私は、何の犠牲もなく颯爽と助けられる魔法少女じゃない。
テレビで中継を見ていた人々も、街頭の大型液晶を見上げていた人々も、車やスマホから見ていた人々も、衝撃の光景に息を飲んだ。
報道中継中にヒーローが怪我を負うことが無い訳ではない。危険と隣り合わせの仕事だ。それでも、死を思わせるほどの映像を見ることはほぼない。
オールマイトの姿の変貌に思考が追いついていない者も、軽口を叩いていた者も、ヒーローがふぬけているなどと批判していた者も、誰もが息を飲んで危機感を覚える。
すぐさま現場リポーターが映像に乱れがありましたという言葉と共に気分の優れない人は報道を見ないようにという案内をする。
それでも人々は中継映像を見る。ヒーローが勝つという予定調和を信じて。
オール・フォー・ワンの右手の指先から伸びる黒い爪のような"個性"が千雨の身体から鞭のようにしなりながら引き抜かれ、その反動でその場に崩れ落ちた。幸いというべきか、まだ息があり血を流しながらゼイゼイと呼吸をしている。
そんな千雨の姿にオールマイトは近付いて膝をついた。
「まさかオールマイトを庇いに飛び出すヒーローがいたとは!いやはや、素晴らしい自己犠牲精神だ。そのおかげでオールマイトの絶叫が聞けて嬉しいよ」
まるで素晴らしい劇を観て感動したといわんばかりに空中で嗤いながら拍手をするオール・フォー・ワン。
拍手が響くなかで千雨の纏っていた白いマントが流れる血を吸って赤黒い染みをつくる。
今のオールマイトには、オール・フォー・ワンの態度に怒ることも出来ない。目の前で死にかかっている一人を救えない。己の無力さに苛まれながら、生きてくれと願いながら声をかけることしか。
「ダメだ、ダメだ……
その言葉に、オール・フォー・ワンはピタリと拍手を止めた。
「その子が」
オール・フォー・ワンは姿が違うことに興味を持ったが、同時に徐々に失われていく熱に残念だと言わんばかりに、生命維持用のマスクの下でため息をついた。
オール・フォー・ワンの持つ黒い泥のワープ個性は出来立てなため転移距離がひどく短く、千雨を望む場所に送るのは出来ないからだ。黒霧のゲートも既に閉じている。
「……出来れば生きたまま欲しかったが、仕方がない……彼女の骸を手土産にしよう。
――――君を、絶望させてくれた記念に」
その言葉に、オールマイトはドス黒い感情のまま叫ぶ。
「キサマァァアァアア!!!」
「ハハハ、もう叫ぶことしか出来ないか……!」
オール・フォー・ワンは死角であろう場所から飛んできた火球を見えていると言わんばかりにエアウォークで空中移動して難なく躱す。
「なんだその姿は!何をしているオールマイトォ!」
エンデヴァーは千雨が空飛ぶ絨毯から一瞬で消えるようにして飛び出していった後に、同じく絨毯から飛び降りて一足先に駆けつけたのだ。
猛々しく叫ぶエンデヴァーの目が痩せ細ったオールマイトのそばで血を流しながら倒れている千雨を捉え、その目を大きく開いて再び叫ぶ。
「赫灼熱拳、ジェットバーン!!」
エンデヴァーの拳から放たれた炎を、宙を蹴って軽々と回避するオール・フォー・ワン。
一気に距離を詰めてオールマイトと千雨の前に立ち、オール・フォー・ワンと向かい合うエンデヴァー。
「おっと、危ない危ない……ミドルレンジたちとはいえ、こうも早く駆けつけてくるとは流石No.2に上り詰めた男……ああいや、彼女がいたからかな?」
「エンデヴァー……!」
猛々しく燃える炎が周囲を照らす。エンデヴァーはオール・フォー・ワンを睨み付けたまま背後にいるオールマイトに指示を出す。
「オールマイト、なんだその情けない姿は!戦えんのならとっとと彼女を連れて下がれ!」
「悪いが君じゃ力不足だよ、エンデヴァー。
彼女の遺体を渡してもらおうか」
「勝手に、人を……殺すなや……クソ黒スーツが……!」
「!」
千雨が激痛に顔を歪めながらガクガクと力の入らない両腕で上半身を起こそうとするものの、上手く起き上がれない。そんな千雨の両肩をオールマイトが掴んで再び倒れないようにと支えた。
「早く逃げろ!」
「いや、流石にこの状態じゃ、逃げられないですよ」
「俺が時間稼ぎしてやる!」
「……報道ヘリの中継止めてぇけど、下手に止めようとして……そっから正体バレるのも勘弁だし…………この状況下で、出し惜しんじゃ、いられねぇか……」
「長谷川少女……何を……?」
千雨は血濡れたまま呟く。
「――――電子の王、再現、コチノヒオウギ」
キラキラと光の粒子を散らしながら千雨の目の前に現れた桧の扇。それがクルリとひとりでに空中で回転すると、淡い光が千雨の傷口に集まる。光が収まれば、貫通された傷を一切残さず綺麗に治癒していた。
そしてその光はそよ風に乗るかのように周囲へ広がっていき、オールマイトにも纏わりついた。そして完全にではないもののトゥルーフォームを晒された際にボロボロになった傷を癒した。
I・アイランドで使ってみせた治癒とは比べ物にならない回復力に、オールマイトは目を見開く。
「これは……!」
「あれほどの傷から自己回復のみならずオールマイトも回復出来るとは!良い!やはり欲しい"個性"だ!」
オール・フォー・ワンはエンデヴァーの攻撃を回避したり掌から空気を押し出す"個性"を使って攻撃を易々と相殺させながら、その意識を目の前に躍り出てきた
そして攻撃しているエンデヴァーを爪先から伸びる黒い鞭のような"個性"で瓦礫の山へと叩きつけて千雨のもとへ向かおうとする。
それを阻止するかのように、どこからともなく音波攻撃がオール・フォー・ワンに向けられて空気が震えた。
「我らを忘れてもらっては困る」
「そうだ破壊者。俺たちは救けに来たんだ」
「ギャングオルカ……エッジショット……!」
オール・フォー・ワンの一撃をベストジーニストの咄嗟の機転で重傷を回避したものの土で汚れた白いスーツを纏うギャングオルカ。エッジショットも駆けつけたほか、空飛ぶ絨毯に乗ったシンリンカムイが両腕を"個性"で樹木に変えて意識のないMt.レディとベストジーニストを保護してそのまま離脱する。
また、オールマイトたちの背後にある瓦礫の中にいた女性をボロボロの虎がラグドールを片腕に抱えつつ救出する。
千雨はコチノヒオウギの補佐を加えた治癒魔法と活力回復魔法を風にのせて周囲へと撒き散らしたのだ。ついでに電子精霊にオール・フォー・ワンの着けているマスクへハッキングさせて攻撃を仕掛けられればよかったのだが、どうやら電源を必要とする機械ではなく呼吸を補助するためのものでハッキングできる物ではなかった。
ヒーローたちの行動を見ながら立ち上がった千雨は呟く。
「電子の王、再現。不思議な注射器」
千雨のそばに一メートル以上ある大きな注射器が現れる。それを千雨が手に取ると同時に、虎がオールマイトへと言葉を紡ぐ。
「我々……には、これくらいしか出来ぬ……。
あなたの背負うものを、少しでも……あの邪悪な輩を……止めてくれ、オールマイト……!
皆、あなたの勝利を願っている……!どんな姿でも、あなたは皆のNo.1ヒーローなのだ!」
「虎……!」
崩れ落ちそうなオールマイトの心を鼓舞する虎。
瓦礫の中から救出された女性が、涙を流しながらも声をあげる。
「負け、ないで……。
オールマイト、お願い……救けて」
ここに、救けを求める人がいる以上。ヒーローは、決して諦めない。
女性の言葉に続けるようにして、千雨はオールマイトに声をかける。
「テメーは一人じゃねぇぞ、オールマイト」
オールマイトは、人のためにテメーを犠牲にしちまえる。テメーの命を削ってでも、命を捨ててでも、困ってる奴を救けようとする。イカれきった自己犠牲と、尽きることない正義感で、動き続ける。
どれだけ自身が傷付いててボロボロでも、目の前の悪事を見過ごせない。目の前で困っている人を見過ごせない。そして
そんな正義バカを、自己犠牲野郎を、大馬鹿者を。私は――――
――――絶対に、死なせない。
「
一人じゃねぇから、仲間って言うんだ」
千雨はそう言いながら一歩下がってオールマイトに不思議な注射器を向け、その針を尻に刺した。オールマイトはその痛みに呻くよりも先に、身体に訪れた変化に意識が向いた。
つい先程まで尽きかけていたワン・フォー・オールの残り火が、再び強く燃えだしたことに。まるで小さくなった火に薪がくべられ風を送りこまれたかのように。
不思議な注射器。和泉亜子のアーティファクト。
濃縮還元ドーピング魔力スープを尻から注入することで味方の能力を何倍にもアップさせることが出来る。
「電子の王、再現。幸運の玉房、活力の玉房、気力の玉房」
千雨は手にしていた不思議な注射器を羽織っていた天狗之隠蓑に仕舞い、今度は黄色い六つのポンポンを両手に三個づつ手にして叫ぶ。
「だから、こんなとこで負けんじゃねぇぞ!ヒーロー!」
その言葉と共に、オールマイトだけでなくヒーローたちの身体に光がまとわりつく。
その光とともに湧き上がる活力と気力は彼らの普段以上の力を引き出す。
幸運の玉房、活力の玉房、気力の玉房。椎名桜子、釘宮円、柿崎美砂のアーティファクト。
応援した対象の幸運上昇、活力上昇、気力上昇をすることが出来る。
右手に力を込めればシュウシュウと白い煙をあげながら、うっすらと光をまとったその身体が変化していく。
「……嗚呼……そうだね。お嬢さん、もちろんさ。
オール・フォー・ワン、ヒーローは守るものが多いんだよ!!
だから、負けないんだよ」
オールマイトの瞳にも強い光が戻る。そして、痩せ細った身体はマッスルフォームへと変わった。
「オールマイトの姿が戻った!」
「さっき庇ったヒーローの"個性"かしら?」
「つーかなんかヒーロー全員光ってねぇ!?」
「頑張れオールマイト!」
「負けるなヒーロー!」
街頭テレビを見ながら、多くの人々がオールマイトやヒーローたちへの声援を叫ぶ。その中で、緑谷は一人気付いてしまった。
緑谷は、広がった光の粒子を知っている。
緑谷は、あの桧の扇による回復を知っている。
緑谷は、どこからともなく道具を取り出す人を知っている。
だが、あの場に居る筈がない。あのヒーローの筈がない。
クラスメイトである長谷川千雨が、あの場にいる筈がない。
緑谷は短時間で立て続けに起きた中継映像に対して必死に否定する。姿がまるで違う。彼女は警察とヒーローに保護されている筈だ、と。そんな否定する心に対して、中継映像にうつる全てが彼女を思わせる。
それでも、今の緑谷には現場へと向かう資格はない。ただここで、ヒーローの勝利を祈り叫び、見届けることしか出来ないのだ。
千雨が強化したことでエンデヴァー、ギャングオルカ、エッジショット、グラントリノがオール・フォー・ワンへ攻撃を行う。流石のオール・フォー・ワンでもトップランクのヒーローたちによる連撃はうっとおしいのだろう。
なにより、憎きオールマイトが先ほどまで絶望していたのが嘘かのように再びマッスルフォームへと変わり自身を見据えているのが腹立たしいと言わんばかりに、その気迫が増す。
「煩わしい」
その一言と共に、オール・フォー・ワンは衝撃波を周囲に放ち、エンデヴァー、ギャングオルカ、エッジショット、グラントリノを吹き飛ばす。オールマイトと千雨も吹き飛ばされそうになるが、その場に踏みとどまった。
「精神の話はよして、現実の話をしよう」
話しながら複数の"個性"を発動させていくオール・フォー・ワン。その右腕は着ていたスーツを裂き、身体に見合わぬ歪な大きさへと増殖肥大し、皮膚の表面には発動した"個性"の影響で槍のように尖った骨やビスマス結晶のような金属がいくつも飛び出ている。
「まだいくらか戦えるようになったようだが、今までのような衝撃波では体力を削るだけで確実性がない。
確実に殺す為に、今の僕が掛け合わせられる最高・最適の"個性"たちで、君を殴る」
「私は無視かよクソマスク」
「金の卵を踏み潰すほど、僕は愚かじゃないんでね。終わったら君を隅々まで調べさせてもらうよ」
オール・フォー・ワンは異形の腕でオールマイトを殴ろうと空中から地上へと一気に駆けながら思案する。
先程手を合わせて、ようやく確信を得たよオールマイト。君の中にもうワン・フォー・オールはない。君がいま使っているのは余韻……残りカス……譲渡した後の残り火だ。
そしてその火は使うたびに弱まっている。もはや吹かずとも消えゆく弱々しい光……その筈だった。
とはいえ、いくら強化したとしても残り火は残り火。再びオールマイトの心を揺さぶれば良い。宙をまっすぐとオールマイトへ駆けながら喋りかけた。
「――緑谷出久。譲渡先は彼だろう?
資格も無しに来てしまって……まるで制御出来てないじゃないか。存分に悔いて死ぬといいよオールマイト。
先生としても、君の負けだ」
オール・フォー・ワンとオールマイトの拳がぶつかるとともに、先ほどオール・フォー・ワンが発した以上の衝撃波が崩壊しかけのビルをさらに破壊する。
それほどの威力の攻撃をオール・フォー・ワンは"個性""衝撃反転"で全てオールマイトに返そうとする。
だが、ぶつかっている拳は負傷する気配すらない。
「――――そうだよ」
「!?」
「先生として……叱らなきゃ……いかんのだよ!
私が、叱らなきゃいかんのだよ!!!」
オールマイトはオール・フォー・ワンの攻撃と自身の攻撃が拮抗した状況下で、亡き師匠にかつて言われた言葉を思い出す。
『限界だーって感じたら思い出せ。何の為に拳を握るのか。
『何人もの人がその力を次へと託してきたんだよ。
皆の為になりますようにと……一つの希望になりますようにと。次は、お前の番だ。
頑張ろうな、俊典』
身を呈して守ってくれた少女が、かつて言っていた言葉を思い出す。
『ここに来た理由!!その最初の気持ち!!――――お前の原点!!
それを思い出さねぇまま、いつまでも後ろ向いてウジウジしてんじゃねぇ!!!
テメェが、テメェ自身を諦めんな!!!
テメェの力だろ!!!』
『……オールマイト。アンタは何のために戦う? 何のために生きる?
ヒーローとしてじゃない――――アンタ自身の幸福を。
……人としての幸福を、私は問わずにはいられない』
『何のために周囲が手助けするのか。誰の為に周囲が戦っているのか。……すべては、当たり前でどうでもいいような日常のためだ。他の誰でもない『お前』がいる日常のためだ』
『『あんた』が絶対やらなきゃなんねぇのか』
皆が笑って暮らせる世の中にしたい。その為に"象徴"になると決めた。その為になら差し伸べられた手を振り払える。その為になら向けられた優しさを踏みにじられる。その為なら命尽きる最期の瞬間まで、世界中の平和のために突き進み続けられる。
これまでずっと、そうしてきた。
それで良いと思ってきた。
だが、今は違う。
"象徴"としてだけではない……!お師匠が私にしてくれたように……私も、
生きねばならない。
オールマイトの身体の輝きが両腕に集まり、拮抗していた右腕を囮として左腕でオール・フォー・ワンの右頬を殴った。右腕は拮抗を崩した影響でボロボロだ。おかげでオール・フォー・ワンが付けていたマスクが壊される。
しかし、それは有効打になるには浅かった。
「らしくない小細工だ。誰の影響かな。
浅い」
そう言いながらオール・フォー・ワンは左腕を"個性"で膨らませる。衝撃波を出す前兆。
それに対してオールマイトは一歩も引くことなく言葉を返す。
「そりゃア――――腰が入ってなかったからな!!!」
「コチノヒオウギ!」
オールマイトが再び右腕に力を込める。それと同時に千雨が扇を振るい、オールマイトの怪我が治癒していく。
「おおおおおおお!!!!」
オールマイトの拳はオール・フォー・ワンの左頬を確かにとらえた。オール・フォー・ワンが"個性"を発動させるよりも早く。オールマイトは自身の出せる全力以上の1000%の力を込めて叫ぶ。
さらばだ、オール・フォー・ワン。
「UNITED STATES OF ―――― SMAASH!!」
――――さらばだ、ワン・フォー・オール。
これまでで一番の衝撃波が一帯に暴風を巻き起こし、砂煙が舞う。
現場リポーターも、中継を見ていた人々も、現場にいたヒーローたちも、誰もがオールマイトの勝利を願いながら注視する。
砂煙が晴れると、その荒廃した街の中でオール・フォー・ワンは地に伏し。
オールマイトが、その左腕を高く掲げていた。
今回のちう様は報道ヘリがあったのでサポートに徹しました。誤魔化しが効かないアーティファクトの複数使用、変装しているとはいえ大丈夫なのか。
まぁバフ・回復系だけにちう様も絞ってたから多分大丈夫。変装してるし。
緑谷がちょっと気付きかけです。(必死で現実から目を逸らしながら察してる)
神野の夜はまだ続く。
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