シェリー・ポッターと神に愛された少年   作:悠魔

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8.獅子vs蛇

トロールの事件から数日たったある日。

グリフィンドールの悪魔こと、ベガ・レストレンジの入院の噂は、まことしやかに囁かれた。

ーーその噂を聞きつけ、復讐を企てる者は少なくなかった。特に、スリザリン連中に。

 

「今日こそ、あのクソ野郎に報復する時だ」

「あいつ、一年生の癖して人の彼女取りやがって……!」

「今日という今日は許さねえ!」

 

思えば、最初の方はレストレンジ家の血を引いていながらグリフィンドールに入り、両親がマグル擁護派だったという事もあって『血を裏切る者』と罵っていた。

しかし、容姿はハンサム、喧嘩は連戦連勝、頭脳は学年トップクラスで、その上かなりのプレイボーイ。僅かながら、スリザリンにも彼のファンクラブがあるくらいだ。

 

「スリザリンとかグリフィンドール以前に、男としてあいつが許せねえ!」

「ハッフルパフやレイブンクローにも怨みを買っているようだぞ」

「抹殺!モテる奴は抹殺だ!」

 

ベガの怪我はとっくの昔に完治している。

しかし、それでなくても弱体化している可能性はある!

一年生相手に何とも情けない事だが、ベガの実力は年齢以上の物がある。作戦を組んで襲いかからねば、むしろこちらが危ない。

 

「あいつも人間だ。待ち伏せして、全員で襲いかかれば負けるこたあねえ」

「シッ!来たぞ、あいつだ!」

「集中しろ……まだだ、ギリギリまで引きつけてから……今だッ!」

 

男達は、一斉に呪文の束をベガに向けて飛ばす。だが、そのどれもが、ベガに当たる事は無かった。

「気配出しすぎなんだよ、このウスノロどもが!」

「なっ……」

躱されていた。細い隙間を縫って、完璧に見切っていたのだ。気配の察知で、相手の位置を特定。後は彼の動体視力を持ってすれば、躱すなど造作もない。

 

後は、好きなように攻めるだけだ。

「ステューピファイ!」

確実に仕留める、ゼロ距離射撃。

「エクスペリアームス!」

カウンターで放つ、超高速の一撃。

「スコージファイ!」

位置を先読みし、逆算してのトラップ。

「フリペンド!」

空中へ向かう、多連鎖追尾弾。

 

「ーーなんだ、もう終わりか?だらしねぇ」

気付けば、ベガの足元には伸びたスリザリンの連中がぶっ倒れていた。

彼としては、もっと魔法の試し撃ちをしたかっただけに残念でならない。

 

(スネイプは、もっと圧倒的だった。俺が見たのはあのエクスペリアームスだけだったが、完璧だった。早撃ちであの威力……、只者じゃねえ。俺の魔法じゃまだ勝てねえ)

トロールを倒した日の事を思い出して、一人ごちる。

あんな魔法は初めてだ。凄まじすぎた。

だが……それでも彼は頂点を目指す。

ベガは、ベガを天才だと言ってくれる人のために負けられないのだ。

 

(負けられないといやあ……そういえば今日はクィディッチがあるんだったか)

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

オリバー・ウッドはクィディッチについて耳にタコができるほど熱弁していた。

 

「クィディッチで重要なのは、何よりも攻撃だ!我がグリフィンドールは、攻めて攻めて攻めまくる超攻撃型スタイルを取っている」

「ピッチを幅広く使う事で、三次元的に攻撃のフォーメーションを展開できる!それこそがグリフィンドール流だ!」

「防御の時も攻撃!斬られてでも斬る!多少の失点は覚悟で、常に一発奪取を狙っていくんだ!」

「うん、あのね、ウッド。それ十回は聞いたから……」

 

彼の熱意は十分すぎるほど伝わったのだが、グリフィンドールの隠し球、シェリーには過度な期待を寄せているようで、彼女は着実に緊張を重ねていた。

先日のトロールとの戦いで度胸を見せた少女とはとても思えないほどの動揺っぷりである。

 

(や、やっぱり私なんかがシーカーじゃ……)

「あー、シェリー?試合前なんだから、もっと沢山食べなきゃじゃないか?」

「そ、そうだよね、ロン。もっと沢山食べなきゃだよね」

「シェ、シェリー!?手が震えすぎてかぼちゃジュース零してるわよ!?」

「きゃっ!?ご、ごめんなさい!」

 

ロンとハーマイオニーが必死になって緊張を抑えようとしているが、それもどこか上の空だ。

赤髪の美少女は、髪と同じくらい顔を赤くさせて、ぶるぶる震えていた。

目立ちたがり屋のグリフィンドールは、こういう時はプレッシャーに強い生徒が多いのだが、それはシェリーには当てはまらない。

自己評価の低過ぎる彼女故に、朝ご飯を食べるのもままならなくなっている。

 

気が付いたらピッチにいた。

箒を持ち、真紅のユニフォームを身に纏い、後はもう試合開始を待つだけとなっている。

(い、いつの間に……)

ユニフォームを着た覚えがない。誰かに着せてもらったのだろうか。おそらくハーマイオニーあたりだと踏んでいるが。

どうやって競技場まで来たのだろう?途中でスリザリンがニヤニヤ笑いをしていたような気もするし、今までの足取りを覚えていない。

 

(どうしようどうしようどうしよう、始まっちゃう……!)

「おおっと我らがグリフィンドールの姫!」

「赤髪姫はどうしたことか!」

「フ、フレッド、ジョージ?」

「好きに言わせておけばいいのさ。笑いたい奴は笑えばいい。だけど、最後に笑うのは僕達だ。何を心配する事がある?」

 

よほど緊張していたのか。

普段は絶対に言わない弱音を吐いた。

「さっきから手の震えが止まらないの。もし私のせいで負けたら……その」

ぱしん。

「………ほぇ?」

ウィーズリーズはシェリーの頰を手で挟んだ。

「何言ってんだい。もしとか、たらとか、ればとか、関係ないよ。今日の試合勝つ!それだけ考えてれば良いのさ」

「今日の天気は晴れ!勝利するのはグリフィンドール!百発百中の予報だぜ。これで占い学も満点さ」

「二人とも……」

「ま、それでも駄目な時は駄目だ!」

「最高のチーム!最高のシーカー!それで負けるようなら、もうその時は仕方ない!だから精一杯やろうぜ!」

 

冗談めかした彼等の台詞で、ガチガチになったシェリーの心は幾許かほぐれた。

連戦練磨のビーターの言葉は、説得力が段違いだ。二人はニカッと笑う。

「諸君!集合だ!」

ウッドが全員を呼び集めた。

 

「準備はいいか!野郎ども!」

「あら、女性もいるのよ?」

「そうか!女どもも準備いいか!」

チェイサー三人娘の一人、アンジェリーナの入れる茶々にも動じないウッド。どうやら、彼のテンションは最高潮のようだ。

 

「ついにこの日がやってきた、クィディッチ開幕戦!今この場には七人の選ばれた獅子達が揃っている!断言しよう、ここ最近で最高のクィディッチチームだ!」

「つまり何が言いたいんだよ?」

「スリザリンに勝てる!行くぞ!お前達!」

 

ピッチは広かった。

青い芝生を取り囲むようにして、観客席が立ち並ぶ。そのどれもが、今か今かと熱狂を露わにしているのだ。

ロンとハーマイオニーはどこだろう?と探してみても、見つかる気配は無かった。

 

「どこ見てるんだ?グリフィンドールでチヤホヤしてくれる友達でも探してたのか、シェリー・ポッター」

「え、ドラコ?」

いつも突っかかってくるスリザリンの少年が、そこにいた。

「あの……どうしたの?もうすぐ試合が始まるから、早く観客席に戻らないと危ないよ?もしかして迷子?クラッブとゴイルを呼んできてあげるね」

「違う!」

「えっと……じゃあ、特別席でも用意してあるの?でも、あんまり近いと怪我するよ」

「違う!そうじゃない、よく見ろ!」

そう言われても。

いつもと変わらない青白い肌にプラチナブロンドのオールバック姿。唯一違うのは、緑のユニフォームを身に纏っている事か。

……ユニフォーム?

 

「え?なんでドラコがユニフォームを?」

「どうだ!見たか!僕もスリザリン・クィディッチ・チームの一員になったんだ!」

「わぁ、すごい!おめでとう」

「ははは、ありがとう。ってそうじゃない!ほら、箒も!最新型のニンバス2001を、お父様に言って全員分買ってもらったんだ!」

「そっか、良かったね」

「ははは分かってくれるかい、って違う!クソッ!調子の狂う奴だ!」

青白い顔を赤くして、スリザリンチームに戻って行った。

 

微笑ましい光景だが、しかしウッド達にとっては寝耳に水である。まさかチーム編成に変更があった上に、ニンバスシリーズの最新型を、彼等が用意しているとは……。

マーカス・フリントのニヤニヤ笑いも納得である。

 

「……聞いた?ニンバス2001ですって!」

「嘘でしょう、まさか、そんな!」

「しかも地味にシーカーが変わってる!マルフォイですって……」

「実力じゃなくて、お金で選んだってわけか。それでスポーツに真摯に取り組んでるって言えるのかよ」

「大丈夫か?ウッド」

「仕方ない。敵の速度をニンバスシリーズで計算し直して、作戦組み立てるさ」

 

主将同士が、マダム・フーチの下で握手を行う。ピリピリとした緊張感の中、それでも彼等は強気だ。クィディッチは試合前から始まっている。ハッタリで相手が動揺してくれれば儲け物だ。

 

「よぉ。気分はどうだい?グリフィンドールの諸君。……おおっと、そんなチンケな箒持って何するってんだ?庭掃除か?ハハッ、おまけにチームの大半が女じゃないか。さっさと帰った方が恥かかずにすむぜ」

「生憎、ウチは箒も選手もお金で選ばない実力主義なもんでな。それに、スリザリンの皆様にとってはいいハンデだろ?」

「……捻り潰してやるよ、子猫ちゃん」

「言ってろ、蛇ヤロー」

 

そして、七人は円を組んだ。

「あのグリフィンドールを、完膚なきまでに潰す絶好の機会だ。あいつらに点を取らせるな!今日の空を制するのは我らが蛇寮だ!」

「ーー喰らい尽くせ!!」

『SAVAGE SNAKES SLYTHERIN!!!』

 

「言ってくれるな、スリザリンども。……この試合、俺達は最高の選手を揃えた。だが、相手は最上級の箒を持ってる。箒の性能だけ見れば、勝つ確率はあっちが高い」

「………」

「だが、勝つのは誰だ?」

『俺達だ!!』

「雄叫び上げろ!」

『GO!GO!!GRYFFINDOR!!!』

 

「試合開始ィィィィ!!!」

 

『さぁ解説は僕ことリー・ジョーダンが務めさせて参りますよろしくお願いします!さてさて、おーっと!グリフィンドール三人娘が突撃だ!これは、短い距離で鋭いパス回しを行う、クレイジー・スロット!獅子領の十八番です!』

「すごい、皆んな……っと、私もスニッチを探さなきゃ!」

何せ、視界の360度全てを見張っていなければならない。プレーの邪魔にならないよう、上空から旋回しつつ金色を探す。

 

するとーー黒いソフトボール大の球が、こちらに向かっている事に気付く。

ブラッジャーだ!

暴れ玉を回避すると、双子のどちらか(おそらく、ジョージだと思う)がマーカス目掛けてブラッジャーを打ち込む。

「大丈夫か?」

「うん!ありがとう」

「おう!」

 

こうしている間にも、アリシアが点を入れたとか、キーパーがナイスセーブをしたとか、ペナルティを課せられたとか、様々な情報が耳から入っては抜けていく。

するとーー視界の隅に、金色に光るものを見つけた。スニッチだ!

そう思った瞬間、シェリーのニンバス2000は火を吹いた。爆発的ロケットスタート。選手の間を縫う……どころか、若干ぶつかりつつもストレートに抜けていくコース取り。

 

ドラコが数瞬遅れてシェリーの後を追ったが、もう遅い。鋭い矢のように、一直線にスニッチ目掛けて飛んでいき。

「きゃあっ……!?」

横からの打撃で、大きく体勢を崩した。

ーー思い出した。

ウッドに口を酸っぱくして言われた事。シーカーが気にしなければならないのは三つ。

一つ、超高速で動くスニッチの行方。

二つ、競技場の中を暴れるブラッジャー。

三つ、相手のシーカーの行動。

 

「だが、スリザリンに関しては別だ。四つ、シーカーを姑息な手段で邪魔する輩。タックルしたり、手で掴んだり、悪質なプレー上等で妨害してくる」

それが、これか。

マーカスが、シェリーの動きに合わせて、横から妨害したのだ。スリザリンは重量級の選手ばかりだ。元々、こういう荒事にも対応できる事を前提にチームを編成している。

 

何とか体勢を整え、スニッチを探すがーーもうどこにも無い。

見失った。

その事実に歯噛みする。自分の実力不足だ、と。額に流れる一筋の汗が、空中へと消えていった。

一方、観客席はブーイングの嵐であった。

「反則だ!退場させろーっ!」

「いいぞ、もっとやれー!ぶっ殺せー!」

「そんなだから狙ってた子をベガに取られるんだよ!」

「黙れえええええええ!!!」

 

……最後はなんだか、ラフプレー上等で、ブーイングも意に介さないスリザリンらしからぬ言動ではあったが。

ともかく、マダム・フーチが一旦時計を止めて、マーカス・フリントに厳重注意。その鬼の形相に恐怖を抱きつつ、点数を確認する。

 

「一〇対四〇……負けてる、まずいな」

ウッドは舌打ちした。

だが、逆に言えば箒の性能差でよくここまで喰らいついているとも言える。しかし、試合が長引けば長引くだけブラッジャーやスリザリンのラフプレーでこちらが潰れるだけだ。

 

「泣き言を言っても仕方ないな。アンジェリーナ!ケイティ、アリシアも!双子のリードブロックで攻撃しろ!」

「ウッド、正気?それは防御が疎かになる諸刃の剣よ!もしボールを取られたら……」

「大丈夫だ、ゴールには俺がいる!」

断言した。本気で言ってやがる、こいつ。

誰もが思った。馬鹿だ、と。

……だが。

「………分かったわ、ウッド。後ろは任せたわよ!」

「おう!」

 

ーー信じて、行くしかない!

盲信者たちは箒を手に取った。ここは選手達の闘技場!獅子寮の最強戦士は、空中へと繰り出す。

『さあ、ここからグリフィンドールの反撃です!獅子寮は体格よりも技術で選手を選びます。しかしそれは、ゴリ押しもできないという事でもあります。よって獅子寮は、三次元に展開する、繋ぐクィディッチを主体としております!』

 

リー・ジョーダンの解説通り、獅子達は巧みな連携で狩りを行う。キャプテンに背中を預ける、信頼故の特攻!ここからはーー五匹のライオンによる、攻撃の祭典だ!

「作戦はーー『夜明けへの咆哮』!皆んな行くよ!」

『GO!GO!LET'S GO!!WE ARE THE GRYFFINDOR!!』

 

蛇寮のディフェンスは、体格の良さと強引なブラッジャーさばきで強引に詰め寄り、相手を叩き落とす事で有名だ。

チームの大半が女性のグリフィンドールでは相性は最悪。だが……。

「喰らえーーッ!」

「「させないぜ!俺達が守る!」」

ウィーズリーズはチェイサー三人娘を死にものぐるいで防衛する。双子ならではのコンビネーションだ。彼等はクアッフルに触れない。点を取る事もない。

だが、勝利への道を開くのはビーターだ。

だからこそーーパスが確実に通る。

 

『クアッフルを持っているのはーーアリシア!そして敵陣へシュートーーと見せかけてのバックパスで、ケイティにクアッフルが移ります!』

 

ケイティがスナップを効かせて敵陣ゴールへとボールを投げる。しかしてそれは、あえなくキーパーに弾かれる。

だが、それすらも作戦のうち!

弾いたボールを、ドンピシャでアンジェリーナが弾き返す。これにはキーパーも反応できずに、獅子寮に一〇の追加点!

 

「やった!すごい、ケイティ!」

チームメイトの活躍に胸躍らせるシェリー。スニッチを探さねばならないのは重々承知の上だが、先ほどの点差を見て気になっていたのだ。

だがーーその必要は無くなったようだ。

獅子寮の攻撃陣形が回り出した。後は、どちらがスニッチを先に取るかの勝負!

ーーと、言うところで。

「きゃああああああああっ!?」

 

ニンバス2000が、操作もしていないのに急激な動きで暴れ始めた。シェリーはバーノンがテレビで観ていたロデオを思いだした。

あれはかなり体格の良い男が振り回されていたが……悲しいかな、シェリーは非力な小娘。いつ振り落とされるやも分からない。

「お、お願い!言う事を聞いて!良い子だから、大人しくして……っ!」

そうは言っても、無理なものは無理である。

シェリーはただ箒に捕まるしかなかった。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「何やってんだ?あいつ」

 

ベガの疑問は、競技場全ての人間の気持ちを代弁していた。

シェリーの飛行がおかしい。

普通なら、箒の腕が未熟で、コントロールを失ったと考えるのが妥当だ。だが……。

 

「だが、あいつは箒の扱い方はピカイチだ。箒のコントロールを失うなんて……」

「考えられない、ああ、そうさ!きっと姑息なスリザリン連中の仕業だ!くそ!」

「ありえん、ありゃあ最新型のニンバス2000だぞ!それに箒なんつう代物に、生徒がちょっかいかけられる訳がねえ!」

(うるせーなこいつら)

 

シェリーの友達とかいう、森番ハグリッドとその隣で窮屈そうに観戦するロン。試合に熱が入りすぎて、さっきからリアクションが凄まじい。その内暴れ出すんじゃないか?

「ったく。まあ、ハーマイオニーあたりが注意すんだろ」

「ロン!あそこ!教師用の応援席を見て!」

「え!?僕は今シェリーが落ちないか心配でそれどころじゃないよ!」

「私も心配よ!でも、あれ!あれを見なさい!!!」

(お前もかよ)

 

ベガは呆れて、試合の観戦に戻る。

初めて魔法界のスポーツを生で観たが、中々どうしてこれが面白い。だがーーそれ故に、ロン達の会話を聞き逃してしまっていた。

 

「クィレル先生が固唾を呑んで見守ってる後ろで、スネイプが瞬き一つせず、シェリーを睨んでいるのよ!」

「えっ?……あいつ、真剣な顔で何かブツブツ言っているけど、これってまさか」

「ええ、呪いかもしれないわ!あんなでも教師だし、まさかとは思うけれど……」

「……いや、あの陰気野郎ならやりかねないよ。なんせあんなだし……」

 

いつもシェリーに突っかかっては、何やら挙動不審になる教師である。

ぶっちゃけ、すごく怪しい。

二人は数瞬の間考えると、弾かれたように来賓席へと駆けていった。

熱狂している人垣の中を、ロンが掻き分け、その隙間をハーマイオニーが縫うように走る。彼女は階段の下からスネイプを確認すると、気を逸らせる、かつ長いこと足止めできる魔法を脳内で検索する。

 

「ーーラカーナム・インフラマーレイ!」

 

哀れ、スネイプのローブには小さくではあるが火種がついた。

それを確認すると、大急ぎでロンの下へと走る。後ろから叫び声や火を消せ!という言葉が聞こえてきて、彼女は小さく拳を握った。

その炎は、込められた魔力が尽きるまで消えない特別製だ。放火魔の正体は、きっと適当に勘違いしてくれるだろう。

 

ロンと合流すると、上空を見上げて、彼女の様子を確認する。そこには、変則的な動きをして、殆ど身体が箒から離れ、今にも落ちそうになっているシェリーがいた。

「頑張れ、シェリー!」

その叫びが届いたのか。

箒がピタリと停止すると、彼女は体勢を立て直し……再び、高速で飛んでいった。

 

「やった!」

勝利を確信して、二人は抱き合った。

「やったわ、ロン!………あっ」

「いいぞシェリー!………えっ」

即、顔を赤くした二人は離れた。

いじらしいものである。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「はぁ、はぁ……やっと、戻った!」

箒の制御が戻った時、シェリーの体力は底を尽きそうになっていた。

 

「お願い、ニンバス2000!」

箒の持つ最高速度でドラコを追う。

しかしーーその差は縮まらない。ここに来て箒の差が出てしまった。直線距離では、彼方に軍配が上がる。

「ーーッ、それ、なら……!」

飛行ルートを厳選する他ない。

荒れ狂うブラッジャーやクアッフルの中を通り抜けて、追いつくしかない。

シェリーは、今までできるだけ迂回していたルートを突っ切る事を選択したのだ。

 

シェリーはここで、無意識のうちに『脱力』していた。一流の選手であれば、それを使う者も少なくない。

曲がったり上昇する瞬間、力を極限まで抜く事で、箒にかかる負荷を軽減する。すると、スピードを落とさずに激戦区を掻い潜る事が可能となるのだ。

 

「ッ!?ポ、ポッター!?何故お前が、どうやってこんな所まで!?」

シェリーに答える余裕はない。

スニッチは、応援席の下へと滑り込む。

躊躇せず、木材の隙間を縫って追いかけるシェリー。そして、一瞬迷ったものの、貴族の男子としてのプライドが働いたのか……負けじと後を追うドラコ。

 

実際のところーー木材を恐れずに、最高速で飛ぶ事のできるシェリーに、ヘタレのドラコが追いつくなど無茶だった。

「ーー負けるかああああああっ!!」

だが、シェリーの飛行ルートをそのままなぞるように追い、幼少期より鍛えた箒のハンドリングテクニックを駆使することで、彼女に食らいついていた。

 

その決死の追いかけっこが、どれほど続いただろう。

獰猛な獅子と蛇に追いかけられ、スニッチは堪らず木材の枠組みから飛び出す。

その曲がりはーー真上!小さく軽いスニッチだからこその、ありえない動き!

箒で曲がるには、ある程度の距離が必要だ。しかも目の前は大きな木材が待ち構えていて、下手に追えば直撃は免れない。

(ーーッ、無理………)

ひとまずこの木材の迷路から抜け出さなければ、スニッチを再び捉える事は不可能ーー

 

ーーだと思われた。

シェリーは、スニッチを追う姿勢を崩さなかったのだ。

「な、何で……ぶつかるぞっ!」

ドラコは既にブレーキをかけていた。

いかにシェリーだろうと、いや、プロ選手だろうと。アレを追いかけるなど不可能だ。

しかしーーシェリーの発想は異次元だった。

木材に沿って、螺旋模様を描きながら、超高速で登っていったのだ!

いくらドラコがシェリーの飛行ルートを真似したとて、軽量級の彼女を動きまでもを真似する事は不可能だ。

 

そしてーーいた。捉えた。

金色のスニッチは、シェリーの突然の襲来に驚いているようにも見えた。

今度こそ逃がさない。彼女は懸命に手を伸ばしてーー

後頭部に鈍い痛みが走った。

ブラッジャーの感触と、必死の形相でそれを叩き込んだ敵チームのビーターを視線を背後に感じながら、シェリーは箒から落ちて……ごろごろと地面を転がった。

シェリーは無事か?

スニッチは、どこへ消えたのか?

観衆は、固唾を飲んで見守った。

 

「くっ、うっ……痛っ……!」

ジンジンとした痺れと共にシェリーは起き上がり。

「きゃあ!?あ、暴れちゃダメ!」

胸に感じる冷たい感触と共に、その意識は回復した。

ーー胸元に、スニッチが入っていた。

『勝者、グリフィンドオオオオオオル!!』

『うおおおおおおおおおっ!!!!』

 

割れんばかりの叫び声が、クィディッチ競技場に響き渡った。感激のあまり服を脱ぎ出したオリバー・ウッドが一際大きく叫び、チェイサー三人娘は喜びのあまりキスの嵐を見舞った。

ウィーズリーズは歓喜の声を上げ、シェリーにハグした。(その時ドサクサに紛れて身体のあちこちを触られた)ハグリッドはシェリーを一人で胴上げした。一番驚いたのが、マクゴナガルがいつに無い満面の笑みで拍手をしてきた事だ。

「貴女は私の自慢の娘です!」

 

赤い髪はくしゃくしゃに撫でられ、まともな言葉が出てこない。皆んなの歓声で耳がつんざけそうだ。

だがーーそれ以上の歓びと嬉しさが彼女の心に灯っていた。

観客席から駆けてくる、二人の親友の姿を見つけた。ロンとハーマイオニーが、無邪気な笑顔でシェリーを抱き留めた。シェリーは少し恥ずかしそうにして、二人を思いっきりハグし返した。

 

ああーー幸せだ。

バチが当たるのではないか。そう思うくらいの嬉しさが、心の中で弾けていた。




ドラコが一年生の段階からクィディッチやってます。それに伴い、ニンバス2000も最初から持ってます。
グリフィンドールは多少の失点覚悟で突っ込む超攻撃スタイル。バルセロナみたいなもんです。
途中出てきたフォーメーションなどは、その場の勢いで適当に考えてます。原作に出てきたりしてません。

『クレイジー・スロット』
短い距離で素早いパスの応酬を行う。
チェイサー二人以上が必要。

『夜明けへの咆哮』
シュートすると見せかけてバックパス、そしてわざとキーパーが弾けるスピードで投げて、それを打ち返す高等テクニック。チェイサーが三人必要。

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