侵略や攻撃のために使うことはまず考えられない。仮にもし日本がロシアを攻撃し、モスクワに侵攻するような事態が起きれば、ロシアは核兵器を使用するかもしれませんが、単に他国を攻撃したいからという理由では使いません。あくまでも自己防衛のための戦力です。
それは北朝鮮でさえも同様で、核の脅しを口で言っているだけです。核兵器は本質的に、他国が核兵器を使うことを抑制するために持っているもののです。それはインドでもイスラエルでもアメリカでも中国でも同じです。ですから懸念されているように、プーチンがベラルーシに核を撃たせるというシナリオもありません。
――この戦争の考えうる「終わり方」はどのようなものになるのでしょうか。
ルトワック:2つのシナリオが考えられます。一つはロシアがドネツク州とルハンスク州を奪取したあと、犬がくわえた骨を離さないように、その地域をキープしようとする。その場合、戦争は膠着状態に陥って長期化します。
2つめは、先ほど言ったようにロシア側がウクライナ側と交渉し、国際的な監視のもと、ドネツク州とルハンスク州において自由な住民投票を行い、同地をロシア領にするかウクライナ領にするかを決めるというものです。両方がロシアになる場合もあれば、一つがロシア、一つがウクライナになる場合もあるし、両方ウクライナになる場合もあります。国民に選択を委ねるしか、この戦争をきれいに終わらせる方法はない。戦争が終われば対ロシア制裁も終わり、ロシアは孤立から脱して国際社会に戻ることも可能でしょう。