クリスマス休暇が明ける、数日前の事だ。
ハーマイオニーは猛吹雪の影響により、当初の予定よりも早く帰ってきた。他の生徒達はまだほとんど帰ってきておらず、「人がいないホグワーツは静かで新鮮だわ!」と漏らした。
そして当然のごとく、ハーマイオニーは冬休みの宿題は全て終わらせていた。聞けば、彼女は宿題をほとんど初日で終わらせており、後はその見直しと予習の時間ばかりだったという。
シェリーも早めに取り組んでいたとは思っていたのだが、まさか初日とは。上には上がいると思い知らされた。そう話していると、それを聞いていたマクゴナガルに「冬休みの宿題は早めに提出しても良いですよ」と言われたので、シェリーとハーマイオニーは一緒に提出しに行った。
ロンが信じられないものを見るかのような目をしていたが、無視して職員室のドアを叩く。
「すみませーん、マクゴナガル先生は……」
「ちょっと待って、シェリー!」
見ると、中では顔を歪めているスネイプと、彼の脚に包帯を巻いているフィルチのコンビの姿。ホグワーツの嫌われ者トップ2が揃い踏みである。
たしかに、今は職員室には入りたくない。
「怪我の様子はどうです?」
「大分マシになった。だが、魔法生物につけられた傷は治りが遅い。あぁ、マダム・ポンフリーに貰った薬を使ってもな。忌々しいあの犬め……」
犬?
ホグワーツで許されているペットといえば、カエル、猫、ふくろう、ネズミの四種類だ。
しかしダンブルドア校長は不死鳥をペットにしていると噂されているし、ハグリッドもファングや、様々な生物を多数飼育している。
その例からすると、もしかしたら教員は特別なのかもしれない……が。スネイプが、動物の世話で怪我?まさか。
「スネイプ先生って……ワンちゃん、飼ってないよね?」
わんこと戯れるスネイプ。想像すると中々シュールだが、その線は限りなく低いだろう。
「そもそもスネイプがペットを飼うなんてありえないわ。犬は、きっと……三頭犬でしょうね」
しかしこれで、ハロウィンの日にスネイプが例の廊下に向かったのはほぼ確定した。
まさか、あの男が?
賢者の石を狙っているなどと……半信半疑だったが、徐々に疑心が強くなっていく。
そして、その日の夜。
またしてもシェリーとハーマイオニーが、授業の内容について質問しようと、夜更けに職員室へ訪れた時の事だ。
生徒もおらず、静かな夜に、ボソボソとした囁き声が聞こえる。耳を澄ませば、そこにはやはりまたスネイプだ。
「クィレル、いいや、クィリナス。私が何を言いたいか、分かるだろう?」
「あぁ、やめてくれ、スネイプ」
一体何をしているのか?気になったシェリー達は陰からその様子を覗く。
「ス、スネイプ先生。こ、こんな所でやるというのか?」
「どうせ生徒はほとんどが休暇で家に帰っている。人の目を気にする必要はない」
「!?!?ダメよ!シェリー、目を塞ぎなさい!あなたにはまだ早いわ!」
「えっ、えっ?」
「まさかスネイプとクィレルだなんて……!こ、こんな夜に、二人っきりで!何をおっ始めるつもり!?」
「ハーマイオニー?二人が何か企んでいるなら、止めた方が良いんじゃ……」
「ダメよ!二人の邪魔をしちゃダメ!」
「???」
息を荒げる自分の友人に首を傾げる。
夜中に男同士の蜜月、禁断の愛の交わりを想像しているハーマイオニー。急にどうしたというのか。
「これは二人だけの秘密だ。貴方がどうするのか、話そうじゃないか。じっくりと、二人きりで」
「な、何のことだか私にはさっぱり……」
「ああ!ダメーッ!」
「ハ、ハーマイオニー?静かにしないと…」
「とぼけるな。賢者の石について、貴様はどこまで知っている」
「ーーッ」
クィレルと同じに、息を呑んだ。
蛇のようにネチネチと嫌らしく、喉元を這いずるかのような不気味さで、スネイプは問うた。どちらに与するのか?と。
「ハッキリさせるべきだ。今のうちににどちらの側につくのか。……忠誠を誓う相手は見極めた方が良い。主君を見誤ればどうなるか、分からない貴方ではないでしょう」
「ススス、スネイプ、勘弁してくれ……!」
「そうですな。今日のところは引きましょうか。ミスター・クィレル、貴方の口から良い答えが出る事を期待していますぞ」
言うと、スネイプはその場から離れて行く。いつも以上にどもっていたクィレルは、力が抜けたのかその場に倒れこんだ。額には大量の脂汗が浮かんでいる。
シェリーは唾を飲み込んだ。この会話は、まさしくスネイプの疑惑を確定させるものではないか。
一見すれば、スネイプがクィレルに問答をしているだけだ。だが……様々な証拠や手掛かりを持つ者にとってはそうではない。
賢者の石。
スネイプはそう確かに言った。
命の水を創り出し、銅を黄金に変えるという究極のマジックアイテム。
それを、彼が欲しているという。
だがーー何故?
ごちゃごちゃとした頭の中を整理するために、グリフィンドールの談話室でロンとハーマイオニーと話し合った。心の中に秘めた、スネイプに感じた言い知れぬ恐怖を共有したかったのも一因だ。
「あのネチネチ男、やっぱり賢者の石を狙ってやがったのか」
「そうね……きっと、クィレルが賢者の石の石の守りに関わっているのかも。三頭犬以外にもいくつか罠が仕掛けられてあって、その罠を設置したのがクィレル………」
「成る程ね。あいつ、いつまで口を割らずに持ってられるかな」
もって数日というところか。
闇の魔術に対する防衛術の教師らしからぬ、常に怯えているニンニク教師の事を頭に浮かべる。………無理だ。どうしても秘密を守り切れるイメージが湧かない。
「……、それも気になるけど。どうしてスネイプ先生は、石を欲しがってるのかな」
「?そりゃあ、そんな物あったら何でもし放題だからだろ?どっかに売っちまえば金にだってなるし、永遠の命だって手に入れられる筈さ」
「そうかもだけど。でも、二人の話だとスネイプ先生は私を狙っているんでしょう?これから石を盗もうって人が、そんな思い切った真似するかなぁ」
「……そう言われれば、そうだけど」
再び頭を悩ませる二人に、「ここからは私の仮説なんだけどね」とシェリーは続けた。
「スネイプ先生、言ってたんだ。どちらの側につくのか、って。それはつまり、お互いに属している勢力があるってこと。仮に、片方はダンブルドア先生だと仮定すると……もう片方って」
「!例のあの人ね!?ダンブルドアと戦おうなんて思ってるのは、例のあの人くらいのものだわ!」
「あ、あの人は滅んだはずだろ!?誰からぬシェリーの手によってさ!」
「………もしかしたら、残存勢力とか、例のあの人の熱心な信奉者とか。それでスネイプは敵討ちのためにシェリーを狙ってて、賢者の石で例のあの人の復活を企んでいる………とか………」
辻褄が合ってしまう。
ホグワーツの教師陣が属しているのは、まず間違いなくダンブルドアだ。となればその敵対勢力もハッキリする。
例のあの人の復活。
頭に思い描くのは、最悪のシナリオ。
蛇が今までの体を捨てて、また新しく成長を繰り返すように。
ヴォルデモートは一度死に、そこから再生を測っているのだとしたら。
それはとても恐ろしい事だ。地獄へと行った筈の彼が、悪夢のように蘇り、今度は魔法界を絶望という名の地獄へ引き摺り込もうと虎視眈々と狙っているのだから。
「……どうしよう。ヴォルデモートさんの復活が、彼の本当の目的なら……私達じゃ、手に負えない……」
「シェリー!やめてくれよ、その名前で呼ぶのは!」
「さん付け……」
だが……実際問題、もしもヴォルデモートが復活してしまった魔法界の未来を考えただけでも、恐ろしい。
あの人の名前を言うのも憚られる。彼に類する言葉、彼を連想させる言葉、全てが恐怖の対象だ。
彼の名前が禁忌になる訳だ。
魔法界に詳しくないシェリーはともかく、二人は青い顔を浮かべる。
ヴォルデモート。死の飛翔。そのまざまざとした恐怖に、暖炉の前で身を竦めた。
「……と、とにかく!例のあの人復活のためなのかは、推測の域を出ないけど。スネイプは賢者の石を狙っている、これは事実だ」
「そして石の護りには、ホグワーツの教師陣……少なくともハグリッドやクィレルが関わっている、と」
「クィレル先生が、その護りの秘密を漏らさないようにしなければ良いんだけど……」
例のあの人やスネイプに脅されて、ビクビク怯えている彼の姿を想像すると、あまり期待はできそうにもなかった。
だが、その心配は杞憂に終わった。
なんとクィレルは、三週間経っても口を割らなかったのだ!その証拠にスネイプの機嫌は悪くなる一方で、おかげで魔法薬学では息をするように減点されるようになったが。
彼の以前にも増してげっそりと痩せこけた頰を見ると、その健闘ぶりに拍手を送りたくもなる。
スネイプは………何故か、クィディッチの審判に就任した。この奇行には誰もが困惑したが、ロン曰く、審判という立場をフル活用してシェリーを今度こそ箒から叩き落とすつもりだ、とのこと。
だがその心配も杞憂に終わった。
世界最強と名高いダンブルドアが観戦に来ていたからだ。彼の前ではスネイプも鳥に睨まれた蛇で、せいぜい意味のない厳重注意やペナルティ・シュートが連発されるグダグダな試合展開になるくらいだった。
観客席に不安が走る。もしかすると、このままハッフルパフ贔屓の判定が続き、グリフィンドールは負けてしまうのでは?
そしてその心配も杞憂に終わった。
開始五分でシェリーはスニッチをキャッチ。ハッフルパフ戦での首位争いは、シェリーの記録的なプレーにより、獅子寮の勝利で終わった。
「GO!GO!グリフィンドール!!」
スネイプはと言えば………苦虫を噛み潰したような目で睨んでいた。
クィディッチカップをグリフィンドールの物にした後は、勉強も金賞を!………と、言いたいところだがまったく手につかない。
ハーマイオニーは試験までまだ十週間あるというのに「もっと早くやるべきだったわ!」とヒステリックになり、ロンはうたた寝を始める始末。
ロン曰く、
「試験はまだ十週ある!でも石は明日にでも奪われるかもしれないんだぜ?君は石と試験とどっちが大切なんだよ!」
ハーマイオニー曰く、
「じゃあ貴方は平和になった世界で、私達の後輩になりたいってわけ?それならノートの写しは必要ないわね」
と返され、たまったもんじゃないので、
「わ、わかったよ………わかったからノートは見せてくれよ」
と、ズルズル引きずられてやって来た次第である。しかしやる気が出ず、意識はとうに夢の中だ。
当のシェリーは一人で黙々と目の前の課題に取り組んでいたが、そもそも彼女は得意科目と苦手科目がハッキリ分かれている。
変身術や呪文学は極めて優秀な成績だが、魔法薬学や魔法史などは平均よりも低い。
よって。
魔法薬学の教科書を開いても、頭の中からスーッと覚えた物が出て行く現象が起こってしまっているのだ。
「………休憩、しない?ハーマイオニー」
丁度彼女も分厚い本を読み終えたところだったようなので、その意見は無事聞き届けられた。
ホグワーツの絶好の休憩スポットといえば、一つしかない。
「ハグリッド!遊びに来た……よ……」
「おう、よう来た!よう来た!」
その一つが、まさか暖炉をフル稼働して、カーテンを閉め切っており、入るや否や汗びっしょりになるとは思ってもみなかった。
「暑いよ!何してんだよ、ハグリッド!」
「んー。いや、ちょっとな。そろそろ、そろそろなんだ……」
「?一体何を………って、え?もしかして、それって……ドラゴンの、卵かい?」
ハグリッドは全てを話した。
酒場で飲んでいた時、見知らぬ人物から賭けポーカーで勝てばドラゴンの卵を譲ってやると持ちかけられたこと。
ポーカーの引きが思いの外良く、ボロ勝ちして卵以外にも大量のガリオン金貨をゲット、ついでに身包み剥いでいったこと。
だが何故か「頭だけは!頭だけは勘弁してくれええええ!!」と懇願されたのでやめておいたことなど。
「あー、ギャンブルだと随分と人が変わるみたいね?ハグリッド。身包み剥ぐなんて」
「うんにゃ、俺がもうやめとけって何度言っても聞かねえんだ。相手が『もう一回!もう一回だけでいいから!』『俺は全財産を賭けるぞ!』っちゅうもんだから、つい」
「………そんな大人にはなりたくないなあ」
それで、この卵を手に入れた後は、彼は育てようと思ったらしい。『趣味と実益を兼ねたドラゴンの飼い方』なる本を図書室でわざわざ借りて来て、本気で孵化させようとしている。
名前ももう決めているらしい。
ノーバート。ギリシャ語の舵手が語源とされる名前だ。
「ノーバートちゃんかぁ……、あれ?でも確かドラゴンって飼育は違法じゃ」
「おお、ヒビが入った!やったぞ!お前さん達も見ていくか?」
本当は門限があるため今すぐにでも帰らなければならない。
だが、今までの冒険が彼女達の気を大きくさせた。『卵が孵化したらすぐ帰る』そう自分に言い訳して、目の前の好奇心に首を突っ込んでしまった。
およそ数時間が経った。
ヒビが入るだけだった卵は、中の生物に乱暴に引っぺがされ、今ここに新しいドラゴンが誕生した。
「おおおおおーっ!生まれた!生まれた!ほれ見てみい!美しかろう……」
ヌメヌメした粘液を身に纏い、骨張っている身体。不揃いに生えた牙が顔の半分を占めていて、眼は爬虫類特有のものだ。
ハーマイオニーにとっては正直少し、いやかなり眉をひそめざるを得ないデザインだ。
「あー、美しいかって言われると、私は……ごめんなさい、その……うーん、なんだか、ひしゃげた蝙蝠傘みたいで、ちょっと……」
「ああ……美しいなあ!なんちゅう美しい生き物だ!」
「うわぁ……、すごい、素敵……!とっても可愛い!」
「すげえやハグリッド、これ、ノルウェー・リッジバック種だ!」
「……怖いって思うのは私だけなの?」
かたや、危険な魔法生物ほど美しくみえるという困った大男。
かたや、独特の美的センスを持つ赤毛の美少女。
かたや、ロマン溢れる物は無条件でカッコいいもの認定のそばかす少年である。
三者三様の反応に、思わずハーマイオニーはため息をついた。
「ハグリッド、どうするの?ドラゴンを育てるのは違法なのよ。それに、ノルウェー・リッジバックで種は一週間で三倍ずつ大きくなるのよ……?」
「……ハグリッド、その本見せて?」
『趣味と実益を兼ねたドラゴンの飼い方』には、読んでいくうちにゾッとするような記述が大量に書き記してあった。
M.O.M分類、XXXXX(魔法使いを殺せるレベル。調教やペットは不可能)
全長10メートルほど。
毒牙を持つ。
哺乳類を好んで食べる。鯨を食べた姿も目撃されている。
火を吹き始めるのも、他の種に比べて早く、おおよそ生後一ヶ月から三ヶ月くらい。
『……………』
「おお、かわいいなあノーバート!」
ヤバい。
いくらハグリッドが屈強とはいえ、これでは死人が出てしまう。
「ハグリッド、もう卵は孵したんだ、もういいだろ?ウチの兄貴のチャーリーがドラゴン飼育関係の仕事やってるからさ。僕、彼に手紙書くよ」
「だが、だがよぉ!俺ぁ、この子が大人になるまで見守ってやりてぇんだよぉ!」
「気持ちは分かるけど……この子は専門の人にお世話してもらった方が良いんじゃないかな」
「う、うー………」
少年少女たちのその言葉に負けたのか。
大男は一回り以上も身体を縮めて、ドラゴンを引き渡す事を承諾………しようとした時。
派手な音を立てて、二人の乱入者がずかずかと小屋の中に押し入った。
「ハッハー!そうはならないんだなこれが!残念だったなポッター一味!観念しろ!」
「鞭打ち!退学!処刑台!好きなのを選んでいいぞォーッ!」
アーガス・フィルチと、ドラコ・マルフォイの組み合わせ。ホグワーツ屈指の嫌われ者二人がハイになってやってきた。なんというアンハッピーセットだろう。
「………捕まるフォイ?」
「黙って」
おまけ
ハグリッドの小屋を外から覗いているドラコ
「ああ、生き物の誕生は美しいなあ……僕を産んでくれたお母様に感謝しなきゃなあ……命って大切だ、グスッ」
おわり。