「寒ッ!」
姿現しに似た違法ポートキーの移動音を耳にしながら、私は目の前の景色を見る。
そこは英国 ロンドン中央区 キングス・クロス駅から徒歩10分の所にある寂れた道路に並ぶ商店の前だった。
暗い裏路地の通路に組織に頼んで作ってもらった違法ポートキーの到着地点を設定したため、まばらに歩くマグル達には見られていない。
「えっと・・・確かこの先よね?」
私がアルバスに向けて書いた手紙の返事には、こう書かれていた。
『フォートシュリット嬢へ。
ぜひわしも会って話がしとうかったのじゃ。
来週の水曜日、もれ鍋というパブへ来てくれんかのぅ?場所は下の地図を見ておくれ。
おぅ、そうじゃったそうじゃった。わしは最近ペロペロキャンディが好きでのぅ。
アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアより。』
名前長ッッ
そういやダンブルドア家には著名な魔法使いが何人か輩出されていたっけか。
恐らくその影響で家名がアホほど長くなったのだろう。何ともややこしいことだ。
私はスタスタと英国の街並みを歩きながら、目的地まで辿り着く。
すると、そこには現代的な街並みの両隣の商店とは違った不自然な古臭いパブがあった。
しかも、奇妙な事にマグル達はそんなものないかのように半円を描くようにしてその場所を避けながら歩いている。
「・・・なるほどね。魔法族以外には不可視化の呪文と、マグル除けの呪文で見えない・近寄れないわけだ。」
私は生まれた時から、呪文によって形作られた魔法が細い糸や、線のようなもので見えていた。
叔父によれば人によって形作られた魔力の塊を視認できる、魔法界でも千年前にそういった能力をもった人間がいたっきりの珍しい特徴らしい。
だからこそ、私は既存の魔法を視界的にではあるが、糸の絡み方、線の結び方などが魔法ごとに一定であることに気づき、そこから魔法の理論を理解していけたのだ。
ゆえに、新たな魔法を多種多様に創作できたのもその能力のおかげだった。
それを通してみてみれば、このもれ鍋とやらにかけられた魔法の数々は、およそ五百年前にかけられた中々に歴史あるものだったのだ。
「おぉー、すごいね・・・。」
そんな感想を抱きながら、もれ鍋の扉を開けて中に入っていく。
中には、「いらっしゃい。」と元気そうに声をかけてきてくれる初老の店主と、そこそこ賑わった店内があった。
そして、そんな中銀髪に青い眼という少々目立った容姿なこともあり、周囲の目が釘付けになっていると、
「ミス・フォートシュリット、こちらです。」
そう声をかけてきてくれたこれまた初老の、しかし老いを一切感じさせないほどの快活さを持った緑のエメラルド色のローブを着た魔女がいた。
「おや、アルバス自らのお誘いが来るかと思えば・・・あなたは?」
「私はダンブルドア校長先生への案内役として来ました、ホグワーツで教員を務めているミネルヴァ・マクゴナガルと言います。
・・・さて、ミス・フォートシュリット、少し場所を変えましょうか。」
綺麗な淑女たる佇まいに内心評価をあげていると、確かに注目が集まってきた店内からひとまず移動する事を提案してきたため、承諾する。
「了解です、マクゴナガル先生。
しかし・・・私は自分で出来ますので。」
そういうと、私は自分自ら後追い姿くらましをしようとするが、
「ミス・フォートシュリット、貴女の年齢については詳細は知りませんが、恐らくその身長であればまだ・・・匂いについてはご存知ですか?」
「・・・匂い?」
別にどこも臭くないけど・・・。
あっ、もしかして英国に着いた時から少し気になってたこの魔力感知系統の魔法のことかな?
英国に着いて以来、随分と太い魔力線が私の身体を這い回り、縛り付けているのが見えた。
構造を少し見てみれば、魔力感知と伝達魔法が含まれており、伝達先は魔法省だった。
恐らく未成年の魔法使いによる魔法使用が制限されているのだろう、とアタリをつけた私はもちろん、乙女の体に纏わりつくなど下品極まりないのでこの魔法はすぐに解呪させてもらった。
というか、17歳ってまだ未成年なのか。
私は肉体年齢を若めにしてたせいで、どうやら引っかかったらしい。今度からは気をつけようと身体を21歳相当に引き上げようとしているのは内緒だ。
まあそう言うわけで、別にマクゴナガル先生に付き添い姿くらましをしてもらう必要などなかったのだが、どうやらマクゴナガル先生はいまだに私に匂いの魔法が付いていると思い込んでいるようだ。
「・・・・・・そうですね、ではお願いします。」
とはいえ、ここで「匂いの魔法?もう解きましたよ先生。」なんて言えば、こちらの実力を測られたも同然。
いずれ敵対する組織に何故に余計な情報を与えてやらねばならないのか。
そんな思いと同時に、訝しそうに私の顔を覗くマクゴナガル先生の手に掴まり、
「・・・では、手をしっかりと握っていてください。途中で落ちたら大変なことになりますよ。」
そう、脅し文句的な事を言われながら私達は、恐らくホグワーツへと姿を消した・・・。
付き添い姿現しでホグワーツの入り口前玄関付近に到着した私は、マクゴナガルに校長室前まで連れて行かれる。
初めて見るホグワーツの内部を通り過ぎる生徒達に何事かと驚かれながらも見渡していく。
そして、今目の前には巨大なガーゴイル像がある廊下の前まで来た私は、マクゴナガル先生に
「私はここまでです。後は合言葉通りに・・・。」
とだけ言われてまたどこかへと去られてしまった。
「合言葉・・・これでいいのよね?」
この爺のどうでもいいような好みが書かれたのが合言葉とは、アルバスも落ちたものだと思ってしまった。
だが、
「ペロペロキャンディ。」
いざ言ってみれば、実際に目の前のガーゴイル像が動き始め、上への螺旋階段を作り出してくれるのだからなお呆れる他ない。
「もうちょっとマシな合言葉はないんかい・・・。」
と、愚痴を吐きつつも私は目の前の校長室であろう扉をトントン、と叩く。
すると返事はなく、自動で扉は開いてくれた。
これは中に入れって事だよな?ノックしたら誰でも入れてしまうドアじゃないよな?
と、少し疑心暗鬼になりつつもそろりそろりと中へ入っていくと、ようやく声がかけられる。
「ふぉっふぉっふぉっ、ようこそワシの城へ。フォートシュリット嬢よ。」
と、私に朗らかな笑顔を向けてくる。
私はこの狸爺に関してはよく知っている。何せ叔父上の記憶を授かっているのだから。
そのため、私は普段の口調から一転して、【グリンデルバルド】としての口調に変わる。
「・・・久方ぶりだな、アルバス。実際に会うのは半世紀ぶりか?」
と、銀髪の髪をいじりながらも、我が叔父から引き継いだ完璧な人格が現れてくる。
その言葉を聞いたアルバスは一瞬、目を大きく開けて驚いたようだったが、すぐに平静を取り戻した。
「おぉ、本当によく似ておるのぉ・・・それに、彼に娘がいたとはのぅ。手紙で読ませてもらった時は驚いた事この上ないのじゃ。」
と、あくまでニッコリとした笑顔を崩さないこの狸爺は、私に目の前のソファへと腰を下ろすよう求めてくる。
それを私が無言でじっと見ていると、
「・・・もちろんじゃが、わしはお主と違って椅子やソファに磔の魔法を仕込んでおくほど、愚かではないのじゃぞ?」
と、私が警戒していたのを見通してか、出来る限り安心させようと和らげに話してくる。
「・・・ふん、お前は良くも悪くもぬるすぎるぞ、アルバス。」
私はそう言いながら、いつのまにか彼が淹れていた紅茶にソファの手前の机の上から引っ張り上げて口をつける。
「・・・何度もいうのはなんじゃが、本当にお主はゲラートに似ておる。
その話し方、佇まい・・・何から何まで懐かしゅうて、この老ぼれは涙を流してしまいそうじゃ・・・。」
「やめろ。老人の涙は見たくない・・・それに、これは私が叔父の記憶を継承してるからこそ再現できる事・・・私は彼ではない。」
そうキッパリと言い放つと、彼も私が作られた過程や目的を推察したようだった。
最初からただの彼の娘とは信じていなかったようだし、そもそも叔父上には妻がいなかった。近しい者はいたが、それも革命のための仲間でしかなかった。
だからこそ、目の前の老人は私が
それに、ヨーロッパでの活動も既に奴は知っているはず。私が受け継いだ叔父上の偉大なる思想を関連付けて、私が叔父上の人格・思想・記憶その全てを継承した完全なる
それ故に、私が叔父上の記憶を完全に継承した、という発言をすんなりと理解したようで、「それもそうじゃの。」と言いながら本題へと入ってくる。
「・・・さて、ミス・フォートシュリット嬢よ。お主からの手紙には
『是非、協力させてほしい。
君が旧友 グリンデルバルドの継承者より。』
とだけ書かれていたのじゃが・・・まさか紅茶を啜りに来ただけとは言うまい?」
「もちろんよ。・・・端的に言うわ。
アルバス、あなたへの借りを返しに来た。
あの偉大なる叔父に代わって、私があなたに借りを返すわ。
」
彼から受け継いだ壮大なストーリーの中で、ゲラートはアルバス・ダンブルドアという人物に借りを作ってしまったという。
『
・・・己の務めは、本当に正しかったのか?
これが私達の望んだ結果だったのか・・・?
・・・それに答えられるのは、友だけだ。
そうだろう?アルバス 』
我が叔父がいつぞやの時、いつぞやの場所で呟いた一言一言が、私の頭に染み込んでしまう。
私はそれを振り払い、目の前のアルバスへと視線を戻す。
すると、そこには先程とは打って変わった真剣な様子でこちらを見つめるダンブルドアの姿があった。
「・・・本気なのじゃな?わしに、そなたは借りを返したい・・・と。」
そう呟いた彼に、私はコクリと再度頷く。
すると、少しばかりため息をついた彼はこう言う。
「・・・わしは、ゲラートに貸しを作った覚えはない・・・。
じゃが、友として、・・・いや友以上の関係として、彼にすべき事をしてあげたまでなのじゃ。
じゃからのぅ、フォートシュリット嬢よ。
お主が後ろめたく思う必要などないのじゃ。お主がわしに何かを返そうとしてくれる必要など、何もない・・・。」
そう言う彼の目は、どこか悲しげに光っていた。まるでかつての友を懐かしむような・・・。
だが、アルバスはそんな目を閉じて、そしてしばらくしてからもう一度開けた。
そしてその目は、明らかに覚悟を決めた目だった。
「・・・じゃが、わしは今、お主を必要としておる。それほどまでに追い詰められとるのじゃ。
お主が協力してくれるというのであれば、わしはトムとの間の遺恨を消し去るための醜い争いに巻き込む事も厭わんじゃろう・・・。
じゃが、同時にわしは悩んでいるのじゃ。・・・わが親友の娘に、死地に送り出すような真似をして良いのか、と。
心の奥底で、僅かながらに残った良心が、わしを痛めつけるのじゃ・・・。」
初めて私を前に本音を語ってくれたその姿は、我が叔父 ゲラートが誰よりも信頼し、誰よりも優秀だと褒め称えた今世紀最も偉大な魔法使いの面影はなかった。
そこには、単なる良心の呵責に責められる哀れな老人がいた。
「・・・私は、あなたが何と言おうと叔父の借りを返す。
それが、彼・・・ゲラート・グリンデルバルドの最優の友 アルバス・ダンブルドアへのせめてもの罪滅ぼしなのだから。」
そう言い切った私の心は、まるで叔父上の見た、聞いた全ての感覚が呼び起こされるような気がした。
「・・・そうか。
そう言ってくれることの、どれほど嬉しいことか・・・。
・・・我が友 グリンデルバルドよ。
わしが此度与えられた試練は困難を極める・・・トムは強大じゃ。お主でさえ死ぬやもしれん・・・。
・・・じゃが、それでもわしは縋りたいのじゃ・・・他でもないお主に。
わしの最期の頼みを、聞いてくれるか。」
それを聞いた私は不敵に笑みをこぼし、持っていた紅茶のTカップを机に戻し、こう述べる。
「えぇ・・・えぇ、もちろんよ アルバス。
・・・確かに、闇の帝王は私達共通の敵となり得る・・・あなたも知っている、私が続けている欧州での活動に水を刺されないための先駆けた保険でもあるわ。
つまり、利害関係の一致のために協力するという事でもある・・・。」
「じゃが、友のためでもある・・・じゃろう?
・・・
恐らく、アルバスは相当、闇の帝王に苦戦していたらしい。表向きは第一次魔法戦争で勝利を収めた英国魔法省だったが、その実態は酷い有様だったと聞く。
しかもアルバスは着実にこの老齢、それに力の衰え・・・かつての偉大なる魔法使いの面影はなりを潜めている。
こんな弱りきった老人に、かつての、この世界で最も信頼できる友が手を貸してくれると言ったのだ。
彼は一人ではなくなった。その生涯の孤独から、今解放されたのだった。