第百四話「メイドと寮生」
試験終了後。
俺はアイシャ、ノルンを連れて、家へと戻ってきた。
試験は筆記試験だった。
年齢に対応したものではない。
一般教養と基礎六種の魔術を組み合わせた、オーソドックスな入学試験だ。
全年齢対象だな。
俺の時とは違う。
当然か。
アイシャの試験の点数は満点だ。
ミリスとここでは、多少文化も違う。
つまり、一般教養にもズレがあるという事だ。
なのに満点を取るとは。
文句のつけようがない。
ジーナスも、十歳でこれならいくつか条件をつければ特別生になれると言ってくれた。
もっとも、アイシャとの約束はそうではない。
「じゃあ、約束通り、お兄ちゃんに仕えるね!」
アイシャは家に帰ってから、意気揚々と言い放った。
その表情は実に自慢げだ。
「それは、うちの侍女になる、という事か? 家族なのに?」
「違うよ。うちのじゃなくて、お兄ちゃんの侍女になるの!」
将来の夢はお兄ちゃんの侍女。
それはどうなのだろうか。
歪んでいるような気がしてならない。
しかし、約束は約束である。
「よし。じゃあ、俺のいうことはなんでも聞くように」
「はい! よろしくお願いします、ご主人様!」
ご主人様、いい響きだ。
もし妹から言われたのでなければ、大変興奮してしまっただろう。
俺には愛する妻がいるというのに。
「と言っても、もし何か学ぶ必要があると思ったら、遠慮なく言えよ」
「その時は、ご主人様が手取り足取り教えてくだされば……」
アイシャが唇に指を当てて、流し目を作った。
教えてほしいのはエロい事だろうか。
もし「お兄ちゃん……子供の作り方を教えて」とか言われたら、
正しい性知識を教えてやろう。
もちろんエロ抜きで。
「その、ご主人様というのはなんだ?」
「仕える事になるのですから、ケジメをつけなければいけません」
おや、敬語だ。
「いつも通り、お兄ちゃんじゃダメなのか?」
「公私混同となります」
さすが満点。
難しい言葉を知っているな。
まあ、いいだろう。
シルフィには変な目で見られるようになるかもしれないが。
満点も取ったし、好きにやらせてやろう。
「わかった。仕事の方は、シルフィと相談して決めてくれ」
「はい。侍女としての仕事は母より学んでおります。任せてください」
アイシャはそう言って、立ち上がると、体の前で手を組んで、深々と頭を下げた。
妹メイドの誕生である。
妹メイド。
なんて感動的な響きのする単語だろうか。
まぁ、学校にも行かず家のことをするのは、
生前では「家事手伝い」って言ってたんだがな。
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ノルンの方は、今ひとつ振るわない成績だった。
ジーナス曰く、年齢的な平均をやや下回るぐらいで、悪くは無いらしい。
とはいえ、アイシャとくらべてしまうと、遜色無いとは言いがたい。
まあ一年間旅をしてきて、落ち着く間もなく試験では、仕方あるまい。
せめて予習復習の機会ぐらい欲しかっただろう。
何、焦ることはない。
これから伸ばしていけばいい。
一番になれなくても、最終的に人並みにできるようになっていれば問題ない。
人の社会というものはそういう風にできている。
優秀じゃなくてもいいのだ。人並みであればいいのだ。
「ノルンは、どこの学科に入りたい?」
「……」
ノルンは答えない。
俯いたまま、むっとした顔で視線を逸らし続けている。
まだまだ俺の事が気に食わないらしい。
彼女とはもう少し距離を詰めたい。
だが、さて、どうしたものやら。
「学科については俺も詳しくはないけど……。
確か2、3年は一般的な授業を受けた後、選択できるはずだ。
うちの学校なら、結構面白い授業が取れるはずだ。
とりあえず数年通ってみて、何かやりたいことを探すのはどうだろう。
何もなければ、治癒魔術を専攻するのも悪くないと思う。
母さんも治癒魔術師だったしな。
この辺では治癒魔術師は少ないから、治療院や病院でも働けるし」
「……」
返事がないので、俺ばかりペラペラとしゃべってしまう。
と、ふとノルンがこっちを見ていた。
何か言いたげな目線。
俺は口をつぐんだ。
「……私、寮で暮らしてみたい」
ノルンはポツリと、緊張した声音でそう言った。
俺はその言葉を反芻する。
「寮暮らし、か」
ダメだ。
と、突っぱねるのは簡単だ。
だが、真面目に考えてみよう。
せっかくノルンが勇気を出して言ってくれたことだし。
まず、十歳の少女に一人暮らし。
いくらなんでも早い。
だが、寮は一人暮らしではない。
基本的に二人部屋だ。
ノルンはこっちに来て、知り合いも少ない。
友達もいない。
寮暮らしをすれば、友達ができるかもしれない。
年齢的な問題は多少あるだろうが。
あの学校には、もっと幼い時期からたった一人で寮暮らしをしている子もいる。
寮はある程度明確なルールもあり、安全な場所だ。
十歳だからといって、不自由はしないだろう。
俺は彼女ともう少し仲良くなりたいが、
この様子だと、物理的な距離を縮めても、精神的な距離は遠ざかっていく気がする。
生前、俺は実家でずっと引きこもっていた。
全てを拒絶して引きこもっていた。
家族は俺に近づこうと、あれやこれやと画策した。
高価なモノで釣ったり、美味しいものを持ってきたり、甘い言葉で未来を語ったりした。
その度に俺の心は家族から離れたように思う。
動物扱いされているような気がして。
実家暮らしで毎日顔をあわせて、互いの顔色を伺うよりは、
多少離れて、遠くから見守った方がいいのではないだろうか。
互いに落ち着いて相手を見ることが重要なのではないだろうか。
アイシャはナチュラルにノルンを見下した態度をとってしまっている。
気をつける、とは言っているが、
本人に自覚が無いようなので、少々性質が悪い。
長い時間をかけて直していくしかないだろう。
家の中でアイシャに見下され、嫌いな俺と顔を合わせ続ける。
俺も、トップには立てないとは思っているが、
世間では優秀で通っている。
優秀な兄弟に囲まれて育つことの辛さ……。
家出しかねない。
家出少女の末路は知っている。
悪い男に引っかかって、泊めてもらう代わりにあんなことやこんなことを要求されるのだ。
それなら、最初から安全な場所に止めた方がいいだろう。
それに、寮にはシルフィもいる。
三日に一度はこっちに帰ってくるが、逆に言えば、三日に二度は寮にいるという事だ。
何かあった時でも、すぐに対応してくれるだろう。
幸いにして、ノルンはシルフィの事が嫌いではないらしい。
初日に裸の付き合いをした事が響いているのだろうか。
うん、考えてみると、なかなか悪くない提案に思える。
十歳からの寮ぐらし。
協調性と社会性が身につけられるのではないだろうか。
「わかった、じゃあノルンは寮で暮らすといい。申請しておこう」
「えっ! お兄ちゃん!?」
驚きの声を上げたのは、アイシャだった。
信じられないという顔をしている。
「なんで! ノルン姉は点数よくなかったじゃん!」
先ほどのメイド口調が崩れていた。
「アイシャ……」
「私はあんなに頑張ったのに! ノルン姉だけずるい!」
そういう問題ではない。
だが、アイシャ側からすると、贔屓しているように見えるかもしれない。
自分は望みを叶えてもらうために試験で満点を取った。
もしかすると、この一週間で予習復習をしたのかもしれない。
俺の見ていない所で。
ノルンは何もしなかった。
なのに、ノルンは望みを叶えてもらった。
それはずるい。贔屓だと。
こういう時、生前の俺の両親はなんと言っていただろうか。
思い出せない。
聞き分けなさいとか、言うことを聞きなさいとか、そんな事を言われた気がする。
それで俺は納得しただろうか。
しなかっただろう。
アイシャはどうだろうか。
そんな言い方で納得するか。
しないだろう。
いや、彼女は優秀な子だ。
きっと、俺の考えを話せばわかってくれる。
と、思うが、それは俺の傲慢か。
ともあれ、話してみるか。
「アイシャ。別にノルンのわがままを聞いたわけじゃないんだ。
ただ、寮暮らしをするのが、彼女のためになると思ったんだよ」
「でも」
「ノルンはこっちに来て知り合いもいないし……。
まあ、俺がいうのもなんだが、俺ともあんまり反りが合わない。
この一週間で見てきたけど、息が詰まっているようにも見える」
「でも、お父さんは……お兄ちゃんと一緒に暮らせって言ってたもん」
む。
そう言われると、ノルンを家に縛り付けなければいけない気がしてきた。
いや、そんな事はない。
何でもかんでも言いなりになる事が良いわけがない。
パウロはよく間違うしな。
俺の判断が正しいとも言い切れないが。
「もちろん、お前たちの面倒を見ることを放棄するつもりはない。
けど、このままだとノルンにとっても良くないし、
寮暮らしをする事で、何か得られるものがあるかもしれない」
「…………」
アイシャはうつむいていた。
なぜか、その目には涙が溜まっている。
「……ノルン姉を贔屓するのは、私のお母さんが妾だからですか?」
唐突に、アイシャはそんな事を言った。
妾。
この言葉を聞いて。
これはまずいと、本能的に直感した。
「妾って、リーリャさんがか?
アイシャ、それ誰に言われたんだ?
父さんか?
それとも、まさかノルンが言ったのか?」
「お母さんと、あと、ノルンのお祖母ちゃんです……」
アイシャの目から、ポロポロと涙がこぼれだした。
リーリャと、ノルンのお祖母ちゃんという事は、つまりゼニスの実家か。
リーリャが言った分は仕方あるまい。
彼女は俺やゼニスに対して、一歩引いている。
あくまでメイドとしての立場を貫こうとしている。
だから、ゼニスの娘に対して一歩引いた立場をと要求するのも仕方あるまい。
パウロは平等に接するだろうが、決して対等ではないのだ、と。
ゼニスの実家は貴族だ。
確か、かなり由緒ある家だった。
俺の叔母であるテレーズは悪い人物ではなかった。
だが、全員が身分に対して緩い考えを持っているわけではないだろう。
大体、ゼニスの娘なら可愛がる理由もあるが、
リーリャの娘なら、可愛がる理由もない。
血も繋がってないしな。
どちらも責めるべきではない。
そういう文化なのだ。
「私が、半分、血が、つながってないからですか……ヒック……」
しかし、子供がそれに傷つかないといえば、そんなわけがない。
アイシャは、顔をくしゃくしゃして、しゃっくりをあげ始めた。
俺は少し、思い違いをしていたのかもしれない。
アイシャはアイシャで、難しい子なのだ。
「俺は、リーリャさんを妾だなんて思ってないし、お前とノルンは両方とも同じ妹だと思っている」
「でも……私は、ぐすっ、頑張って、勉強して、試験、受けたのに、ノルン姉は……」
アイシャは、途切れ途切れに、泣きながら訴えてきた。
やはり勉強したのか。
試験まで一週間しかなかったのに。
いい点を取れるように……。
「アイシャ」
「なんですか」
「言葉で言っても分からないかもしれないが、俺はお前の努力は認めているつもりだ。だから、学校に行かないって言った事も許可した」
「でも、ノルン姉は、寮に入れるっていうし……」
ぐすっと、アイシャの鼻声が心に響く。
だが、これは贔屓ではない。
「物事によって、その都度判断したつもりだ。
例えば、もし、お前が今から学校に行きたい、寮に入りたいって言ったら、俺はそれを許可する。でも、逆にノルンが学校に行きたくない、家で家事をしていたいって言ったら、それは許可しない。
それは、お前が試験で満点を取ったからだ」
そういうと、アイシャは、口を曲げて、押し黙った。
そして、
「………………わかった」
と、言った。
まだ不満気な様子だった。
しかし、最終的には頷いてくれた。
ノルンはその様子を、面白くなさそうに見ていた。
しかし、少し背景が見えた気がする。
ゼニスの実家が、アイシャを妾腹だと見下したのか。
アイシャはそれで、ノルンには負けないようにと頑張ってきた。
さすがにパウロは差別しなかっただろうが……。
どうやら俺の知らない所で、妹二人は歪な関係になってしまったらしい。
もう近くに貴族はいない。
アイシャを見下す者はいない。
俺がきちんと相手をすれば、いずれ時間が解決するだろう。
「一応、条件を出しておこう。
ノルン。最低でも十日に一度はこの家に顔を出しなさい」
そういうと、ノルンは眉をひそめた。
「……なんで、ですか?」
「心配だから」
あと、俺にも監督責任というものがある。
寮に入れました、放置しました、ではパウロに顔向け出来ない。
「……わかりました」
ノルンはしぶしぶといった感じで頷いた。
---
妹二人を加えての新生活が始まった。
ノルンのために寮を申請し、受け入れの用意をしてもらう。
シルフィにも話しておき、寮の中で何か起きたらくれぐれも宜しくと頼んでおいた。
「ノルンちゃんを遠ざけちゃうの?」
シルフィは少し責めるような口調だった。
彼女としては、ノルンは家において、あれこれと世話をしてやるのが最善という感じなのだろう。
俺にしても、それはありだと思う。
が、この間の事を見てしまえば、それが最善とは思えない。
その事をシルフィに伝える。
「アイシャとノルンは、一緒にいさせない方がいいかもしれない。
妾とか、なんとか、色々いわれてたみたいなんだ。
遠ざけるわけじゃない。いきなり近づきすぎたから、少し離すんだ」
「うーん……そんな事が……わかった。ボクもなるべくノルンちゃんを気にかけるようにするよ」
シルフィは快く頷いてくれた。
良い方向に転がればいいが。
---
アイシャは我が家のメイドとなった。
彼女は優秀だった。
アイシャが家のことをやるようになってから、シルフィの負担は大きく軽減された。
掃除はアイシャが全てやってくれる。
洗濯もアイシャだ。
俺の仕事はアイシャにとられてしまった。
シルフィの使用済みのパンツをかいだり頬ずりしたりは、もう出来ないんだ。
諦めて、割り切って、前を見て進んでいかなきゃいけないんだ。
買い物と料理は譲れない所があるのか、シルフィが行う。
アイシャは手伝いだ。
それ以外にも煙突掃除の手配や、
近所に暮らす人々への挨拶等、俺が気付かなかった事も次々とやってくれる。
本当に優秀だ。
目立った失敗もしないし、欠点も無い。
きっと、見えない所で努力しているのだろう。
アイシャはメイドとして真面目にやるつもりらしい。
妹の仮面は脱ぎ捨て、鉄面皮で作業をしている。
リーリャの教育の結果かね。
彼女は基本的に、家の事をしており、
俺たちが帰ってくると、シルフィを手伝って飯を作り、
俺を手伝って風呂の用意をし、
俺とシルフィが風呂に入っている間に着替えを用意し、
風呂あがりのシルフィの髪をブラシでセットして。
夜勤のある日は防寒具を着せて「奥様、行ってらっしゃいませ」と送り出す。
シルフィは何やら恐縮している。
そんな二人を眺めているのは実に楽しい。
また、客人がきた時は、その世話も行う。
と言っても、この数日で来たのはナナホシだけだ。
先日の礼を改めて言いに来た。
お礼に何か用意するというので、何か役立ちそうな召喚魔術の魔法陣を注文しておいた。
実験の第二段階に進む際に、説明ついでに渡してくれるらしい。
そんなナナホシに対して、アイシャは実に甲斐甲斐しく世話をした。
風呂の準備や、着替えの用意。体の洗浄まで。
ナナホシはかなり鬱陶しそうだった。
帰り際、妹をこき使うなんて外道だのなんだのと皮肉を言われた。
彼女にとって、風呂というのは孤独で、豊かで、満たされていなければならないものなのかもしれない。
今度からナナホシが風呂に入りに来たら、放っておくように言っておこう。
食事の後は、リビングで適当に過ごす俺のために、あれこれと世話を焼いてくれる。
暖炉の火の状況を見たり、暖かい飲みものを持ってきたり。
妹に世話をされるとかどうなんだ、とも思う。
だが、アイシャは嬉しそうにしている。
しばらくはこのままでいいだろう。
何も強制はすまい。
と、思ったが、幼い時から魔術を使わせれば魔力総量が増える。
という法則を思い出した。
学校に行かないなら、せめて魔力だけでも鍛えておいた方がいいだろう。
十歳だとそれほど伸びないが、それでも伸びしろがゼロというわけではない。
ついでにいえば、攻撃魔術も中級ぐらいまで使えておいた方がいいだろう。
初級でも生きていく上ではまったく問題は無い。
しかし実戦レベルで最も使い勝手がいいのは中級だ。
「アイシャ、ちょっとこっちに来なさい。魔術を教えるから」
「お兄ちゃんが教えてくれるんですか!?」
アイシャは嬉しそうな顔をしていた。
彼女は感情が大きく動くと、口調が乱れる。
リーリャの域にはまだまだだな。
「万が一のためだ。嫌だと言っても……」
「嫌だなんて言うわけないじゃん!」
そういって、アイシャは俺の膝の上に飛び乗ってきた。
あら可愛い。
「お願いします!」
アイシャは俺に魔術を教わる事となった。
とはいえ、基本的な事はすでにできている。
覚えなかっただけで、魔術教本を読めば中級もすぐ覚えるのだろう。
ちなみに、無詠唱は出来なかった。
やはり、十歳だと無理か。
とりあえず、毎日、魔力切れギリギリまで魔術を使う事を義務付けた。
夜になると、アイシャはベッドに潜り込んでくる。
「お兄ちゃん、一緒に寝てもいい?」
先日の一件があったため、俺もアイシャに甘くしてしまう。
まあ、添い寝ぐらいはいいだろう。
「いいとも、さぁおいで」
俺は特に文句を言うこともなく、ベッドに招き入れてやる。
アイシャの体はシルフィより小さく、そして体温が高い。
この地方は寒いから、抱きまくらとしては最高だ。
もちろん、エロい事はしていない。
正直、エロい気分にもならない。
だいたい彼女はまだ二次性徴も終えていない。
知識としては知っているようだが、性欲という点ではまだまだ先だろう。
やましい事は何も無い。
まあ、もしアイシャが俺に対して性欲を持つようなら、その時は諦めてもらうしかない。
近親がどうとかモラル的な事を言うつもりはないが。
家族の関係を崩したくは、ないからな。
---
さて、シルフィのいない日はいいとして。
問題は夜勤の無い日。
三日に一度の、シルフィとの夜の生活の事である。
妹もいるし、しばらくは控えようと思っていた。
だが、隣に無防備な女の子が寝ていると考えて、俺が我慢出来るはずもない。
いや、本当なら我慢できるはずなのだ。
自分で処理をしておけば。
しかしながら、家の中ではずっとアイシャが付いてくるし。
学校のトイレで処理できるはずもないし。
嫁がいるのに一人で処理するのもなんだかもったいないし。
と、色々と困った挙句、溜め込んでしまった。
この性欲が強く若い体は、一週間も処理しなければ暴発寸前になる。
そんな若い体の隣に、可愛い女の子を寝かせてみろ。
しかもその子は、NG無しのオールオッケー。
頑張って子供を産むよ、なんて健気なことまで言ってくれるのだ。
我慢するのが馬鹿馬鹿しくなってしまう。
「ふぅ……」
結果、ハッスルしすぎてしまった。
一応扉には鍵を掛けておいたし、土魔術で防音も強化した。
……アイシャあたりが覗いていない事を祈りたい。
「今日のルディ、すごかったね……」
事後、シルフィは気だるそうにしていた。
汗に濡れ、ちょっとだけ乱れた髪が艶かしい。
今は甘いピロートークを終わらせた後、
濡れタオルで体を拭いてから、部屋着でベッドの上に座っている。
部屋着は柔らかい素材で、ちょっと地味な感じのする服だ。
スウェットというより、ジャージが近いだろうか。
「あまり色っぽくないよね」とはシルフィの談だが、とんでもない。
シルフィの色気は、むしろこういう格好でこそ滲み出るのだ。
陸上部の女子がベッドに腰掛けているような感じだ。
セクシーさが希薄だからこそ、逆に興奮が加速する。
これが例えば、エリスの着ていた黒のネグリジェとか、
エリナリーゼの着用していた挑発的な上下だったら、
あるいはリニア、プルセナのような豊満な肉体だったら、こうはなるまい。
シルフィは色気のない物が似合う。
「……」
「ん? なにルディ」
気づけば、俺は後ろから、シルフィの細い体を撫でていた。
ええ体やなぁ。
凹凸は少ないんだけど、平原ではなくて。
脂肪は少ないんだけど、なぜか柔らかくて。
こうやって抱きついて撫でているだけで、俺の避雷針が上を向いてしまう。
「えと……まだしたいの?」
「いや、シルフィ、明日もお仕事、俺、我慢する。明日の朝、ちょっと揉む、俺、満足」
「もぅ。我慢しなくっていいのに、はい」
シルフィがベッドにコロンと転がった。
そして、俺に向けて両手を広げる。
「いいよ、ルディ。きて」
はにかみつつ、恥ずかしそうに言うシルフィ。
俺の我慢は一瞬でゲシュタルト崩壊した。
もう我慢とか意味わからん。
俺は両手をあわせ、衣類を素早く脱ぎながらシルフィ目掛けてダイビングした。
夜の方は、そんな感じだ。
---
さて。
ノルンはというと、寮の準備が整う数日はおとなしくしていた。
俺に対しては特に何も喋らない。
かといって、態度が悪いというわけではない。
何かいえばやってくれるし、言うことも素直に聞く。
ただ、仲良く出来ているかと聞かれると、難しい所だ。
俺としては、ノルンともう少し親睦を深めたい。
なので一度「一緒に風呂でも入ろうか?」と誘ってみた。
裸の付き合いという奴だ。
「……イヤ」
だが、ノルンはすげー嫌そうな顔で拒否した。
代わりにアイシャが「あ、私が一緒に入ります」と言って、背中を流してマッサージまでしてくれた。
アイシャはなんでもそつなくこなすね。
洗い方まで上手とは、立派なソープ嬢になれるよ。
いや、なってもらっちゃ困るが。
---
ノルンの寮への受け入れ準備は数日で完了した。
ルームメイトは四年生だそうだ。
ナナホシと同学年か。
せめて五年、六年だったら、社交的な知り合いもいたんだが。
ルームメイトはオウムのような冠のある、インコのような少女だった。
感情に合わせて、ぴこぴこと動く。
魔族か、鳥系の獣族だ。
名前はメリッサ。
悪い噂のある人物ではないようだ。
この学校には、ハーフやクォーターも多い。
ノルンには差別的な発言とかしないようにと言っておかないとな。
一応、挨拶だけはしておいた方がいい。
そう思い、笑顔で近づいたら怯えられた。
話も出来なかった。
あの怯えよう。
学校では、ノルンが俺の関係者だという事は伏せておいた方がいいかもしれない。
俺はこの学校では番長扱いされているし。
そのせいで怯えられ、友達が出来なかったらかわいそうだ。
まあ、それほど心配しなくても何とかなると思いたい。
一から十まで面倒を見るのも過保護すぎるだろうからな。
いざとなったら、シルフィとルーク、アリエルに頼ろう。
あの三人は学校では人気者だ。
三人と一緒にいれば、人も集まる。
人の輪の中にいれば、おのずと社交性も身につき、友達もできよう。
いや、あの三人だと、今度は逆に嫉妬される可能性もあるな。
いやいや、そうやって荒波に揉まれる事もまた成長につながるのではないだろうか。
うーむ。
難しい。
人付き合いは本当に難しい。
何にせよ、ノルンが自分でなんとかしなきゃいけない事だ。
何か起こるまでは、あまり手出ししない方がいいだろう。
しばらくは様子見だ。
とはいえ、ああ、心配だなぁ。
やっぱり自宅から通わせた方がいいだろうか。
ノルンを寮に送り出す日。
俺は鞄を持って制服を着たノルンに、いくつか注意事項を伝えておく。
寮では、ルールに従うこと。
勉強を頑張ること。
魔族を見つけても、差別したりしないこと。
言いたいことはたくさんあったが、あまり言っても覚えきれないだろう。
「ノルン。学校で困った事があったら、俺か、もしくはシルフィに言いなさい」
とりあえず、それだけは言っておく。
「はい」
ノルンは俺の目を見ずに、そう答えた。
彼女と仲良く出来る日は来るのだろうか。
不安だ。
「あと、起きた時と寝る前にきちんと歯を磨くように」
「はい」
これも言っておこう。
「お風呂にも入るように」
「はい」
あれも言っておこう。
「宿題もやるように」
「……はい」
そうだ、病気のこともあるな。
「風邪を引かないように」
「……」
非常にうっとおしそうな目でみられてしまった。
やっぱりちょっと心配だ。