第百二話「懐かしさと歯がゆさ」
現在、俺はリビングのソファに座っている。
目の前に座るのはルイジェルドだ。
アイシャとノルンは、シルフィが風呂にいれている。
俺もシルフィも、すでに酔いは無い。
まだ少し息は酒臭いだろうが、解毒魔術は酔いを覚ます力もある。
「……」
焚き火に照らされたルイジェルドの顔を見ていると、初めて出会った時を思い出す。
それどころか、エリスと三人で旅をした時のことを、ありありと。
「久しぶりですね、本当に」
「ああ」
ルイジェルドも、目を細め、口の端を持ち上げていた。
懐かしそうだ。
「まずは、妹を護衛してくださって、ありがとうと、言っておきましょう」
「礼などいらん。子供を守るのは当然のことだ」
そうそう、ルイジェルドはこういう人だ。
旅の最中では、子供好きのロリコンだと冗談交じりに思ったりもしていたっけな。
パウロの手紙に書いてあった護衛は、やはりルイジェルドだったか。
ギレーヌの可能性もあるかと思っていたが、子供の護衛といえばルイジェルドだ。
これほど頼りになる男はいない。
一生うちの妹を守ってやってほしいぐらいだ。
しかし、ルイジェルドと話すのは久しぶりだな。
前は、どんな話をしていたっけか。
ルイジェルドも無口だから、あまり世間話とかしないんだよな。
「ところでルーデウス。エリスはどうした?」
俺が話題に迷っていると、ルイジェルドがズバリ聞いてきた。
あまり聞かれたくない事を。
しかし、ルイジェルドにとっては、知りたい事だろう。
「……色々とありましてね。順を追って話しますと――」
俺はルイジェルドに、難民キャンプの前で別れた後の事を話した。
エリスと結ばれたこと。
直後、彼女がいなくなり、結果、失意のどん底に落ちたこと。
立たなくなった事。
二年間、冒険者をしながら母親を探した事。
エリナリーゼと出会い、状況を聞いた事。
人神の勧めで魔法大学に入学した事。
そこでシルフィと出会い、彼女に治してもらった事。
そして、結婚した事。
「そうか……」
ルイジェルドは相槌を打つことなく、静かに聞いていた。
そして、最後にぽつりと言った。
「よくある事だ」
「よくある事、ですか?」
オウム返しに聞き返すと、ルイジェルドは頷いた。
「おそらく、戦士の掛かる病気だ。エリスは決して、お前が嫌いだったわけではないだろう」
「でも……釣り合いが取れない、と」
「エリスの真意はわからん。言葉通りの意味なのか、それとも、お前がただ勘違いしているだけなのもしれん」
「勘違い、ですか?」
「ああ、エリスは決して言葉の上手い方ではなかったからな」
ルイジェルドも、決して言葉のうまい方ではない。
そんな彼がこう言うのだから、もしかすると、エリスの言葉には、何か別の意味が込められていたのかもしれない。
「だが、少なくとも、旅の間、奴はお前の事が好きだった。
もしもう一度会う時が来たら、落ち着いて話しをしてみろ」
単に、俺が勘違いしていたのかもしれない。
釣り合いが取れないというのは、逆に『エリスが』『俺に及ばない』という意味だったのかもしれない。
修行して釣り合いが取れるようになって戻って来る。
だから、待っていてくれ、という意味だったのかもしれない。
「……」
……とはいえ、今更そんな事を言われてもな。
どういう意味があったにせよ、俺は三年間苦しんだ。
エリスは三年間、音沙汰がなかった。
助けてくれたのはエリスではなく、シルフィだ。
勘違いだったから、シルフィを捨ててエリスとやり直せってか。
出来るわけがない。
今更だ。
それに、正直。
エリスに会うのは少し怖い。
ルイジェルドの言葉を信用しないわけではないが、
本当に俺に愛想を尽かした可能性だってあるのだ。
仲直りするつもりで近づいて、ぶん殴られて目線すら合わせてもらえなかったら。
俺はやっぱり傷つくだろう。
……もう、考えるのはよそう。
何が真実だったとしても、事実は現在だ。
ここでうだうだと考えていても仕方がない。
「ルイジェルドさんは、何をしていたんですか?」
「……ああ」
俺は話題を変えた。
ルイジェルドの話を聞くことにした。
彼はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、こくりと頷いた。
「俺は二年間、南部の密林地帯にいた」
ルイジェルドは、中央大陸でスペルド族が潜伏している場所として、森に当たりをつけたらしい。
手始めに王竜山脈の南側に広がる密林地帯へと移動し、そこを二年かけて虱潰しに探した。
スペルド族は見つからなかった。
だが、転移によって死亡したと思われる人物の遺品はいくつも発見したらしい。
それを最寄りの町へと届け、そこで情報収集もしていたのだとか。
結局、二年間における密林地帯の捜索は無駄足に終わった。
ルイジェルドは海岸線にそって南下し、イーストポートまで移動した。
予定ではそこでミリス方面の情報収集を済ませた後、北上して紛争地帯を探すつもりだったそうだ。
だが、そこで運よくパウロたちと遭遇した。
あとはパウロの手紙にあった通りだ。
子供を二人で旅に出すことに躊躇しているパウロに、二人を護衛を申し出たらしい。
「そういえば、お前の師匠にも会った」
「ロキシー先生にですか」
「ああ……」
ルイジェルドは苦笑した。
「お前に聞いていたのとは、少し印象が違ったな」
「そうですか、どんな風に?」
「種族名を伝え、額の眼を見せた途端、露骨に怖がられてしまった」
「あー」
思えばスペルド族が恐ろしい種族だと教えてくれたのはロキシーだったか。
ロキシーもなんだかんだ言って魔族だし、
スペルド族を一番怖がっているのは魔族だからな。
仕方あるまい。
ルイジェルドを見てビクビク怯えるロキシー。
俺も見たかったな。
「それで、ジンジャーさんと一緒に、ここまでやってきた、と」
「ああ、夕方に到着し、魔法大学に行ったのだが、お前は見つからなくてな」
四人は俺が寮ぐらしをしていると思い、魔法大学へと移動。
しかし、俺たちは時すでに酒場へと移動していた。
どこへ行ったのかについては知らない奴も多いはずなので、俺の住所を聞いたらしい。
入れ違いにならないようにジンジャーとはそこで別れ、三人で俺の家を探したそうだ。
が、道をアイシャだかノルンが道を間違えたのか、そもそも聞いた奴の説明が間違っていたのか、迷子になってしまう。
変な所をウロウロしていた所、ルイジェルドが俺の気配を探り、家にたどり着いたのだそうだ。
「そうですか……何はともあれ、改めてお礼を言わせてください。ありがとうございました」
「礼には及ばん。俺とお前の仲だ」
ルイジェルドにそう言われ、口元がにやける。
この男に認められているという事は、俺にとっての誇りの一つだろう。
「それにしても、随分と早かったですね」
手紙が届いたのは先月だ。
早くても、もうあと2・3ヶ月は掛かると思っていた。
「お前の妹が張り切ってな」
「どっちの?」
「アイシャの方だ。あの子のお陰で効率よく移動できた」
話によると、アイシャの提案で、夜間も移動をする
ただ、そうした
アイシャは乗せてもらう代わりに、ルイジェルドを護衛として使うように申し出たらしい。
ルイジェルドとジンジャーが護衛に付く。
幼い少女二人分の積載量が代金。
いい買い物、というわけだ。
もっとも、その交渉も簡単ではなかったそうだが。
ともあれ、移動して、
どんどん
各
時には来た道を町一つ分戻って、別の
なぜ戻るのかと聞いた他三人に、アイシャはこう答えたという。
こっちの方が早いから、と。
なるほど、天才か。
凄いものだな。
「でも、それだとルイジェルドさん、大変だったんじゃないですか? 夜は
「問題ない。昔は何日も休まず移動し続ける事はしょっちゅうだった……だが」
「だが?」
「久しぶりにこき使われた感じがしたな」
ルイジェルドはそう言って、薄く笑った。
魔王軍時代の事を思い出しているのだろうか。
それにしてもアイシャめ。
ルイジェルドを便利にこきつかうとは。
何様のつもりだあいつは。
「それはなんというか、うちの妹が大変なご迷惑を……」
「笑い話だ」
ルイジェルドは、相変わらず子供には甘いな。
彼が良くても、目上の人間を顎でこき使うような大人に育ってはいかん。
あとできつく言っておかねば。
「でも、ルイジェルドさんが必死に働いていた時に、うちの妹はグースカ寝ていたわけでしょう?」
「寝てはいない。最も効率よくここにたどり着く計画をずっと計算していた」
ふむ。
どうやらルイジェルドだけに働かせ、自分は遊んでいたわけではないらしい。
日数計算をひたすら行っていたわけか。
夜通しかけて。
……ならいいか。
「だが、まだ子供だ」
嬉々として休む暇のない計画を練るアイシャだったが、
体力的な面での計算は入っていなかったらしく、
途中でノルン共々ダウンして休む場面もあったとか。
アイシャの脳内スケジュールによると、冬季で移動できなくなる前にここに到着する予定だったそうだ。
要するに、手紙を抜き去る予定だった、と。
「ジンジャーさんも大変だったでしょうに、彼女はなんと?」
「奴はむしろ喜んでいた。殿下に早くお会いできるに越したことはない、とな」
この世界の人間は脳筋が多いようだ。
ていうか、ジンジャーはザノバに言われた命令を今の今までずっと守ってきたのか。
忠義の人だな。
今頃はザノバと再会できたのだろうか。
ジュリを見てどんな反応をするか、少し見てみたいな。
「奴はそのまま、王子の配下に戻るつもりらしい」
「なるほど。そういえば、ルイジェルドさんは、どれぐらいこちらに滞在するんですか?」
何気なく聞いてみた。
一週間ぐらいだろうか。
彼を友人に紹介して回るのに、それほど時間は掛からない。
ザノバは喜ぶだろう。
リニアとプルセナあたりはなんと言うだろうか。
クリフはどう思うだろうか。
バーディガーディとは知り合いかもしれないな。
「明日には発つ」
そんな思いは、ルイジェルドの言葉ですぐに打ち消された。
「随分と、急ですね」
「ああ、先日、北部の東の方、森の奥で悪魔を見たという情報を得た。それを探してみるつもりだ」
ルイジェルドは、すでに次の目的地を見つけているらしい。
少しくらい、と思わなくもないが。
いや、引き止めるのも野暮だな。
「それに、お前の邪魔をするつもりもない」
「邪魔だなんて、そんな」
ルイジェルドを邪魔者扱いなど、誰にもさせんぞ。
「……少しばかり、居辛いしな」
その声音は、やはり少し寂しげだった。
俺とエリスがくっつかなかった事が、ルイジェルドにとっては少しショックなのかもしれない。
「…………」
俺の脳裏には、三年前の、エリスとルイジェルドとの旅の記憶が色濃く残っている。
ルイジェルドがどうかは分からないが。
もし俺がルイジェルドの立場だったら、俺がシルフィとイチャついている姿を見てすごすのは、少々、辛い光景かもしれない。
「それは、仕方ありませんね……」
俺は、ルイジェルドとの友情に亀裂が入ったような気分になっていた。
俺とルイジェルドの友情は、エリスありきのものだったのかもしれない。
「ルーデウス」
呼ばれ、俺は顔を上げた。
いつしか、またうつむいてしまっていたらしい。
ルイジェルドは、薄く笑っていた。
「そんな顔をするな。また戻ってくる」
俺は苦笑を返すしか出来なかった。
俺はシルフィと結婚したことを後悔してはいない。
何かを大きく間違えてしまった気分だ。
「もし、エリスと出会ったら、奴の言い分も聞いておこう」
「……お願いします」
俺はルイジェルドの目を見て、そう言った。
ルイジェルドの目には、優しい光が灯っていた。
---
その後、すぐシルフィが風呂から上がってきた。
ノルンは風呂の中で眠ってしまったらしい。
アイシャは風呂の最中ははしゃいでいたそうだが、
上がってすぐ、崩れるように眠ってしまったらしい。
さすが、風呂のリラックス効果といった所か。
疲れた体にはぬるま湯が効く。
「お疲れ様」
「うん、アイシャちゃん、ボクの事、覚えててくれたみたい。
一目見て、シルフィ姉だーって当ててくれた。
どっかの誰かとは大違いだね」
「髪の長さとサングラスと男装の有無もあるので、ノーカンで」
「ノルンちゃんには覚えられてなかったけど」
「三歳か四歳の頃の近所のお姉さんを覚えてる方が稀だよ」
「そうかな」
二人は現在、シルフィによって寝間着に着替えさせられ、
仲良く一つのベッドで眠っているらしい。
二人と話をするのは、明日になるな。
「えっと、初めまして、シルフィエット・グレイラットです」
「ああ、ルイジェルド・スペルディアだ」
シルフィがルイジェルドとぎこちなく握手をする。
緑色の髪で苦しめられていた二人。
今はどっちも緑ではない。
「ええっと……ルイジェルドさん、お部屋の方はどうします?」
「適当でいい」
「……ルディ、大部屋を使ってもらおうか?
ルディにとって大切なお客さんだよね?」
ルイジェルドにとっては、部屋の大きさなんてあまり関係ないと思うが。
どうせ、ベッドなんて使わないのだから。
「好きな所で寝てください。自分の家だと思って」
「ああ、そうさせてもらおう。では、先に休む」
ルイジェルドはそう言って立ち上がった。
「はい、おやすみなさい」
シルフィと二人、じっと固まったまま、彼の動く音を聞く。
どうやら子供二人が寝ている部屋に入ったらしい。
あのロリコンめ。
いや、俺達と旅をしていた時も、寝ている時は目を離さなかった。
ああいう男なのだ。
今回、わざわざ足音を俺たちに聞こえるように残した。
後ろめたい事があれば、足音も気配も消して侵入できる男だ。
何もやましい事はないのだろう。
「ボク、何か失礼な事、したかな?」
ふと、シルフィが不安げな声を上げた。
ルイジェルドの態度は、確かに少しそっけなかったな。
普段なら、握手を求めてくるような相手には、ぎこちなくも悪いようにはしないのに。
やはり、俺とシルフィの結婚には、思う所があるのだろう。
「いいや、シルフィは悪くないよ。初対面の相手に対しては、あまり馴れ馴れしくできない人なんだ、彼は」
「ならいいけど……」
シルフィは、少しだけ傷ついたようだった。
「俺たちも寝よう」
「うん」
晩飯は食っていなかったが、腹は減っていない。
ああ、せめてルイジェルドに何かつまめるものでも出しておけばよかったな。
まあいいか。
俺は暖炉の火を消し、入り口の施錠を確認。
世界一役立つセ○ムが家にいるが、防犯は忘れないようにしないといけない。
それから明かりを消して、シルフィと二人で二階に上がった。
二人でベッドにもぐりこむ。
そこで、ふとシルフィが言った。
「今日は、その、やめとこっか」
「え? ああ、そうだな」
その日はシルフィを抱かなかった。
生理以外の理由では、初めてだった。
---
翌日。
俺はいつも通りベッドで目を覚ます。
シルフィはまだ寝ている。
いつもは小さく丸まって俺の腕枕で眠る彼女だが、
今日は普通に枕を使い、ちょっと寝苦しそうにしていた。
いつもなら、そんな彼女に無条件でいとおしさを覚え、
ほんの少しの性欲と共に、彼女のスレンダーな胸部にタッチ。
女体の画竜点睛を感じ取り、幸せな気分になっただろう。
しかし、今日は不思議とそういう気分にはなれなかった。
今日は気分が悪天候だ。
昇竜には日が悪い。
ルイジェルドが来て嬉しいはずなのに。
やはりエリスの事が気にかかっているのだろうか。
なんだかモヤモヤと胸騒ぎがする。
運動をすれば多少は解消できるだろうか。
とりあえず、日課のトレーニングを始めることにした。
けど、あまりやる気が起きない。
いや、それでもほんの五分、いや十分、準備運動でもすれば違うだろう。
そう思って外に出る。
寒気のする光景が目に飛び込んできた。
玄関先に先客がいた。
二人。
俺よりも背の高い二人だ。
片方は禿頭の戦士。
緑色の髪を隠すため、剃りあげて、ずっとそのままでいる男。
防寒具は身につけておらず、民族衣装風の普段着を身にまとい、三叉槍を手にしている。
ルイジェルドだ。
そしてもう一人は。
筋骨隆々とした巨体に、真っ黒な肌。紫色の髪。
六本の腕を組んで、威風堂々とルイジェルドを前に立っていた。
「…………」
「……」
雰囲気は非常に悪い。
険悪だ。
一瞬即発。
整備主任がこの場にいたら刺されるかもしれない。
「……」
バーディガーディの顔に笑顔がない。
機嫌が悪い。
珍しい事だ。
いつも笑っているバーディガーディがまったく笑おうとしていない。
ルイジェルドの顔はどうなっているのだろうか。
背中だけではわからない。
ていうか、この二人、やはり知り合いなのか。
両方ともラプラス戦役時代から生きているし。
片方はラプラスの親衛隊長で、もう片方はラプラスとは逆のハト派。
今ではルイジェルドもラプラスを心底憎んでいるが、当時は色々と因縁もあったのだろう。
「……ふむ」
バーディガーディは俺を一瞥する。
そしてルイジェルドをもう一度だけ見た。
「そういう事か」
バーディガーディは一人で納得したように頷いた。
そして、それ以後何もいわず、無言で踵を返した。
そのままザシザシと雪を踏みしめ、道の向こうへと消えていった。
「……」
ルイジェルドは静かに振り返る。
その顔は、やや緊張したものであった。
珍しく冷や汗をかいている。
「バーディ陛下と、何かあったんですか?」
「……昔な」
その短い言葉で、なんとなく察した。
当時のスペルド族は、目にはいる者は敵味方関係なく襲い掛かっていたという。
恐らく、バーディガーディの支配する領域の人々も殺したのだろう。
いくら真面目に統治していない魔王とて、王だ。
自分の領地を荒らされて、見過ごすわけにはいくまい。
その後の関係はどうだったのだろうか。
あの楽天的なバーディガーディが、スペルド族を陰湿に迫害していたとは到底思えない。
いや、逆か。
楽天的だからこそ、蹂躙された力なき民の方に力を貸した可能性も高い。
例えラプラスが絡んでいたとしても。
ルイジェルドは殺したし、バーディガーディはその意趣返しをした。
その事実は間違いなくあるのだろう。
いや、まてよ。
もしかすると、バーディガーディはスペルド族の一件がラプラスの手によるものとは知らない可能性もあるのか。
その辺、今度あった時にでも、俺の方から話してみるか。
……ていうか、将来的にルイジェルドの人形を量産して販売すると言ったら、あの魔王はどんな顔をするだろうか。
笑い飛ばしてくれればいいが。
うーむ……。
ともあれ、あまりルイジェルドとバーディガーディの仲が悪いのは困るな。
「ルイジェルドさん、一応、この町にきて、あの陛下には結構よくしてもらっているんですよ、昔何があったのかは想像がつきますが……」
「心配するな、奴と争うつもりはない」
ルイジェルドは苦笑しつつ、そう言った。
言ったが、明らかに先ほどのルイジェルドは殺気を放っていた。
もしかすると、俺が出て行かなかったら、どちらかが手出しをしていたのかもしれない。
「しかし、まさかこんな所に奴がいるとはな」
「なんか、俺に会いに来たらしいですよ」
「あぁ、奴はそういう男だったな」
ルイジェルドは苦笑して、家の中へと戻っていった。
ルイジェルドとバーディガーディの仲が悪いとは。
盲点だったな。
バーディガーディは誰とでも仲良くすると思っていた。
---
家の中に戻ると、シルフィが起きて朝食の準備をしていた。
なぜかメイド服姿のアイシャがその側にいて、手伝いをしていた。
ノルンはまだ寝ているようだ。
起こしに行こうかと思い、階段を上がる。
ノックしてすぐにドアノブを回したが、
何か嫌な予感がしたので、扉は開けなかった。
「もうすぐ朝食だから、降りてきてください」
返事はなかったが、耳を済ますと衣擦れの音が聞こえてきた。
やはり着替え中だったらしい。
ラッキースケベは引き起こさない。
もう鈍感系じゃないからな。
「……はい」
中から声が聞こえたことで、安心して一階に下りた。
朝食は五人で食べた。
アイシャは歳の割に作法がなっているようで、綺麗な食べ方をしている。
ルイジェルドは相変わらずフォークしか使わない。
ノルンは寝ぼけ眼で、食べ方はあまり上手ではない。
まぁフォークを使っているだけで十分と言えるだろう。
ナイフでそのまま肉を突き刺して口に持っていくのに比べたら。
「では、俺はそろそろ行くとしよう」
食事が終わってすぐ、ルイジェルドが出発することとなった。
彼の荷物は相変わらず少なく、身は軽い。
四人で町の出口まで見送る。
ルイジェルドは必要無いといったが、必要とか不要とかそういう問題ではない。
友人を見送るのは当然の事だ。
あまり会話もなく、五人で町を歩いて行く。
そのうち、ノルンがルイジェルドの裾のあたりを掴んだ。
ちんまりという効果音でも付きそうな、控えめな掴み方だ。
ルイジェルドの歩みがやや遅くなった。
つられて、俺たちもゆっくり歩く。
ノルンはルイジェルドと別れたくないようだ。
気持ちはわかる、俺だってそうだ。
もっと彼と話をしていたい。
引き止めた方がいいのだろうか。
正直、俺だってルイジェルドともっと一緒にいたい。
一晩では話しきれない積もる話もあるし。
紹介したい人物や、見てほしいものも沢山ある。
けど、やはりエリスの事が引っかかる。
ルイジェルドには、あまり不快な思いはしてもらいたくない。
シルフィが悪いわけではないのだが……。
彼とは、エリスとの関係をスッキリした状態でなければ、わだかまりなく話せないような気がする。
でも、エリスが今、どこにいるのかもわからんしなぁ。
などと考えていると、あっという間に町の出入り口へとついてしまった。
「では、元気でな」
「ルイジェルドさんも、お元気で……」
俺たちは短い言葉で別れを告げた。
言いたい事は多かったはずなのに、いざとなると中々言葉が出てこない。
まあ、今生の別れというわけでもない。
もっと落ち着いた時に話をすればいいのだ。
ちなみに、ジンジャーには昨日の時点ですでに別れを告げてあるらしい。
「お世話になりました!」
アイシャは礼儀正しく、元気に頭を下げた。
彼女の考えた移動方法はルイジェルドがいなければ成り立たなかった。
そこをきちんと理解しているのだろう。
きっと、アイシャとノルンの知らない所で、ルイジェルドは彼女らを守っていただろうし。
「アイシャ。あまりルーデウスに無茶を言うんじゃないぞ」
「はい! わかってます!」
ルイジェルドは苦笑して、アイシャの頭を撫でた。
「あ、あの、あの、ルイジェルドさん……」
ノルンはルイジェルドの服から手を離さない。
不安げな顔には、別れたくない、と書いてある。
「安心しろ、また会える」
ルイジェルドは小さく微笑むと、彼女の頭に手を載せた。
懐かしさを覚える光景だった。
俺も、ああやって不安そうな顔をしては、ルイジェルドに頭を撫でられたものだ。
ノルンは俯いたり、顔を上げたり。
何かを言おうとして、口をつぐんだり。
百面相のように表情を変えていたが、やがて、意を決したように口を開いた。
「わ、私も、一緒にいきたいですっ……!」
そう宣言した。
ルイジェルドは困った顔でノルンの頭を撫でる。
「……」
何もいわず、ただ撫でただけ。
けれど、ノルンの目に、みるみる涙が溜まっていった。
「これからは俺ではなく、ルーデウスを頼れ」
「でも、だって! あいつはお父さんを!」
「すんだ事だ。奴も反省している。お前の父もな。奴の苦労は旅の途中で聞かせたとおりだ。お前も納得していただろう」
「でも、昨日も酔っ払ってたし、前に見た時と隣にいる女の人も違うし! 信じられない!」
前に見たときと隣にいる女の人も違う。
それを聞いて、場が凍りついたかと思った。
しかし、そう思ったのは俺だけらしい。
思えば、シルフィにはすでにエリスの事は話してある。
浮気などではないし、プレイボーイを気取ったわけでもない。
しかし、ノルンにはそういう風に見られていたのか。
ルイジェルドは俺と、シルフィを交互に見て、苦笑した。
「男と女の間だ。そういう事もある。決してお前の兄が不誠実というわけではない」
「……」
ルイジェルドはそう言うと、ノルンの頭から手を離した。
ノルンも、名残惜しそうに、ルイジェルドから手を離した。
「そっちの……名前をもう一度教えてくれ」
「あ、はい。シルフィエットです」
「シルフィエット。ルーデウスと共に二人を頼む」
「は、はい!」
ルイジェルドは、最後にシルフィと言葉を交わした。
彼女に対して、ルイジェルドはどう思ったのだろうか。
思う所はあれど、悪い感情を抱かなかった事を祈りたい。
「ではな、また会おう」
俺は、ルイジェルドが見えなくなるまで見送った。
かつて、俺があの背中を見た時は、感謝の気持ちがこもっていた。
きっと、アイシャとノルンもそうだろう。