アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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4.拷問

 

 

 

 モモンガはクレマンティーヌにはまだ用がある。逃がすつもりは毛頭ない。

 

 それは勿論ンフィーレアを攫おうとした真の理由を聞きださなければならないからだ。『叡者の額冠』なるアイテムを使わせて大量のアンデッドを召喚しようとしているのは彼女がべらべらと喋ってくれたが、その真の狙いはまだ聞いていない。

 

 世界を恐怖に染めてやろうなどというコテコテの悪役じゃあるまいし、アンデッドを大量に発生させる何か裏の意図があるはずだ。

 

 それにクレマンティーヌはンフィーレアに『私達の道具になって』と言葉を投げかけていた。裏に何らかの組織がついていると見るのは自然だろう。そこら辺も魔法的に問い正す必要がある。

 

 そして何より一文なしの自分に代わってあのバレアレ薬品店で壊したものを弁償させなければいけない。クレマンティーヌでなくとも、然るべき機関に突き出せば国が補填してくれたり報奨金を貰えるかもしれないし、彼女の生け捕りはそういった面でも必須だ。

 

 必死の形相で閑散とした路地を走るクレマンティーヌを『飛行(フライ)』でふよふよと追尾しながら、モモンガは手の中の新しいオモチャを見る。

 

 スティレット。

 ユグドラシルのデータクリスタルでは再現できない、純現地産の刺突武器。低位の魔法を一つ込めることが可能で、刺突の際にひねるというアクションを組み込むことで魔法が発動する。

 

 データ量も耐久値も低い、まさにモモンガにとってはガラクタそのものな武器だが、こういうものに彼のコレクター魂は刺激される。

 

 クレマンティーヌが人気のない路地裏に入った。

 モモンガも『完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)』で姿と気配を消しながら、彼女の背後に降り立つ。クレマンティーヌは息を荒らげながら、青ざめた顔で膝に手をついていた。

 

 

「な、なんだよあの化け物……マジで冗談じゃねぇぞ」

 

 

 歯を鳴らしながらチラチラと角から視線を配るクレマンティーヌの姿が愚かしい。モモンガは何となく彼女の姿が、感知系の対策を全く施していないユグドラシルの初心者プレイヤーの様に思えてきて若干の愛おしさすら湧いてくるほどだった。

 

 これは上位種族(あくま)として、愚かで無知蒙昧な下等生物に憐れみを感じているのかもしれない。

 

 

「早く、早くこの街から出ないと……」

 

 

 クレマンティーヌはまだモモンガから逃げられると思っているようだった。最早彼女を追っている『風花聖典』のことは頭の外だ。どれだけあの化け物から距離を取れるかということで、頭が一杯だった。

 

 だが、クレマンティーヌが踏んだのは大魔王の裾に他ならない。故意であれ事故であれ、これに関しては自身の不運を呪うしかないだろう。

 

 そんな憐れなクレマンティーヌの背中を眺めながら、モモンガはスティレットを握り込んだ。

 

 

(……俺がこのエ・ランテルで初めて友好関係を築けた彼らをこいつは徒に殺そうとしたんだ。それ相応の報いは受けてもらうぞ)

 

 

 未だに路地の向こう側を気にしているクレマンティーヌの背後で、モモンガは『完全不可知化』を解いた。薄暗い闇夜に、ぬるりと美女の姿が現れる。モモンガは全く躊躇うことなく、クレマンティーヌの背中にスティレットを突き立てた。

 

 

「──うっ!?」

 

 

 背から突き刺したスティレットの先が、鮮血に塗れてクレマンティーヌの腹から飛び出した。

 

 きめ細やかな乙女の白肌に凶器を突き立てるその感覚に、モモンガは僅かに顔を顰める。悪魔且つ骸骨の彼だが、こういう倫理観に働きかける咄嗟の反応というのはやはり鈴木悟が出てしまうようだった。

 

 まあそうは言っても、料理をしたことがない人間が初めて魚の首を落としたくらいの動揺しか得られていないのだが。

 

 モモンガはぐり、とスティレットを捻り、クレマンティーヌの身に自分が充填していた魔法を注ぎ込んだ。

 

 

「お、おま──」

 

 

 振り返ったクレマンティーヌが何かを言おうとして、その言葉の先が掻き消える。彼女は今なおモモンガに何かを捲し立て……いや、必死に訴えかけているが、どれだけ叫んでもそれは声にはならない。『麻痺』状態になった彼女は、か細い声を上げながら膝から崩れ落ちた。

 

 

「スティレットの実験は成功、か。なるほどこれは暗器としては何かの役に立つかもしれないな」

 

 

 クレマンティーヌの腹から引き抜いた血濡れのスティレットを眺めながら、モモンガは呑気な独り言を零した。殺してはいけないので、下級治療薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を垂らしてやると、腹の風穴はあっという間に消え去った。

 

 

「……」

 

 

 そうしてクレマンティーヌの顎を掴み、モモンガの目線と合う様に持ち上げると、彼女は涙を零して顔を横へ振ろうとしていた。そこに強者だったクレマンティーヌの姿は欠片もない。

 

 

「……殺しはしませんよ」

 

 

 言葉が出ないクレマンティーヌの気持ちを酌み取って、モモンガはそう言葉を優しく掛ける。今から『とてもひどいこと』をしようとしている者とは思えぬ、柔らかい口調だった。その不気味さが、クレマンティーヌは恐ろしい。

 

 

「でも……貴女はこういう時、沢山、沢山殺してきたんでしょう」

 

 

 プレートを一枚弾いて、モモンガは耳元で囁く。

 銅級(モモン)と同じ色のプレートが、一枚地面に落ちた。きん、と涼やかな音が路地裏に虚しく消えていく。

 

 

「そして、貴女は愚かにも『漆黒の剣』やンフィーレアさんのことも殺そうとした」

 

 

 クレマンティーヌは分からない。

 一体この目の前の化け物が、自分に何をしようとしているのかが分からない。未知とは恐怖だ。彼女の股座から、じわりとアンモニアの臭いが滲み出した。

 

 

「なら、少しは怖い思いをしてもらわなきゃ……ね」

 

 

 微笑むモモンガはそう言って、優しくクレマンティーヌの体を抱き締めた。それは母や恋人の様な、慈愛に満ちた抱擁だった。包み込まれる安心感がこのシチュエーションにはひどく不釣り合いで、彼女はその温度差に心がバラバラになってしまいそうだった。鼻腔に、モモンガの髪の香りが触れる。理性を蕩かす様な甘い体臭に、クレマンティーヌの身がぶるりと震えた。

 

 優しい抱擁というのは、凄絶な人生を生きたクレマンティーヌが産まれて以来初めてのことかもしれない。

 

 一体自分は今から何をされるというのか。一体目の前の悪魔は何をしようとしているのか。震えが止まらない。

 

 

「貴女にはまだ試していない私のスキルの実験に付き合ってもらいます。色々聞くのはそのあとで、ね」

 

 

 子にお使いを頼む母の様な口調だ。

 クレマンティーヌは痺れる体を何とか動かして、必死に首を横へ振る。喋れるものはなんでも喋るから見逃して欲しい、という気持ちでいっぱいだった。

 

 ……しかしモモンガにその願いは聞き届けられない。彼は優しい抱擁を続けたまま、とうとう実験を開始してしまった。

 

 

「絶望のオーラ……レベルⅠ」

 

 

 そう唱えた瞬間、モモンガの体からぶわりと煙のような暗黒が立ち上った。

 

 絶望のオーラ。

 それはモモンガの持つ種族スキルの一つで、レベルⅠからⅤまでの段階がある。Ⅰは恐怖、Ⅱは恐慌、Ⅲは混乱、Ⅳは狂気、Ⅴは即死のバッドステータスを相手に与えるというものだ。

 

 ユグドラシルで以上のバッドステータスを与えられたときは特定のスキルや魔法が使用できなくなったり、行動コマンドを強制的に限定されたりなどの効果はあるのだが、所詮はゲームなので実際に恐怖に犯されたりするということはない。

 

 ならば実際にこの異世界で絶望のオーラを発揮した際、現地人はどういう反応を示すのか、というのがモモンガは知りたかった。

 

 だからモルモット(クレマンティーヌ)が現れたのは非常に都合がよかったのだ。無垢でない、殺しても構わない人間というのはこれはこれで貴重だったりする。後に陽光聖典をモルモットとしてストックしておけばよかったと後悔した学びが活かされたのだ。

 

 ……さて、肝心のクレマンティーヌはどうなっているかというとそれはもう大変なことになっていた。麻痺で体は動かずとも、彼女の体は様々な反応を示してくれている。蚊の鳴くような音で喘鳴し、滝に打たれたかのように汗を噴き出していた。瞳孔は拡大と収縮を繰り返し、瞳からは涙が駄々洩れている。全身の穴という穴から、体液を分泌していた。

 

 そんなクレマンティーヌの背中を、モモンガは優しく擦っていた。優しい抱擁の様に見えるが、彼はクレマンティーヌの纏う夥しい冒険者プレートの感触を確かめているのだ。亡くなった者達の怒りを、感じていた。

 

 

「……怖いですか?」

 

 

 ……応答はない。

 恐怖の胎の中に仕舞われたクレマンティーヌの耳には、もはやモモンガの声は届いていなかった。涙を流す虚ろな瞳は、屍人の様に濁っている。

 

 

「……もう少しいけそうですね」

 

 

 自我の崩壊寸前のクレマンティーヌの顔を見たモモンガが発した台詞に耳を疑うものは多いだろう。しかし彼は、何ら躊躇せずに絶望のオーラのレベルを一つ繰り上げた。この世界最強と自負する戦士の精神に対し、絶望のオーラがどれだけの効果を及ぼすのかという知的好奇心が、何よりも勝っていたからだ。

 

 

「……わあ」

 

 

 絶望のオーラのレベルを上げた張本人は、そんな呑気な感嘆詞を零した。

 

 クレマンティーヌの体が、まるで悪魔に取り憑かれた様に痙攣を始めた。恐らく麻痺効果が付与されていなければ、それはもう絶叫していることだろう。目は白目を剥き、口からはぶくぶくと泡が吐き溢れている。

 

 クレマンティーヌはその生い立ちから、様々な絶望と恐怖を味わわされてきた。それこそ人を殺すことで快楽を得られるくらいには、性格がねじ曲がるほどに。

 

 そんなクレマンティーヌが体験したことのない恐怖の大津波が、今まさに彼女の身を喰らっている。これほど一秒を長く感じたことも、生きていることに苦痛を感じたこともそうそうないだろう。彼女の身に、そして心に何が起きているのかは、本人しか知ることはない。

 

 絶望のオーラ……レベルII。

 モモンガの至近距離で十秒程も浴び続けたところで、クレマンティーヌはとうとう意識を失った。顔面はまさに蒼白そのもので、亡霊に呪い殺されたと言われても納得できる有様だった。

 

 くったりと折れた世界最強に近い戦士を抱えながら、モモンガはさながら自由研究の結果でも推察する様にぶつぶつと考察を並べる。

 

 

「うーん、レベルIIで気を失うか……ステータスが上がったことで種族スキルも強化されているのか? それともやはり、これだけレベルの差に開きがあると恐怖効果も増えるのだろうか……?」

 

 

 白目を剥いて泡を噴くクレマンティーヌの青白い顔をしげしげと眺めながら、モモンガは思考に埋没した。

 

完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)』で大惨事を招いた以上、スキルや魔法の実験は必須だ。超位魔法や創造系の魔法も後々確かめる必要がある。絶望のオーラも是非とも試したかったスキルのひとつだ。故にモモンガは自身の前にのこのこと現れてくれたクレマンティーヌには一定以上の感謝の気持ちを持っている。

 

 しかしその中でも一番効果を確かめなければならないのはやはり『支配(ドミネート)』や『人間種魅了(チャームパーソン)」……『記憶操作(コントロール・アムネジア)』といった、精神や記憶に直接働きかけられる魔法だろう。

 

 正直ステゴロですらこの世界では戦力過多なモモンガにとっては、こういう搦め手こそが今後主に役立つ筈だ。

 

 というところで、視線はクレマンティーヌに戻る。

 お仕置きは完了したし、次はやるべきことをやらねばならない。叩き起こし、精神支配した後に全ての情報を吐かせ、『記憶操作』で直近の記憶を消して豚箱にダンクすればミッション完了だ。

 

 人体実験も兼ねた最高のプランだなと、モモンガは自画自賛する。

 

 クレマンティーヌに後ろ盾の組織があることが聞き出せたら、バレアレ家の安全の為に適当にシモベに潰してきてもらうのも良いだろう。

 

 そうしてモモンガがクレマンティーヌを叩き起こそうとしたところで──

 

 

 

「何をしている!」

 

 

 

 ──静かな路地裏に、男の声が響き渡った。

 

 見れば軽鎧を装備した戦士風の男が二人、慌ててこちらへ駆けてくるところだった。手提げの角灯を持った彼らが近づくにつれ、闇に塗れた空間が温かな橙色に変わっていく。

 

 モモンガは内心で舌を打った。

 これからが肝心だというのに、なんと間の悪い。

 

 僅かな苛立ちを覚えているモモンガの気など露知らず、男達は角灯を掲げてモモンガの顔を照らし出した。

 

 

「我々はこの辺りを巡回している者であ──……あなたは……モモン、さん?」

 

 

 男達は言葉の途中で顔を見合わせて、ずばりモモンガの名前を言い当てた。対するモモンガは正直彼らのことを知らない……いや、覚えていないというのが正しいだろう。

 

 事実、男達の顔は分からなくとも、彼らが纏っている鎧は何となく見覚えがある……様な気がしている。

 

 

(…………ああ。この人達、エ・ランテルの検閲所にいた衛兵達か)

 

 

 どうでもいいカテゴリの引き出しから何とか記憶を掘り出すと、モモンガは苛立ちを押し隠して相好を崩した。

 

 

「ご苦労様です」

 

 

 兜を被っていない素顔を晒しているモモンガの笑顔に、男達はどきりと顔を赤らめた。そう、彼らはモモンガが初めてエ・ランテルへ訪れたときに検閲所の警備にあたっていた兵士達だ。彼らからすれば、これほど高貴な雰囲気を纏った全身鎧(フルプレート)の美女を忘れろというのが無理な話だろう。モモンの美しさは、今なお彼らの語り草だ。

 

 ……しかし、何故検閲所での仕事が主な彼らがここへ? 

 

 

「確かあなた方は、検閲所の──」

 

「そ、そうです! よく覚えていてくれましたね。あ、申し遅れました!私の名を──」

 

 

 なんとなく前のめりだ。

 それに聞いてもいないのに名前を語りだした。これだけの美女に記憶されていたことに興奮した彼らは、より一層お近づきになろうとしているようだった。無駄な世間話も始める始末。仕事はどうした仕事は。

 

 男達は一通りのおべんちゃらを終えると、今更きりりと表情を引き締めた。先程までデレデレしていたのに、今は一重が二重になっている。

 

 

「モモンさん、それよりお気をつけください。最近このエ・ランテルで通り魔による殺害事件が多発しているんですよ。日毎に刺突武器で残虐に殺された遺体が発見されております。ま、まぁ? 私達が……いや、ゴホン! ……検閲からわざわざ駆り出されたエリートの私がここいらを警邏しておりますので、モモンさんには指一本触れさせやしませんがね。はっはっは。しかし何卒夜の一人歩きはお気をつけを……して、その抱えていらっしゃる女性は?」

 

「あー……多分ですが、その通り魔かと」

 

「ああ、そうなんですか──ええ!?」

 

 

 奇々怪々なプレートメイル、そして件の凶器のスティレット。証拠は十分すぎる。衛兵達の話を聞きながら、モモンガはまず間違いなくその通り魔はクレマンティーヌだと思ったのだが──内心で馬鹿正直に言ってしまったことを後悔した。

 

 渡してしまえば『支配』や『記憶操作』の実験もできないばかりか、ンフィーレアを狙った情報も聞き出すことができない。モモンガは自分の短絡さを恨んだ。

 

 

「ご、ご協力感謝致します! 通り魔の身柄は、私どもが引き受けます……!」

 

 

 ……しかし街の衛兵達にこう言われて断る理由が特に思い浮かばない。下手に匿えばモモンガにも疑いの目を向けられることだろう。

 

 

「……私は当然のことをしたまでです」

 

 

 そう言って、モモンガは泣く泣くクレマンティーヌの身柄を引き渡した。まあ、ンフィーレアをまた裏の組織が狙うつもりならバレアレ家にシャドウ・デーモンでも忍ばせておけばいいだろう。

 

 モモンガの頼もしく、そして美しい微笑みに、衛兵達は最大限の敬礼で返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──エ・ランテル共同墓地。

 

 そこに秘密裏に作られた地下空間に、腰の折れた一人の男が佇んでいた。顔の皮は弛み、深い隈と枯れ枝の様な細さから、一見してその男を老人と見紛う者も多いだろう。

 

 名を、カジット・デイル・バダンテール。

 秘密結社ズーラーノーンの十二高弟に名を連ねる死霊系魔法詠唱者だ。

 

 彼は深紅のローブを翻して、手の中の宝珠を固く握り込んだ。

 

 

「あの性格破綻者め。一体何をしておるというのだ」

 

 

 毛髪のない顔に皺を刻み、カジットは忌々しそうに言葉を零す。ンフィーレアと『叡者の額冠』を使い、『死の螺旋』発動に協力すると彼に提案したのは他ならぬクレマンティーヌだ。

 

 そのクレマンティーヌがンフィーレアを攫いに行ったきり帰ってこない。

 

 

(失敗した……? いや、あの小娘に限ってその様なヘマはあり得ない。狂人だが、腕はあのガゼフをも凌ぐのだからな。ならば何故帰ってこない。裏切った? いや、互いの利害は一致しているはず……)

 

 

 そろそろクレマンティーヌが消えてから二度目の日没が訪れる。

 これほど待っても帰ってこないということは、きっと何かがあったということだ。

 

 

(……まさか『漆黒聖典』がもう奴を嗅ぎつけてきたというのか)

 

 

 禿げ上がった頭に脂汗が滲み出す。

 カジットが推測できる最悪中の最悪を想像し、彼は低く呻いた。

 

 まず事態を把握しなければならない。

 カジットは額の汗を拭って──

 

 

「誰だ」

 

 

 ──鋭く、睨んだ。

 

 足音が一つ、地上から降りてくる。

 

 ここはカジットに与する者以外は場所を知らないはず。仲間は皆地下にいる。ならばここに降りてくる足音は、一体誰のものだというのか。

 

 

「そう睨むな。カジット・デイル・バダンテール」

 

 

 ……現れたのは、刺青を全身に彫り込んだ筋骨隆々とした浅黒い男だった。厚みがある肉体は、痩躰のカジットとはまさに対照的と言って良いだろう。

 

 

「なぜその名を知っている……貴様、何者だ」

 

「八本指──六腕のゼロと言えば分かるか?」

 

 

 八本指。

 もちろんカジットも知っている。王国の裏社会を牛耳る組織の名だ。そして六腕とはその八本指の警備部門の名称。ゼロは、その六腕の長だ。

 

 予想だにしない大物の来訪に、カジットは警戒心を高めた。いつ命の獲り合いが始まってもいいように。そんな彼を見て、ゼロは肩をすくめる。

 

 

「そう睨むな。何もお前達を潰しにきたわけじゃない」

 

「……八本指が我々に何の用だ」

 

「取り引きがしたい」

 

「取り引きだと?」

 

 

 訝しむカジットに、ゼロは野性味のある笑みを見せた。雄臭い笑みだ。

 

 ゼロはとっておきの話だと言わんばかりに、切り出した。

 

 

「お前の仲間の女ごと『叡者の額冠』をウチで預からせてもらってる。俺の取り引きに応じるなら、死の螺旋に協力してやるのもやぶさかではない」

 

 

 カジットの目が見開かれる。

『叡者の額冠』は今の段階では彼には必要不可欠なアイテムだ。再び入手できる手段があるというのなら、話を聞かないわけにはいかない。

 

 

「……まずは話を聞こう」

 

 

 カジットの返答に、ゼロは満足そうに頷いた。

 

 ……夜は、更に深くなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




モモベド「このモモンガの絶望のオーラはレベルが上がる度にパワーがはるかに増す……。そのレベル上昇をあと三回も俺は残している。その意味がわかるな?」

クレマン「あ……あ……」

まずは生還おめでとう。

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