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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第11章 青少年期 妹編

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第百話「決壊」

 事件は、手紙がきてから一ヶ月後に起こった。



---



 昼下がり。

 俺はナナホシの実験を手伝っていた。

 ただ、この日は、少々赴きが違った。


「この魔法陣が成功すれば、次の段階に進めるわ」


 ナナホシはそう宣言し、今までよりはるかに大きな魔法陣を俺に披露した。

 はるかに巨大、といっても、半畳分ぐらいの広さか。

 この世界では珍しい大きな紙面に、繊細な模様がビッシリ書き込まれている。

 一ヶ月以上掛かって描き上げた力作。

 ナナホシにとっては二年間の集大成だ。


「一応、この魔方陣が何をするものか、聞いてみても?」

「……異世界の物品を召喚するわ」

「また、転移災害など起きないだろうな」


 ナナホシが召喚されたから、あの転移災害が起きた。

 という事は、小さな物品でも似たような事が起きかねない。

 そう思ったのだが、ナナホシは首を振った。


「大丈夫よ……理論上はね」

「一応、その理論を聞いてみても?」

「今までの実験で、より大きく、かつ複雑なものを召喚しようとすれば、より多くの魔力を必要とすると判明しているのよ。

 つまりこの世界の魔術には、エネルギー保存の法則が当てはまるわ。

 今回召喚するのは、小さくて単純なものよ。

 私が召喚された時のエネルギーが土地一つを消滅させる程のものと仮定するなら、理論上はせいぜい魔法陣の周囲1メートル程度が転移されるだけで済むわ。

 そして、正直ありえないと思うけど、もし同じ事が起きたとしても、魔法陣の中にセーフティも仕込んであるわ。

 どれぐらいの魔力を使うかは、わかっているしね」


 エネルギー保存の法則か。

 なるほど。なんだったっけか。


「エネルギー保存……って、なんだっけか」


 質量保存の法則とどう違うんだったか……。


「……わからない人に説明できるほど私も詳しくないけど、つまりこの世界でおかしい事は、大抵魔力が肩代わりしているという事ね。あなたがよく使う岩砲弾だっけ? あれも、中空にいきなり岩を出現させてるけど、その実態は魔力を岩に変化させているのよ」


 昔、俺が考えた法則は間違っていたということか。

 エネルギー保存ね。

 なるほど、魔力を注げば注ぐほど、火魔術の温度が上がったり、土魔術の重量が増えるのはそういう事か。


「それから――」


 その後、ナナホシに説明を受けたが、正直難しくてわからなかった。

 ××の法則が適用されるから、魔法陣の大きさと効果はあーだこーだであり。

 またなんちゃらの法則が適用されるから、どうだとか。


 正直、理論のどこかに穴があっても、俺ではわからん。

 ただわかるのは、ナナホシが自信を持っているという事だ。

 自信があれば、成功の確率も高いのだろう。


 まあ。失敗してどこかに飛ばされたとしても。

 なんとか帰ってはこれるだろう。


「失敗して転移したら、家族への連絡はお願いします」

「だから、その可能性はありえないと言ってるでしょう」


 そんなやり取りの後、俺は魔法陣の前に立った。


「では、始めます」

「お願い」


 そのお願いは、俺に対するものだったろうか。

 それとも、神に対するものだったろうか。


 俺は魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。

 紙の端に手を置いて、魔法陣を励起させる。

 魔法陣はぼんやりと光を放った。

 俺の腕から、ぐいぐいと魔力が吸い取られていくのがわかる。


 だが、何か少しおかしい。

 違和感がある。

 魔法陣の光り方に滞りがあるように思える。

 一部が光っていないようにも……。


 パシッ!


 小さく音がした。

 急に魔力が通らなくなった。

 魔法陣の発光が、止まった。


「……」


 それで、終わりだった。

 それ以降、魔法陣は何の反応も返さない。

 よく見れば、紙の一部に亀裂が生じていた。

 回路がショートし、セーフティとやらが働いたのだろうか。

 ともあれ、これは……。

 失敗だ。


「……どうでしょう」

「失敗ね」


 ナナホシは静かに言った。

 そして、すとんと椅子に座り、机に片肘をついた。

 大きくため息をつく。


「ふぅー……」


 彼女は、じっと床に置かれた紙を見ている。

 紙と、塗料が飛び、下書きの残る魔法陣。

 そして、紙に残る亀裂。

 それらを、ぼんやりと、微動だにせずに見ていた。

 しばらくして、彼女はこちらを見ずに言った。


「ご苦労さま。今日はもう……帰ってもいいわ」


 約二年分の集大成。

 ほんの僅か数秒で終わってしまった。

 だが、実験に失敗はつきものだ。


「まあ、こういうこともあるさ」

「……」


 ナナホシは答えない。

 ……俺のせいだろうか。

 いや、俺は関係ないはずだ。

 ただ魔力を送り込んだだけだ。

 何もしていない、魔力さえあれば誰にでもできることだったはずだ。

 もしそれでダメなら、説明の足りないナナホシが悪い。


「……」


 ナナホシは何も言わない。

 何にせよ、今日はここまでか。


「では、失礼します」


 俺は立ち上がる。

 実験室から出る前に、もう一度ナナホシを見る。

 先ほどと同じ体勢のまま、微動だにしない。

 俺は物置のような雑多な部屋を通って、研究室から出た。


 数歩ほど歩いて、足を止めた。

 ナナホシはここ数ヶ月で随分と張り詰めていた。

 この失敗は、かなり響いているのではないだろうか。

 あの姿勢、あの態度。

 もしかすると、彼女は次の実験や失敗についてではなく、

 ただただ呆然としていたのではないだろうか。

 いや、ナナホシはあれでいて結構強そうだ。

 失敗を失敗と受け止めるだけの度量はあるだろう。

 そう思った瞬間、


「アアアアアアアァァァァァァ!」


 唐突に研究室から叫び声が聞こえた。

 同時に、何かが壊れる音。

 誰かの暴れる音。


 俺は踵を返し、足早に研究室に戻った。


「アああァァ!」


 そこには、髪を振り乱しながら、半狂乱になったナナホシがいた。

 自分が書き記してきた書物を破り捨てて撒き散らし、

 癇癪を起こして、棚を引き倒し、

 壺の中身をぶちまけ。

 仮面を外して床にたたきつけ。

 顔を掻き毟りながらよろめいて壁にぶち当たり。

 壁を殴りつけて、よろめきながらぶちまけた壺の中身に倒れこみ。

 壺の中身を地面にたたきつけて、立ち上がって髪をかきむしって。


 俺は慌てて駆り寄り、彼女を後ろから羽交い絞めにした。


「ちょ、落ち着けよ!」

「帰れない、帰れない、帰れない……」


 ナナホシはうつろな目でブツブツとつぶやいていた。

 全身の筋肉は硬直し、今にも暴れださんと力を溜めている。


「帰れない、帰れない、帰れなあああああああぁぁぁぁぁ!」


 ナナホシは暴れた。

 力の限り、俺の拘束を解こうと暴れた。

 しかし、所詮は引きこもりの女子高生の力だ。

 か弱い。

 俺を振りほどく事など、できようはずもない。


 やがて彼女は、ぐったりと力を抜いた。

 手を離してやると、その場にへなへなとへたり込んだ。


「おい、大丈夫か?」


 その顔を見て、俺はヤバイと直感した。

 顔色は真っ青で、目はうつろで隈ができている、唇は血の気を失い、カサカサに乾いてひび割れている。

 これは、精神的にかなりきつい時の顔だ。

 自殺しかねない。


「…………」


 一人には出来ない。

 どうしよう。

 こういう時に助けになるのは……。

 シルフィ。

 シルフィだ。

 彼女ならなんとかしてくれるかもしれない。


 丁度いい事に、今日は夜勤もない。

 よし、ナナホシを今日、うちに連れて帰ろう。

 そうしよう。

 いや、でもその前に、どこかで落ち着かせた方がいいか。


「大丈夫か?」

「……」

「お前、ちょっと頑張りすぎたんだよ。今日は休もう、な」

「……」


 ナナホシは返事をしない。

 俺は彼女に肩を回し、半ば無理やり立ち上がらせた。

 そのまま、引きずるように研究室を出る。

 鍵は……いや、後にしよう。

 一日ぐらい大丈夫だ。多分。


 そのまま、シルフィの所へと向かう。目指すは五年生の教室。

 誰かに呼び出してもらうか。

 それとも、自分で呼ぶか。


 ナナホシに肩を貸して歩いていると、周囲の視線を集めた。

 丁度、教室を移動する連中と鉢合わせたか。

 ざわざわとうるさい。

 目立っている。

 俺が女に肩を貸しているからか?


 ナナホシは今、仮面をつけていない。

 あまり目立たない方がいい。

 でもどうすれば。


「師匠!」


 後ろからの声。

 振り返る。ザノバだ。


「師匠……いかが為されましたか!?」

「ザノバ。ナナホシがやばい、助けてくれ」

「……病気ですか!?」

「似たようなもんだ」

「ならば、まずは医務室へ運びましょう」


 ああ、まずはそこか。

 医務室、医務室だな。

 よし。


「師匠、余が運びます」

「丁重にな」

「無論です、さあ、サイレント殿」


 ザノバはナナホシをお姫様だっこした。

 がっしりと安定した抱き方。ナナホシは一切の抵抗をしない。

 魂の抜けた表情で、ぐったりとしている。


「道を開けろ!」


 ザノバが叫びつつ、人混みに向かって突っ込んで行く。

 人が海のように割れていく。

 そこを、俺が続いた。



---



 医務室にたどり着いた。

 ナナホシをベッドに寝かせる。

 虚ろな顔をしている。

 酷い顔だ。

 死相が出ているようにすら見える。

 一応、駐在している治癒術師には、大事ないと伝えておいた。

 精神的な症状は治癒魔術では治らん。


 ふと足元をみると、ジュリが俺の裾を掴んでいた。


「ぐらんどますた、顔、ひどい」


 その言葉で、俺は自分の顔を触った。

 今、どんな顔をしているんだ。

 ああ、いや、俺もかなり動揺しているのだ。

 少し、落ち着かねば。


「ああ、俺はブサイクだからな」


 ジュリに頭に手を乗せてぽんぽんと撫でる。

 こんな幼女にも心配させてしまうとは。


「どうぞ、師匠」


 ふと、横合いからコップを突き出された。

 ザノバだ。


「ありがとう」


 礼を言って受け取り、中身を飲み干す。

 医務室に常備してある水差しから入れてくれたらしい。

 舌が上顎からペリペリと剥がれていくような感覚を覚える。

 いつの間にか口の中がカラカラに乾いていたようだ。


「ふぅ……」


 椅子に座って一息ついた。

 ザノバは俺の脇に立ち、静かに聞いた。


「師匠、何があったのですか。これほど慌てた師匠を見るのは初めてですが」

「ああ……」


 俺は実験室であった事を説明する。

 実験に失敗し、ナナホシが暴れだした事。

 放っておけば死んでしまいそうに見えたので、助けた事。

 ザノバはそれを聞いて、複雑な表情でナナホシを見下ろした。


「彼女は、好きで研究をしているわけではないのですな」

「…………そうだな」


 嫌々やっているわけではない。

 やりたくてやっているわけでもない。

 彼女は、やらなければ、帰れないのだ。

 うまくいかなければ、こうなるのも仕方ないだろう。


 転移事件から六年。

 最初の一歩に躓いたのだ。


「……」


 俺はため息をついて、椅子にもたれかかった。

 なんか疲れるな。

 ザノバはそれ以上、何も言わなかった。

 俺たちはボンヤリと天井を見つめるナナホシの前で、ただただ佇むしかなかった。



---



 しばらくして、ナナホシは目を閉じ、眠ってしまった。

 それと同じくして、シルフィが現れた。

 アリエルはいない。


「ルディとザノバ君が女生徒を医務室に連れ込んだって話がきたから、確認に来たんだ」


 噂になっているらしい。

 俺が女生徒を気絶させて、医務室に連れ込んだ、

 何か酷い事をしているかもしれない、と。

 ひでぇな、なんでこんな信用ないんだ俺は。番長だからか?

 信用を得るような事はやってないけどさぁ。

 まあいい。


 俺は研究室で起こった事をシルフィに告げる。

 実験の失敗と、その後のナナホシの癇癪。

 そして、今の状況になってしまったこと。


「そんな事が……」


 シルフィは深刻そうな顔で、ナナホシを見ていた。


「一人にするのは危険なので、今日はうちに寝かせようと思う」

「医務室とかに寝かせた方がいいんじゃないのかな?」

「起きた時に、知ってる顔があった方がいいだろう」


 少なくとも、こういう時に一人でいてはいかん。

 落ちる所まで落ちてしまう。

 ナナホシは若い。そういう事への耐性もなさそうだしな。

 もしかすると、今までにも似たような癇癪はあったのかもしれない。

 しかし、今回のは揺れ幅が大きそうに思える。

 人の心というのは、振りきれてしまうと、行く所まで行ってしまう。

 行く所とは、すなわち自殺だ。


「落ち着くまでどれだけ掛かるかわからないけど。うちに寝泊まりさせてやって、少し世話しようと思う」

「えっと、任せても大丈夫かな?」

「食事の世話ぐらいなら、大丈夫だ」


 落ち着くまで、隔離してやるだけだ。

 ちょっと現実逃避とかさせてやるのもいいだろう。

 辛い事から目をそむける事も、時には大事だ。

 戦略的撤退というやつだ。


「……別に浮気とかじゃないんだ」

「わかってるよ。それとも、何かやましい事でもあるの?」

「無い」


 やましい気持ちはまったく無い。

 とはいえ、別の女を家に連れ込むのだ。

 それも、ぐったりして無抵抗な子を、だ。

 でも、シルフィは疑わないらしい。

 これが信頼か。


「ルディに任せるよ。今日はもう、そのまま帰るの?」

「ああ。買い物、一緒にいけないけど、頼めるか」

「任せてよ」


 シルフィの頼もしい返事に、俺はうんと頷いた。

 さすがシルフィだ。



---



 学校を抜け、俺の家へと急ぐ。

 ナナホシの運搬はザノバが申し出てくれた。

 先ほどはお姫様だっこだったが、今回はおんぶ。

 ザノバは王子様だが、おんぶの方が似合うな。


「悪いなザノバ」

「いえ、余はこれぐらいしかお役に立てませんゆえ」


 ぐったりとしたナナホシを軽々と背負うザノバ。

 その後ろを、ジュリがちょこちょことついていく。

 ザノバにドリルのついた潜水服を着せれば、ミスターバブルスとか呼ばれるようになるんじゃなかろうか。

 ためしに、ジュリを持ち上げてみた。


「ひゃ! グランドマスタ、なんですか?」

「なんでもない」


 ザノバはこちらをちらりと見ただけだった。


 俺はジュリを抱っこしたまま歩く。

 ジュリの体は、意外にふっくらしていた。

 一年前は鶏がらのようだったが、きちんと食べているらしい。

 ちょっと筋肉が足りないが、7歳ぐらいの子供にマッシヴは要求すまい。


「ジュリ、ザノバに良くしてもらってるか?」

「はい、マスタには、ご飯、たくさん食べさせてくれます」

「そうかそうか。マスターは、ご飯を、たくさん食べさせてくれます、だな」

「マスタは、ご飯を、たくさん食べさせてくれます」

「よしよし」


 そういえば、ナナホシは、飯はちゃんと食っていたのだろうか。

 抱えた時、かなり痩せていたように思う。

 羽のようにとまではいかないが、かなり軽かった。

 ロクなものを食べていないのかもしれない。


 食事は精神安定剤だ。

 好きなものを食べたり、誰かと一緒に食べたり。

 それだけで、人は少しだけ幸せになれる。

 ナナホシは、そういう事はほとんどしていないはずだ。


「ふぅ……」


 溜息が出た。

 ナナホシは、一体どういう生活をしていたんだろうか。

 一人で引きこもって、ロクなものも食べずに。

 誰と会話をすることもなく、魔法陣を書き続けるだけの毎日。


「師匠のせいではありません、あまり気を落とさぬように」

「ああ、わかってるよ」


 ザノバが、俺のため息を別の意味で捉えたらしい。

 生真面目な顔で俺を見ている。

 ナナホシより、むしろ俺を心配してくれているらしい。

 まあ、ザノバもナナホシとはほとんど会話したこと無いだろうし、仕方ないか。


「……」


 しばらく黙って歩く。

 すると、ジュリの心臓の音が聞こえた。

 ジュリは子供だからか、体温が俺よりも高く、暖かい。

 心音を聞いていると、不思議と落ち着いてきた。

 今度、ジュリに何か買ってやろう。



 しばらくして、家に到着した。

 妹のために用意しておいた二部屋のうち、片方へとナナホシを入れる。

 彼女はぐったりとベッドに横たわった。

 目は開いている。

 いつの間にか目覚めていたらしい。

 が、虚ろだ。どこを見ているかわからない。

 まるで死体のようだ。


 元に戻るのだろうか……。


 俺の見立てでは、まだ、ギリギリ大丈夫だ。

 かなり危険な状態だが、まだ大丈夫だ。

 俺も同じぐらいの所まで落ちた事はあるが、戻ってくることができた。


 暴れたのも発作のようなものだ。

 ああいう激情は持続するものじゃない。


 でもとりあえず、俺は彼女の服をまさぐり、凶器になりそうなものを取り上げておく。

 彼女は小さなナイフを持っていた。

 これでは死ねないと思うが、一応あずかっておく。

 部屋の中には、危ないものは無い。

 窓は……二階だし、少々危ないな。

 土魔術で固定しておくか。

 窓ガラスを割られればそれでおしまいだが、

 今の彼女にそれだけの気力は無いと思いたい。

 ナナホシが動かないので、一階に降りる。


「大丈夫なのですか?」

「さてな」


 一階に降りると、ザノバがやや心配そうに聞いてきた。

 こいつは鬱とは無縁そうだ。

 弱みはあるとはいえ、基本的にポジティブだからな。


「何にせよ、助かったよザノバ」

「いえ、師匠にはいつも世話になっていますからな。このぐらいはどうという事はありません」


 ザノバはいつもどおり、平然とした顔で言い放った。

 さすが、頼れる男だ。


「師匠の方こそ、大丈夫ですか?」

「俺が? なんでだ?」

「サイレント殿が倒れて、師匠の方が大きなダメージを受けているように見えます」


 ダメージを受けている。

 そうなのだろうか。

 うん。

 そうなのだろう。


 ナナホシが発狂して暴れだして。

 それを止めたら抜け殻のようになってしまった。

 その一部始終を見て、俺は昔の事を思い出したのだ。


 ナナホシのは、俺とは少し形が違うが、精神的な苦痛だ。

 共感できてしまう。

 少し境遇が違えば、ああなっていたのは俺だったかもしれないしな。


「少しな。昔の辛いことを思い出したんだ」

「聞いてもよろしいですか?」

「…………小さい頃に、俺もああやって、無気力になって閉じ籠ったことがあっただけさ」

「余にはわからん感覚ですな」


 突き放すような言い方だが、しかし安易にわかるとも言われたくない。


「だろうな」

「とにかく、また力になれそうな事があれば、余に言ってください、力だけは有り余っておりますので」

「ああ、頼むよ」


 ザノバの好意をありがたく思う。

 こいつも、人形が絡まなければいいやつなんだよな。



 その後、しばらくしてザノバは帰っていった。

 俺はすることもないので、ナナホシが寝ている部屋で読書をして過ごした。

 彼女を一人にするかどうか迷った。

 俺の場合、こういう時は、一人でいたいものだ。

 しかし、彼女は今までずっと一人だった。

 一人だったのだ。


 シルフィが帰ってくるまで、俺はナナホシの側にいた。


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