もしも次があるならば、その時は。
そのまま緑谷たちは爆豪を伴って空中を横断するようにしてその場から離れていく。敵連合の面々も想像だにしていなかった緑谷達の存在に驚き注目が集まっている。
「逃がすな!遠距離ある奴は!?」
「荼毘に黒霧!両方ダウン!」
「あんたら
マグネがMr.コンプレスとスピナーに"個性"を使う。マグネの"個性"は『磁力』、自身から半径4.5メートル以内の人物に磁力を付加させることが出来る。全身または一部など力の調整も可能。男がS極、女がN極となる。なお、マグネ自身には付加出来ない。
「行くわよ!
反発破局、夜逃げ砲!!」
S極同士で反発する力を使って、緑谷たちに向かって飛んでいこうとしたMr.コンプレス。しかしそれは突如現れた巨大化したMt.レディの必殺技・タイタンクリフにより、Mt.レディの顔面にMr.コンプレスがぶつかる形で防がれた。
Mt.レディは最初のオール・フォー・ワンの一撃をベストジーニストが衣類を操ることで気絶したものの軽傷ですんでいた。そして緑谷たちが来ていることを事前に聞いていたからこそ、一般人の安全を優先したのである。富と名声が好きな彼女ではあるが、それでもれっきとしたヒーローなのだ。
「Mt.レディ!」
「救出……優先……行って……!バカガキ……!」
巨体が倒れるが、マグネたちはまだ間に合うと言い、今度はトゥワイスを飛ばそうとするものの、三人は一瞬で顎を蹴り飛ばされて気絶した。そのヒーローに緑谷は目を輝かせた。
「グラントリノ!!」
足裏からのジェットによる高速移動と的確に顎先を蹴って脳震盪を起こさせる早業は歴戦の古豪と呼ぶに相応しい。ヒーローたちに助けられながら緑谷たちはそのまま敵の手の届かないところまで飛び去り、なんとか着地した。
幸いと言うべきか、着地する方向がオール・フォー・ワンの攻撃で瓦礫の山となっていたことで電線や電柱、ビルに激突するなどということは無く、切島の硬化した両足と爆豪の爆破で上手く着地の衝撃も緩和出来た。
ここから更に少しでも安全な場所へと緑谷たちが移動している途中に、瓦礫の陰に隠れて残っていた轟と八百万も緑谷たちに敵の注目が集まっている隙に現場から無事に離脱したと電話がかかってきた。
「轟君たちも無事に離脱出来たみたいだ」
「どうにか合流したいが」
「確保っ!!」
緑谷と飯田が話していると、声と同時に包帯のような白い細い帯が四人をまとめて捕縛してきた。
「こちらキドウ、爆豪くん含めて四名保護!」
「敵……じゃなくて、ヒーローか……!?」
「エンデヴァー事務所の、炎のサイドキッカーズ!」
ヒーローには独立して個人事務所を構えているプロヒーローのみならず、そのヒーロー事務所に所属するサイドキックたちもいる。キドウはエンデヴァー事務所に所属するサイドキック集団、通称『炎のサイドキッカーズ』の一人。コスチュームは派手ではなくシンプルかつ動きやすい装備で頭部の目元以外を覆う白い包帯が彼のトレードマークである。ヒーローオタクの緑谷が興奮交じりの声を上げた。
そんな緑谷の反応に対してキドウは動じることも喜ぶこともせず、爆豪を除いた三人を叱りつける。
「敵の襲撃被害者で無免許かつ未成年が現場近くに来るなんて、何を考えてるんだ全く!」
「それは……」
「というか、なんで俺らのことを!?」
「千雨ちゃんだよ、長谷川千雨ちゃん。あの子がエンデヴァーに報告して君らの保護をする事になったんだよ。君らの無謀な行動に対して、安全も将来も凄く心配して悩んで、報告するのも躊躇ってたってさ」
「長谷川くんが……」
千雨は機械があれば離れた場所でも能力が使えることを緑谷たちはこれまで見てきた。敵に狙われていたことから病院から一人だけ先に移動していたこともあり、クラスメイトのことを心配する中で緑谷たち五人の行動を知り、全て把握した上で悩んで、結果として大人に保護してもらうよう頼んだのだと察した彼らはこれ以上何も言えなかった。
「現場近くに行くってことは、君らが戦闘に巻き込まれて一生引きずるような怪我を負う可能性があるってことだ。毒ガスを使ったり山火事を起こす敵連合に見つかったら殺される可能性だって十分あった。
なにより、君らの無謀な行いが知られれば……君ら自身がこれから先ヒーローを目指せなくなる」
爆豪を、仲間を助けたいその一心しかなくて、周囲の心配や制止を振り切った。
戦闘に巻き込まれて怪我をすることも、死ぬ危険も、ヒーローを目指せなくなるという事も、全く考えていなかったという訳ではない。だが、今なら分かる。自分たちがどれほど無謀な行いをして、どれだけの奇跡の上に今いるのかを。
オール・フォー・ワンが一瞬で周囲の建物を瓦礫の山へと変えた時の死を錯覚させる気迫や、オールマイトを何十メートルも吹き飛ばすほどの攻撃の威力。もしもあの時、もしも攻撃の方向にいたら。あの時、瓦礫が誰かの頭にぶつかっていたら。オール・フォー・ワンに自分たちの存在がバレていたら。何か一つでも違えば、誰かが死ぬ可能性があった。
キドウは今になって恐怖が襲ってきて震えている爆豪以外の三人の中で一番顔を青ざめさせた切島の背を撫でる。
「焦凍くんともう一人の方も、ウチの事務所サイドキックが保護したところだ。移動出来そうかい?」
「……はい」
緑谷たちは他に避難している人々と同じように街頭テレビのある駅前広場に移動する。これが今出来る最善だったと緑谷は移動しながら自身に言い聞かせるように考えるが、胸のざわめきは止まらない。現場に向かって飛んでいく無数の報道ヘリのプロペラの音がやけに耳に響いた。
一方、緑谷たちが戦場を空中横断した頃。千雨は空飛ぶ絨毯の上ではんぺから奪還と戦場離脱の報告を聞いて目を見開いていた。
「あのバカども、マジでやりやがったのかよ……!
はんぺ、お前はそのままそいつらに同行!ねぎ、お前は轟たちの方に向かえ!こんにゃ、お前はオールマイトの方に!」
「待て、学生がいたのか!?現場に!?」
「散々止めたのに走り出した問題児共ですよ!お前ら、キドウさんとバーニンに位置情報共有!」
「イエッサー!」
緑谷たちのことを聞いていなかったエッジショットの驚愕を他所に千雨は電子精霊たちに指示を出す。それと同時に、千雨達の上空を報道ヘリが現場に向かって先に飛んでいく。
「だいこ、私らが到着するまで報道ヘリの中継映像を出してくれ。こんにゃは現場の声を
「はいですー!」
電子精霊たちが敬礼して消えるとともに、仮想ディスプレイが千雨の前に現れる。
『――悪夢のような光景!突如として神野区が半壊滅状態となってしまいました!
現在オールマイト氏が元凶と思われる敵と交戦中です!
信じられません!敵はたった一人!街を壊し!平和の象徴と互角以上に渡り合って……』
だいこが出した仮想ディスプレイには何十ものビルが破壊されコンクリートの瓦礫の山となっている神野区で、オールマイトが黒スーツの男と戦闘している様子が映し出される。それと共に、報道ヘリに乗っている女性リポーターの驚愕交じりの声が聞こえる。
「まだ着かないのか!?」
「これでも車並みの速さです!あとこれ以上は重量とかの関係で無理です!それにあともう少しで……」
映像に映し出されている黒スーツの男が、周囲の瓦礫を吹き飛ばす程の攻撃を放った。千雨はこんにゃからの念話で自身だけにオール・フォー・ワンの声が聞こえた。
「まずは怪我をおして通し続けたその矜持。
惨めな姿を世間に晒せ、平和の象徴」
土煙が晴れていくと共に、ボロボロで血を流しながらも拳をつき出して立っている貧相な金髪の男がいた。その男のもとから威力が二股に分散されたかのように地面が何メートルも削られている。 しかし、そのコスチュームはまぎれもなくその男がオールマイトだと告げていた。
『えっと……何が、え……?皆さん、見えますでしょうか?
オールマイトが……しぼんでしまってます……』
困惑を隠しきれない報道ヘリに乗るリポーターの声。
街頭の巨大液晶を見ている緑谷たちも、絨毯に乗っているエンデヴァーたちも、そのリポーターの言葉も映し出されている映像も信じられないと言わんばかりに目を見開いている。
「オールマイト……!?一体、どういう……!?」
「……ッ!」
絨毯に乗って現場に向かっていた千雨は最悪の事態だと理解する。I・アイランドでもあの骸骨のような姿へと戻ってしまっていたが、あの時は敵を倒した後で、爆豪など生徒や他の知らない人間に見られる前に千雨が幻術薬で誤魔化した。
しかし今は報道ヘリが上空に飛んでいる。あの姿をしっかりと映し出してしまった。もう、誤魔化しは効かない。
オールマイトは攻撃を
「頬はこけ、目は窪み!貧相なトップヒーローだ!
恥じるなよ、それが
予想した通りに回避せず攻撃の相殺でオールマイトが本当の姿を晒した事にオール・フォー・ワンは愉快そうにしている。だが、貧相な姿になってもまっすぐとオール・フォー・ワンを見据えるその瞳に絶望の色は一切ない。
「身体が朽ち衰えようとも……この姿を晒されようとも……私の心は、依然平和の象徴!
一欠片とて奪えるものじゃあない!!」
「素晴らしい!まいった、強情で聞かん坊なことを忘れてた。
じゃあ
死柄木弔は、志村菜奈の孫だよ」
たとえ本当の姿を晒されても堪えていないオールマイトに対して、とびっきりのサプライズと言わんばかりに楽し気に告げるオール・フォー・ワン。
その言葉は、オールマイトの決意をほんの僅かだが揺らがせたかのように、痩せこけた顔がこわばる。
「君が嫌がることをずぅっと考えてた。
君と弔が会う機会をつくった。君は弔を下したね。何も知らず、勝ち誇った笑顔で」
「ウソを……」
「事実さ。わかってるだろ?僕のやりそうな事だ」
他人事のように言い切ったオール・フォー・ワンは、ようやく気付いたと言わんばかりに両手の親指で自身の頬を押し上げてみせる。
「あれ……おかしいな、オールマイト。
笑顔はどうした?」
オールマイトにとって笑顔でいることは、先代ワン・フォー・オール継承者であり亡き師匠の志村菜奈からの教えだ。
『人を助けるって、つまりその人は恐い思いをしたってことだ。命だけじゃなく心も助けてこそ、真のヒーローだと……私は思う。
どんだけ恐くても、『自分は大丈夫だ』っつって笑うんだ。世の中、笑ってる奴が一番強いからな』
夫をオール・フォー・ワンに殺され、オール・フォー・ワンとの戦闘に巻き込まないために愛する一人息子を断腸の思いで里子に出して離れた師匠。そんな彼女の教えも、その愛も、すべてを踏みにじりにきたオール・フォー・ワンに対し、オールマイトは歯を食いしばって睨みつける。
「き……さ、ま……!」
「やはり……楽しいな!一欠片でも奪えただろうか」
オール・フォー・ワンは笑顔を消して歯を食いしばりながら睨み付けてくるオールマイトの姿を見て、平和の象徴の矜持を踏みにじれたことが嬉しくてたまらないようだった。
「さて、おしゃべりもここまでにして、これで終わりにしよう。さらばだ、平和の象徴オールマイト。
その死に様を世界に晒すといい」
話す事はもうないと言わんばかりにオール・フォー・ワンはそう言って、右手の五指の先から黒い爪のような"個性"を発現させ、それで貫こうとオールマイトに向けた。
「…………あ、あ……!」
そしてそれは一瞬の出来事だった。貫通による激痛と死を覚悟していたオールマイトは眼前の光景に、これでもかと目を見開く。
「嗚呼……無事、だな。オールマイト?」
千雨がオールマイトを庇うように目の前に現れ、身体を何ヵ所も貫かれていた。とてつもない激痛であろうに、オールマイトを振り返って、あのニヒルな笑みを見せた。
頬を舐めるように流れる真夏の生ぬるい夜風に乗る土埃と血の匂い。瓦礫の山と化した現場。目の前で力を振るう巨悪。無力故に見ているしか出来ない自分。そして自分を守り、敵に貫かれて血を流しながら笑う黒髪の女性。
18歳7月初旬の『あの夜』と似た状況。似た光景。人生で一番最悪の過去と現在が重なる。
それは、必ず奴を倒すと決めた『
驚愕、悲痛、恐怖、憤怒、絶望、憎悪。様々な感情の入り雑じったオールマイトの絶叫が響く。
鮮血と絶叫が、悪夢のような夜の闇を彩った。
ちう様お誕生日おめでとうございます!めちゃくちゃ頑張りました。しばらく今まで以上にリアルの忙しさが続くので次の更新日は未定。
瓦礫に挟まっている女性が動くよりも先にAFOさんが動いた結果です。最後のシーンは連載前から書くと決めてました。ここが書けて大満足です。
匿名での感想、悲鳴はこちら
https://marshmallow-qa.com/adam0202chiu